光を使った環境センシングデバイスLiDAR(Light Detection and Ranging)は公道での自動運転実現のために重要な役割を担う。その中でも、OPA(Optical Phased Array、光フェーズドアレー)は機械的に駆動する部品を一切含まない走査方式だ。

OPAによるLiDARの小型・軽量化、低価格化が期待されてきたが、商業利用においては未だ多くの課題がある。本稿では、OPAに関連したスタートアップの動向やその課題について紹介する。

LiDARにおけるOPAの役割とは

LiDARは光を照射し、その反射光から得られた情報で物体までの距離や物体の形を測定する技術を指す。Radar(Radio detection and ranging)の電波を光に置き換えたものと考えると分かりやすい。

LiDARには様々な種類があるが、車載用途などで周囲を隈なく調べるためには照射する光の角度を変えつつ測定を行う(走査する)必要がある。

走査方式として最も古典的なものはモーター駆動だ。これは照射部とセンサを高速で回転させつつ測定を行うが、大型で振動に弱いという課題があった。この課題を解決するためにMEMS技術の活用が進められている。チップ上に磁気駆動する小型ミラーを作製すればモーターを使わずとも一定の領域を走査でき、LiDARの小型・軽量化が可能だ。

OPAはLiDARの走査方式の1つで、上記2つの走査方式と異なり、機械的に駆動する部品を一切使わない。光の干渉を利用して特定方向のみ光強度を高める方式だ。複数の光源の位相を個別に制御することで光を強め合う方向を自在に制御できる。

LiDARは走査方式とは別に、物体の検出原理の違いからdToF方式やFMCW方式などに分類される。こうしたLiDARの分類について、詳しくは下記の記事で扱ったのでそちらも参考にして頂きたい。

参考記事:(特集) 車載LiDARの技術動向 ~種類・方式の特徴と全体像~

OPAスタートアップの動向|見えぬ商業化の現状

LiDARは様々なスタートアップが開発に着手してきた。中には既に車載用途で使われているものもあるが、OPAを用いた車載LiDARの開発を行っている企業は大変少ない。

Quanergy:破産するも事業は継続中

QuanergyはOPAを利用した車載LiDAR開発において代表的なスタートアップだ。モーターを用いた機械式のMシリーズ、OPAを用いたSシリーズの双方について開発を進めてきた。

2021年6月にはSPAC(Special Purpose Acquisition Company、特別買収目的会社)を利用した上場を発表。その宣言通り、2022年2月に上場を果たしている。

参考記事:光フェーズドアレイ方式LiDARのQuanergyがSPACで上場

2022年5月には、屋外の明るい日照条件の下、250m先に置かれた反射率10%の物体を検知することに成功した。測定可能距離が250mあれば、測定レートにも依るが、高速道路などを走行する際に問題なく対向車の接近を検知でき、レベル3やレベル4の自動運転にも利用できる。あとは精度やロバストネスの問題かと思われた。

しかし、上場から1年も経たず、2022年12月には米連邦破産法11条による破産を申請することとなる。同条は、事業継続を前提とした破産申請の条項だ。2023年3月には、Quanergyの資産がデラウェア地区連邦破産裁判所の管理するオークションにかけられ、落札された。このオークションの成功で事業は継続し、現在も同社は開発を進めている。

現在CEOを務めているEnzo Signoreは前述のオークション時に、Quanergyの現在の主力製品は「高解像度MシリーズLiDARセンサ」と「高精度の知覚ソフトウェアQortex」であるとコメントしており、OPA方式のSシリーズは一般向けの販売に至っていない。

Analog Photonics:8192個の高集積化を実現

Quanergyとは異なり、Analog PhotonicsはOPA方式のLiDARのみに焦点を当てたスタートアップだ。

2016年からはDARPA主導のOPA LiDAR研究プロジェクト(Modular Optical Aperture Building Blocks)に参加し、商品化を目指して研究開発を行っている。こちらも確かな技術力を有し、高い評価を得ていることは間違いないが、商業的な実績はまだない。

しかしAnalog Photonicsは2020年の論文で、100°×17°のFOVをカバーするフリップチップCMOS駆動の8192個からなるOPAを発表している。

8192個のエレメントからなるOPAのデモ素子とブロックダイアグラム

出所:8192-Element Optical Phased Array with 100◦ Steering Range and Flip-Chip CMOS, Analog Photonics ※10より引用

これはかなりの集積化レベルであり、注目すべき技術となっている。

RoboSense:SiとSi3N4の2層OPAを開発中

中国のスタートアップであるRoboSenseもOPAを採用したLiDAR開発を計画していたことが日経クロステックの記事で触れられているが、現状で開発について目立った情報は発表されていない。

同社の主力は機械式LiDARであり、LiDARが完成車メーカーに採用された件数で2番目に多い企業となっている(2021年第3四半期時点)。

なお、同社の特許を見てみると複数件のOPAに関する特許が出願されていることがわかる。最近公開された特許を見てみると、光フェーズドアレイチップに関するもので、異なる材料による2層の導波路層からなるチップに関する基本的な特許となっている。

この異種材料には事例として、1層目がシリコン導波路層で、2層目は窒化ケイ素導波路層が挙げられている。

同社が主張するには、シリコン導波路層は、光を制限する強い能力を有し、高い熱光学係数を有し、位相シフタコンポーネントの消費電力の低減に役立つ。一方で窒化ケイ素導波路層はシリコン導波路層よりも光の制限がわずかに低く、この導波路を使用してアンテナを作成すると、同じプロセス条件下でシリコン導波路層よりも結合係数が小さく、開口部が大きいアンテナを製造できるという。また、より大きな光出力に対応できるというメリットもあるようだ。

OPAの開発がスムーズに進まない理由

OPA LiDARの測定原理自体はそれほど新しいものでもないが、これが商品化に結びつかないのはなぜか。

研究レベルで言及されるOPAの課題として、代表的なものとしては以下が挙げられる。

広帯域化と消費電力低減のトレードオフ

FMCW方式など、周波数変調を用い、出射光と反射光の位相差から距離を計測する場合、LiDARによって測定できる距離は光源の帯域(出力可能な波長領域の広さ)に対応する。狭い帯域で遠くまで計測するならば、正確性を犠牲にしなければならない。

遠くまで、正確に測定するためには広帯域化すれば良いのだが、その場合は回路が複雑になり、これを制御するための電力消費が余分に必要だ。

MEMS方式と異なり、OPAは複数の光源を用いる。単純に考えれば、各光源を制御する電力に光源の数を乗じた電力が求められ、開発の難易度を上げている。以上のことから、OPAは計測距離、正確性、消費電力の3つのファクターによるトレードオフを克服しなければならない。

研究事例として、電気通信大学とJSTさきがけらのグループは、従来とは異なる制御方式を用い、よりシンプルな回路構成の実現を目指す。個々の部品性能の向上というよりは、システム全体やソフトウェア面での革新が求められているようだ。

グレーティングローブ

他のLiDAR走査方式になく、OPAに特徴的な課題としてはグレーティングローブがある。

グレーティングローブとは、干渉によって強度を高めたい方向以外の方向で強め合ってしまうビームのことだ。グレーティングローブはノイズとなり、測定の正確性を低減させる。

音響や電波の分野でも時折問題となるグレーティングローブは、同分野で長年培われた対策を光にも適用することが可能だ。例えば、光源を等間隔ではなく、異なる周期で配置することでグレーティングローブを低減できることが知られている。OPAにおいても当該スキームでグレーティングローブを低減する研究が進められてきた。

フォトニック結晶によるビームステアリング

近年、光による走査方法として、フォトニック結晶の活用が検討されるようになった。フォトニック結晶とは微細加工技術によって数百nmオーダーの周期構造を持たせた結晶のことだ。

電子は結晶内原子の周期構造と相互作用して、特徴的なエネルギー分散(バンド構造)を示す。一方、フォトニック結晶が持つ周期構造は可視光の波長と近しいため、フォトニック結晶中の電磁波は固体中の電子と同様に特徴的なエネルギー分散(フォトニックバンド構造)を持つ。

半導体を用いたレーザーは強度を高めようとするとビームの波形が乱れるという欠点があるが、フォトニック結晶を用いたレーザーはこうした課題を解決できるのではないか、と期待されてきた。

フォトニック結晶から発振されるレーザーのパターン形状は結晶格子の形状や間隔に依存する。すなわち、結晶格子の形状や間隔を変化させることでビームステアリングが実現可能だ。

フォトニック結晶によるビームステアリングの課題の1つは、走査角の狭さだ。この課題に対して、横浜国立大学の研究グループでは、フォトニック結晶とプリズムを組み合わせ、広いステアリング角を確保する方法を提案した。

また、フォトニック結晶は数nmの製造変動に対して非常に敏感であるという問題も抱える。フォトニック結晶によるビームステアリングを商業化するためには、製造変動に強い、シンプルな構造も重要だ。

いずれにせよ、フォトニック結晶によるビームステアリングが超えるべき課題は多い。

OPAの実用化にある高い壁

このようにOPAは技術的課題が非常に多く、現状では実用化が困難な状況にある。

そもそも、LiDAR自体の市場の立ち上がりはやや遅れている。

そして本来補完的であるはずのカメラやレーダーの性能が向上していることで、これまでLiDARのユースケースとされていた先進ADASの機能において、LiDARそのものが不要になるのではないか、という声もある。

もちろん冗長性を確保するためにはLiDAR・カメラ・レーダーのセンサフュージョンが望ましいが、LiDARの有望技術の実用化に時間がかかるとなると、当該技術が市場にどうインパクトを持つのか、見通すことは難しい。

特にOPAについては、当初想定されていたよりも実用化には時間がかかると見られ、5-7年の長期スパンで技術を見ていく必要があるだろう。


※1: Quanergy Delivers Industry-First 250 Meter Range for OPA-Based Solid State LiDAR, Quanergy(リンク

※2:Quanergy Successfully Completes Chapter 11 Sale, Quanergy(リンク

※3:About, ANALOG PHOTONICS(リンク

※4:大失敗したFMCW型LiDARの光走査 復活・代替技術に希望の光, 日経クロステック(リンク

※5:光周波数コムによる光フェーズドアレイの開発, 加藤峰士(リンク

※6:Vernier optical phased array lidar transceivers, Nathan Dostart他(リンク

※7:フォトニック結晶レーザ, 日本電子(リンク

※8:Wide beam steering by slow-light waveguide gratings and a prism lens, Hiroyuki Ito他(リンク

※9:On-chip platform for a phased array with minimal beam divergence and wide field-of-view, Moshe Zadka他(リンク

※10:RobosenseのOPAに関する特許例(WO2023015438)