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開発が進むMNP(磁性微粒子)の用途8例|見込まれるライフサイエンス分野での活用

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MNP(Magnetic Nano Particle)は表面に化学修飾を施した磁性微粒子で、特に医療分野で応用が進む。本稿ではMNPの用途・応用事例を紹介する。

MNPとは?磁石の力をナノサイズで活用

MNP(磁性ナノ粒子、磁性ビーズ、抵抗磁気ビーズ)は医療・生体研究分野で注目を集める先端ナノ材料である。ナノ~マイクロサイズの磁性微粒子(つまり小さな磁石)であり、表面に置換基を付与することでさまざまな機能を持たせられる。外部磁場によって操作できることが最大の特徴だ。

MNPの代表的な用途としては「スクリーニング」が挙げられる。スクリーニングとは多種の物質の中から特定の物質のみを抽出する操作のことである。

スクリーニングにはまず表面修飾を施し、特定の物質のみ選択的に吸着するようにしたMNPを目的物質が含まれる溶液に投入。MNPが目的物質に吸着し終えたら、強力な磁石を外部から近づけて、目的物質を一箇所に集め、同時に溶液を捨てる。すると、容器の中にはMNPと目的物質のみが残り、目的物質のみを捕集することが可能だ。

この他にも、MRI造影剤・薬剤輸送・がん治療など、様々な用途への応用が期待される。

MNPの材質

よく用いられるMNPの材料としてはフェライト(鉄酸化物)系と金属系が挙げられる。

マグネタイト(Fe3O4)やマグヘマイト(Fe2O3)などのフェライトはサイズの調整が容易で、生体適合性に優れる。一方の金属系のMNPは高い飽和磁化を持つが、化学的に不安定で毒性があるため、生体に用いる場合にはコーティングが必要だ。

金属系のMNPは単金属系(Fe、Co、Niなど)と二金属系(FePt、FeCoなど)がある。

MNPの用途は?8つの例

以下ではMNPの幅広い用途について、大阪大学大学院の中川貴教授による論文(参考文献※2)を参考にしながら、取り上げる。

MRI造影剤

原子核を強磁場下に置くと固有の周波数の電磁波と相互作用するようになるが、この現象を核磁気共鳴と呼ぶ。Magnetic Resistance Imaging(MRI)は、H2O中のプロトンで核磁気共鳴を起こし、緩和過程で生じる電磁波から画像を形成する医療機器だ。

核磁気共鳴によって励起した核スピンは、臓器や病変部位で緩和時間が異なるが、これによってコントラストを作り、病巣を特定できる。MRI造影剤は核スピンの緩和時間を短縮し、コントラストをより鮮明にする役割を担う。

従来のMRI造影剤も磁性微粒子であったが、病巣をより正確に造影するためには病巣部位にのみ集積する「ターゲティング技術」を追加することが求められてきた。MNPは表面を修飾して特異的な吸着機能を持たせることができ、病巣の特定精度を向上できることに期待される。

2021年9月には、横浜国立大学とTDKがMNPも用いたイメージング技術を開発したことを発表した。また、動物実験レベルではMNPのMRI利用が実用化されている。

MNP技術について説明する横浜国立大学の一柳優子准教授

スクリーニング

前述の通り、スクリーニングは多種の物質が混在した状態から特定の物質のみを捕集する操作を指す。

MNPは表面修飾を変えればさまざまな物質に吸着でき、病原抗体を検出して診断に応用したり、細胞からタンパク質を単離してその機能を調査したりと医療・生体研究分野で欠かせない存在となった。

日本で献血された血液に対しては、HIV-I、HIV-II、B型肝炎、C型肝炎などのウイルスを増幅して検出する検査が実施されているが、これらウイルスを単離する際にもMNPが用いられている。

磁気ハイパーサーミア

がん患部は血管組織が未発達であるため熱がこもりやすく、42.5〜43℃程度まで加温すれば、がん細胞のみを死滅させられる。このように、がん患部付近を局所的に加温し、がん細胞を死滅させる治療法を抗がんハイパーサーミアと呼ぶ。ハイパーサーミアは他の抗がん治療法と比べ、副作用が少ないことが特徴だ。

従来の抗がんハイパーサーミアは、単に電磁波を照射して誘電加熱を行うものであったが、この方法では正常部位も加温されるため、温度を上げすぎないよう、注意が必要であった。一方、MNPを利用すれば加温部位を狭い範囲に絞ることが可能だ。

磁性粒子に交流磁場を印加すると、その緩和過程で発熱する。サイズや置換基を工夫することでMNPをがん患部付近に集積させ、発熱部位を限定できる。

1997年にはベルリン大学医学部の大学病院であるCharitéからのスピンオフとして、MagForceが設立された。同社は磁気ハイパーサーミア用のMNPや交流磁場の発生装置を開発し、限定した用途に関してEUでの認証を取得したが、2022年7月に破産の手続きを開始した。

磁気ハイパーサーミアについては、その効果や安全性、技術コストについていまだ課題が残る。

ウイルス検出

対象に吸着し、検出が困難な物質の検出を容易にする機能を持つ物質をマーカー、またはラベルと呼ぶ。例えば、蛍光マーカーは光を当てるとその光を吸収し、わずかな時間の後に特定波長の光を放出するが、この時の発光強度によって、対象とする物質を定量的に検出できるマーカーだ。

同様に磁気を用いてマーカーとする技術の開発が進められており、磁気イムノクロマトグラフィーという検出技術が登場した。

MNPを配置した流路にサンプル溶液を流すと、目的とする抗原とMNPが検出部位に凝集する。その後、検出部位から発せられる磁化を検出することで、測定対象である抗原の定量化が可能だ。

イムノクロマトグラフィーは既にインフルエンザの検査や妊娠検査に用いられているが、これらは特定の物質が含まれていた際に検出部の色が変化するもので、定性的であった。対する磁気イムノクロマトグラフィーは定量的な検査ができる点に優位性がある。

また、近年では、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を中心とした研究グループがMNPとウエルアレイを組み合わせた超高感度ウイルス検出技術を開発した。

ウエルアレイとは微小な井戸(一辺 10マイクロメートル、深さ 5マイクロメートル程度)が規則正しく配列されたウイルス検出器だ。MNPでウイルスを捕捉した後、外部磁場によってこれを操作し、ウエルに格納する。インフルエンザウイルスを対象とした実験では、PCR検査よりも10倍高い感度を示し、測定時間はわずか30分程度だったという。

NEDOらの技術はMNPをマーカーとしてではなく、外部磁場によって操作できる粒子として利用している。

当該研究について説明する産業技術総合研究所の藤巻真氏。動画は2017年のもので、現在はさらに研究開発が進んでいる

薬剤輸送

東京工業大学の研究グループは磁気誘導ドラッグデリバリーシステムのための中空ナノカプセルを開発した。このナノカプセルは、約4nmの Fe-Pt MNPがほぼ単層の膜状に集積した構造体だ。

作製手順としては、まず、帯電させたシリカ粒子に対して静電的にMNPを吸着させ、Fe-Ptナノ粒子/ポリマー/シリカ複合体を形成する。その後、超臨界水熱処理を施すとナノ粒子間が融着し、同時にシリカ粒子とポリマーが溶解することで中空網目状の磁気シェルが形成される。

実験室レベルでは、当該磁気シェルを用いたドラッグデリバリーの効果も確認されている。

また、2018年にはイリノイ大学シカゴ校がMNPを利用し、ラットの脊髄腫瘍にがん治療薬を送達することに成功した。

脊髄腫瘍は重要な神経組織に近い位置にあるため切除が難しく、加えて血液脳関門が薬剤の送達を妨げるために薬剤での治療も困難だ。この課題を解決するためにイリノイ大学らはMNPによるドラッグデリバリーを試みた。

ラットの脊髄腫瘍付近には予め磁石を埋め込んでおき、抗がん剤であるドキソルビシンを金属粒子と結合させた薬剤を投与した。この微粒子は磁場によって誘導され、効率的に患部に届いて機能し、正常細胞への副作用も少なく抑えられたという。

再生医療

九州大学のグループでは、MNPを再生医療に利用する研究が進められてきた。

フェライト系のMNPは毒性が低いため、細胞に取り込まれた後も当該細胞は正常に機能し、外部磁場によって細胞を操作することが可能だ。これまでに、希少細胞を磁気で操作しての高密度な培養、微小パターン化磁石による細胞などの磁気パーニング法を開発。さらに、3次元組織構築プロセスで細胞を特定方向へ配向させることに成功している。

筋組織を特定の形状に加工できれば、電気信号で動かせるバイオロボットを作製でき、工学分野への応用にも期待が集まる。

MNPの可能性

このようにMNPはいまだ研究開発段階のものだ。

しかし、その進捗状況から活用、商用化の可能性も感じられる。ライフサイエンス、医工学関連の既存企業にとっては今後、重点的に投資が求められる分野となっていくことも十分、考えられるだろう。

 


参考文献:
※1:Biosensing Using Magnetic Particle Detection Techniques, T. Randall Lee他, MDPI(リンク
※2:磁性ビーズのバイオメディカル応用, 中川貴他, 『低温工学』45巻10号(2010年)(リンク
※3:高感度磁気センサを活用した画像診断技術の開発について, TDK(リンク
※4:磁気ビーズ(SupraBead), リーセンテック(リンク
※5:Nanomedizin zwischen Wissenschaft und Fiktion, Arndt Reuning, Deutschlandfunk Kultur(リンク
※6:MagForce gets US FDA nod to begin clinical trial evaluating focal ablation for intermediate risk prostate cancer, Interventional News(リンク
※7:Original-Research: MagForce AG (von GBC AG): suspended, Research Tree(リンク
※8:サブpL級大容量マイクロウエルアレイを用いた超高速・超高感度ウイルスセンサ, 藤巻真他, 新エネルギー・産業技術総合開発機構(資料の作成者は産業技術総合研究所)(リンク
※9:磁気カプセルを用いた磁気誘導ドラッグデリバリーシステム, 北本仁孝, 『電気学会誌』133巻2号(2013年)(リンク
※10:Magnetic nanoparticles deliver chemotherapy to difficult-to-reach spinal tumors, UIC today(リンク
※11:機能性磁性ナノ粒子の開発と医療技術への応用に関する生物工学的研究, 井藤彰, 『生物工学会誌』97巻3号(2019年)(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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