深部体温測定を実現する「熱流束方式」とプロダクトの実例
深部体温測定は人体の状態を正確に把握するために用いられ、健康管理、医療、スポーツなどさまざまな分野で応用が広がる。本稿では深部体温測定の原理と活用事例を紹介する。
深部体温測定とは?より正確な健康状態の把握につながる
人体は代謝、疲労、睡眠などと関連する周期的なリズムを有し、生活習慣とこのリズムにズレがあると睡眠障害などの悪影響が生じる。健康増進を目指すにあたってはこのリズムを把握することが重要だ。深部体温測定はこの体調リズムを非侵襲に推定できるツールとして注目を集めている。
人体表面の体温は周囲の気温や風量、日照量によっても変動してしまい、体調のリズムを正確に把握する目的での利用は難しい。
対して、脳や臓器など体の中心的な機能を担う部位周辺の体温(深部体温)は外部の影響を受けにくい。人体のリズムや健康状態をより正確に反映し、この情報をさまざまに活用することが可能となる。
熱流束測定方式について|NTTグループが開発
正確な体温測定が求められる医療現場においては、舌下や耳穴に温度計を挿入して体温が測定されてきた。センサーを直腸や肺動脈などに挿入し、温度を測定する方法もある。しかし、これらの方法は侵襲的であるため、被測定者の負担が大きい。
健康管理やライフサイエンス分野で活用するためには、より気軽に、長時間測定できる深部体温計が求められる。こうした要請から、パッチ状のセンサを皮膚表面に貼り付けるだけで深部体温を間接的に測定できる熱流束測定方式が開発された。本稿ではNTTジャーナルのウェアラブル深部体温センサー技術に関する記事を参考に、その測定原理を簡単に紹介する。
測定原理
通常、皮膚表面は外気に熱を奪われ続けるため、皮膚表面温度は深部体温より低くなる。ここで、深部体温からどれだけ温度が下がったか、つまり、深部から皮膚表面までにどのような温度勾配があるのかが分かれば、皮膚表面の温度から深部体温を推定することが可能だ。
この温度勾配の算出に用いられるのが熱流束という概念で、これは単位時間に単位面積を横切る熱量を指す。熱流束は既知の熱伝導率を持つ薄い板において、両面の温度差を測定することで算出可能だ。熱流束は温度勾配に依存して変化するため、熱流束が分かれば温度勾配が分かる。
NTTの深部体温測定センサでは、センシング部以外へ漏れることで測定誤差の原因となる「熱損失」を抑制するために、パッケージの構造と素材を工夫した。センサー周辺を高熱伝導材で覆うことにより、強い風が吹いても測定誤差を小さく抑えられる。
深部体温・温度測定の活用事例4分野
熱流束による深部体温測定の信頼性が増し、気軽に深部体温が測れるようになったことで、さまざまな分野で応用が始まっている。
熱中症予防
Biodata bankの「熱中症対策ウォッチ カナリア」は熱中症のリスクを検知し、振動、音、光で危険を知らせるウェアラブルデバイスだ。手軽な価格と仕様、使いやすさにこだわり、2019年には公益財団法人日本デザイン振興会が選定するグッドデザイン賞にも選ばれた。
深部体温測定を利用した熱中症予防デバイスは、熱中症リスクをより正確に可視化し、猛暑での事故防止に寄与する。
手術時体温測定
手術中には患者の体温が急速に低下することもあり、これをいち早く察知するためにも正確な体温測定が必要だ。直腸温の測定では手術中に測定位置がずれることで不正確な数値が現れることもあり、麻酔を使った手術などではより手軽かつ確実な体温計測が求められてきた。
3Mはこうした手術中の正確な体温測定を目的として、3Mベアーハガー深部温モニタリングシステムを開発した。麻酔医師へのアンケート結果から体温測定機器に求められる性能を抽出し、「測定が簡単であること」、「精度が高いこと」、「幅広い手術に対応できること」、「低侵襲であること」などの回答を得、これらがシステム開発に活かされている。
ベアーハガー深部温モニタリングシステムは額にセンサーを貼り付けるだけで正確な体温測定ができ、25℃〜43℃までの体温計測が可能だ。NTTなどが進める熱流束計測とは少々原理が異なり、センサーが深部体温と同じになるように微量の熱を加え、熱的平衡状態を作り出すことで、正確な測定を実現している。
健康・スポーツ
「CORE」はアスリート向けの深部体温計測装置だ。同名のスイス企業がメーカーで、日本ではセロトーレとWINSPACE JAPANが代理店を務めている。
タグ状でベルトを用いて固定し、皮膚に接触させて利用する。12gと軽量であるが、内部の充電池により6日間の連続センシングが可能だ。専用のアプリを用いて取得したデータを確認でき、効率のよいトレーニングや熱中症予防に寄与する。
アスリートを通じて得られたデータから熱とパフォーマンスの関係についての研究を進め、COREを使った新たなトレーニング法を提案している。
工業
スイスのGreentegは健康・スポーツ・医療分野の他、建築やフォトニクスなどの工業分野でも深部温度測定事業を展開してきた企業だ。熱流束検査は建材の損傷検査、断熱性能検査、建築工事の最終検査に利用でき、より安価なチェック体制の確立に寄与する。
フォトニクス分野では熱流束測定がレーザー出力の計測や正確な位置決めに利用される。産業分野であればレーザーを用いた溶接、切断、穴あけなどの出力管理、学術的なレーザー装置にも組み込まれる。熱流束測定はより精密なレーザー制御の実現に寄与する。
まとめ
深部体温の本格的な活用はまだ始まっていない。
熱中症や疲労などのすでに取り組まれているヒトの状態把握はともかく、他の応用可能性については、深部体温と様々な健康状態の関連性を探るところの研究から行う必要があり、まだ時間がかかりそうである。
一方で、睡眠や眠気、免疫などとの関連性も指摘されており、特に健康用途においては重要で、興味深い生体パラメータの1つと言え、同分野に注目する企業担当者も多いのではないだろうか。まずは熱中症などのわかりやすい用途から始まり、次のキラーアプリケーションがどのようになるのか、研究例を掘り起こし、その可能性について深堀りしていく必要があるだろう。
参考文献:
※1:睡眠と生体リズム, 本間研一他, 『日本薬理学雑誌』2007年6号(リンク)
※2:体内リズムの可視化をめざしたウェアラブル深部体温センサ技術, 瀬山倫子他, NTT技術ジャーナル(リンク)
※3:Biodata bank(リンク)
※4:2019グッドデザイン賞(リンク)
※5:周術期体温管理の取り組み ~3M™ ベアーハガー™ 深部温モニタリングシステムの活用を中心に~, スリーエムジャパン(リンク)
※6:3M™ ベアーハガー™ 深部温モニタリングシステム, スリーエムジャパン(リンク)
※7:CORE(リンク)
※8:Get in touch with us, CORE(リンク)
※9:Thermal Transmittance Measurement Solutions, Greenteg(リンク)
※10:Laser Sensors for Existing Laser Devices, Greenteg(リンク)
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