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米ボストンでロボティクス産業のイノベーションハブであるMassRoboticsとは?日本企業・自治体とも協業中

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ロボティクス技術の進化は、産業界に大きな変革をもたらしている。自動化、効率化、そして人間との共生を実現するロボットの開発と導入が、製造業からサービス業まで幅広い分野で進む。

米ボストンを拠点とするMassRoboticsは、こうした潮流を生み出している非営利団体だ。世界最大級の独立系ロボティクス・イノベーションハブとして、スタートアップの育成から大企業との連携まで、包括的なエコシステムを構築している。

本稿では、MassRoboticsの取り組みと、そのエコシステムが生み出すロボティクス技術について取り上げる。

ロボティクス産業の現状と課題は?さまざまなリソースが不足

ロボティクス産業は、21世紀の産業革命(インダストリー4.0)の中核を担う存在として急速な成長を遂げている。自動化技術の進化、人工知能(AI)の発展、そしてIoTの普及により、ロボットの適用領域は従来の製造業だけでなく、医療、農業、物流、サービス業など多岐にわたる分野へと拡大した。国際ロボット連盟(IFR)の報告によれば、2022年の産業用ロボットの設置台数は55万台超に上り、前年比5%増だった。

しかし、成長と同時に、ロボティクス産業は複数の課題に直面している。

第一に、技術の高度化に伴う開発コストの上昇がある。特に今後、開発が加速していくと考えられるAI搭載型ロボットや高度な自律性を持つロボットの開発には、膨大な資金と時間が必要だ。資金調達が生命線となるスタートアップにとってはハードルが上がる要因となる。

第二に、人材育成の問題がある。ロボティクスエンジニアの需要が高まる一方で、高度な専門知識を持つ人材の供給が追いついていない。FA・ロボットシステムインテグレータ協会の調査によると、98%の企業が「エンジニアが不足している」と回答している。

これらの課題に対して、スタートアップ企業の育成支援や産学官連携の強化など、包括的なアプローチが求められている。ここで重要な役割を果たすのが、イノベーションハブとしてのMassRoboticsである。

MassRoboticsとは?概要と使命

MassRoboticsは、2015年にボストンに設立された非営利団体。その主たる使命は、次世代のロボティクス企業の創出と成長を支援することだ。具体的には、起業家やスタートアップ企業に対して、施設の提供やスポンサー企業の存在を元にした資金面での支援、学生へのSTEM(Science、Technology、Engineering、Mathematicsの略)教育を支援している。

MassRoboticsの特筆すべき点は、単なるインキュベーション施設にとどまらず、包括的なエコシステムの構築をもしていることだ。スタートアップ企業、大企業、学術機関、政府機関など、ロボティクス産業に関わる多様なステークホルダーを巻き込んでいる。

また、MassRoboticsは地域性にとらわれない活動を展開。ボストンに本拠地を置きながらも、グローバルなロボティクスの加速と運用を支援し、国内外のスタートアップ、大企業や自治体と協力関係を築いている。

MassRobotircsの施設に入居するスタートアップと縁のある場所(同団体プレスリリースより)

MassRoboticsの活動は、前述のロボティクス産業の課題に対するソリューションともいえるだろう。開発コストの問題に対しては共有リソースの提供や資金調達支援を、人材育成には教育プログラムの提供やロボットコンテストの主催を行うなど、多角的なアプローチを採っているからだ。

次に、MassRoboticsのエコシステムについて取り上げる。

MassRoboticsのエコシステム|米国外でも活動

MassRoboticsのエコシステムは、ロボティクス産業の発展を加速させる独自の生態系を形成している。このエコシステムは、スタートアップ支援、スポンサー企業の参画、そして国際的なネットワークの3つの柱から構成されている。

スタートアップ支援の仕組み

MassRoboticsのスタートアップ支援は、包括的かつ実践的なアプローチを特徴としている。その核心は、スタートアップの成長段階に応じた柔軟な支援体制にある。

1. 物理的リソースの提供: MassRoboticsは、ボストンにて所属スタートアップが自由に使える施設を運営している。この施設には、オープンスペース、プライベートオフィスなどのオフィス環境がある。さらに、3Dプリンター、レーザーカッター、各種ロボットアームなど、ロボティクス系スタートアップに必要な設備を共有リソースとして提供。これにより、初期投資を抑えつつ、高度な製品開発が可能となる。

2. 専門家(メンター)のネットワーク: MassRoboticsは、ロボティクス、経営、投資の各分野に精通した専門家(メンター)のネットワークを有する。メンターが、技術的課題に対するアドバイスや、起業・経営の情報提供を行う。ロボティクス系企業のエンジニアや、スタートアップと投資家をつなぐプラットフォームのCEO、大学教授など、メンターは幅広い人材から構成されている。

スポンサー企業の役割

MassRoboticsのエコシステムにおいて、スポンサー企業はスタートアップへの資金提供の柱となり、重要な役割を果たしている。スポンサー企業にとっても、最先端のスタートアップと協力関係を築き、自社の新規事業のシーズを探す機会となるだろう。

年間スポンサーには、Amazon RoboticsやFESTO、AMD、三菱電機などとなっている。

国際的なネットワーク構築

MassRoboticsは米ボストンに拠点を置くが、国際的な展開も見せる。国際的なネットワーク構築の取り組みを取り上げる。

 International Immersion Program 

MassRoboticsのInternational Immersion Programは、米国で事業をしたい国際的なスタートアップ向けのプログラム。この存在により、MassRoboticsは米国以外のスタートアップとのつながりを構築し、スタートアップは米国での事業展開を加速できる。

ボストンにあるMassRoboticsでの対面プログラムを通じて、次のようなことを学ぶことができる。

  1. 米国市場の参入戦略
  2. 米国の法的構造
  3. 資金調達

国際展開

MassRoboticsは米国以外のスタートアップ、パートナー企業、投資家とのマッチングを支援している。

最近の例としては、2024年5月に横浜市との連携イベント「Tech Startup Meetup in Yokohama」を開催した。このイベントでは、スタートアップ企業のアルケリス、UNTRACKED、輝翠(きすい)TECHなどが参加し、日本企業とのネットワーキングの機会が提供された。

Tech Startup Meetup in Yokohamaは横浜ランドマークタワー内にあるイノベーション拠点点「NANA Lv.(ナナレベル)」で開催された。なお、横浜ランドマークタワーを運営する三菱地所もMassRoboticsのスポンサーとなっている(写真は横浜市プレスキットより)

横浜市との連携は、MassRoboticsのグローバル展開戦略の一例であり、日本のロボティクス産業との連携強化を図るもの。同時に、横浜市にとっては、国内外の技術系スタートアップとの共創によるイノベーション創出の機会となる期待がある。

このようにMassRoboticsのエコシステムは、スタートアップ支援、スポンサー企業の参画、国際的ネットワークが有機的に結合することで、ロボティクス産業におけるイノベーションを加速させている。

MassRoboticsが支援する注目スタートアップ3社

ここではMassRoboticsのエコシステムから生まれたスタートアップ3社を取り上げる。

取り上げる3社の概要(公開情報より編集部制作)

Realtime Robotics

Realtime Roboticsは、ロボットのモーションプラニング(動作計画)を最適化するソフトウエア技術を開発している。同社のコア技術は、複数のロボットアームが同一ワークセル内で衝突なく動作するための、リアルタイムの動作計画アルゴリズムだ。

こうした技術により、製造業における生産性向上と自動化の加速が期待される。2024年5月には、MassRoboticsのスポンサーでもある三菱電機主導のシリーズB資金調達が完了。この発表時には、Realtime Roboticsの取締役として三菱電機から人員が派遣されることも明らかにされた。

MassRoboticsの企業紹介動画

American Robotics

American Roboticsは、自律型の商用ドローンシステムを開発するスタートアップ。特筆すべきは、米連邦航空局(FAA)から有人操縦者なしでの型式証明を取得したことだ。航空会社に関連するもの以外では、無人航空機としては初めてのケースとなった。

FAAの型式証明を受けたAmerican Roboticsのドローン(American Roboticsプレスリリースより)

同社のドローン技術は、防犯、エネルギー、インフラ点検など、広大な領域の監視や検査が必要な産業での活用が期待される。特に人間が立ち入りにくい危険地域や広大な農地での利用価値も高いと考えられるだろう。

また、同社は2021年に無線企業のOndas Holdingsに買収されたことは、同社の技術と市場価値の高さを示している。この結果はMassRoboticsの支援企業としても、成功例の一つとなった。

Andromeda Robotics

Andromeda Roboticsは、オーストラリアのメルボルンを拠点とするロボティクスとAIのスタートアップである。

主な製品は「Abi」と呼ばれるコンパニオンロボットで、特に孤独や社会的孤立に苦しむ高齢者、病院にいる子供たちに向けて設計されている。Abiは高度な人工知能と機械学習を駆使して、人間と対話し、顔を認識し、過去のやり取りから会話のカスタマイズが可能だ。

現在はAbiの生産フェーズに移っており、2024年中に50の施設・家庭への導入を目指す。また、オーストラリアで介護施設を運営するBolton Clarke Groupの1社、Allityと提携し、Abiの初期トライアルを進める計画だ。

MassRobotics所属のスタートアップが$1b超を調達

MassRoboticsは2024年8月、所属するスタートアップ企業の資金調達累計額が$1b(約1530億円)を突破したと発表した。82社が290以上の投資家から資金を調達したという。

この成果は2017年からの累計額で、7年という比較的短期間での金額であることから同組織のエコシステムの有効性を示した。

調達資金で見た際の企業の分野は多岐にわたり、MassRoboticsは以下のグラフをプレスリリースに掲載している。


まとめ

MassRoboticsは、ロボティクス産業におけるイノベーションの触媒として機能する団体だ。その包括的なエコシステムは、スタートアップの育成からスポンサー企業の参画、さらには国際的なネットワーク構築まで、ロボティクス技術の商業化と普及を多角的に支援する。

今後、MassRoboticsを中心としたエコシステムがさらに発展し、ロボティクス技術の社会実装を加速させることで、産業構造の変革や社会課題の解決に大きく貢献することが期待されるだろう。

 


参考文献:
 ※1:国際ロボット連盟、World Robotics 2023レポート 2022年の世界の産業用ロボット設置台数は55万台に 2023年以降も成長続く, オートメーション新聞(リンク
 ※2:引き合いは好調も98%がエンジニア不足/FA・ロボットシステムインテグレータ協会, robot digest(リンク
 ※3:MassRoboticsウェブサイト, MassRobotics(リンク
 ※4:「[Yokohama City×ボストン発イノベーション拠点MassRobotics]Tech Startup Meetup in Yokohama」を開催, 横浜市(リンク
 ※5:Realtime Roboticsウェブサイト, Realtime Robotics(リンク
 ※6:American Roboticsウェブサイト, American Robotics(リンク
 ※7:How Andromeda Robotics’ AI-powered robot Abi is combating loneliness, MassRobotics(リンク
 ※8:Andromeda Robotics Announces World-First Aged Care Trials of New AI-Powered Companion Robot, BUSINESS DAILY MEDIA(リンク
 ※9:MassRobotics resident startups have raised over $1B in seven years, MassRobotics(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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