脱炭素時代に求められるカーボンリサイクル技術の動向
リサイクルと言うとプラスチックや紙、瓶、缶のイメージが強いが、近年ではCO2を対象としたリサイクルの研究も進められている。カーボンリサイクルは、CO2を出発原料として価値あるものを生成しようとする取り組みだ。
本稿では、カーボンニュートラル実現における「カーボンリサイクル」の位置付けや、カーボンリサイクルの具体的な取り組みについて解説する。
CO2から価値を生む取り組み
CO2は代表的な温室効果ガスだ。太陽光を吸収することで、宇宙空間に熱としてエネルギーが逃れることを抑制する。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書(AR6)では、産業革命以前と比較して大気中のCO2濃度は約1.5倍の増加、地球の平均気温は1.1℃の増加を報告した※1。
CO2排出と地球の平均気温上昇の因果関係については長年議論されていたが、IPCCでは回を追うごとに両者の因果関係に対する確信が高まっている。近年の世界平均気温の上昇速度は過去数千年間に前例のないものであり、これが人間の社会生活による影響であることは「疑う余地がない」と結論付けた。
地球平均気温の上昇はロシアや北欧、カナダなどの寒冷な気候を有する国々にとっては大変有難いことであるが、他の国にとってはそれほど歓迎すべき事態ではない。もちろん、地球平均気温が高々2℃や3℃上昇したからといって心配すべき事態なのかという疑問も残る。
ここで重要なことは、欧米を中心とした先進諸国がこの問題に大きな関心を寄せており、脱炭素にコミットしない商品を市場から締め出そうとしている、ということだ。つまり、事の善悪には議論の余地があるものの、脱炭素が世界的トレンドであり、ビジネスになり得ることは間違いない。現在、国内の大規模事業者に対してはCO2排出削減義務が課されている。
大気中に放出されるCO2を物理的に減らす方法としては以下の4つが挙げられる。
1. 排出量自体を減らす
2. CO2を貯留する
3. CO2のまま活用する
4. CO2を別の物質へ変換する
1. 排出量自体を減らす
排出量の削減はエアコンの温度設定や省エネ機器の設置などにより誰でも簡単に始めることができ、各国政府が民間企業や消費者に対して導入を推奨している。
最も一般的なCO2削減方法だ。
2. CO2を貯留する
CO2の貯留とは大気中へCO2が出ていかないよう閉じ込めておくことを指す。
閉じ込める場所としては地中深くの緻密な岩盤(遮蔽層)の下が有力な候補となっているが、問題はそのコストだ。
3. CO2のまま活用する
私たちの身近に存在するCO2の活用事例としてはドライアイスが挙げられる。
他にも、アーク溶接時の酸化を防ぐシールドガスとしてCO2が活用されるケースがあるが、どちらもCO2を多く利用するものではない。
また、近年注目されているCO2の活用方法として、EORが挙げられる。
EOR(Enhanced Oil Recovery)とは原油回収効率の増進技術を指す。元来、生物の死骸の堆積物に巨大な圧力が加わってできるものが原油であるため、地中に存在する原油貯留層に穴を開けると、貯留層に加わる巨大な圧力によって原油が勢いよく噴き出し、容易に回収することが可能だ。
しかし、ある程度原油を回収すると貯留層内部の圧力が弱まるため自噴は停止する。原油は海底などの回収困難な場所に存在することが多いため、自噴に頼った従来の原油回収では原油全体の20%ほどしか回収できなかった。
貯留層に残存する原油を回収するためには2次、3次の原油回収が実施される。2次回収では、貯留層に気体を注入して原油を押し出したり、ポンプで機械的に汲み上げたりするが、これでも回収できる原油は全体の半分にも満たない。残った原油は粘度が高く岩石などと混じっているために回収が困難だ。
3次回収は通常の方法で回収の難しい原油の物理的・化学的性質を改変し、回収を容易にするものであり、この3次回収をEORと呼ぶ。EORの一手段として、原油にCO2を溶解させることで原油の粘度を下げ、流動性を高める方法が検討されている。
4. CO2を別の物質へ変換する
CO2を別の物質に変換して利用すれば、炭素が地上に固定され、大気中に放出される量を減らすことができる。
もちろん、変換後の製品の利用が終わり、廃棄段階で燃焼されればCO2が大気中に放出されることに変わりはない。しかし、そうして放出されるCO2に関しても分離・回収して再利用すれば、CO2回収と利用の閉じたループを形成することができる。
このCO2回収と再利用の取り組みが、以降で詳しく紹介するカーボンリサイクル、またはカーボントランスフォーメーションと呼ばれる技術群だ。
カーボンリサイクルの概要
CO2は有機物を燃焼させた際に排出される物質で、エネルギー的に大変安定している。それはつまり、別の有価物質に変換する際に多大なエネルギーを消費するということだ。
これまでのカーボンリサイクルは、生成物の価値に対して投じられるコストが見合わず、リサイクルをした方がCO2を多く排出するという事態もあり得た。現在に至るまで様々なリサイクルプロセスの開発が進められているが、「リサイクルされたエコな製品である」というブランド価値抜きにリサイクル事業を成立させることは未だ難しい。
カーボンリサイクルを取り巻く状況として20年前と大きく変わったことは、太陽光発電を始めとした再生可能エネルギーの普及だ。再生可能エネルギーを利用すれば、リサイクルプロセス中のCO2排出を大きく低減することができる。それ以外にも、酵素や触媒開発、プロセスの合理化など、様々な技術が進展したことで市場は大きく成長しつつある。
富士経済の調査報告書によれば、2022年に見込まれるCO2利活用製品の市場規模は前年比136.0%の9兆3,866億円、2050年には71兆1,915億円の市場規模に成長することが予測されている※2。
CO2利活用製品では既に商用化されている肥料用尿素生産が90%弱を占める。
その他の技術は未だ実用段階に至らないものがほとんどだが、CO2からは燃料や樹脂など様々な有価物が作られる。
尿素の製造
尿素は窒素肥料として利用される他、各種樹脂の原料となる。当該技術はすでに実用化されており、現在広く用いられている製造方法はアンモニアとCO2を高温、高圧下で化合させる方法だ。
近年の動向としては、火力発電所などから排出される低濃度CO2からの尿素誘導体合成法技術開発などである。産業技術総合研究所と東ソーが2021年に発表した※3。
メタンの製造
化学式CH4で表されるメタンは、常温で気体の可燃性ガスだ。都市ガスの主成分として広く利用されている他、様々な物質の原料として工業的に利用される。
国内でCO2からメタンを合成する取り組みは、政府各省庁(経済産業省など)、研究機関である日本エネルギー研究所・産総研・NEDOなど、インフラ会社の東京ガス・大阪ガス・東電・JERAなど、プラント建設会社のIHI・日立造船など、サプライチェーン関連会社の商船三井・住友商事などを組み込んだ巨大なプロジェクトとして進行している※4。
第6次エネルギー基本計画※5は、2030年までに既存インフラに利用されるメタンの1%をCO2からリサイクルしたメタンに置き換えること、2050年までにその割合を90%まで高めることを目標に掲げた。現行では、水を電気分解して生成した水素と工場などから回収したCO2を化学的に反応させ、メタンを生成する取り組みを進めている。
一方で、メタンはバイオ触媒を利用して生成することも可能だ。
ドイツのスタートアップであるElectrochaeaは、メタン生成古細菌を利用してメタンを安定的に合成する技術を有する。メタン合成に利用される古細菌はElectrochaeaが独自に改良したものだ。
古細菌によるメタン合成にはCO2と水素が必要であるため、合成プロセスは水素を生成するステップと、生合成プロセスに分けられ、水素は電解槽による水の電気分解で生成されている。
Electrochaeaが掲げる当該技術の優位性は費用対効果の高さだ。水素を生成するプロセスには電気が必要だが、古細菌によるメタン生成プロセス自体は条件を整えるだけで勝手に進行し、追加のエネルギーが必要ない。
2020年、Electrochaeaは欧州イノベーション評議会(EIC)から資金提供を受け、順調に事業を拡大している。Electrochaeaが所有するプラントの1つでは、年間5.7GtのCO2を2.8Mm3のメタンに変換した。
ウレタン樹脂の製造
ウレタン樹脂はウレタン(-NH・CO・O-)を介して結合した重合体の総称で、家庭用のスポンジや塗料、接着剤、繊維製品などに利用される。
従来、ウレタン樹脂を工業的に製造するにはホスゲンを出発物質としていたが、ホスゲンは猛毒で管理や廃棄に関するコストが大きい。
対して、東ソーや三菱ガス化学、産技研、東北大学などからなる研究グループはCO2からウレタンを直接合成する方法を研究している※6。現行ではコストや生産性に課題が残るものの、従来法より環境負荷が小さい合成プロセスであり、メリットも大きい。
アルコールの製造
メタノール、エタノールなどのアルコール類は有機溶媒、燃料、消毒液などとして広く利用される他、様々な工業製品の出発原料となる。
アルコールから作られる工業製品としてはポリオレフィンが挙げられる。ポリオレフィンとはアルケン(不飽和炭化水素)をモノマーとした重合体の総称だ。代表的なものとしてポリエチレンやポリプロピレンがあり、容器や包装フィルムなどに広く利用されてきた。アルコールは利用範囲が大変広く、カーボンリサイクルによって大量のCO2消費が見込まれるため、CO2からアルコールを生産するプロセスの研究開発が進められている。
ただし、現行では明確にコスト優位なバイオエタノール技術が先行している。常温で気体であるCO2に対し、バイオエタノールの原料となる糖類は常温で液体、または固体であり、運搬コストや反応効率の面で優位にある。CO2を利用したアルコール生産が商業的に成功するためには、更なる技術革新とバイオエタノールにない付加価値の発掘が不可欠だろう。
ドイツのMefCO2では1t/日規模のメタノール生産プロセスの実証に成功しているものの、コストが課題となっている※7。アメリカ、LanzaTechではCO2からエタノールを生産するプラントが既に稼働しているが、こちらはCO2のみならず産業廃棄物から得られた有機ガスも投入し、バイオリアクターでエタノールを生産する方式のようだ※8。
高分子材料・カーボン材料の生成技術
海外では、CO2を原料とした様々なモノマーやポリマー、カーボン材料製造の技術を開発するスタートアップが登場している。
米国スタートアップのRenewCO2は、ラトガース大学のスピンオフベンチャーで、カーボンネガティブなプラスチックモノマーの原料に変える触媒技術を開発した。
RenewCO2の共同創設者兼最高技術責任者は、アルゴンヌ国立研究所のDOE Chain Reaction Innovations FellowでもあるKarin Calvinho博士である。同社は初期の開発をNational Science Foundationと、DOEから資金助成を受けて推進。初期は、CO2からモノエチレングリコールを製造するところから開始するが、今後はメチルグリオキサール、フランジオール、ギ酸等の製造にも展開するという。
また、米国ベンチャー企業のSkyNanoは、さまざまな発生源(大気、濃縮、排ガス)からCO2を回収し、カーボンナノチューブなどの貴重な炭素ベースの材料に変換するための新しい電気化学製造技術を開発している。
創業者は、Forbes 30 Under 30 innovatorsにも選ばれているCEO Anna Douglas博士、CTOのCary Pint博士であり、新技術によってイノベーションを起こすことが期待されている。
同社が製造するカーボンパウダー1kgごとに、回収されたCO2が3.6kg分、含まれているという。
コンクリートの製造
通常のコンクリートは水と反応して硬化するが、鹿島建設が中国電力らと共同で開発した「CO2-SUICOM」はCO2と反応することで硬化する性質を持つ※9。セメント製造時のCO2排出量を吸収量で打ち消し、トータルのCO2排出をゼロ以下に抑制することが可能となった。
政府の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」においても、CO2吸収コンクリートとして取り上げられ※10、注目を集めている。
まとめ
このように、カーボンニュートラルを実現する技術の1つとして、今後ブレークスルーが期待されるものとしてカーボンリサイクルの技術は位置づけられる。
現状、まだ実用化フェーズに無い技術も多く、今後変換効率の向上や低コスト化の技術など研究開発が求められる要素は多く、要注目の領域となる。
参考文献:
※1 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)サイクル | 環境省(リンク)
※2 カーボンリサイクル/CO₂削減関連技術・材料の世界市場を調査 | 富士経済(リンク)
※3 低濃度CO2からの尿素誘導体合成法を開発, 産業技術総合研究所(リンク)
※4 合成メタンに関する最近の取組と今後の方向性について | 経済産業省(リンク)
※5 第6次エネルギー基本計画が閣議決定されました | 経済産業省(リンク)
※6 「CO2 を原料とする機能性プラスチック材料の製造技術開発」がNEDOの「グリーンイノベーション基金事業/CO2等を用いたプラスチック原料製造技術開発」に採択- CO2 を原料とする機能性化学品の製造技術開発を加速 - | 東ソー(リンク)
※7 Thermo-economic and LCA analysis | MefCO2(リンク)
※8 CORPORATE PRESENTATION - MAY 2023 | LanzaTech(リンク)
※9 CO2吸収コンクリート | 鹿島建設(リンク)
※10 2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略 | 経済産業省(リンク)
【世界のカーボンニュートラルの技術動向調査やコンサルティングに興味がある方】 世界のカーボンニュートラルの技術動向調査や、ロングリスト調査、大学研究機関も含めた先進的な技術の研究動向ベンチマーク、市場調査、参入戦略立案などに興味がある方はこちら。 先端技術調査・コンサルティングサービスの詳細はこちら
CONTACT
お問い合わせ・ご相談はこちら