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SamsungとAppleが次のモデルで非侵襲血糖値モニタリング機能を付けるという報道は本当か?

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SamsungとAppleが次のスマートウォッチのモデルで非侵襲血糖値モニタリング機能を付けるという噂があると、様々なメディアで報じられている。

過去から何度も繰り返されるこの「非侵襲血糖値モニタリングのデバイスがついに登場する」というこうした報道であるが、当メディアとしての見解を述べておきたい。

結論から行くと何の根拠も無い噂でしかない

身もふたもない結論であるが、現状では何の根拠も無い噂でしかないということになる。今回のメディアを賑わせている噂の出どころは韓国のメディアであるが、原文を確認したが特段何の根拠も提示をしていない。

1つあるとすると、サムスンについては1年前の2020年1月29日に同社から発表された、サイエンス・アドバンシスで掲載された論文がある(※1)。サイエンス・アドバンシス自体は米国科学振興協会によって発行された、査読済みの学際的なオープンアクセス科学ジャーナルで、2019年のインパクトファクターは13を超える。
参考)インパクトファクターとは、Journal Citation Reports(JCR)が毎年提供する自然科学・社会科学分野の学術雑誌(ジャーナル)の影響度を表す指標の一つ。主には引用数が評価指標として使われている。厳密な指標ではないが、おおよそ10を超えているとある程度の権威があると言える目安になる。あくまで目安でしかない点は注意だ。

この論文に乗った内容自体は意義があり、興味深い内容であるが、現時点ではブタでのin vivo実験でしかなく、実用化までの道のりはかなり遠い。詳細は以下で説明している。

サムスンの根拠となったサイエンスアドバンシスの論文

サムスンが2020年1月に発表したこの論文は、サムスン電子の研究機関の1つであるSamsung Advanced Institute of Technology(SAIT)と米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の共同研究によって発表されたものである。

ラマン分光法を使った非侵襲グルコースモニタリング

サムスンはラマン分光法というアプローチを採用している。これは昔から非侵襲グルコースモニタリングでトライされている方法の1つで、光を物質に照射したときに、光が物質と相互作用することで入射光と異なる波長を持つラマン散乱光と呼ばれる光が出てくる。このラマン散乱光の波長や散乱強度から、物質量を特定するものである。

今回製作したラマン分光計は、830nmの可視光を使ったもの。あくまで実験用であるため、ウェアラブルのようなものではなく、10~20cm角の大きさのデバイスとなっている。

3頭の豚の耳を対象とした実験

実験は人ではなく、あくまでブタのin vivo(生体内)での実験となっている。この実験では3頭の豚の耳からセンシングを行っている。ラマンスペクトルを7時間の間、5分ごとに計測し、グルコースのラマンピークと、グルコース濃度(正解データ)との比較を実施。

結果としては、ラマンピークの強度の変化と、記録時間全体にわたるグルコース濃度の対応する変化との間の線形関係として、ピアソン相関係数R= 0.95と、高い線形関係が出たという。そこで、この結果を元に予測モデルを作り、実際にグルコース濃度を予測できるかどうかについて試験を行っている。

実用化にはかなり遠い

この論文の中でも触れられているが、今回の結果から実用化までは様々な研究や開発が必要となる。そもそも今回はあくまでブタの耳からのセンシングであり、人を対象としたものではない。また、人を対象としたとしても、現在メディアで出回っているようにスマートウォッチにすると、そもそも耳ではなくて腕からのセンシングとなるので、ラマンピークの挙動は変化するだろう。

さらに、今回は研究のためにラマン分光計を使ったが、ウェアラブルデバイスに収めるための装置の小型化も必要となる。

デバイスが出来上がったとしたら、次には人の人種(特に肌の色や腕の太さなど)を多様にして、再現性のあるモデルを構築する必要がある。

上記の論文では、あくまでラマン分光法でin vivoを対象として非侵襲のグルコースモニタリングができる可能性を示した、に過ぎず、サムスンからの発表でもそのように扱われている。

Appleは昔から血糖値センシングをやりたがっているが今回何の発表もしていない

Appleは以前よりApple Watchで血糖値センシングをやりたがっている。

Appleは2013年頃、技術開発が上手くいかず倒産したC8 MediSensorsのエンジニア陣を迎え入れた。なお、このC8 MediSensorsは米国シリコンバレーのベンチャー企業で、ラマン分光を使ったグルコースモニタリングの開発を行っていた。GEヘルスケアやGEキャピタル、その他個人投資家から60m$以上もの資金を集めたが、やはり再現性のある形で技術を確立することができなかったと言われている。

この元C8 MediSensorsのエンジニア陣が中心となってApple社内では長く、非侵襲のグルコースモニタリングが開発されていると、度々話題になってきた。そして、2017年にはCEOのティムクック自身が、グルコースモニタリングのテストを行っていることが報道されている(※2)。

今回、筆者も他の根拠がないか調査を行ったが、今回の噂の根拠となるような発表などは何も見つけることができなかった。そのため、あくまで現時点では噂レベルのものでしかなく、信ぴょう性は全くないものと言ってよいだろう。


2021年に注目すべき、デジタルヘルスの健康・ヘルスケアモニタリングや解析技術の動向について整理した。技術の全体像について知りたい人はこちら。

参考:(特集)2021年デジタルヘルスの技術動向 ~健康・ヘルスケアモニタリング / 解析~


参考文献
※1 Direct observation of glucose fingerprint using in vivo Raman spectroscopy, Science Advances 24 Jan 2020: Vol. 6, no. 4, eaay5206 (リンクはこちら
※2 Apple CEO Tim Cook test-drove a device that tracks his blood sugar, hinting at Apple’s interest in the space, CNBC (リンクはこちら

  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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