特集記事

2024年時点でナトリウムイオン電池はどこまで進化しているか|電池としての特徴、開発する各社の動向

INDEX目次

ナトリウムイオン電池は原料となるナトリウムが普遍的に存在することを強みとしており、リチウムイオン電池が担ってきた役割の一部を代替することが期待される。

ナトリウムイオン電池については2021年にも詳しく取り扱ったが、本稿ではその後の商業化に向けた進展を中心に紹介する。

参考記事:(特集)注目されるナトリウムイオン電池の開発動向

ナトリウムイオン電池の特徴|リチウムイオンと比較したときのアドバンテージ・ディスアドバンテージ

リチウムイオン電池はリチウムイオンが電極間の電荷輸送を担うのに対し、ナトリウムイオン電池ではこれをナトリウムイオンが担う。大まかに見れば両者の違いはこれだけだ。

ただし、この違いによって電解質や電極で用いられる材料が変わり、コストやエネルギー密度などに差が生まれる。

アドバンテージは安価な原料

全世界で流通するリチウムの70%以上はオーストラリアとチリの鉱山で算出される。そして、これらリチウム原料の精製、バッテリーへの加工のほとんどは中国内にある工場で行われてきた。

また、世界のリチウム鉱山の株式を中国資本が大量に保有しているため、川上から川下までリチウムイオン電池製造に関わるあらゆる分野で同国のプレゼンスが強い。

リチウムイオン電池は今や電気自動車(EV)、PC、スマートフォンなどに幅広く用いられるようになった。仮に軍事的衝突などによってリチウム供給が止まれば、中国以外の経済は大きなダメージを受けることになるだろう。

また、リチウムの価格相場は大変不安定であり、2022年末が直近のピークだったが、2024年7月現在の価格はピーク時の1/7程度になっている。

これに対し、ナトリウムは全世界で比較的容易に入手でき、供給不安に悩まされる心配は少ない。というのも、現在主流である単体ナトリウムの製法である溶融塩電界法は塩化ナトリウム(食塩)を原料として用いるためだ。食塩は海から得られるため、無限に近い供給が可能となっている。

また、従来のリチウムイオン電池は正極側にニッケルなどの希少金属が用いられることが多いが、東京大学の研究グループは2014年、正極側でニッケルを排しレアメタルフリーなナトリウムイオン電池でリチウムイオン電池と同程度の高い起電力を得ることに成功した。

レアメタルに頼らず安定して材料を供給できることと、これに伴って材料コストを低く抑えられることがナトリウムイオン電池の大きなメリットだ。

ディスアドバンテージは大きく重いキャリア

ナトリウムイオン電池には根本的なディスアドバンテージも存在する。リチウムの原子量がおよそ7であるのに対し、ナトリウムの原子量は23。イオン状態の価数は共に1だ。

つまり、単純にリチウムからナトリウムに置き換えた場合、蓄えられる電力はそのままで、この部位の重量が3倍以上に増加する。ただし、リチウムイオン2次電池はリチウムのみで構成されるわけではない。電解質やセパレータ、負極材などの各部材も電池の重さに寄与するため、電池そのものの重量が3倍になるわけではないことに注意が必要だ。

しかし、近年ではリチウムイオン電池の負極を排除した「リチウム金属電池」の開発も進められており、重両面での差は更に大きくなっている。今後、革新的な機構が開発されない限り、重量エネルギー密度の面でナトリウムイオン電池が有利に立つことは難しいだろう。

また、リチウムと比較してナトリウムは原子半径が大きい。これはナトリウムを各電極に格納(インターカレーション)する際や電荷輸送にも不利に働き、材料開発のボトルネックになっている。

先進して商業化したナトリウムイオン電池の一例「NAS電池」

ナトリウムイオンを電荷キャリアに用いる二次電池は20年以上前に既に実用化されている。日本ガイシが世界で初めて商業化したNAS電池は硫黄を正極、ナトリウムを負極、固体電解質としてベータアルミナを用いたナトリウムイオン電池だ。

鉛蓄電池と比較して、大容量、高エネルギー密度かつ長寿命という特徴を持つが、液体ナトリウムを電極に用いるために、作動時にはセルを300℃に保つ必要がある。当然、EVやPC用途を想定したものではなく、非常用電源や再生可能エネルギーの需給バランス調整に用いられる。

日本ガイシのNAS電池(同社プレスリリースより)

近年研究が進められているナトリウムイオン電池は電解質に液体を用い、リチウムイオン電池の代替を目指すものであり、原理は同じだがコンセプトが異なる。リチウムイオン電池を代替する技術という文脈の中では分けて考えるべきだろう。

ナトリウムイオン電池の研究開発動向|4社の事例

ここからはナトリウムイオン電池の商業化に向けた動向を紹介する。

紹介する各社のナトリウムイオン電池の特徴や用途。編集部制作


CATL

中国の大手バッテリーメーカーであるCATLは2021年7月、「第1世代」と位置付けたナトリウムイオン電池を発表した。重量エネルギー密度は最大160Wh/kgであり、これは当時販売されていたリチウムイオン電池重量エネルギー密度の2/3程度の値だ(パナソニック製18650型リチウムイオン電池の重量エネルギー密度は259Wh/kgで、2022年にはEnpower Greentech社から389Wh/kgのリチウムイオン電池も登場している)。

2023年4月には同社のナトリウムイオン電池が中国の自動車メーカー Chery AutomobileのEVに採用されたことをTwitter上で公表した。本EVの詳しい車種や販売開始時期は明らかになっていない。

Natron Energy

Natron Energyのナトリウムイオン電池(同社プレスリリースより)

Natron Energyは2012年に設立された新興バッテリーメーカーだ。2020年にはナトリウムイオン電池として世界で初めてUL 1973認定(ULは米国の工業分野における安全基準。1973は蓄電池の認証となる)を取得した。

Natron Energyはプルシアンブルーと呼ばれる材料生産において多くの特許を所有する。プルシアンブルーは鉄とマンガンからなる錯体で、多孔質材料だ。インターカレーションによってナトリウムイオンを空隙内部に格納することができ、電極材料して用いられる。

2022年10月、Natron Energyとスイスの化学メーカーArxadaは、プルシアンブルーの大規模生産を開始したと発表した。

また、2024年4月には米ミシガン州でナトリウムイオン電池の組立工場の操業を開始した。本工場はフル稼働時には年間最大600MWに相当するナトリウムイオン電池を生産する。

Natron Energyのナトリウムイオン電池はAI研究などによって増加する電力需要増を強く意識したものであり、安価な大容量蓄電池の供給を目指すことが言及されている。

Northvolt

スウェーデンのリチウム電池メーカーである Northvoltは、2023年11月にナトリウムイオン電池の開発に成功したことを発表した。負極にハードカーボン、正極にプルシアンホワイトを用いた同社のナトリウムイオン電池は重量エネルギー密度が160Wh/kgを超える。

研究パートナーである Altrisはプルシアンホワイトの低温・高圧合成ルートで特許を有し、安定した材料供給に寄与している。

日本電気硝⼦

日本電気硝子は全固体ナトリウムイオン電池の開発に取り組んできた。2021年には世界初のオール酸化物ナトリウムイオン電池開発に成功している。

同社は液漏れ、ガス漏れの心配がないことや広い作動温度範囲(-40℃~200℃)を持つことなど、安全面での全固体ナトリウムイオン電池の長所を強調している。

2024年2月には全固体ナトリウムイオン二次電池のサンプル出荷を開始したことも報じた。商用販売開始は2024年内を目指すとしている。

サンプル出荷された全固体ナトリウムイオン二次電池(日本電気硝子プレスリリースより)

まとめ|やはり「エネルギー密度」が課題、リチウム価格暴落による逆風も

前述のディスアドバンテージの他、ナトリウムイオン電池は発熱、爆発の危険性を有する。もっとも、これはリチウムイオン電池も同じ特徴を有しており、例えば航空機に搭乗する際、乗客がバッテリーを客室内に持ち込み自身で管理することが求められるのは、よく知られたところだ。

よって、ナトリウムイオン電池がリチウムイオン電池と比較して際、重さとそれに伴うエネルギー密度、効率が大きな弱点となる。EVより重さは問題とならない定置用などの用途は、ナトリウムイオン電池が浸透しやすい分野となるが、やはりEV用途で実際にどこまで搭載される可能性があるのか、気になるところだ。

そして足元では逆風が吹いている。リチウム価格はこれまで高騰してきたが、EVの販売不振で直近では暴落しているのだ。こうなると、ナトリウムイオン電池のメリットが薄れることになる。当面、EVの市場成長が再度加速する兆しが見えるまでは、ナトリウムイオン電池にとっては逆風の状態になるだろう。



参考文献:
 ※1:リチウム生産技術概略―現状および今後の動向―, 大久保聡, 金属資源情報(リンク
 ※2:中国が変える世界のリチウム産業, ディロン・ジャゴーリ, GLOBAL X(リンク
 ※3:TRADING ECONOMICS(リンク
 ※4:新物質発見で電池のレアメタル使用ゼロに −ナトリウムと鉄でリチウムイオン電池を超える性能実現, 東京大学(リンク
 ※5:リチウム金属電池、空で活躍 米スタートアップが軽量化, 『日経産業新聞』2023年11月13日(リンク
 ※6:ナトリウムイオン二次電池—新しい電池反応系への挑戦—, 駒場慎一他(リンク
 ※7:NAS電池とは, 日本ガイシ(リンク
 ※8:再エネの安定化に役立つ「電力系統用蓄電池」, 資源エネルギー庁(リンク
 ※9:CATL Unveils Its Latest Breakthrough Technology by Releasing Its First Generation of Sodium-ion Batteries, CATL(リンク
 ※10:Enpower Greentechが円筒形電池でブレイクスルー実現, Enpower Japan, PR TIMES(プレスリリース)(リンク
 ※11:CATLのナトリウムイオン電池、世界で初めて量産EVに搭載へ, 日経クロステック(リンク
 ※12:Our Chemistry , Natron Energy(リンク
 ※13:Natron and Arxada Announce World’s First Large-Scale Production of Battery Grade Prussian Blue Materials, Arxada / Natron Energy(リンク
 ※14:Natron Energy Achieves First-Ever Commercial-Scale Production of Sodium-Ion Batteries in the U.S., Natron Energy, Business Wire(プレスリリース)(リンク
 ※15:Northvolt develops state-of-the-art sodium-ion battery validated at 160 Wh/kg, Northvolt(リンク
 ※16:Northvolt Achieves Major Milestone in Sodium-Ion Battery Development, Born to Engineer(リンク
 ※17:Technology, Altris(リンク
 ※18:オール酸化物全固体ナトリウム(Na)イオン二次電池, 日本電気硝子(リンク
 ※19:全固体ナトリウムイオン二次電池のサンプル出荷を開始, 日本電気硝子(リンク



【世界の電池の技術動向調査やコンサルティングに興味がある方】

世界の電池の技術動向調査や、ロングリスト調査、大学研究機関も含めた先進的な技術の研究動向ベンチマーク、市場調査、参入戦略立案などに興味がある方はこちら。

先端技術調査・コンサルティングサービスの詳細はこちら




  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

CONTACT

お問い合わせ・ご相談はこちら