全世界的な自動車のEVシフトによってリチウムイオン電池の需要が今後増大していくと予想されているが、その一方で原料であるリチウムの安定的な供給が大きな課題となっている。

リチウムの生産方法としては、一般に鉱石から採掘する方法と塩湖あるいは地層に含まれる塩水(かん水)から精製する方法が知られているが、このような生産地としては、オーストラリア、チリ、中国、アルゼンチンのほぼ4か国に集中している。

注)ただし米国カリフォルニア州のSalton Seaでも巨大なリチウム資源が埋蔵していることが明らかになっており、あくまで上記4か国は現時点での生産地という意味合いである点に注意

これまでの方法では、リチウムの生産に時間がかかるという課題があるとともに、生産地が特定エリアに集中することから世界情勢などの影響で供給が滞るリスクなど、リチウムの安定供給の観点で懸念がもたれている。

そこで、リチウムの安定供給を実現する手段として期待される技術の1つが「直接リチウム抽出(DLE)」と呼ばれる技術であり、近年複数の企業が研究・開発を行っている。 この記事では、DLE技術の概要について解説する。

DLE技術がなぜ期待されているのか?

DLEは、Direct Lithium Extractionの略であり、日本では直接リチウム抽出法と呼ばれる。

DLEは、その名の通り、塩湖や地層などからくみ取られる塩水(かん水)から直接的にリチウムを抽出する技術である。

現在採用されているリチウムの生産方法としては、上述の通り、鉱石から採掘する方法と地層などに含まれるかん水から精製する方法であるが、いずれも生産に時間が掛かるという課題がある。

例えば、塩水から精製する方法では、地下からくみ上げた塩水を含むかん水を蒸発池に貯め、これを数年かけて蒸発させることにより精製するためリチウムの生産に長期間を要してしまう。

これに対して、DLE技術は、処理溶液(かん水)をフィルターや吸着膜などを通すことによりリチウムを抽出するので短時間でのリチウム生産が可能となる。

また、従来型の蒸発池のような大きなスペースを必要とせず、鉱石採掘のように特定のエリアに限定されることがない。リチウムを含む地質層がある場所であればどこでも生産することができるので、生産場所の制約も解消される。 このようにDLE技術は、生産スピードの向上や、生産エリアの拡大などが図られるため、大規模な商用化が期待されているのである。発表されているDLEの実証によって数値は変わるが、リチウムの回収率は従来法に比べて2倍以上※1(DLE:70~90% / 従来法:40~60%)とされている。

ゴールドマンサックスのレポート※1では、「Potential game changing technology」と表現されており、石油産業におけるシェールガスのようなもの、と言及している。

DLEとはどのような技術か?

ではDLEが具体的にどのような技術であるのか詳しくみていこう。

DLEによるリチウムの製造プロセス

DLEによるリチウムの製造プロセスは様々な企業などにより開発されているが、ここでは一般的に知られている流れについて説明する。

まずは、リチウムの抽出元となる塩水(かん水)を地層などからくみ取る必要がある。

くみ取られたかん水は、フィルターを通して不純物が除去される。

不純物除去などが行われた処理溶液について、加熱処理などを行いながらリチウム抽出設備を通すことでリチウムを抽出する。このリチウム抽出が最も重要なプロセスとなる。 抽出されたリチウムは、その後濃縮工程などを経てリチウム塩化物などとして市場に展開される。

リチウムを抽出するさまざまな処理方法

DLE技術の要となるリチウム抽出の手法としてはさまざまな技術が開発されている。ここでは主だった抽出方法を紹介する。特に、現状で商業化に近い開発段階にある技術は以下3つであると言われている※3

吸着法

吸着法は、吸着剤を使用して処理溶液中に含まれる塩化リチウムを物理的に選択吸着させることによってリチウムを抽出する方法である。

塩化リチウムとして吸着させた後、希釈した塩化リチウム水流で洗浄して不要なイオンを除去することで最終生成物(塩化リチウム)とする。

吸着剤としては、さまざまなリチウム選択吸着剤が開発されており、例えば、リチウムアルミニウム層状複水酸化物塩化物吸着剤(LDH)などが知られている。 吸着法は、酸洗浄や化学薬品を必要としないため、環境負荷が小さいリチウム抽出法として期待されている。

イオン交換法

イオン交換法は、処理溶液中にイオン交換体を分散させ、リチウムイオンを選択的に採取することによってリチウムを抽出する方法である。

イオン交換体としては、シリカゲルやマンガン酸化物などが知られている。

イオン交換によるリチウム回収率は溶液のpHや温度、組成などに影響を受けるが、約90%と高い回収率を実現できると考えられている。

溶媒抽出法

吸着性・イオン交換の特性を持つ液相を介し、塩水から塩化リチウムまたはリチウムイオンを除去するというもの。

他の方式に比べて比較的高濃度のリチウムを抽出できる可能性があるが、一方で有機溶媒の環境への負荷や、低濃度カルシウムとマグネシウムの対象でのみ機能すること、比較的高価であることなどがデメリットとなっている。

注)なお、上記3つのほかにも膜プロセスを使った技術なども開発されている。膜プロセスは大規模に商業化されたものはまだないものの、実証結果については有望なものと言及されている※3

DLE技術を研究・開発するプレーヤー

DLE技術は従来法に代わる有力な手法として注目されているが、大規模な商用化には至っておらず、多くの場合が研究・開発の段階にある。

そんな中で実用化している、あるいは実用化に近い有望なプレーヤーを幾つか紹介する。

独自のDLE技術でリチウムを製造を実用化:Livent/米国

米国に拠点を置くLiventは、エネルギー貯蔵、航空宇宙など、さまざまな産業用途に対応するリチウム化合物を製造する大手リチウムメーカーの1つである。

DLE技術は近年の技術と思われがちだが、実はLiventは何十年にもわたり、従来型のかん水の蒸発による抽出手法とDLE技術による抽出を組み合わせたハイブリッド型のリチウム製造に取り組んできている。

DLE技術としては、選択吸着剤を使用した吸着法が用いられている。同社では、DLE技術により生成されたリチウム濃縮物(まだ最終生成物ではないもの)を蒸発池に移し、そこで水分を除去し、その後用途に応じた様々なリチウム化合物に変換する処理を行っている。

このように従来型の手法にDLE技術を積極的に活用することによりリチウム生産量を高めており、同社は今後のニーズの高まりに応じ、更なる生産拡大を行っていくとみられる。

環境に配慮したEVバッテリー用途のリチウムの生産:Clean Tech Lithium/英国

Clean Tech Lithiumは、2017年に設立されたリチウム製造を手掛けるベンチャー企業である。

同社は、低炭素経済への移行を支援することをコミットメントとして掲げており、カーボンニュートラルな処理を通じて、環境に配慮したEVバッテリー用途のリチウム生産を目指している。

同社が行うDLEプロセスでは、塩水がポンプで処理装置に移送され、そこで樹脂または吸着剤を介してリチウムのみが抽出される。

塩水は処理装置にポンプで送られ、そこで樹脂または吸着材を使用して塩水からリチウムのみが抽出される。処理に使用された塩水は盆地の帯水層に再注入される。このように再注入することにより帯水層の原状復帰を実現しているが、このような原状復帰処理が同社における他のリチウムメーカーとの重要な環境差別化要素となっている。

同社の事業は検討段階ではあるが、2025年には南米の塩湖ラグナ・ベルデにおいて、生産開始を目指している。 これ以外にも新規の生産拠点を開発するプロジェクトを行っており、今後の事業拡大が期待されるところである。

独自技術で高純度リチウムの高速抽出を実現:E3 Lithium/カナダ

カナダに拠点を置くE3 Lithiumは、EVバッテリー用途などのリチウム製品を開発する企業である。

同社は、リチウムイオンに対して高度に選択的になるように設計された独自開発の吸着剤の使用したDLE技術によるリチウム生産に取り組んでいる。

同社の独自技術により、大量の低品位のかん水を1回の工程で高品位リチウム濃縮物に迅速かつ効率的に還元するとともにかん水に含まれるほとんどの不純物を除去することができる。特にリチウムを還元・抽出するプロセスはわずか数分という高速化を実現している。

このように高純度のリチウムを短時間で抽出するためには、リチウムとの親和性が高く、同時に不要なイオンや金属を排除する特殊な吸着剤が必要となるが、同社は大学や民間の研究機関との共同研究を経て塩水からのリチウム抽出に最適な高リチウム選択性吸着剤の開発を実施

同社によれば、リチウムイオン電池向けに適した高純度リチウム化合物の開発において、非常にクリーンな製品を製造することができるとしている。 同社は、この技術により生産したリチウムをEVバッテリー向けの市場に販路を構築していくことを狙いとしており、今後の活動が注目される。

世界初のゼロカーボンリチウムの実現を目指す:Vulcan Energy Resources/豪州

オーストラリアに拠点を置くVulcan Energy Resourcesは、リチウムと再生可能エネルギーの開発を行う企業である。

同社は、ゼロカーボンリチウムプロジェクトを立ち上げ、蒸発池、鉱業、化石燃料を必要としない独自のプロセスにより、自然エネルギーを利用して二酸化炭素排出量ゼロのリチウムを生産することを目標に掲げている。

具体的には、自然に発生する再生可能な地熱エネルギーを利用して、リチウム抽出プロセスに電力を供給することでリチウム生成物を得る。このプロセスでは、化石燃料が使用されず、水もほとんど使用しないため、土地への環境負荷が小さいというメリットがある。

同社独自の抽出プロセスを導入することにより、余剰の再生可能エネルギーを生み出すことも可能となる。これにより、送電網を脱炭素化することができ、二次的な電力源と収入をも見込めるというメリットがある。

また同プロセスを活用することで、余剰の再生可能エネルギーを生み出すこともできるため、これにより送電網を脱炭素化することができ、二次的な電力源と収入をも見込めるというメリットも生まれるという。

同社は、リチウム抽出を、ドイツ・ライン川上流域にあるヨーロッパ最大のリチウム資源である深部地熱とリチウム塩の複合資源から行う。 欧州は世界で最も急成長を遂げているリチウム化学品市場でありながらローカルのサプライヤーが存在しない状況にあることから、ドイツをリチウム資源として開発する同社は、主にEVバッテリー用途として欧州域外からの輸入に依存する現状の課題を解決できる企業として期待される存在と言えるだろう。

GMによるEnergy Xへの投資

2023年4月、米国自動車大手のGM(General Motors)がDLE技術を開発するスタートアップであるEnergy Exploration Technologies(通称:Energy X)のシリーズBの投資ラウンドに参加したことが発表された。

このラウンドでは総投資額は5,000万ドルとされており、GMはこの投資を主導する最大の出資者であると言われている。

Energy Xは、プエルトリコを拠点とするエネルギー開発のスタートアップであり、さまざまなアプローチによるDLE技術の開発を行っている。

同社の特徴は、組み合わせて使用するDLE技術のスイートを開発している点である。具体的には、膜を用いた抽出技術、溶剤を用いた抽出技術、吸着剤を用いた抽出技術である。これらの抽出技術を組み合わせることで、あらゆる種類、状況の塩水をも処理することが可能としている。

GMの投資の狙いはEV用のリチウムイオンバッテリーの原料供給確保にあると考えられる。

GMは、今回の出資にとどまらず、Energy Xとのリチウム抽出技術・生成技術の共同開発も推進していくことを発表している。またGMに限らず、各国の自動車メーカーにとってもバッテリー用途のリチウムの安定確保は重要な課題であり、今後も自動車メーカーによるDLE技術や資源への投資が活発化していくことが予想される。

まとめ

EVバッテリー用途を中心に今後更なる需要の高まりが予想されるリチウムの製造手段として近年大きな注目を集めるDLE技術について解説してきた。

DLE技術の肝となるのが、処理溶液(かん水)からリチウムを抽出するプロセスであり、さまざまな企業が高純度のリチウムをより短時間に精製・抽出する独自技術を開発している。

従来の鉱石からの採掘やかん水を長期間にわたって蒸発させる方法と比べて、短時間かつ効率的にリチウムを生産することができるDLE技術は、将来のリチウム不足を解決する有効手段として多いに期待されている。

しかしその一方で多くの課題を抱えていることも現実としてある。その1つとして運用コストの高さが挙げられる。現在運用あるいは開発されているDLE技術の多くは、リチウム抽出プロセスを実現するために大量の電力と水が投入されている。このようなコストの問題は、商用化においては大きな壁となるため、少ない電力源と資源で実現できるDLEの開発が今後求められていくだろう。

一部の企業を除いて、DLEプロジェクトの多くは研究・開発の段階にあるのが実情であり、特に上述のような課題を解決するためにはしばらく時間がかかることも予想される。 世界的に自動車産業はEVシフトにかじを切っており、EVバッテリー用途の需要増加はまったなしの状況にあることから、DLE技術のさらなる技術革新が大いに期待される。


主な参考文献:

※1 Global Metals & Mining, Direct Lithium Extraction: A potential game changing technology (リンク)

※2 36kr, リチウム高騰受け、新たな量産技術「吸着法」の確立に挑む中国企業(リンク

※3 Direct Lithium Extraction Technologies, Circular Economy for Climate and Environment(CECE)(リンク