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航空宇宙分野における先端素材|ロケット・探査ローバー・宇宙服には何が使われているのか

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航空宇宙分野ではコスト面で多少不利であっても、重量や強度の面で優れた材料が求められてきた。ゆえに、新素材の開発と実用が進められやすい分野といえる。本稿では、近年新たに登場した宇宙用途の構造材を紹介する。

航空宇宙材料への要求と新素材3分野

大気によって熱が循環し、一定の温度に保たれる地上と異なり、宇宙空間には日光を遮るものがなく、そこに置かれた物体は1日の内でも数百度の温度差に晒される。また、地球の重力に逆らってロケットで軌道上に到達しなければならないことから、重量に対する制約が大きい。重くなれば軌道に投入するためのコストが膨大になるためだ。

ロケットの主要な構造材には軽量かつ高い強度を有するアルミニウム合金やチタン合金が用いられてきた。カーボンファイバーなどを樹脂と組み合わせた複合材料の利用も多い。

一方、新たな製造法や材料も開発されてきた。以下では、宇宙用途の新規構造材やその応用について見ていきたい。

今回取り上げる素材の概要


合金|GRCopと銅合金の先進的な利用法

3Dプリンターはプロセスコストが高いことから産業への応用が未だ限定的だが、ロケットエンジンや船体の製造工程には既に取り入れられ、一定の成果を挙げている。

2023年3月、Relativity Spaceは部品の 85%(重量比)を3Dプリンターで作製した ロケット「Terran 1」の発射に臨んだ。残念ながら2段目ロケットの故障によって軌道には到達しなかったものの、多くのマイルストーンを達成し、3Dプリンターがロケット開発に有用であることを証明した。

Terran 1のロケットエンジンは、銅・クロム・ニオブからなる合金「GRCop」を3Dプリントして作られ、強度、熱伝導性、熱耐性に優れる。一般には、頑強で熱に強い素材は加工が難しいが、3Dプリントはその制約を取り払うことが可能だ。金属粉末を敷き詰め、レーザー照射で金属を溶融・結合させるパウダーベッド方式は高い寸法精度を実現できる。

そしてGRCopは、液体ロケットエンジン燃焼装置向けに米航空宇宙局(NASA)が開発した、高伝導性、高強度の分散強化合金だ。NASAの研究により、GRCopが積層造形法と相性が良いことが分かり、今回のプロジェクトにつながった。

また、材料分野では AIも大きな力を発揮するようになった。

2024年6月、ドイツのLEAP 71は大規模計算モデル(LLM)を使用して設計されたロケットエンジンの点火試験に成功したことを発表している。LEAP 71は同じくドイツの3D印刷企業 AMCMと協力してスラスタを開発してきた。材質は銅・クロム・ジルコニウムの合金だ。

LEAP71が公開するロケット燃焼の動画

同社は AIによって設計プロセスの大幅な短縮が可能になることを示した。設計段階は発注を受けてから僅か2週間で完了し、商業化に向けたプロセスを簡略化する。さらに、このプロジェクトではAIが設計を行ったため、CADが使われていない。ロケット、あるいは、レーシングカーのような設計に精密性の求められるプロダクトは、製図板での設計からCADの利用に変遷した過去があるが、こうした流れに新たな展開が生まれそうだ。

ロケットの材料はその製造プロセスと切り離すことはできない。今後の材料開発においても、コスト削減やプロセス短縮の観点から、3DプリンターやAIで扱いやすい素材にシフトしていくことが予想される。

ナノ構造複合材料|PMMA/MWCNT複合材とTPUナノ複合材

樹脂や合金にナノ構造材料を添加すると、機械的強度や熱耐性の向上のみならず、さまざまな物理的特性が付与できることが知られている。こうした複合材料は宇宙用途にも用いられてきた。

ナノ構造複合材料の特性は、材料の組み合わせのみならず、その比率、分散度合い、ナノ構造材のサイズや形に依存する。こうしたパラメーターを制御するために新たな製造技術が生まれてきた。当該領域は現在も精力的に研究が進められている分野だ。

宇宙用途の例としては、ポリメチルメタクリレート(PMMA)と多層カーボンナノチューブ(MWCNT)を組み合わせた放射線遮蔽材が挙げられる。同じ遮蔽能を得るために必要な重量を比較した際、PMMA/MWCNT複合材は純粋なポリマー材料よりも18%軽量で、二次中性子の発生も低く抑えられた。熱安定性も向上したことから、宇宙服への応用が期待される。

また、ナノ構造複合材料はアブレーターへの応用も進められてきた。アブレーターとは熱分解によって溶融、気化または炭化することで熱を奪い、主要な構造を保護する吸熱材だ。再突入時に宇宙船を保護する用途などに用いられる。

テキサス大学の研究グループは熱可塑性ポリウレタンエラストマー(TPU)にカーボンファイバーなどのナノ構造材を導入したアブレーターを開発し、固体燃料ロケットの燃焼部における熱吸収性能を調査した。

従来、宇宙用途のアブレーターには、ケブラー繊維を複合したエチレンプロピレンゴム(EPDM)が用いられてきたが、TPUナノ複合材は従来製品と比較して高いアブレーション特性と絶縁特性を有し、代替が期待できる。

エアロゲル

エアロゲルとは、その構造のほとんどが気体で構成されている固体だ。超低密度かつ熱伝導率が非常に低いという特徴を有し、宇宙用途では断熱材として用いられる。

エアロゲルは発泡スチロールのようなものと考えて差し支えないが、その製造方法は両者で大きく異なる。エアロゲルは「ゲル」を「超臨界乾燥」することで得られる物質だ。

ゲルの例として日本人に馴染み深いのは「こんにゃく」だろう。ゲルは固体だが、内部に多くの水分が分散している。このゲルの水分を抜き取ることでエアロゲルが得られるわけだが、普通の乾燥方法では水分を完全に抜き取ることができない。そこで用いられるのが超臨界乾燥だ。

物質を高温、高圧にすると気体と液体の性質を併せ持つ超臨界状態となる。超臨界状態の物質は高い拡散性を持つため、ゲル内部を動き回って水分を強制的に押し出す。一方で、ゲルの固体骨格は破壊せず、構造を保った多孔質固体が形成される。こうして出来上がるものがエアロゲルだ。

重量の割には大変強靭なエアロゲルだが、脆いことには変わりない。断熱材として利用するにあたってはその強度や熱耐性の向上が課題であった。現在は材質の模索だけでなく、繊維複合などで強度や熱耐性の強化が図られている。

NASAではエアロゲルを火星探査機の電子部品保護用断熱材として活用してきた。2003年、火星探査ローバーである「スピリット」と「オポチュニティー」は、エアロゲルを使用し、正常に動作すること確認している。

この他、スペースシャトルの断熱材やロケットの液体水素貯蔵タンク外壁などにもエアロゲルが用いられている。

地上の人間も技術の恩恵を受けることも

冒頭で述べた温度や重力の他、宇宙空間は真空に近い環境であり、大気圏で多くが吸収される宇宙線が飛び交うなど、地上とは異なる環境となっている。一方で、そのような環境で利用する素材だからこそ、新素材の開発が進み、場合によっては地上の人間生活で活用されるケースも考え得る。

宇宙開発においては、主に国家予算の面で「火星に水がある、それが人間に何の関係がある?」といった懐疑論が出ることもあるが、必ずしも宇宙探査だけが技術の使途になるとは限らない。今後も、素材以外の宇宙関連技術について追跡していく。



参考文献:
 ※1:航空宇宙材料の考え方と実際, 塩谷義, 『材料』1999年9月(リンク
 ※2:3D Printed Rocket Launched Using Innovative NASA Alloy, NASA(リンク
 ※3:LEAP 71 hot-fires 3D-printed liquid-fuel rocket engine designed through Noyron Computational Model, LEAP71(リンク
 ※4:Review on nanocomposites based on aerospace applications, Mohamed Thariq Hameed Sultan他, 『Nanotechnology Reviews』2021年4月28日(リンク
 ※5:PMMA/MWCNT nanocomposite for proton radiation shielding applications, John T W Yeow他, 『Nanotechnology』2016年4月29日(リンク
 ※6:Thermoplastic Polyurethane Elastomer Nanocomposites: Morphology, Thermophysical, and Flammability Properties, Ofodike Ezekoye他, 『Journal of Nanomaterials』2010年4月22日(リンク
 ※7:An Investigation of Compressive and Shear Strength of Char from Polymer Nanocomposites for Propulsion Applications, Joseph Koo, ARC(リンク
 ※8:Aerogels for Thermal Protection and Their Application in Aerospace, Baosheng Xu他, 『Gels』2023年7月(リンク
 ※9:Development of a Thermal Control Architecture for the Mars Exploration Rovers, Keith S. Novak, 『AIP Conference Proceedings』2003年1月28日(リンク
 ※10:Theoretical modeling of carbon content to minimize heat transfer in silica aerogel, R. Greif他, 『Journal of Non-Crystalline Solids』1995年6月2日(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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