地球温暖化対策は今や全世界の共通課題であり、温室効果ガスの排出量が多い日本をはじめとする先進国では、率先して取り組まなければならない重要事項となっている。

我が国におけるアクションとして、日本政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言している。

カーボンニュートラル実現に重要な鍵と言われているのが、リチウムイオン電池(以下、LIB)などの蓄電池技術である。蓄電池は、エネルギーを蓄えることができる2次電池であり、今後のエネルギー政策を支える柱として期待されている。

特に自動車業界は、カーボンニュートラルの影響を強く受けており、欧州を中心にガソリン車から電気自動車(EV)へのシフトの動きが加速している。LIBは、EV開発に欠かせない存在であり、今後もその需要は拡大していくものとみられる。

期待の星LIBであるが、課題もある。最も大きな課題の1つが電池のリサイクルである。世界的なEV化を背景に、将来的には大量のリチウムイオン電池が生産・廃棄されると予想され、カーボンニュートラルや原材料調達安定化の観点から、リチウムイオン電池のリサイクル技術の確立が急務である。

そうした中、リサイクル技術に開発に巨額の資金調達を行うベンチャー企業が現れてきている。

今回は、リチウムイオン電池のリサイクル技術に焦点を当て、最新の開発動向や今後の方向性について解説していく。

リチウムイオン電池の構成

リサイクル技術の開発動向について見ていく前に、LIB池の構成について簡単に説明する。

LIBは、主に、「正極」「負極」「セパレーター」「電解液」で構成されている。

正極には、マンガン酸リチウムやリン酸鉄リチウムなどのリチウム複合材料が使われており、電解液中のリチウムイオンがセパレーターを介して正極と負極の間を移動することで充放電が行われる。

充電をする場合には、充電器に電流を流すことで正極側のリチウムイオンが負極側へ移動し、正極と負極との間に電位差が生じて電池が充電される。

一方放電をする場合には、正極と負極とを接続する回路を形成し、負極側のリチウムイオンが正極側へ移動し、電流を発生させる。

とりわけ、正極材にはレアメタルが使われている。中でも三元系材料で代表的なコバルトは、その資源偏在性や採掘の困難さから、その資源調達の安定確保も重要となっている。

リチウムイオン電池のリサイクル化に向けた課題

2022年2月に経済産業省より発行されたLIBのリサイクルの検討状況の報告(※1)によると、LIBリサイクルの社会実装を実現するための課題として、LIBの回収スキームの構築、低コストかつ効率的な金属回収を可能とするリサイクル技術開発などを挙げている。

LIBを搭載したEV開発は成長の一途をたどっており、2030年頃から、設計寿命を迎えたLIBが大量に廃棄されると予想されている。

このため、大量廃棄時代が到来するまでに、LIBを無駄なく回収し、リサイクルに回す仕組みを作り上げることが求められる。また、LIBは外部から強い衝撃が加わると発煙・発火するおそれがあることから、安全な回収スキームの構築も重要となる。

なお、2021年に発表されたIEAのGlobal EV sales by scenario(※2)では、2つのケースで推計がされており、2020年におおよそ300万台であった電気自動車(EV+PHEV)の販売台数は、2030年にはSustainable Developmentシナリオで、4,660万台になるとしている。2021年の販売台数はおおよそ660万台と言われているため、2030年頃には、実に現在の約7倍に相当する電池が毎年市場に出回ることになるのだ。

Global EV sales by scenario, 2020-2030

出所)IEA

また、リサイクル技術の確立にも高いハードルがある。

LIBの電解液には有機溶媒や腐食性物質を発生させる電解質が含まれているため、焼却処理が行われるのが一般的である。したがって、電池内に含まれるレアメタルなどの有用な資源を十分に活用できておらず、資源回収を実現するためには複雑で高コストな分離精製処理を行わなければならない。

さらに、LIBの材料構成も変化する可能性があることも課題となるだろう。

先に述べた通り、正極材に使われるコバルトは価格が高騰しており、資源の安定調達の観点からもリサイクルする意義は大きい。一方で、現在はコバルトフリーの電池の開発も進んでいる。パナソニックエナジーが実用化したNCA系の現行製品では、コバルトの使用量が5%以下となっている。コバルトを使用しないLFP(リン酸鉄リチウム)正極の電池も登場し、利用が拡大している。

リサイクル技術で注目のベンチャー・スタートアップ企業

このようなLIBのリサイクルが抱える課題を解決すべく、さまざまな企業がリサイクル技術の開発を進めている。ここでは、注目のベンチャー企業を紹介しよう。

Redwood Materials(米国):元テスラ役員が立ち上げた注目のリサイクルベンチャー

Redwood Materialsは、2017年にテスラの元CTOによって設立されたLIBのリサイクル企業である。2021年に実施したシリーズCでは700m$もの巨額の資金を調達しており話題となった。累積では10億ドル以上をこれまでに調達しているという。

同社公開の動画への直リンク
建設が発表された米国ネバダ州の材料工場・リサイクル施設の様子

同社は、電池材料の回収・物流、材料の再生・リサイクル・精製、電極部材の再製など、LIBリサイクルの完全なクローズドループを構築し、リサイクルサービスを提供している。

使用済みLIBの回収においては、LIBの安全な輸送と取扱い、セル・モジュールなどの放電(高電圧安全性の観点)、電解液、フッ素化合物などの有害化合物の安全な変換、プラスチックなどの廃棄物の最小化などを実施している。

また、材料再生においては、電池分解による高精度な銅箔や正極材への再生、リサイクル中間体のリファイン、ニッケル、コバルト、銅、リチウムなどの元素の分離などを実施し、金属や化学物質を電池材料として使用できる品質になるまで精製処理を行う。

同社は、2022年2月に、Ford、Volvoとともに、米国においてEV用バッテリーの回収・リサイクルのプログラムを開始している。

さらに、同年6月にはトヨタ、7月にはVolkswagen・Audiとバッテリーリサイクルに関する提携を発表しており、自動車メーカーを巻き込んださらなるビジネス拡大が期待される。

Princeton NuEnergy(米国):革新的なリサイクルプロセスを開発する大学発スタートアップ

Princeton NuEnergy(以下、PNE)は、2019年にPrinceton大学からスピンアウトしたクリーンテックのスタートアップ企業である。

Videofiy公開の動画への直リンク
簡単な会社紹介の動画となっている

同社は、従来とは異なる新しいリサイクルプロセスとして、プラズマベースの直接リサイクル技術(Novel Plasma-Based Direct Recycling)を開発している。この技術は、プラズマ支援型分離プロセス(LPAS)と呼ばれ、経年劣化したリチウムイオン電池から正極材を選別・精製・修復し、正極材の性能を向上させるための新たな機能を付加することを可能とする。

この新プロセスを採用することで、正極材・負極材を完全に分解することなく補修することが可能となり、従来のリサイクルプロセスと比べてエネルギーと化学物質の消費量を大幅に削減できるという。

また同社は、2022年6月に、LIBの材料再生に関する3つの技術的ブレークスルーとして、「放電方法に関するイノベーション(Discharge Approach Innovation)」、「正極のアップサイクルに関するイノベーション(Cathode-to-Cathode ™ Upcycling Innovation)」、「負極のリサイクル・アップサイクルに関するイノベーション(Anode-to-Anode ™ Recycling and Upcycling Innovation)」を発表している(いずれも特許出願中)。

新しい放電方法では、環境に優しい化学物質を電気化学と流体力学の統合プロセスに組み込むことで、高速かつ安全で連続的な放電を実現することができる。また、環境温度と薬品を適宜調整することで、放電プロセスにかかる固定費と変動費を大幅に削減することができる。

正極アップサイクルに関する取り組みでは、ナノ粒子を組成、配列、結晶構造が改善されたより大きなマイクロ粒子に改質することで、98%以上の正極収率を達成できる画期的なプロセスを開発している。

また負極リサイクル・アップサイクルに関する取り組みでは、使用済み黒鉛を低コストで高性能なシリコン-黒鉛複合材料に再生し、アップサイクルを実現することができる。

同社は、2022年9月に、原材料、金属、天然資源などを扱う世界的商社Traxys North America LLCと提携したことを発表している。この提携でTraxysは、調達、マーケティング、流通、資金調達、物流ソリューションの面での支援のほか、資金調達戦略においても支援を行うとしており、PNEのシリーズAラウンドにも参加する予定である。

Li-Cycle(カナダ):スポークアンドハブ技術を核に総合的なリサイクルソリューションを提供

Li-Cycleは、2016年に設立された、北米を代表するリサイクル企業である。

同社公開の動画への直リンク
スポークアンドハブ技術の紹介がされている

同社の特徴は、「スポークアンドハブ技術」と呼ばれる、安全性を担保した破砕処理(スポーク)と湿式精錬による資源回収(ハブ)とを組み合わることによって実現した、LIBリサイクルに特化して設計されたリサイクルプロセスにある。

同社は、この技術を活用することにより、LIBの種類によらず、LIBに含まれる全構成材料について最大95%回収することができるとしている。

また同社は、使用済みLIBの回収・リサイクル処理だけではなく、バッテリー輸送をサポートするロジスティック管理や、輸送時の梱包サポート・バッテリーの保管環境の構築支援などのアドオンサービスを提供することで、LIBリサイクルに必要なソリューションを総合的に提供するサービスを行っている。

リサイクル施設の建設も着々と進めている。

同社は、2022年1月に、リサイクル事業で提携しているUltimate Cells(GMと韓国のバッテリーメーカー大手LG Energy Solutionの合弁会社)とともに、米国オハイオ州のLIB工場に併設されるリサイクル施設の運営を発表し、2023年初めの完全稼働を目指すとしている。

2022年5月には、米国アリゾナ州で新たなリサイクル施設を開設することを発表している。この施設は、同社独自の技術により、EV用バッテリーパックを人手によらず解体処理ができる世界初の施設になるという。

また同社は、2022年1月に、欧州での初めての取り組みとして、ノルウェーにリチウム、ニッケル、コバルト電池のリサイクルが可能なリサイクル施設を開設することを発表しており、2023年初めの稼働を目指している。

同社は、今後も北米・欧州を軸に、リサイクル施設の開設を拡大していくものとみられる。

電池メーカーのリサイクル技術開発の動き

リサイクル技術の開発は、当然ベンチャー・スタートアップだけでなく、LIBメーカーにおいても本格的な動きが見られはじめている。ここでは、CATLとNorthVoltの2社の動向について紹介する。

CATL(中国):BASFとの戦略的提携を経てリサイクル事業にも着手

CATLは、中国市場で約50%のシェアをもつ車載用LIBの大手メーカーの1つである。

同社は、2021年9月に、BASFと蓄電池のリサイクルなどで戦略的提携を行うことを発表している。

続く同年10月には、使用済みLIBのリチウム材料などをリサイクルする工場を中国国内に新設することを発表している。

これまでは市場シェアの拡大で成長を遂げてきた同社だが、今後はリサイクル技術にも力を入れていくとみられる。

NorthVolt(スウェーデン):専用工場を新設し、リサイクル事業を本格化

NorthVoltは、2016年にテスラの元幹部によって設立されたLIBメーカーである。

同社は、2019年にLIBのリサイクルプログラム「Revolt」を立ち上げるなど、早い段階からリサイクル技術の開発に力を入れている。

このリサイクルプログラムは、廃棄バッテリーの放電処理、解体処理、破砕・選別処理、ハイドロメット処理(湿式精錬)の流れで行われ、新しい電池の製造に使用できる材料を回収するための精製処理を行う。

同社は、スウェーデン国内にLIBの大型工場「Northvolt Ett」を建設しており、これに併設してリサイクル工場「Revolt Ett」の建設も進めており、 リサイクル事業を本格化させる。

同社は、今後のLIBの需要拡大においても原材料の持続可能な供給を実現するために、2030 年までにバッテリー セル生産用の金属の 50% をリサイクルから調達することを目標としている。

まとめ

リチウムイオン電池(LIB)は、カーボンニュートラルの実現に向けた有効な一手として、今後更なる需要増加が見込まれ、LIBの開発競争も激化していくことが予想される。

その一方で、近い将来の課題である、LIBの原材料の安全で安定的な調達や環境負荷低減などの観点から、LIBを循環型の事業とするためのリサイクル技術の確立が、今や待ったなしの状況である。

今回紹介したベンチャー・スタートアップ企業を中心に新たなリサイクル技術が生み出されているが、これまでは生産一辺倒であったバッテリーメーカーもリサイクル技術の開発に乗り出してきている。

なお今回は取り上げなかったが、リサイクルのし易さを前提としたLIB開発も活発に行われている。

来るべきLIBの大量廃棄時代に備えて、LIBの生産・回収・再生という完全循環型のリサイクル技術の開発に今後も注目していきたい。

以上


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参考文献:

※1 LIBリサイクルの検討状況について 中間報告, 経済産業省製造産業局 2022年2月(リンクはこちら

※2 Global EV sales by scenario 2020-2030, IEA(リンクはこちら)