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考えられるユースケースとは?量子コンピューターについて その2

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2010年代後半ごろから、GoogleやIBMといった巨大資本の支援を背景に量子コンピューター開発が進められてきた。数百の量子ビットを有する量子コンピューターはもはや空想上の機械ではない。

では、量子コンピューターが実用可能なレベルになったとき、どのような使われ方をするのだろうか? 本稿では、量子コンピューターのユースケースについて取り上げる。

考え得る量子コンピューターの使われ方4例

量子コンピューターのユースケースとして特に期待されているのが、ITセキュリティーでの活用だ。セキュリティーを含め4つの想定される利用例を取り上げる。

ITセキュリティー

量子コンピューターを活用したITセキュリティーは、「量子鍵配送」と「ワンタイムパッド暗号化」という2つの手段を併用して進めていくことが検討されている。

量子鍵配送は、暗号鍵を送信側と受信側で事前に共有し、暗号化・復号に使うものだ。この仕組み自体は、従来の暗号化通信と大きく変わるわけではない。しかし量子鍵、量子通信ならではの特徴が、第三者からの盗聴が探知できる点だ。量子通信は第三者が読み込むと、ビット内の信号が欠損するなどの変質を起こす。こうして盗聴を探知すれば、その暗号鍵を使わない、別の暗号鍵を用意するなどの対策を打てる。

ワンタイムパッド暗号化は、AT&Tに属していたGilbert Vernamが1917年に発明した、長い歴史を持つ暗号化技術だ。そして、ベル研究所の数学者であったClaude Shannonが1949年に、解読が不可能であると結論付けている。

にもかかわらず、今日までワンタイムパッド暗号化はほとんど利用されてこなかった。なぜかというと、平文が長くなれば暗号文も長くなってしまい実用性に乏しいためだ。そこで、量子通信では暗号文の短い量子鍵を使ってワンタイムパッドの暗号文を復号、さらに1度使った暗号鍵は2度と使わないという方法で安全性を確保する。

逆に、実用化した量子コンピューターを悪用して暗号解読に用いようとすれば、今日利用されている暗号化技術はほぼ完全に陳腐化するともいわれる。よって、企業の最高情報セキュリティー責任者(CISO)やセキュリティー担当者といった立場の人々は、量子コンピューターが実用化するであろう今後、5年程度の間にこの分野の知識を蓄えることが求められそうだ。

マテリアルズインフォマティクスでの利用

近年、新素材や化学製品、医薬品、化粧品などにおける新製品の開発に、コンピューター上でさまざまな素材を掛け合わせどのようなものができるかを検討する、マテリアルズインフォマティクスが用いられ始めた。

参考記事:マテリアルズインフォマティクスによる材料探索と6つの活用事例

古典コンピューターより特定の計算を得意とする量子コンピューターを、現在のマテリアルズインフォマティクスと同じ利用の仕方をするという発想がある。

特に、アルツハイマー病や各種アレルギーなど、存在が広く知られておりつつ完治が困難な病気は多くある。こうした病気を患う人々の生活の質(QoL)向上が、量子コンピューターによって実現される可能性がある。

また、二酸化炭素(CO2)を触媒と反応させ化合物を貯留することによってカーボンニュートラルを進める動きがあるが、効率的なのはどういった方法になるかをマテリアルズインフォマティクスと同様のアプローチで行うことも考えられる。

参考記事:CO2回収技術の現状|海洋を対象にしたDOCや藻類活用などネガティブエミッションの注目企業

各種シミュレーション

マテリアルズインフォマティクスと似た利用のされ方としては、さまざまなシミュレーションに量子コンピューターを使うことも考えられるだろう。

例えば、都市の交通やエネルギー消費をシミュレーションして、スマートシティー、スマートグリッドのさらなる最適化を図れるかもしれない。また、気候の予測への利用も考えられる。長期的な気候変動のシミュレーションや、災害の余地などにつながる使われ方もあるだろう。

より現実感のあるユースケースとなるのが、企業内でのシミュレーションだ。例えば、在庫予測やサプライチェーンの構築などにも好影響を与える可能性がある。

金融

金融工学での計算・分析や高速取引など、現在のコンピューターも金融の分野でさまざまな使われ方をしている。

量子コンピューターを金融で利用する場合、考えられるのが機関投資家などのポートフォリオ最適化だ。さまざまな金融商品をグローバルに保有する投資家のリスク軽減に役立てるということである。

また、融資で与信や金利を検討する際にも、量子コンピューターが活用できるのではないかとの見方もある。

サービスとして提供されている量子コンピューターの事例

実用的で要求されている性能を満たす量子コンピューターの登場はこれからだが、クラウド上で量子コンピューターを利用できるサービスは始まっている。

その一つがAmazon Braketだ。Amazon Web Service(AWS)の利用者向けのものであり、なおかつ、量子コンピューターの研究者・開発者が実際に量子コンピューターを研究するために提供されている。

複数の企業がつくる量子コンピューターを複合的に利用するもので、具体的にはIonQ(イオントラップ方式)、IQM Quantum Computers(超伝導方式)、Rigetti(超伝導方式)などのものとなっている。

AWSと同様のクラウドサービスとしてMicrosoft Azureがあるが、こちらでもAzure Quantumという量子コンピューターが利用できるサービスがある。Azure Quantumも前述のIonQやRigettiの量子コンピューターの他、Pasqal(中性原子方式)など6社が提供する。

日本では理化学研究所(理研)をはじめとした6つの研究機関・大学・企業が共同で、量子計算クラウドサービスを提供。超伝導方式の国産量子コンピューターを利用できるものだ。

まとめ

ユースケースは身近に感じる4つの例に絞って取り上げたが、量子コンピューターが学術の発展に寄与することも考えられるだろう。たとえば、ブラックホールをはじめ宇宙に関するさまざまな謎が量子コンピューターによって研究されるなどだ。

実際、2013年に米航空宇宙局(NASA)とGoogleが手を組み、量子コンピューターの研究を始めた経緯がある。量子コンピューターは各国の研究機関も早期の実用化を願う「ツール」となっている。

参考文献:
 ※1:光が導く次世代の暗号技術「量子暗号」, NEC(リンク
 ※2:量子セキュリティとは, 情報通信研究機構 量子ICT協創センター(リンク
 ※3:One-time pads, Northern Kentucky University(リンク
 ※4:Why organizations should prepare for quantum computing cybersecurity now, Kristin Gilkes, EY(リンク
 ※5:Quantum computing use cases are getting real—what you need to know, McKinsey Digital(リンク
 ※6:Beyond Moore's Law: 14 Thrilling Quantum Computing Use Cases, Hayk Tepanyan, BlueQubit(リンク
 ※7:Here Are 6 Actual Uses for Near-Term Quantum Computers, Dina Genkina, IEEE Spectrum(リンク
 ※8:Amazon Braket, Amazon(リンク
 ※9:Amazon Braket, TechTarget(リンク
 ※10:Azure Quantum, Microsoft(リンク
 ※11:量子コンピュータを利用できる「量子計算クラウドサービス」開始, 理化学研究所(リンク
 ※12:SFだった“量子コンピュータ”は、もう実現している。, ResOU(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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