大気からCO2回収を目指す「DAC」スタートアップの事例
カーボンニュートラル実現に関連した文脈の中で、DAC(Direct Air Capture, 直接空気回収)という言葉が注目されるようになった。これまでにもCO2を回収する技術はあったが、DACと従来のCO2回収技術は「どこからCO2を回収するか」という点が異なり、その規模やビジネスモデルも変わってくる。
本稿では、DACとは何か、海外スタートアップによってどのような取り組みが進められているのかについて解説する。
DACの概要:ネットゼロ実現へ向けた新たなCO2削減手段
DACとは、大気を回収源とするCO2回収技術だ。2050年のネットゼロエミッション達成に向けた重要技術と位置付けられる。
このDACと対照的な関係にあるのは、工場などの排気を回収源とするCO2回収技術だ。燃焼プロセスを経た工場排気は通常の大気よりCO2濃度が高いため、CO2の回収が容易で設置コストあたりの回収効果も大きい。
対して、DACは大気から直接CO2を回収する。大気中のCO2濃度は0.04%程度であり、工場排気などからCO2を回収するよりも効率が悪い。ただし、DACは設置場所を選ばないため、砂漠などの広大な面積を利用して大規模なCO2回収事業が実施できる。
DACの事業形態:現状では補助金がメインだが一部ではカーボンクレジットも
近年、製造業者にはCO2などの温室効果ガス排出に関して厳格な規制が設けられるようになった。工場排気からCO2を回収する技術はこうした排出規制をクリアするために用いられる。
一方のDACは大気からCO2を回収するものであり、特定企業や製造拠点の排出量を下げるためのものではない。DACによって恩恵を受けるのは政府やEUをはじめとした国際的な共同体、または地球環境全体だ。
よって、DACを用いたビジネスは気候変動対策のために拠出される政府補助金や財団からの資金提供によって成り立つ場合が少なくない。
また、排出権の売買によって利益を得る場合もある。このケースでは、特定企業から資金を調達し、その見返りに回収したCO2をその企業が削減したCO2としてカウントするビジネスモデルだ。カーボンクレジットなど、気候変動対策を経済原理に組み込む制度の導入によって、DACを利用したビジネスの成立が容易になりつつある。
DAC技術:CO2の吸着方法がポイント
場所を選ばずどこにでも設置できるという性質上、DACは大規模に実施される。しかし、工場排気を対象としたCO2回収技術と比較して、その中身が大きく異なるわけではない。
ほとんどのDACでは化学的、または物理的な方法でCO2を選択的に吸着した後、熱などによって離脱したCO2を回収する。吸着に用いられる媒体には固体または液体の様々な物質が用いられ、この吸着媒体によっておおよそのサイクルコストが決定されるため、当該物質の研究・開発が非常に重要になる。
DACは回収技術であり、貯めたCO2が大気に放散しないための貯留方法は問わない。その後の工程としては、パイプラインで輸送して地下に埋めたり、リサイクルしたり、固形化したりとこちらも様々だ。回収したCO2の活用方法については別記事でも扱ったので参考にして頂きたい。
参考記事:脱炭素時代に求められるカーボンリサイクル技術の動向
特徴的なDAC技術開発企業の事例
ここからは、技術的特徴と資金調達方法に焦点を当てつつ、DAC技術開発企業を紹介する。
DACは現在、多くの企業によって開発が取り組まれているため、ここでは事例として異なる技術を持った5社を取り上げている。実際にはほかにも多くの有力な企業がいるため、注目企業はこの5社だけではない点に注意したい。
今回取り上げている5社のまとめ
Climeworks:現時点で世界最大規模のプラントが操業
Climeworksは2009年にスイスのチューリッヒ工科大学からのスピンオフにより設立された。
2021年9月にはアイスランドにて世界最大規模のDACプラントであるOrca(オルカ、シャチの意)の操業を開始している。Orcaはアイスランドの地熱エネルギープロバイダーであるON Powerからクリーンな再生可能エネルギーを供給されて稼動し、年4KtのCO2回収能力を有する。DACに関しては世界で最も先進的な事業者と言えるだろう。
2022年4月にはPrivate Equityラウンドで600Mスイスフラン(約650M$)を調達した。
この資金調達ラウンドはGICが主導し、Baillie Gifford, Carbon Removal Partners, Global Founders Capital, John Doerr, M&G, Swiss Re, BigPoint Holding AG., J.P. Morgan Securities LLCなどが参加した。
こうした資金調達を受け、急速なスケールアップを進めるClimeworksは、同じくアイスランドでMammoth(マンモス)と呼ばれる新たなプラントを建設中だ。こちらは年36KtのCO2回収能力を予定している。
ClimeworksのCO2回収では固体の吸着媒体が用いられる。十分にCO2を吸着した後、100℃に加熱するとCO2が脱離され、CO2を回収することが可能だ。このサイクルを繰り返すことで集めたCO2は、保管パートナーであるCarbfix によって安全かつ永久に地下保管される。
AVNOS:回収時のエネルギー損失を抑える新技術を活用
Avnosは2021年設立のスタートアップだが、2023年7月には石油大手のConocoPhillips やShell Ventures、航空会社JetBlue Airwaysが設立したJetBlue Venturesから計80m$以上を調達したことで話題となった。
その特徴はMoisture Swing Adsorptionという新しいCO2回収方式だ。
乾燥状態でCO2を吸着し、湿潤状態でCO2を脱着するイオン交換樹脂を用いることで、CO2脱着に熱が不要となる。その結果、エネルギー損失の抑制やコスト低減が期待される。
1PointFive:米エネルギー省からの補助金受託プロジェクトを進行
米石油大手Occidentalの子会社である1PointFiveは、DACに関して10年以上の蓄積を持つCarbon Engineering社の技術をスケールアップして世に出すために設立された。
現在、年1MtのCO2を回収できるDACハブの建設プロジェクトを南テキサスで進めているが、同プロジェクトは米エネルギー省の補助金対象に選定された2つのプロジェクトの内の1つだ。
もう一方のプロジェクトはルイジアナで進められているもので、こちらはClimeworks、ならびに同じくDAC技術を有するHeirloom Carbon Technologiesが主導する。2つのプロジェクトには計1.2B$と巨額の資金が拠出され、CO2回収量も現存するDACプラントと比較して桁違いに大きい。
1PointFiveの技術的な特徴は液体吸着媒体が用いられていることだ。1PointFiveの技術解説動画では、液体吸着媒体で回収したCO2を別の固体吸着媒体に次々と受け渡していく様子が紹介されている。
固体吸着媒体は吸着プロセスと脱着プロセスを切り替えながらCO2を回収するが、液体吸着媒体は流動性を持って循環するため、連続的なCO2回収が可能だ。
Brilliant Planet:「藻」を活用するDAC技術
Brilliant Planetは高いCO2吸収率を持つ藻類を育成した後、乾燥させ、埋める、というユニークなDAC技術を開発している。
当該技術は多量の淡水を必要としない。海水を含ませることで酸性化した藻類乾燥固形物は微生物による分解を受けないため、数千年にわたって安定的にCO2を閉じ込めることが可能だという。
回収したCO2を地下貯留層などに運搬する必要がなく、沿岸部の砂漠地帯であればどこでもプラントを建設できるため、他のDACプロセスと比較して安価な立地を獲得しやすい。熱や淡水を必要としないことも併せて、非常に安価なプロセスであることをアピールしている。
2022年4月には、Union Square VenturesおよびToyota Venturesが主導するシリーズA資金調達ラウンドで12M$を獲得した。その他の投資家はFuture Positive Capital, AiiM Partners, S2G Ventures, Hatch and Pegasus Tech Venturesなど。
同社は2018年にモロッコで3ha規模のプラント試運転を開始した。2024年には30haのパイロットプラントを建設する計画となっている。
Captura:DOC技術でカーボン回収
Capturaはカリフォルニア工科大学のスピンオフベンチャーで、海洋からCO2を回収するDirect Ocean Capture(DOC)技術の開発に取り組む。
海洋には多量のCO2が炭酸塩の形で溶存しているが、これは海洋が弱アルカリ性(pH=8.1程度)であることと関係している。海水を酸性化すると溶存できなくなったCO2が気体となって放出されるが、Capturaではこれを利用してCO2回収を目指す。
Capturaの技術の根幹となるのは高性能なイオン交換膜だ。膜によって酸性、またはアルカリ性の海水を作り出し、酸性化した海水から放出されるCO2を回収する。回収後は酸性とアルカリ性の海水を混合して元のpHに戻し、海洋へ放出すれば、海洋環境にダメージを与えることなくCO2のみを回収できるという仕組みだ。
原理的には海水を通過させるだけでCO2を回収できるため、DAC技術と比較して省エネルギーなプロセスと目されている。2023年1月にはEquinor Venturesが主導するシリーズA資金調達ラウンドで12M$を獲得した。
2023年4月には、官民一体の海洋研究所AltaSeaとの提携を発表し、ロサンゼルス港で年100tのCO2を回収できるパイロットプラントの設置を決めた。
まとめ:中長期目線で制度や助成金もにらみながら技術育成を行う必要
先にも触れた通り、そもそもCO2が大気中に占める割合は0.04%に過ぎない。よって、大気から集めた中のCO2を回収するDACでは、重量あたりのCO2回収コストは高くなりがちで、いかにこれを下げていくかが大きな課題である。現時点ではまだこの分野の技術はアーリーステージにあり、中長期的に技術イノベーションが求められる。
一連の開発や実証も相応の規模が必要とされることから、各スタートアップにとっては資金調達が今後もカギとなっていきそうだ。この点では、CO2排出への対策が迫られる製造業からはもちろん、それ以外の業種からも資金、人材、ナレッジなど様々なリソースを得る必要があるだろう。
さらに収益性に大きく影響する、カーボンクレジットの制度動向や、国からの助成金などの動向もこの分野の技術発展に大きく影響を与えそうである。こうした点については今回は触れていないが、次の機会に別の記事で整理をしたい。
参考文献:
※1:Direct Air Capture , IEA(リンク)
※2:Climeworks begins operations of Orca, the world’s largest direct air capture and CO₂ storage plant, Climeworks(リンク)
※3:Climeworks raises CHF 600 million in latest equity round, Climeworks(リンク)
※4:Climeworks takes another major step on its road to building gigaton DAC capacity, Climeworks(リンク)
※5:「CO2回収」の米スタートアップAvnosが石油大手から8000万ドル調達, Forbs JAPAN(リンク)
※6:Biden-Harris Administration Announces Up To $1.2 Billion For Nation’s First Direct Air Capture Demonstrations in Texas and Louisiana, 米エネルギー省(リンク)
※7:OUR PROCESS, Brilliant Planet(リンク)
※8:Brilliant Planet Limited announces the closing of its $12 million Series A funding co-led by Union Square Ventures and Toyota Ventures, CISION PR Newswire(リンク)
※9:Captura(リンク)
※10:Captura(リンク)
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