【CES2021】デジタルヘルス・ウェアラブルの最新技術や海外スタートアップ
CESがデジタルヘルスケア領域の最新技術やデバイスの出展で溢れるようになったのは、4-5年前からである。IoTが本格的に拡大し、デバイスの出口としてヘルスケアが注目されるようになり、一気にデジタルヘルスケア領域のCESでのプレゼンスは高まった。
毎年様々なデバイスや新しい発表があるこの分野において、CES2021ではどうだったのか、注目すべき技術やデバイスについて見ていこう。
Valencell:悲願のPPG血圧センサーを発表、2021年内のFDA認可を目指す
ValencellはPPG(フォトプレチスモグラフィー)によるバイタルセンサーを展開しているベンチャー企業だ。同社のPPGセンサチップは心拍数、VO2、エネルギー消費量、RR間隔などを測定可能で、高精度であることが評価されており、様々な大手企業のイヤホンデバイスで生体情報を取得する機能を付与するためにセンサチップが採用されてきた。
今回のCESでは同社にとって悲願となるPPG血圧センサーを正式にプレスリリースし、大々的に出展を行った。同社はCESの常連であり、もう何年もブースを出しているが、筆者が3年前にブースを訪問した際にはすでに血圧センサーについて参考出展をしていた。しかし、血圧をPPGで精度良く測定することは、瞬時ならまだしも、安定的に測定することは簡単ではない。その後も同社は血圧センサチップについて、据え置き型にしてみたり、試行錯誤する期間が続いていた。
Valencellは、2021年初頭に、このテクノロジーをデバイスに組み込んだメーカーがクリアランスプロセスを進めるのを支援するために、このテクノロジーのFDA認可を追求しているという。
もし本当にFDA認可を取得できるとなると、ゲームチェンジャーとなる技術だ。血圧が連続的に取れることは、従来のカフ型血圧計では測定時のみの血圧しか測れなかったため、血圧を絡めた様々な病状の早期発見や、症状の悪化検知などに発展する可能性がある。
(補足) ただし血圧のFDA認可取得は非常に難易度が高く、過去から何度も様々な企業がトライしているがこうした簡易なウェアラブルでは成功した企業がいない点は注意
Bosch:貧血をモニタリングするPPGヘモグロビンモニター
WHOの推定によると、16億人が貧血に苦しんでいるという。貧血という身近で、しかし悩まされる人が多い症状に焦点を当て、Boschはヘモグロビンに着目した。
貧血の中で最も患者が多いのは、鉄の不足によってヘモグロビンの産生が低下することで起こる鉄欠乏性貧血だ。そのためヘモグロビンの値から、貧血状態をスクリーニングすることが可能になるという。
この技術は、PPGにより取得したセンサ値に対してAIで解析することにより、ヘモグロビンの濃度レベルを特定し、貧血状態のスクリーニングを行う。デバイスのアルゴリズムは光の波長を監視し、27の異なる特性を使用してヘモグロビン値を決定および分類する。アルゴリズムは、10,000を超える貧血データポイントで機械学習されたものだという。
この新しい貧血スクリーニングの技術は、日常的な医療へのアクセスが困難な地域向けに展開されるという。インドでの市場リリースは2021年半ばまでに予定されている。
CarePredict:高齢者の健康状態をモニタリングするスマートウェアラブル
CarePredictは高齢者専用のスマートウェアラブルデバイスを開発しているベンチャー企業だ。同社はCES2020でもイノベーションアワードを受賞し、今年も再度受賞となった。
このウェアラブルデバイスはジェスチャー認識用の高度なモーションセンサーや、パルスオキシメトリセンサーなど、複数のセンサーが搭載されている。同社が着目したのは高齢者の「活動と行動パターンの変化」だ。新しいバイタルサインとして、これらを組み合わせて高齢者の健康状態をモニタリングする。
こうした「行動解析」を実用価値に繋げるベンチャーは珍しい。同社のセンサとアルゴリズムにより、食事、飲酒、入浴、身だしなみ、歯磨き、トイレ、ウォーキング、座っている、寝ているなどの動きが検知できる。そして、その毎日の生活パターンの変化をとらえて健康低下の初期兆候を検知するのだ。
昨年CES2020では前世代のデバイスで受賞をしたが、今回は次世代バージョンのハードウェアとアプリでの受賞となり、よりユーザー体験の完成度を高めていることが伺える。
NuraLogix:カメラで生体データを測定する技術
カナダのトロントを拠点とするベンチャー企業で、カメラに映った人の顔を通して生体データを解析する技術「Transdermal Optical Imaging(経皮的光学イメージング)」を開発している。いわゆる顔に光源をあてて、血流の変化により光の吸収量が変わることから、脈圧や血圧を測定する、というものである。iPPG(イメージングPPG)やrPPG(リモートPPG)というように、遠距離でのPPG方式というようにも言われる。
スマートフォンなどの既存のビデオカメラを使い、30秒間顔を撮影することで、様々な生体データを取得する。同社は今回のCES2021で、この技術を使ったスマートフォンベースのアプリをリリースしている。
測定できるパラメーターは、同社によると心拍数、呼吸、心拍変動、血圧などとなっており、アルゴリズムで心臓血管疾患リスクや脳卒中リスク、心疾患リスク、メンタルヘルスリスクなどのリスク評価も行うことができるという。
ただし、上記は同社の主張であるが、血圧については特に医療機器認定が取れているわけではないため、「取得できる」ということのレベル感には注意が必要である。
こうしたカメラベースの生体センシングはアプリケーションが拡がるため次世代の技術としては大変有望である。一方で心拍数や呼吸が精度良く測定できる、くらいではあまりアプリケーションが拡がらず、日本において大手企業中心に技術開発は進むが、有望用途が見つかっていないという課題もある。同社も現在血圧などの有望パラメーターについては臨床研究を実施しているところであり、今後の研究結果をモニタリングする必要がある。
ちなみに、今回はこの会社を取り上げたが、スイステックのブースとして出展をしているbiospectalも大変興味深い企業で、同社もスマホベースでの血圧測定にチャレンジをしている企業である。
FluoLabs:光線治療でアレルギー性鼻炎の軽減・治療を行うデバイス
CES2021で初めてお披露目されたFlo Labsのデバイスは、光線治療でアレルギー性鼻炎の軽減・治療を行うハンドヘルドデバイスだ。
同社によると、適切な波長とパラメータで送達される光は、天然の抗ヒスタミン薬として機能することが確認されているという。同社はこのメカニズムを応用して、家でアレルギー性鼻炎の軽減・治療が行えるデバイスを開発した。
このデバイスの価格は100ドル未満と想定されており、複数のアレルギーシーズンを通して1回限りの購入で済むように設計されているようだ。特に長期間薬物を摂取しなければならない中等度から重度のアレルギー患者にとって安価になるという。
なお、照射される光は可視光領域となっており、よく医療機関で使われる光線治療のUV(紫外線)は使われないようだ。(同社の主張では、これはより安全性が高いことを意味するとのこと)
現在、FDAの医療機器クラス2の承認申請中であり、承認プロセスが問題無く進めば2021年前半で市販される予定だという。
iMediSync:ゲルフリーのポータブルEEGデバイスでアルツハイマーを早期検知
メンタルヘルスや精神疾患、アルツハイマーの早期検出のためのゲルフリーポータブルEEGデバイスを開発している韓国ベンチャー企業。同社はソウル国立大学の教授SeungWan Kang氏によって設立されている。
診療所や自宅で使用することを想定して設計開発されており、従来のEEGデバイスではワイヤーやゲルを頭部に塗るなど、大掛かりなデバイスとなることが多かったが、同社のデバイスではゲルフリー・ポータブルで医療グレードを実現したことが特徴だ。
すでに韓国で医療機器認証を取得しており、同社はこのデバイスとAIを使って、昏睡、ADHD、うつ病、パーキンソン病、小児発達障害、およびその他の神経疾患の新しいバイオマーカーの開発において様々な研究協力を行っているという。
現在、脳波計測デバイスは特にポータブルタイプのもので完成度の高いものは少なく、このデバイスはすでに医療機器認証を取得しているという点で先行しているように見える。CESに本格的なEEGポータブルデバイスが登場したというのも興味深い点だ。
Amazfit:SpO2もOKな完成度の高い廉価ウェアラブル
中国シャオミの子会社であるHuamiから、新しいスマートウォッチの「Amazfit GTR 2e」と「GTS 2e」が発表された。
これは、健康系ウェアラブル・スマートウォッチのハードウェアのコモディティ化を促進すると言っても過言ではない、完成度とコストパフォーマンスとなっている。
わずか139$のこのデバイスは、PPG高精度光学センサーを搭載したこれらのスマートウォッチは、24時間の心拍数モニタリングを実行でき、安静時の心拍数が異常に上昇した場合には警告を発することができる。また、近年注目されているSpO2測定機能も搭載している。
驚異的なのはそのバッテリーだ。Amazfit GTR 2eは充電無しで最大45日の連続使用が可能となっている。仮に心拍数測定を24時間行い、週ごとに30分の運動のトラッキングを3回行う場合でも、24日間を充電無しで過ごせるという。
また、PAI™(Personal Activity Intelligence)健康評価システムというのも興味深い。これはアルゴリズムを使用して、心拍数、活動時間、その他の健康データなどの複雑なデータを単一の直感的なスコアに変換し、ユーザーが自分の身体状態を簡単に理解できるようにするものだ。「色々データは取るが、結局、自分の健康状態はどうなのか?」に答えようとする野心的な試みと言える。
これらの発表は、もはやこうしたスマートウォッチ・健康ウェアラブルがAppleやFitbit、Samsungだけでは無いことを感じさせる。自動車などの業界でも中国勢の勢いはすさまじいが、ウェルネス・ヘルスケアの領域でも中国勢のキャッチアップが著しい。
AltumView Systems:カメラによる行動解析での高齢者モニタリング
2016年にカナダで設立されたベンチャー企業。元々はディープラーニングを用いたカメラ画像解析を専門としている企業であったが、今回CES2021では、家の室内をモニタリングするカメラから、人の行動解析を行うことで高齢者のモニタリングをするソリューションを開発し、イノベーションアワードを受賞した。
AIチップによる深層学習を組み込んだ同社のスマートカメラは、高齢者がベッドから落下したり、歩行中の転倒などの危険なアクションを高精度に検知することができる。下の画像にあるように、家の中でカメラを使う障壁となっている点として、プライバシーへの懸念があるが、同社のソリューションでは棒人間で表示をすることで配慮をしているようだ。
Vayyar Imaging / Xandar Kardian:レーダーによる高齢者モニタリング
レーダーによる高齢者モニタリングはもう過去2~3年くらい前のCESからずっと展示ブースでアピールされている。
最も有名な本命はイスラエルのVayyar Imagingである。Vayyarは自社が開発した4Dレーダーの展示を何年も行ってきており、今では日本でも知名度があるだろう。同社のアプリケーションの本命はスマートホームと言われており、レーダーにより部屋にいる人の状態をモニタリングすることができるため、高齢者監視に使えるということを売りにしてきた。
今年もVayyarはブースを出展しており、スマートホーム向けのVayyar Home(他の自動車向けソリューションなども含めて)をアピールしていた。しかし、現在までスマートホームについての採用や顧客パートナーに関する発表がされていないあたり、用途開拓に苦戦しているように見える。
そして、VayyarだけでなくXandar Kardianも毎年CESで大きくブースを構える有望レーダーベンチャー企業の1社だ。
先に巨額の資金を調達して有名になったVayyarは全方位型の戦略を取っているが、Xandar Kardianは空港やホテル、銀行、商業施設などの建物における人の存在検知から始まり、Vayyarよりもやや健康・ヘルスケアよりに力を入れている。
非接触での呼吸状態のセンシングの精度が高いことをアピールしており、現在、FDAの認定を申請中であるようだ(2020年内に取得期待としていたが、現時点ではまだ取得に至っていない)。また呼吸の解析から睡眠時無呼吸症候群や不整脈の検出についても研究開発を長年行っている。
BioIntelliSense:小型ウェアラブルデバイスでCOVID-19のスクリーニングを実現
BioIntelliSenseは米国の医療グレードウェアラブルを開発するベンチャー企業だ。今年のCES2021で初出展をした同社のデバイスは、コインサイズの使い捨てウェアラブルでで医療グレードの生体センシングを実現した。
過去記事でも紹介している:
[nlink url="https://atx-research.co.jp/2020/12/25/dod-covid19-phillips-biointellisense/"]
同社のデバイスを使って、COVID-19症状スクリーニングおよびワクチンモニタリングを行うソリューションの商用リリースが行われたという。このデバイスは、すでにFDAの認可も取得しており、医療機器として精度が認められている。
今回のCESではイノベーションアワードの中でも優秀な「Best of Innovation」を受賞した今後の有望株だ。
Sunrise:在宅睡眠診断を実現する新しい発想の睡眠モニタリングデバイス
Sunriseはベルギーのシードスタートアップである。同社は、従来睡眠時無呼吸症候群の検査が医療機関で大掛かりな装置で行われるのを、わずか3gの小型センサで代替することで、在宅睡眠診断を実現しようとしている。
通常の睡眠時無呼吸症候群を検知する場合は、睡眠ポリグラフ検査(PSG)を行う。これは一泊の検査入院で、体中にセンサーを付ける必要がある。一方で、同社のデバイスは脳信号からの筋肉収縮によって引き起こされる下顎の動きをセンシングし、解析することで高度な睡眠診断を行う。
同社によると、フランス、ベルギー、アメリカの睡眠医が実施した376人の患者を対象とした大規模な研究では、SunriseとPSGで得られたデータを比較し、ほぼ同程度の精度が得られたという。
現時点ではCEマークを取得しているため欧州では購入可能だが、FDAの認定はまだのため米国では購入ができない。
CES2021のデジタルヘルス領域の傾向をまとめると?
他にも興味深いデバイスや技術はあるが、ここまでで今年の傾向や論点をざっと振り返ってみよう。一言で言うと、近年の傾向としてこの分野は「年々、実用的になってきている」ということが言える。
なんとなく生体データを取得する、なんとなく遠隔モニタリングをする、というだけではアプリケーションが切り開かないというのがこの数年で分かったスタートアップも多いのではないだろうか。そうした中、やはり実用的な価値を出せるデバイスが注目されていると感じる。
ウェアラブルデバイスのヘルスケア・医療機器化、ますます実用的な価値に
この数年の特徴として、明らかにウェアラブルデバイスのセンサー技術の向上が見られる。これはApple WatchやFitbit、Samsungのスマートウォッチに代表されるECGセンサーの搭載に始まり、CES2021ではAmazfitがSpO2センサーを搭載するにとどまったが、次いで期待されているのは血圧や血糖値などのセンシングである。
こうしたフィットネス系ウェアラブルが本格的にヘルスケア・医療寄りのセンシングが可能になりつつあることが1つ。
そしてもう1つは、BioIntelliSenseやSunriseに見られるように、小型のウェアラブルデバイスで医療機器グレードのものが本格的に登場している動きである。CESでは出展はされていないが、下記の記事で紹介したSpry Healthの医療用ウェアラブルデバイスもそうだ。
[nlink url="https://atx-research.co.jp/2021/01/14/itamar-spry/"]
残念ながら毎年面白いハードウェアを出すWithingsは出展が無く、AppleやFitbitも特に新しい発表は無かったが、CESの外で起こっている動きも踏まえると、ハードウェア側の進展は顕著だろう。
そして、こうしたハードウェアの発展とともに、デジタルヘルスはどんどん実用的な価値を出せる方向に近づいている。もはや心拍数が測定できれば良いという時代は終わった。各社がECGやSpO2に着目するのも、そうした健康に対する本質的な価値を提供するためだ。Best of Innovationを受賞したBioIntelliSenseのコロナウイルス対応を意識したデバイスも実用性が高い。また、ウェアラブルだけでなく、上記で紹介したFluoLabsのアレルギー性鼻炎の治療デバイスなども非常に実用的で興味深いデバイスだ。
PPG技術の盛り返し
やや上記とレベル感が変わるが、PPG(フォトプレチスモグラフィー)についても改めて触れておきたい。これは古くて新しい技術である。すでに方式自体は昔からあるものであるが、近年アルゴリズムの発展により、改めて登場して注目に値する発表を行っている。
今回紹介した血圧センサのValencellや、ボッシュのヘモグロビンモニターもPPG方式でのセンシングであり、NuraLogixもカメラでPPGを使ってセンシングする方法だ。こうした古くて新しい技術で、これまでよりさらに医療寄りに突っ込んだ生体パラメータが取得できたり、解析により症状検知などと結びつけられると、大きな付加価値を出すことができる。
注)ちなみに、光学センサーで血糖値を測定する技術について、日本ブースのQuantum Operationが出展をしていた。これもPPGに近い技術だと想定されるが、現時点で不透明な部分が多いため今回のまとめでは取り上げていない。非侵襲グルコースモニタリングのデバイスは過去にも様々な企業が登場しては消えている非常に実現困難な技術であり、もう少し確定情報が入ってから当メディアで取り上げることとしたい。
行動解析AIの発展→高齢モニタリングは実用化するのか?
これは難しい論点だ。昨年も高齢者を対象にしたモニタリングデバイスや非接触のセンシング技術はいくつか登場していた。今年も上記で紹介した以外にもいろいろと登場しており、高齢者市場というのは注目されている。しかし、本当にこの技術がスマートホームのようなアプリケーションで実装されるのかどうかは、現時点では不透明である。介護施設や病院など、限られたシチュエーションでのユースケースからゆっくりと市場に入るのかもしれない。
しかし、行動解析AIというのは徐々に発展していることが見られる。以前は転倒検知くらいしかできなかったこの領域は、カメラやレーダーを使って高齢者の日々の行動の変化から危険状態を把握するような、より細かい行動解析がトライされている。
レーダーやカメラといった技術が現時点で簡単にスマートホームで採用が進まないところを見ると、当該分野で本格的に実用化できるかどうかは、もう一歩踏み込んだ価値が出せるかが問われているということだ。ハードウェアというよりは、データ解析側とユーザーのペインを解決するソリューションの研究開発が求められる。(ただしあくまで現時点の情報での話である)
2021年に注目すべき、デジタルヘルスの健康・ヘルスケアモニタリングや解析技術の動向について整理した。技術の全体像について知りたい人はこちら。
参考:(特集)2021年デジタルヘルスの技術動向 ~健康・ヘルスケアモニタリング / 解析~
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