fNIRS・機能的近赤外分光法がひらく、脳と医療の将来。開発する3社のデバイス、社会貢献事例も紹介
fNIRS、機能的近赤外分光法は近赤外領域の光を用いる分光測定手法で、脳神経活動を非侵襲に計測できる。本稿では、fNIRSの医療応用や測定装置メーカーを紹介する。
fNIRSとは?MRIなどと比べて利用が容易
近赤外分光測定(Near InfraRed Spectroscopy、NIRS)は、近赤外領域で光の波長を掃引し、測定対象の光吸収スペクトルを得る。その中でも特に、機能的近赤外分光法(functional NIRS、fNIRS)は、脳神経活動と脳血流変化との相関に基づき、脳内血中酸素の計測により脳の賦活(活性)状態を測定する手法だ。
人間が何らかの外部刺激を受けたり、タスクをこなしたりすると、脳は局所的に賦活化し、同時にその部位での血流が増加することが知られている。ただし、脳に照射された赤外光は複雑な経路を辿って受光素子に至るため、測定対象となる物体の正確な定量化はできない。一般には、脳神経を活発化させる刺激を与え、その前後での賦活状態の差を観察する。ここで、刺激を受ける前後で赤外光が辿る経路は変化しないものと仮定している。
脳血流測定にNIRSを用いるのは、近赤外光が生体の皮膚を透過するためだ。細胞膜に含まれるリン脂質は大きな分極を持ち、可視光を散乱させる。対して、近赤外光は生体組織による散乱が比較的小さい。このため、NIRSであれば、生体を透過してより深い領域を計測できる。
実際にNIRSで測定できるものとして、酸素化ヘモグロビン及び脱酸素化ヘモグロビンが挙げられる。両者はNIRSによる吸収スペクトルが異なり、この違いからそれぞれの量の変化を測定できる。
メリット
脳神経活動を定量化する手法としてはNIRS、そしてfNIRSの他にも、脳磁図(MEG)、陽電子放射断層撮影法(PET)、機能的磁気共鳴映像法(fMRI)、脳波計(EEG)などが挙げられる。それぞれ、磁気、ガンマ線、電磁波、電位を測定するもので、それぞれに時間分解能や空間分解能、測定対象が異なる。
fNIRSは時間分解能も空間分解能も低いが、装置が小型で非侵襲という特徴を持つ。被験者が固定されている必要もないため、日常と近い状態で計測を行うことが可能だ。
医療応用されるケース|うつ病診断、リハビリの例
fNIRSは、上述したような特徴から比較的気軽に利用できるため、脳機能研究に留まらず、医療分野での応用も進められる。
うつ病の診断
従来、問診や記入式の方法などによって診断されていたうつ病だが、脳機能マッピング技術が補助的に利用できることが分かってきた。
これはNIRSに関連した研究だが、うつ病の症状が重い患者ほど言語を介したテストの最中における脳の賦活反応性が低いという相関が報告されている。ただし、薬物治療によってうつ病症状の改善が見られたにも関わらず、脳の賦活反応には大きな変化がなかった症例もあり、NIRSの結果が絶対ではないことにも注意が必要となる。
島津製作所は、薬事認証を受けたfNIRS医療機器であるOMM-3000シリーズがうつ病の鑑別診断補助に利用されている、としている。
リハビリ
リハビリテーションの分野においては、ニューロフィードバックという治療法とfNIRSとを組み合わせての活用が検討されている。
ニューロフィードバックとは、脳機能活動をモニタリングし、その情報を活用することで効率向上を目指すトレーニング法だ。この他、さらに直接的に、脳に電気刺激などを与えることで一部の脳神経活動を強化したり抑制したりすることはニューロモジュレーションと呼ばれ、ニューロフィードバックと併用するケースがある。
ニューロフィードバックはリハビリにおいて一定の効果が報告されているものの、プラセボ効果ではないかという疑念も残る。ニューロフィードバックの効果を高めるためには、脳神経活動と人体の物理的運動との関連について、さらなる研究が必要だ。
fNIRS、NIRSでは、MRIにおいて実質的に不可能である「歩行状態」における脳神経活動の測定ができ、リハビリテーションなどの体を大きく動かす用途において、より優位性を持つ。
3社が開発したデバイス|Kernel、島津製作所、NIRx
ここからは、fNIRS製品を開発している企業を紹介する。
Kernel
Kernelは2016年に設立され、ハードウェア製品であるFlowを開発。さまざまな研究機関と協力してうつ病診断や脳機能に関わる薬剤の効果検証に携わり、その成果を多数報告している。例えば、アルコールが脳機能に及ぼす影響について、Flowを用いて調べた結果が2023年6月、Scientific Reportsに掲載された。
2023年7月には、より使いやすく、携帯性を高めたFlow 2を発表した。Flow 2はfNIRSだけでなく、EEG測定器も備える。3.7Hzのサンプリングレートで、頭部のほぼ全体の血流測定をカバーする。
ゲームをする人の脳をFlowで測定する模様
島津製作所
島津製作所は1980年代後半からNIRSによる生体計測の研究に着手し、1991年には国内初の臨床用無侵襲酸素モニタOM-100Aをリリースした。以降、研究用途の精密測定に特化したLABNIRSや、より携帯性を重視したLIGHTNIRSなどさまざまな光脳機能イメージング装置をリリースしている。
また、島津製作所はニューロフィードバックによるリハビリ介助技術について、慶應義塾大学、大阪大学、川崎医科大学らと共同で研究を進めている。
LIGHTNIRSの紹介動画(欧州版)
NIRx Medical Technologies
NIRx Medical Technologiesは、ニューヨーク州立大学ダウンステート医療センターとニューヨーク大学工科大学(現タンドン校)らの研究グループが2000年に設立した企業。原子核物理における中性子散乱の理論を発展させ、光イメージング技術を確立している。
スポーツ分野においても活用できる高い汎用性やモジュール性を特徴とし、EEGやMRIとの同時測定も念頭においたデバイス設計を行っている。
まとめ|診断やリハビリだけでなくfNIRSを使った研究にも期待
fNIRSがうつ病の診断を補助できるデバイスであるのは、前述の通りだ。日本においてもうつ病は社会的課題として認知されているが、各国の自殺者数から東アジア全体、南アジア地域は、とりわけ患者数が多い地域であると推定されている。
一方で現状では、「診断」ではなく、あくまで補助や研究用となる。ウェアラブル化しやすく、非侵襲の測定が可能であるという利便性はあるが、Kernelもスタートアップ業界で注目されて以降、キラーアプリケーションを見つけられていないように見える。
本格的にこのデバイスが注目されるようになるのは、fNIRSを活用した疾患診断やメンタルヘルスの診断などでFDAの医療機器認定を取得するような動きが出てきたタイミングだろう。
診断面での貢献だけでなく、fNIRSが有効な治療に結びつく研究成果が示される日を待ちたい。
参考文献:
※1:機能的近赤外分光法(fNIRS)の医療応用, 井上芳浩, 『信頼性』2016年4号(リンク)
※2:Neurovascular coupling in humans: Physiology, methodological advances and clinical implications, Philip N Ainslie他, 米国立医学図書館(リンク)
※3:生体はどうすれば透明になるか?, 曽我公平他, 『ぶんせき』2020年11号(リンク)
※4:『近赤外光イメージング装置を用いたヒト脳機能研究 - fNIRS の基礎 -』, 島津製作所(リンク)
※5:3 .NIRS を用いたうつ病研究, 笠井清登他, 日本生物学的精神医学会誌28巻4号(リンク)
※6:近赤外分光法 (NIRS) のリハビリテーションへの応用, 三原雅史, 『The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine』2016年6号(リンク)
※7:Change in brain asymmetry reflects level of acute alcohol intoxication and impacts on inhibitory control, Katherine L. Perdue他, Scientific Reports(リンク)
※8:Kernel Introduces Flow2: Revolutionary Advanced Neuroimaging Technology Enabling Precision Neuromedicine, Kernel, Business Wire(プレスリリース)(リンク)
※9:近赤外光脳機能イメージングによる脳機能研究の展開, 島津製作所(リンク)
※10:LABNIRS(ラボニルス), 島津製作所(リンク)
※11:LIGHTNIRS(ライトニルス), 島津製作所(リンク)
※12:NIRSニューロリハ, 島津製作所(リンク)
※13:Our story, NIRx Medical Technologies(リンク)
※14:NIRSport2, NIRx Medical Technologies(リンク)
※15:「世界と日本と自分のうつ病」, 杉浦寛奈(リンク)
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