2050年カーボンニュートラル実現に向け、バイオテクノロジーへの期待が高まっている。

本稿では、その中でも微生物・発酵技術に焦点を絞って、今後の発展が期待されるシーズ技術を紹介していく。

カーボンニュートラルに寄与する微生物・発酵工学

2050年カーボンニュートラルという方針を各国政府が打ち出したことで、大気中へ過剰なCO2を排出する産業や技術は見直しを迫られ、代替技術への置き換えが検討されている。

そうした文脈の中で注目を集めているのが、「微生物・発酵技術」だ。

我々の身の回りにある製品のほとんどは製造過程で石油などの不可逆的化石資源や電力を利用している。一方、微生物の働きによって作られる物質は生合成過程で大気中へ排出される温室効果ガスが非常に少なく、中にはCO2を吸収するケースもある。微生物を上手に利用すれば、環境負荷の少ない産業構造を確立できるのではないか、と考えられている。

「バイオテクノロジー」と言った場合、遺伝子工学に注目が集まることが多い。微生物・発酵技術はバイオテクノロジー分野全体の中で見ると小規模だが、カーボンニュートラルを目指すにあたって、その価値が高まってくると予想される。

以降では、「微生物・発酵」分野の技術の中で、近年の発展著しいシーズ技術に絞って紹介していく。

微生物による素材・化学薬品の製造

タンパク質強化繊維を生成するSpiber

Spiber(山形県鶴岡市のベンチャー企業)※1は従来なかった新たな性質の強化繊維、ブリュードプロテインを生み出した。ブリュードプロテインは微生物発酵により、サトウキビやトウモロコシを原料として作られるタンパク質だ。発酵過程に手を加えることで、様々な質感や強度を生み出すことができるという。

アパレル産業における縫製や、素材となる綿、合成繊維の生産にはライフサイクル全体で大量のCO2が排出されることが分かっている。開発が進めば、環境負荷の小さな素材の選択肢として、ブリュードプロテインが浮上してくるかもしれない。

微生物によるセルロースナノファイバー製造

ナタデココはココナッツ水にアセトバクター・キシリナム(ナタ菌)という菌を加えて発酵させ、凝固させたフィリピンの伝統食品だ。この発酵過程ではナタ菌がセルロースを合成することで、ココナッツ水がゲル化し、独特の食感が生まれる。

セルロースは植物細胞の主成分であり、地球上に最も多く存在する炭化水素であるが、近年、このセルロースをナノサイズに分解したセルロースナノファイバー(CNF)の活用が検討されている。CNFは軽量・頑丈・熱により膨張しないという特徴を併せ持ち、プラスチックに配合することで強度を大きく向上させることができるため、自動車の車体などへの応用が可能だ。

CNFは植物を細かく砕いて取り出すこともできるが、ナタデココの作成過程のように微生物によって生合成することもできる。微生物由来CNFは繊維が細長く、高品質であることが特徴だ。北海道大学※2等研究機関がセルロース生合成について研究を実施しているが、生合成のプロセスは複雑で制御が難しく、生産量も少ないことがネックとなっている。

微生物による化学薬品の製造

発酵技術を用いると、コハク酸(うま味調味料やpH調整剤に用いられるカルボン酸)など、いくつかの化合物に関しては従来の化学合成法よりも安価に製造できることが知られている※3

各化学品の事業化の動向に関してはNEDOがまとめた以下の図を参照して頂きたい。

図引用「NEDO バイオマスからの化学品製造分野の技術戦略策定に向けて」

例えば、石油代替の特殊原料を製造する米国Lygosと元MITの研究者が立ち上げたGinkgo Bioworksは、低コストの砂糖を高価値の化学物質に変換できる微生物の設計と最適化に取り組み、生分解性配合物およびポリマーベースの製品生産を行っていくことを発表した※4

日本でも、カネカ・バッカス・バイオイノベーション、日揮HD、島津製作所のコンソーシアムがNEDOグリーンイノベーション基金事業で「CO2からの微生物による直接ポリマー合成技術開発」を共同提案し、2023年3月に採択された※5。CO2を原料とするバイオポリマーを製造するプラントの立ち上げと実証を進める。

微生物による食品関連素材の製造

フレーバーの食品添加物を展開するManusBio

米国マサチューセッツ州に拠点を構えるManus Bio※6は高度な精密発酵技術の工場を保有し、幅広い用途(食品、医薬、工業用酵素)に向けて製品を製造する。

その特徴は設計からスケールアップまでを垂直統合したバイオプラットフォームだ。

顧客のニーズに応じて必要な酵素や生合成プロセスを設計し、大量生産に向けた最適化までをも請け負う。2020年にはシリーズBで$75Mの資金を調達しており※7、2022年6月にはスイスの世界最大の香料メーカーGivaudan SA社との共同開発により柑橘系フレーバーの食品添加物を発売することを発表した※8

代替乳製品を開発するRemilk

Remilkは牛を必要としない代替乳製品の開発を行っているイスラエルの精密発酵企業だ。

同社は、ビールやパンにように原材料を酵母と混ぜて発酵させることで牛乳と同じような成分や風味を持つ食品を生産する技術を確立した。

2019年の創業以来、2回の資金調達ラウンドで$130Mを獲得したRemilkは、ハーゲンダッツで有名な食品大手General Millsと共同で製品開発を行っている。2023年1月には、General MillsがRemilkの乳タンパク質を使用したクリームチーズ「Bold Cultr」の発売を発表した※10

次世代エネルギー資源として注目の集まる水素の製造

微生物発酵はエネルギー分野でも実績を積んできた。

家庭から廃棄される有機物はそのままでは多量の水分を含み、燃料としての利用が困難だが、微生物を用いて分解しメタンガスなどの形で取り出せば好適な燃料となる。いわゆるバイオマス発電は、このような手順で得た生物由来の燃料を利用した火力発電だ。

次世代のエネルギー資源として注目を集める水素についても、メタン同様に微生物発酵で生産しようとする研究プロジェクトが散見される。

代表的なものとしては、東京農業大学※11や地球環境産業技術研究機構※12などが挙げられる。

水素エネルギーを微生物で造る! 応用生物科学部研究紹介vol. 2 醸造科学科(東京農業大学)

廃棄物処理でも活用される微生物

日本最大の湖、琵琶湖では細菌の異常繁殖(富栄養化)が原因で、長年水質汚染が課題となっていたが、細菌増殖や生態系に関するメカニズム解明が進んだことで、水質改善が進んでいる※13

微生物は人間にとって害にも益にもなり得るが、範囲を限定すればそれらをコントロールすることは十分に可能だ。

産総研は微生物の作用で食品加工廃水から安定的に高品質な液体肥料(液肥)を生産する技術を開発した※14

廃棄物処理と液体肥料生産という2つの問題を一挙に解決する新たな方法だ。本技術は産総研、IAI、静岡大学、静岡工技研、沼津工業技術支援センターなどで協力して研究が進められており、IAIによる事業化も予定している。

微生物×AIという新しい切り口

微生物による生合成プロセスは、多岐に渡る副反応に様々な生物、物質が寄与するため、通常の化学合成プロセスよりも複雑だ。温度1つ、タイミング1つ変えるだけでも内部で進行するプロセスが大きな影響を受けるため、大変多くのパラメータを緻密に設定しなければならない。

こうした問題の解決を得意とするのがAIだ。

機械学習は人間が理解することが難しい複雑な因果関係を飛び越え、結果を得るためのパラメータ最適化をスムーズに終わらせられる。

バイオベンチャーCHITOSE※16では、三井化学株式会社や東京大学と共同で、バイオ×AIの可能性を模索中だ。

本格的な商業化はこれからのフェーズ

国内でも大手企業や大学研究機関でのバイオ分野の研究開発に関する発表が相次いでいるが、海外、特にアメリカでは同分野における発展著しく、Bio Foundryとして様々なスタートアップが立ち上がっている。

ここまで見てきたように、様々な企業や研究機関がこの微生物発酵技術を使った有価物製造の研究開発を行っているが、その用途や方法は多様だ。

現状はまだ有価物の生成効率が低い等の課題もあるが、今後技術開発が進めば我々の生活に広く浸透してくるだろう。


参考文献:

(※1)Spiber(https://spiber.inc/)

(※2)北海道大学によるセルロース生合成の研究(https://apchem.eng.hokudai.ac.jp/article/540/)

(※3)環境・エネルギー分野へ貢献するバイオ産業 ~バイオものづくりの課題と可能性~ | NEDO(https://www.nedo.go.jp/content/100927425.pdf)

(※4)Lygos and Ginkgo Bioworks Announce Partnership to Optimize Production of Biobased Specialty Chemicals(https://lygos.com/lygos-and-ginkgo-bioworks-announce-partnership-to-optimize-production-of-biobased-specialty-chemicals/)

(※5)「CO2からの微生物による直接ポリマー合成技術開発」がNEDOグリーンイノベーション基金事業に採択(https://www.kaneka.co.jp/topics/news/2023/nr2303221.html)

(※6)MANUSBIO(https://www.manusbio.com/)

(※7)Manus Bio Raises $75M In Series B Financing To Expand Biomanufacturing Platform For Natural Ingredients(https://www.manusbio.com/manus-bio-raises-75m-in-series-b-financing-to-expand-biomanufacturing-platform-for-natural-ingredients/)

(※8)BioNootkatone | Givaudan(https://www.givaudan.com/media/trade-media/2022/givaudan-manus-bio-launches-bionootkatone)

(※9)Remilk(https://www.remilk.com/)

(※10)General Mills using Remilk’s tech to produce animal-free cheese(https://www.calcalistech.com/ctechnews/article/z4hb83ktr)

(※11)微生物による水素燃料とファインケミカル原料の同時生産技術の開発 | NEDO(https://wakasapo.nedo.go.jp/seeds/seeds-1946/)

(※12)公益財団法人地球環境産業技術研究機構(https://www.rite.or.jp/bio/biofuels/post_14.html)

(※13)琵琶湖北湖では、過去30年間で細菌生産量がおよそ5分の1まで低下したことを明らかにしました(https://www.pref.shiga.lg.jp/kensei/koho/e-shinbun/oshirase/321522.html)

(※14)微生物のちからで廃棄物を肥料へ!(https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2021/pr20210330_2/pr20210330_2.html)

(※15)IAI(https://www.iai-robot.co.jp/index.html)

(※16)CHITOSE(https://chitose-bio.com/jp/project/1647/)