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2024年時点でのヒューマノイド開発の最新技術トレンドと産業応用

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近年、ヒューマノイドロボットの開発は再び注目を集め、その進展は産業界での利用を前提とした実用化へ向かっている。研究や試作段階のヒューマノイドが主だった状況に、変化が見えているということだ。

ヒューマノイドが実用化すれば、製造、物流、商業サービスといった業界での自動化が進み、労働力不足や肉体的に過酷な作業の代替手段として期待が高まる。

本稿では、2024時点でのヒューマノイド開発動向について取り上げる。

再燃するヒューマノイドの開発

1990年代から2000年代に、ヒューマノイドの研究は日本企業を中心に盛んに行われ、特にHONDAの「ASIMO」は世界的に注目を集めた。ASIMOが階段を上ったり、軽やかに走ったりする姿がメディアに映り、印象に残っている方も多いのではないだろうか。

2010年代になると、開発コストの高さや実用化の難しさなどから、ヒューマノイドの研究は次第に落ち着いていった。企業もその開発から一時撤退する傾向が見られた。一方、この時期に開発されたヒューマノイドには、ソフトバンクの「Pepper」やヴイストンの「Sota」のような、人間の四肢の動きを真似るというよりコミュニケーションに軸を置いたヒューマノイドが目立つ。

2020年代に入り、ヒューマノイドの開発が再び注目を集めている。特に米国や中国の企業がこの分野での先駆者となり、商業利用を視野に入れたヒューマノイドの開発を積極的に進展中だ。背景には、人手不足による労働の代替ニーズの高まりという側面と、ヒューマノイドと親和性の高い技術の発展という側面がある。

しかし、「ロボットが人間の形をしている必要があるのか」という疑問もあるかもしれない。

ヒューマノイドを開発するAgility Roboticsは、なぜロボット(ヒューマノイド)に足が必要なのかという問いに対し、「人の環境の中で活躍するため(=様々な用途で活躍させるため)」だと説明。同社は、階段や屋外の段差がある場所など、人間が行ける場所での活動を想定したロボットを開発する。

人間と同じ環境で働き、労働力の代替や補助としての活用には、人間の形のロボットが求められるケースも多々あるということだろう。

近年見られるヒューマノイドの技術トレンド3つ

ヒューマノイドと親和性が高い技術が発展し、近年の開発と成果に結びついている。ここでは、ヒューマノイドの技術トレンドとして強化学習、LiDARとSLAM、生成AIの3つを解説する。

1. 強化学習による運動制御

近年、ヒューマノイドの運動制御には強化学習(Reinforcement Learning)が応用されるようになった。従来の制御対象をモデル化した動作制御と比べ、強化学習はロボットが自ら環境を学習し、より自然な動作を自律的に生成する能力を持つ。この技術は、特にセンサーからの生データを基にしてリアルタイムでロボットの動きを制御する点で、従来の制御と異なる。

千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo)では、バーチャル空間上で4096台のロボットを同時にシミュレートし、約2万世代にもわたる訓練を行う。この学習プロセスはわずか5時間という短時間で完了し、「Sim-to-Real」という技術を用いてバーチャル環境で得られた学習成果を実際のロボットに実装。リアルな環境では再現が難しい複雑な動作を、仮想空間での大量のデータを活用して短期間で習得できる点が大きなメリットとなっている。

中国スタートアップ、Unitreeの「Unitree G1」も強化学習を用いて膨大な数のヒューマノイドをバーチャル空間上で学習させている様子が見られる。

Unitree G1の動画(TechShare制作)

2. LiDARの小型化とSLAM技術の発展

ヒューマノイドの進化において、周辺環境の認識と自己位置推定は不可欠な要素である。

そこで用いられるのが、レーザーでの検出・計測ができるLiDAR(Light Detection and Ranging)技術だ。

2010年代前半のメカニカルLiDARは非常に高価だったが、最近の進化により半導体技術を基盤としたソリッドステート式LiDARの小型化が進み、ヒューマノイドにも搭載可能なサイズとなった。 

LiDARの小型化により、ロボットは高精度な環境マッピングと自己位置推定が可能となる。

さらに、SLAM(Simultaneous Localization and Mapping)技術と組み合わせることで、周囲の環境をリアルタイムで把握しつつ、自律的にナビゲートできる能力を大幅に向上。SLAM技術は、LiDARのデータを基にロボットが移動しながら、未知の環境の地図を生成し、自分の位置を高精度に把握する技術である。この技術の進歩により、ヒューマノイドは複雑な環境での移動ができ、高度な自律性を獲得している。

3. 生成AIの適用

生成AIの進化により、ヒューマノイドは人間の言葉を理解し、プログラムやティーチングといった教示動作をしなくても自律的に命令を実行する技術が発展した。

例えば、Agility Roboticsの「Digit」では、大規模言語モデル(LLM)を活用して、自然言語での指示を理解し、それをロボットの動作指令に変換する技術を保有する。例えば、人間が「部屋を片付けて」と命令すると、Digitがごみを認識し、種類別に分けて捨てるデモを行っている。

Digitが片付けを行う動画

従来のプログラムにない指令であっても、LLMを通じて適切な動作に変換される。このような生成AIの適用により、プログラムされたタスクに縛られることなく、より柔軟で直感的なロボット操作が可能になった。

ヒューマノイドはその形状から、人間と一緒に働くことを想定している。人間の言葉による指示を受けて命令を実行できる生成AIとの親和性は高い。生成AIの適用は、産業分野から家庭、そしてパーソナルアシスタントとしてのヒューマノイドの普及を加速させる要因となり得るだろう。

注目のヒューマノイドロボットスタートアップ|米中3社を紹介

ここでは、近年注目を集めるヒューマノイドロボットスタートアップ3社を紹介する。

取り上げる3社の概要。公開情報を基に編集部制作

1. Agility Robotics

ここまで何度か取り上げたAgility Roboticsは、米・オレゴン州立大学発で2015年に設立したスタートアップ。同社のヒューマノイド「Digit」は、倉庫や物流センターの作業自動化、労働力不足解消の代替を目指す。

Digitの身長は5フィート9インチ(約175センチメートル)、最大積載量は35ポンド(約16キログラム)。足の膝関節を逆関節にすることで深くしゃがみ込み、低い棚の荷物もピッキング可能となっている。

作業する「Digit」(リコーUSAプレスリリースより)

Agility Roboticsは、「Digit」とクラウドベースの自動化プラットフォーム「Agility Arc」を組み合わせ、ロボットの動作やワークフローを設計・管理できるソリューションを提供。この柔軟性の高いソリューションは、既存のインフラに最小限の変更で導入でき、物流や製造現場での作業を迅速に自動化できる利点がある。

さらにDigitは、前述の通り生成AIを活用しており、人間の言語指示を理解して動作に反映する機能を持つ。2023年10月からは、Amazonの倉庫で試験運用されている。

2.Figure AI

Figure AIは、ヒューマノイドの開発に特化した米カリフォルニア州に拠点を置くスタートアップ。同社が2024年8月に発売した新型ヒューマノイド「Figure 02」は、人間のような5本指の手を持ち、周囲を認識する6つのカメラを備えている。

Figure 02の公式動画

こうしたカメラからの情報を、Figure 02は画像言語モデル(VLM)で処理。視覚的情報や言語情報からタスクを実行する。

これにより、人間の指示を自然言語で受け取り、その指令に基づいてロボットが複雑な作業を遂行することが可能だ。例えば、「コーヒーを作って」という指示に応じて、コーヒーメーカーを操作するといったデモを行っている。

Figure 02がコーヒーをつくる模様

Figure AIは、製造業の自動化でも成果を上げている。2024年6月には、BMW Groupの米サウスカロライナ州スパータンバーグにある工場で、Figure 02を用いた金属板部品の組立の試運転に成功と発表した。BMWは今後も引き続きFigure 02を活用してデータ収集を進める予定だ。

3.ENGINEAI

ENGINEAI(衆擎機器人)は、2023年に設立した中国・深センを拠点とするスタートアップで、低価格な汎用型ヒューマノイドの開発に注力している。

特に注目されているのは、同社が発表した二足歩行ロボット「SA01」で、価格は3万8500元(約80万円)。これまでのヒューマノイドは安くても数百万円オーダーの中、この価格は破格だ。

また、同社は技術のオープンソース化を進めており、動作制御アルゴリズムを公開することで、個人の開発者や研究者がヒューマノイド技術へのアクセスを容易にしている。このオープンソース戦略により、研究分野や教育機関でも同社のロボットが活用される機会が広がっており、すでに清華大学や北京大学などとの販売協力を結んでいる。

さらに、衆擎機器人は年内に複数のヒューマノイドを発売すると発表した。自動車、電池、半導体、家庭用など複数の分野に適したものであるという。

まとめ

ヒューマノイド開発における2024年を振り返ると、米国・中国を中心としたスタートアップにより開発が加速した点が挙げられる。また、物流業や製造業での試験運用も盛んで、労働力の代替や補助としての活用に現実味が出てきた。

これまでのヒューマノイド開発は、コストの高さや汎用性の追求が障害となり、実用化に至らないケースばかりであった。今後、どのように実用化、商用化に結びつくかのステージに移りつつある。

 


参考文献
※1:進化した新型「ASIMO」 技術応用で原発作業も, ANNnewsCH(YouTube)(リンク
※2:Why our humanoid robot has legs, Agility Robotics(YouTube)(リンク
※3:ロボット設計に革命の「異世界転生」技術が凄すぎた!ホリエモンが千葉工業大学fuRoを訪問, 堀江貴文 ホリエモン(YouTube)(リンク
※4:Using an LLM to direct our robot Digit., Agility Robotics(リンク
※5:Agility Robotics(リンク
※6:Figure(リンク
※7:Successful Test of Humanoid Robots at BMW Group Plant Spartanburg, BMW Group(リンク
※8:ENGINEAI(リンク
※9:众擎机器人发布首个全开源专业级双足人形机器人,3个月内将发布全尺寸, CyberDaily(リンク
※10:小鹏“鹏行智能”创始人再创业:完成近亿天使轮融资,首款人形机器人仅售3.85万元, 邱暁芬, 36kr(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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