EVや再生可能エネルギー、高速通信などの制御を目的としたパワー半導体の需要が高まっている。

このパワー半導体用材料として近年急速に導入が進められているのがSiCだ。

本稿では、SiC市場の現状と大規模な資金調達に成功したスタートアップを中心に紹介していく。

SiC市場の今

通常の家電製品は電力網から送られる交流電力を直流に変換して使用しているが、これはEVや鉄道などの大電力を扱うモビリティーも同様だ。ただし、通常の変換器は大電力に耐えきれない。パワー半導体はこうした「大電力の制御」を目的として開発されてきた。

パワー半導体には、絶縁破壊耐性、電力損失抑制、高いスイッチング周波数、高温耐性、低価格などの条件が求められるが、SiC(炭化ケイ素)はこれら条件を満たす優れた材料として注目されている。

SiCウェーハ市場

CAGR19%超の急成長市場

パワー半導体用途のSiCはシリコン同様、結晶成長によって製造される。

SiCウェーハの生産においては有毒ガスの発生が課題であり、GaNへの移行も検討されるが、市場は拡大を続けてきた。

MordorIntelligenceの市場調査報告によれば2022年のSiCウェーハの世界市場規模は994m$であり、2028年までの年平均成長率は19.04%となる見込みだ※1

この市場を牽引する主要プレイヤーとしては以下の企業を挙げている。

Wolfspeed(米)

Xiamen Powerway Advanced Material Co. Ltd(中)

STMicroelectronics(スイス)

II-VI Advanced Materials(米)

昭和電工(日)

主要各社は積極投資を実施

近年のSiCウェーハ市場動向の一例として、2023年3月には、韓国の半導体ウェーハメーカーであるSK Siltron Inc.が、2025年までにSiCウェーハの生産量を17倍に拡大するため、640m$を投資すると発表した※2

また、東京に本社を置く昭和電工株式会社は2022年3月、SiCパワー半導体に加工・展開するSiCエピタキシャルウェーハの材料となる直径6インチ(150mm)の単結晶SiCウェーハの量産開始を発表した※3

現在、主要なSiCウェーハメーカーは量産体制の確立を進めている段階と言えるだろう。SiCの用途は未だ限定的だが、SiCが持つ多くの利点により、あらゆる分野でシリコンからの置き換えが進んでいくことが予想される。

SiCパワーデバイス市場

2028年までに約6,000億円市場へ

SiCウェーハ製造とパワーデバイス製造は技術的に異なっており、バリューチェーンが分かれている。

MordorIntelligenceの市場調査報告によれば2023年のSiCパワーデバイスの世界市場規模は1.74B$であり、2028年までの年平均成長率は25.24%と急激な成長になる見込みで、2028年に5.37B$まで拡大する予想となっている※4

この市場を牽引する主要プレイヤーとしては以下の企業が挙げられている。

Infineon technologies AG(独)

Texas instruments Inc.(米)

STMicroelectronics(スイス)

NXP semiconductor(オランダ)

ON Semiconductor Corporation(米)

車載向けデバイスが市場をけん引

自動車などにSiCパワーデバイスを利用する開発が継続的に進められているが、これは既に実用段階にあり、EV大手のテスラは車両にSiCパワーデバイスを搭載している。

EV販売台数は今後も伸長することが予想され、これに伴ってEV用SiCパワーデバイス市場も拡大していくことになるだろう。

2022年12月にはSTMicroelectronicsが、同社のSiCモジュールがヒュンダイ(韓)の電力制御プラットフォーム(E-GMP)に組み込まれたと発表している。また、2023年1月、ON Semiconductorは同社のSiCモジュールが起亜自動車のEV6 GTモデルのトラクションインバーターに電力を供給すると発表した。

さらに、日本勢のロームセミコンダクタ(日)は、同社のSiC MOSFETとゲートドライバICが日本の自動車部品サプライヤーである日立アステモが開発したEVインバータに電力を供給すると発表した。

大手SiCパワーデバイスサプライヤーは各EVメーカーと繋がりを強め、最終製品に至るサプライチェーンを構築しつつある。

SiC関連スタートアップは中国勢がけん引

半導体関連のエンジニアやジャーナリストらによって運営されるSEMICONDUCTOR ENGINEERING※8では、毎月、半導体スタートアップの資金調達についてまとめ、その動向が報告されている。

この調査報告によれば、2021年8月~2023年8月までの間に資金調達を行った71社のスタートアップのうち、実に67社が中国企業であった。

中国は現在最も成長著しいEV市場を抱え、同時に太陽光や風力発電など自然エネルギー発電施設の敷設にも力を入れている。多くのSiCスタートアップが設立され、資金が投じられる背景には、EVや再生可能エネルギー事業のための部品を国内で賄い、経済を強化する狙いがあるようだ。

以下では、SEMICONDUCTOR ENGINEERINGにて紹介されていたスタートアップの内、特に調達額の大きかった企業を紹介する。

YASC:約500m$もの巨額資金を調達したSiCデバイスプレーヤー

YOFC Advanced Semiconductor Company(YASC)は中国の光ファイバー関連事業に携わるYOFCのグループ企業だ。2018年に設立されたYASCはSiCパワーデバイスに注力している。

2023年6月にはシリーズA資金調達ラウンドで38億中国人民元(約524m$)を獲得した。調達資金はパワーデバイス製造施設の建設に充てられる予定となっている。

YOFCは5G通信網、データセンター、電力グリッドの敷設などを幅広く手掛けるが、SiCパワーデバイスは将来的にこれら事業における既存の電力変換機器を代替することを目指す。

HestiaPower:EV・産業用途でのパワーデバイス製造

HestiaPowerは2019年に上海で設立されたスタートアップで、2023年5月にシリーズB資金調達ラウンドで5億中国人民元(約71m$)を獲得した。同社はSiCを用いたショットキーバリアダイオード、MOSFET、及びそれらを組み合わせたパワーモジュールを製造、販売している。

SiCは電子移動度、熱伝導率が高いためオン抵抗が低い。そのためエネルギー損失が抑えられ、ヒートシンクなどの設置が不要となるため冷却システムを簡素化することが可能だ。

HestiaPowerではEV用途(主駆動インバータ、充電パイル、車載充電器など)の他、様々な産業用途への応用を見据えたデバイス開発を進める。

TYSiC:米SiCウェーハの大手と提携、華為も出資

TYSiCはSiCエピタキシャルウェーハメーカーで、中国科学院半導体研究所と共同で2009年に設立された。2023年2月にはIPOに伴う資金調達で12億中国人民元(約177m$)を獲得している。

2021年8月には米SiCウェーハの大手サプライヤーであるII-VI Incorporatedとの提携を発表、米中のSiCパワーデバイス需要に協力して対応してく考えを示した。

SICCやEpicworldなど、他の中国SiCウェーハメーカー同様、通信機器大手Huaweiから資金提供を受けて研究開発を行っており、将来的にはスマホ向け高速通信機器なども国産SiCに置き換えを狙っているようだ。

AST Science Technology:車載グレードSiCパワーモジュール開発

AST Science Technologyは2017年に設立されたSiCパワーデバイスメーカーだ。2023年1月には車載グレードのSiCパワーMOSチップの研究開発を加速させるため、3億中国人民元(約45m$)の資金調達を完了した。

2023年6月には新たな車載グレードSiCパワーモジュールであるDCS12を発表している。同製品は水路による冷却構造を有するが、水路の設計最適化、及び熱と水流の厳密な制御によって温度勾配の問題を解決し、熱抵抗の低減、信頼性の向上を実現した。コンパクトな構造によって寄生インダクタンスを低減し、SiC本来の高いスイッチング特性を有する。

TankeBlue Semiconductor:単結晶SiC製造設備メーカー

TankeBlue Semiconductorは中国科学院物理学研究所の成果を元に2006年に設立された。中国の主要なSiCウェーハメーカーの1つで、エピタキシャル用の4H SiCウェーハや単結晶SiC製造設備を販売している。2023年4月にはIPOに伴う資金調達の計画が報じられた。

また、2023年5月にはSiCパワーデバイス大手の独Infineon technologiesとの提携が発表されている。Infineon Technologiesは、SiCパワーデバイスの世界シェアでも2位につけているが、自社でSiCウェーハを生産する技術を持たないため、レゾナックやWolfspeed、COHERENTといった複数のウェーハメーカーと長期的な供給契約を結んできた。

今回のTankeBlue Semiconductorとの提携は今後も高まるSiCパワーデバイス需要に対応して、安定した生産体制を確立する狙いがあるようだ。


参考文献:

※1 Mordor Intelligence, SICウェハ市場規模・シェア分析(リンク

※2 SK siltron to invest $640 mn in next-gen wafers by 2025(リンク

※3 SiCパワー半導体向け6インチ単結晶基板の量産を開始, レゾナック(リンク

※4 Mordor Intelligence, Sillicon Carbide Power Semiconductor Market Size & Share Analysis(リンク

※5 オンセミのトラクションインバータ用SiCパワーモジュール、 現代自動車グループの高性能電気自動車に採用, オンセミ(リンク

※6 STMicroelectronics boosts EV performance and driving range with new silicon-carbide power modules(リンク

※7 ロームの第4世代SiC MOSFETが日立Astemoの電気自動車用インバータに採用, ローム(リンク

※8 Business Startups, Semiconductor Engineering(リンク

※9 YASCウェブサイト(リンク

※10 新记录!长飞先进半导体完成超38亿元A轮融资,创国内第三代半导体私募股权融资规模历史之最(リンク

※11 【成员风采】天域半导体完成Pre-IPO轮融资,约12亿人民币(リンク

※12 II-VI Incorporated Selected by Tianyu as Primary Strategic Partner to Supply Silicon Carbide Substrates for Power Electronics(リンク

※13 爱仕特完成超3亿元战略融资,加速车规级SiC功率MOS芯片研发与技术创新(リンク

※14 爱仕特推出应用于新能源汽车的新一代碳化硅功率模块DCS12(リンク

※15 China SiC substrate supplier to raise funds through IPO(リンク