CO₂化学吸着法とは? カーボンニュートラル時代に注目される理由、現状の課題とコスト

カーボンニュートラルの実現へ向け、二酸化炭素(CO2)を分離、回収する技術の進展が見られる。その一つに直接大気回収(DAC)がある。DACの技術的中核を担うのが、科学的方法でCO2を吸収、分離そして回収する、CO2化学吸着法だ。
参考記事:CO2回収技術の現状|海洋を対象にしたDOCや藻類活用などネガティブエミッションの注目企業
本稿では、CO2化学吸着法の具体例とコストを取り上げる。
CO₂化学吸着法の概要と注目される背景
CO₂化学吸着法とは、特定の材料に化学的に吸着させることでCO₂を取り除く技術を指す。
CO₂が材料と化学結合を形成するため物理吸着よりも吸着力が強く、低濃度のCO₂でも効率的に吸着できるという特徴がある。アミンや金属有機構造体(MOF)などの吸着材を用いてCO₂を捕集する手法で、運用環境を選ばない。
参考記事:金属有機構造体(MOF)の技術開発動向
CO₂の濃度が低い環境下でも機能するため、都市や森林などでも利用でき、地球規模でのCO₂濃度の低減が可能になるとして期待されている。
現状の課題|コストの目標は20円/kg-CO₂以下
CO₂化学吸着法は運用コストが課題視されている。以下は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)低炭素社会戦略センターの試算による。
一例として、アミンやナノファイバーを吸着剤として利用する場合、吸着性能がやや低く、通気抵抗が上がるためエネルギーコストが増加しやすい。例えば吸着容量0.7 mol/kg、吸着速度0.5 mol/kg/hの場合、CO₂除去コストは117円/kg-CO₂と試算される。
一方、金属有機構造体(MOF)を使用した場合は吸着性能が高く通気抵抗を抑えられるため、アミン系よりもエネルギー効率が向上する。吸着容量2.1 mol/kg、吸着速度1.5 mol/kg/hの場合、CO₂除去コストは71円/kg-CO₂と試算される。ただしMOFそのものが高額で、吸着剤のコストが総コストの大きな割合を占める。
JSTは、DAC技術全体のコストを20円/kg-CO₂以下に抑えることを目標としている。
低濃度のCO₂を効率的に吸着できる一方で、再生には多くのエネルギーを必要とする場合があるため、運用コストが高くなりやすい。吸着材が劣化しやすいため、定期的な交換やメンテナンスも必要となる。
これらの課題から、MOFの耐久性や吸着速度の向上などに関する技術改良が必要とされる。
CO₂化学吸着法の実例1.アミン系ナノファイバー|コストは117円/kg-CO₂
前述の通り、JSTの試算でアミン系ナノファイバーのCO₂除去コストは117円/kg-CO₂となっている。
具体的な方法を見ると、スイスを拠点とするClimeworksは以下のようなプロセスでCO₂を直接回収するシステムを開発・運用している。
- 空気の取り込み:ファンを使用して周囲の空気を吸引する
- CO₂の吸着:吸引した空気は、アミン官能化ナノファイバーセルロースで構成されたフィルターを通過し、CO₂分子が選択的に吸着される
- CO₂の放出と回収:フィルターがCO₂で飽和するとシステムが閉じ、内部の温度を約100℃に上昇させる。加熱によってフィルターからCO₂分子が放出され、高濃度のCO₂が回収される
回収されたCO₂地下に安全かつ永久的に貯留されるか、または他の産業用途に利用される。同社はアイスランドのCarbfix社と提携し、回収したCO₂を地下深くに注入し、地質学的に安定な鉱物として固定化するプロセスを実施している。
Climeworksの最新のプラント「Mammoth」(同社メディアライブラリーより)
一連のプロセスは再生可能エネルギーを活用して運用されており、Climeworksの取り組みは持続可能なCO₂除去手段としても注目されている。
CO₂化学吸着法の実例2.MOF-74|コストは71円/kg-CO₂
金属イオンと有機分子を組み合わせた多孔質材料「MOF-74(Metal-Organic Frameworks-74)」は、六角形のハニカム構造を持ち通気性に優れ、効率の良い吸着が可能とされる。 こちらもコストは、71円/kg-CO₂であることを前述した。
MOF-74を用いたDACシステムは、以下のプロセスでCO₂を回収する。
- 空気の取り込み:周囲の空気を吸引する
- CO₂の吸着:吸引した空気は、MOF-74が充填された「吸着塔」を通過する。MOF-74の多孔質構造内の金属部位により、CO₂分子が選択的に吸着される
- CO₂の放出と回収:吸着材がCO₂で飽和した後、加熱や減圧をして吸着剤からCO₂を回収、地下保管
MOF-74を用いたDACシステムは、世界各国が研究を進めている。
たとえばアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)のMircea Dincă教授の研究グループは、吸着性能を向上させるMOF-74の変異体開発に取り組んでいる。
日本においても、立教大学と日本曹達株式会社が共同で、CO₂を選択的に吸着する新規多孔性物質の開発を進めている。
CO₂化学吸着法の実例3.KOH-CaCO₃アルカリ吸収法|コストは35円/kg-CO₂
KOH-CaCO₃アルカリ吸収法は、水酸化カリウム(KOH)溶液を用いて大気中のCO₂を吸収し、炭酸カルシウム(CaCO₃)として固定化するプロセス。この方法は、この方法は既存の化学プロセスを応用しやすく、CO₂の吸着と回収が比較的容易であるとして実用化への期待が高い。
KOH-CaCO3アルカリ吸収法を用いたDACシステムは、以下のプロセスでCO₂を回収する。
- CO₂の吸収:CO₂を含む空気をKOH水溶液に通すと以下の反応が進行して炭酸カリウム(K₂CO₃)が生成される
2KOH + CO₂ → K₂CO₃ + H₂O
- CaCO₃の分解とCO₂の回収:得られたCaCO₃を高温(約900℃)まで熱するとCO₂が放出され、酸化カルシウム(CaO)が生成される
CaCO₃ → CaO + CO₂
- CaOの再利用:生成されたCaOに水を加えることでCa(OH)₂が再生され、K₂CO₃水溶液に加えるプロセスに再利用できる
CaO+H₂O→Ca(OH)₂
カナダのCarbon Engineering社は、このKOH-CaCO₃アルカリ吸収法を用いたDACシステムの開発と実証を行う。ブリティッシュコロンビア州にパイロットプラントを設置し、小規模でのCO₂を回収する実験を成功させている。さらに、同社はこの技術を大規模化し、年間100万トンのCO₂を回収する商業プラントの建設計画を進めている。
Carbon Engineeringのパイロットプラント(同社プレスリリースより)
日本はJSTがKOH-CaCO₃アルカリ吸収法のコスト評価を行い、DACコストを35円/kg-CO₂と試算している。この評価は、同技術の経済性を示すものであり、今後の実用化に向けた指針となっている。
KOH-CaCO₃アルカリ吸収法は、DAC技術の中でも有望な手法とされるが、加熱におけるエネルギーコストが大きい点が課題とされる。エネルギー効率の向上や再生可能エネルギーの活用などを含む技術開発や、プロセスの最適化が求められる。
CO₂化学吸着法の実例4.水分同時吸脱着|コストは39円/kg-CO₂
水分同時吸脱着を伴うDACシステムは、湿度変化を利用して大気中の二酸化炭素(CO₂)を効率的に捕集する。吸着材がCO₂と水分を同時に吸着し、湿度の変化を利用してCO₂を脱着・回収するプロセスで「Moisture Swing Adsorption(MSA)」プロセスと呼ばれる。
MSAプロセスではイオン交換樹脂膜を用いて以下のようなプロセスでCO₂の吸着と回収を行う。
1.CO₂と水分の同時吸着:乾燥した環境下で、イオン交換樹脂膜が大気中のCO₂と水分を同時に吸着する
2.湿度変化による脱着:湿潤状態になると吸着材からCO₂が脱着し、高濃度のCO₂が回収される
MSAプロセスを活用したDAC技術は、米国のアリゾナ州立大学やコロンビア大学が研究を進めている。日本ではJSTが同システムのコスト評価を行っており、イオン交換樹脂膜を用いたMSAによるDACコストは39円/kg-CO₂と試算。KOH-CaCO₃アルカリ吸収法と同程度と評価されている。
MSAプロセスを用いたDACシステムは、脱着時に加熱を必要としないため、エネルギー効率の向上が期待される一方で、吸着材であるイオン交換樹脂膜の性能や耐久性などの課題が存在する。安価で高性能なイオン交換樹脂膜の開発や、脱着に必要な水分供給方法の最適化などの研究開発に期待が寄せられている。
公的支援も手段の一つ
KOH-CaCO₃アルカリ吸収法や水分同時給脱着は比較的低コストであるものの、JSTが目標とする数字とはまだ距離を感じる。
イノベーティブな方法や副材料を何らかの方法で安価にするなどで、こうしたコストを下げられればベターであろう。一方、DACの場合、工場などから排出されるものではなくすでに空気中にあるCO₂なので、政府資金による支援も手段の一つとなるだろう。
参考文献:
※1:二酸化炭素の Direct Air Capture(DAC)法の コストと評価(Vol.2) -吸着分離プロセス-, 国立研究開発法人科学技術振興機構低炭素社会戦略センター(リンク)
※2:第2回 ネガティブエミッション市場創出に向けた検討会 COCN産業競争⼒懇談会 DAC(Direct Air Capture)研究会 からのご説明(リンク)
※3:二酸化炭素の Direct Air Capture(DAC)法 のコストと評価(Vol.4) - Moisture Swing Adsorption 法-, 国立研究開発法人科学技術振興機構低炭素社会戦略センター(リンク)
※4:大気社が共同で開発する「ダイレクト・エア・キャプチャー(DAC)」技術が東京都立大学の「DACによるカーボンステーション開発事業」を支援, 大気社(リンク)
※5:次世代テック企業 Climeworks メガトンへ跳躍, Climeworks(リンク)
※6:Mircea Dincă, MIT Chemistry(リンク)
※7:選択的に二酸化炭素を吸着する新規多孔性物質を開発, 立教大学(リンク)
※8:大気中から年間100万トンのカーボンを固定するカーボン回収施設, fabcross for エンジニア(リンク)
※9:Moisture-swing sorption for carbon dioxide capture from ambient air: a thermodynamic analysis, Klaus S. Lackner他, 『Physical Chemistry Chemical Physics』2013年2号(リンク)
※10:(446d) Moisture Swing Adsorption on Porous Materials, Armstrong, M.他(リンク)
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