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シリコンフォトニクスが進化させる通信・スイッチング|スタートアップ4社の動向も解説

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シリコン基板上に発光素子や受光素子、光変調器を集積するシリコンフォトニクス技術は従来的なデータ伝送速度の限界を超え、光通信やデータセンターの更なる効率化への寄与が期待されている。

シリコンフォトニクスを牽引するのは半導体チップ生産大手やITの大企業だが、本稿ではスタートアップにもフォーカスし、シリコンフォトニクス分野で新たに生まれつつある技術を紹介する。

シリコンフォトニクスとは?時代は半導体から光学素子の集積化へ

2000年のノーベル物理学賞は米テキサス・インスツルメンツ社のJack St. Clair Kilby氏(以下、キルビー氏)らに贈られた。キルビー氏の受賞理由は「集積回路の発明」だ。

1958年にキルビー氏が出願した特許の内容は、一つの基板上にトランジスタや抵抗などの素子を貼り付け、ワイヤーで結んだ簡易な回路に関するものだった。しかし、この特許が半導体デバイスの大きな方向性である「集積化」を指し示すことになる。

半導体デバイスのスケーリング則によれば、FETのサイズを1/kにすると、ゲート遅延時間が1/kになることでデバイスの応答速度がk倍になり、消費電力は1/k^2となる。

「集積化(素子の小型化)」という方針が定まってからの半導体デバイス分野における成長の勢いは凄まじい。ムーアの法則として知られるように、集積回路の集積率は1年半〜2年ごとに2倍になった。USBなどの記録端末では、容量単位がKB、MB、GBへと桁違いに向上しているにも関わらず、価格は下がり続けている。

本稿のメイントピックであるシリコンフォトニクスは「光学素子の集積化」技術だ。

シリコンフォトニクスが登場した背景には光学デバイス作製技術の進展がある。従来、レーザー、受光器、光変調器は何れも材料に半導体を用いていなかったが、近年ではこれらを半導体で作製できるようになった。半導体で光学素子を作れるようになれば、半導体の微細加工技術によってこれを集積化することも可能だ。

現代のコンピュータテクノロジーは電気的な回路要素を集積化することで形作られたが、シリコンフォトニクスは光学デバイスを集積化する。光学デバイスを集積化した場合には、一体何が起きるのだろうか。2つの応用例を見ていきたい。

応用1:光通信

クラウドコンピューティングや動画メディア、オンラインゲーム、ビデオ通話など、近年登場したさまざまなネットサービスはいずれも膨大なデータを転送しており、これらサービスの品質はデータ通信量の限界によって規定される。

シリコンフォトニクスはこの問題への解決策として期待が集まる。発光素子、受光器、光変調器などの光学素子を集積化し、光通信の効率化を行えば、より安価で高速での通信が可能だ。

また、シリコンフォトニクスによって、長距離の光通信のみならず、数cm〜数mのチップ間通信も見えてきた。大量の情報を扱うデータセンターでは多数のケーブルが空間を占有しているが、これらを光通信に置き換えることで配線の制限を取り払い、データセンターの設計を効率化できる。

応用2:光スイッチング

現在の光通信では電気信号によって光路の制御を行っているが、この方法では電子デバイスのスイッチング速度の限界である10ps程度の遅延は避けられない。また、光路制御に伴う消費電力も大きな問題となっていた。

そこで、電気ではなく、光で光路を制御する光スイッチングに注目が集まる。実際に、NTTなどは光路の光スイッチングについて実証試験を進めてきた。

光で光路を制御できるようになれば、通信速度向上に加え、発熱を抑制し、中継器の冷却などに要する電力を丸々削減することが可能だ。

市場の動向|調査会社は20%台後半での年平均成長率を予測

Mordor Intelligence による市場調査報告では、シリコンフォトニクスの市場規模は2024年に2.5b$、2029年までの年平均成長率は29.1%と予測した。同様に、GRAND VIEW RESEARCHは2023年から2030年の年平均成長率を25.8%、VANTAGE Market Researchも2023年から2030年の年平均成長率を25.7%と、各調査会社ともかなり近い数字での予測をしている。

この分野を牽引する企業としては、Intel(世界最大の半導体チップメーカー)、Cisco Systems(世界最大のネットワーク機器メーカー)、Juniper Networks(ネットワーク機器販売大手)などを挙げている。何れも米国の大手企業だ。

シリコンフォトニクスの実装においては、従来の半導体チップ生産技術が存分に発揮される。これら技術の蓄積を有し、資本力もある大手企業が市場を牽引することになりそうだ。

注目のスタートアップ4社の動向

シリコンフォトニクスをリードするのは米国の大手通信機器メーカーや大手IT企業だが、成長著しい同分野では、スタートアップから新たな技術が次々と生み出されている。

ここからは、スタートアップや新技術について紹介する。

今回取り上げる4社のまとめ

公表されている情報などから編集部制作

Ayar Labs|NVIDIAなどが出資

Ayar Labsは、従来の電気ベースI/Oを光I/Oに置き換えることで、ボトルネック(消費電力、遅延、到達距離、システム帯域幅など)の解消を掲げるスタートアップだ。具体的には、シリコンフォトニクス技術によって光学素子をチップに集積し、チップ間を光で接続することを目指す。

同社は2015年に設立され、2023年5月にシリーズC資金調達ラウンドで得た総額が155m$となった。ベンチャーキャピタルのみならず、IntelやHewlett PackardのCVC、さらにNVIDIAなどからも資金提供を受けている。

今回の資金調達ラウンドに参加したNVIDIAは、Ayar Labsが注目を集める理由について、生成AI関連プラットフォームへの投資拡大が背景にあるとコメントした。膨大な計算を要する生成AIモデルはAyar Labs製品の需要を急速に押し上げつつある。

Lightmatter|数百THzの速度持つ演算ユニットの開発目指す

2017年にマサチューセッツ工科大学からスピンオフしたLightmatterは、フォトニックプロセッサ、光インターコネクトや関連ソフトウェアの開発を行う。2023年5月にはシリーズC資金調達ラウンドでGoogle Venturesなどを含む多くの投資家から154m$の資金調達に成功した。

Lightmatterも生成AIによるデータセンターの拡充を強く意識しており、対象とする市場はAyar Labsと似通っているが技術の中身は大きく異なる。

ニューラルネットワークを基本原理とする生成AI用チップは内部的に行列ベクトル(またはテンソル)の積を計算している。Lightmatterが目指すのは、この行列計算に用いる素子を光学的な対応ユニットであるマッハ・ツェンダー干渉計に置き換えることだ。

電子的な積和演算ユニットが数GHzで動作するのに対し、マッハ・ツェンダー干渉計に置き換えられた光学的積和演算ユニットは数百THz近い速度で動作する可能性がある。

Luminous Computing|Slackなどの内容から業務補助するAwareと提携

Luminous Computingは2018年に設立され、生成AI用途にフォーカスしたカスタムチップとソフトウェアの開発に従事する。

2022年3月にはシリーズA資金調達ラウンドで105m$を獲得した。

また、2023年9月にはAIデータプラットフォームの開発を進めるAwareとの提携を発表した。

Awareの自然言語処理モデルは Slack、Teams、WebEx、Zoom、WorkJamといったビジネス用コミュニケーションアプリ内で交わされるコミュニケーションを理解し、業務の進行を補助することを目的としている。

自然言語処理モデルの推論機能はチップの処理能力に強く依存することが分かっており、Luminous Computing が開発するフォトニックプロセッサがこの性能を大きく底上げすることが期待される。

LIGENTEC|窒化シリコンを用いた導波路作製

LIGENTECは光通信、量子コンピューティング、LiDAR、バイオセンサーなどの先端分野に光集積回路を提供するB2B企業で、2016年にスイスで設立された。同社はSiN(窒化シリコン)を用いた導波路作製技術を有し、光損失を少なく抑えられることを特徴とする。

LIGENTECは2021年9月には独ファウンドリのX-FABと提携を発表した。また、欧州でフォトニックデバイスのバリューチェーンを構築するためのプロジェクト「photonixFAB」に参加している。

AIへの要求がシリコンフォトニクス発展の礎に

多くの人々はChatGPTなど生成AIの登場によってAIが存在するのは当たり前の社会はすぐそこまで来ていると感じるが、実現には大きな壁がある。先程も少し触れたように、AIの登場で生じた膨大なデータ量をさばくためには、現行のチップでは電力消費とコストが過大にかかり、なおかつ微細化が極限に近づいている以上、処理そのものも困難になってしまうからだ。今回取り上げたLightmatterのNicholas Harris CEOも、それを指摘している。

ムーアの法則に沿った進化が難しくなった今、その壁を異なるアプローチから乗り越える可能性が高いシリコンフォトニクスに注目と資金が集まるのは、自然の成り行きといえるだろう。業界を牽引する大企業にとっては、確かな技術を持ったスタートアップの発掘が課題であり、次世代の事業機会にもなる。


参考文献:
※1:NTTら,超高速・超省エネの全光スイッチを開発, OPTRONICS ONLINE(リンク
※2:シリコンフォトニクスの市場規模と市場規模株式分析 - 成長傾向と成長傾向予測 (2024 ~ 2029 年), Mordor Intelligence(リンク
※3:Silicon Photonics Market Size, Share & Trends Analysis Report By Component, By Product (Transceivers, Active Optical Cables, Optical Multiplexers, Optical Attenuators, Others), By Application, By Region, And Segment Forecasts, 2023 – 2030, GRAND VIEW RESEARCH(リンク
※4:Silicon Photonics Market – Global Industry Assetment & Forecast, VANTAGE Market Research(リンク
※5:New Funding Fuels Acceleration of Optical I/O Roadmap Supporting Generative AI, Machine Learning and HPC Applications, Ayar Labs(リンク
※6:The Future Is Bright -- Lightmatter Raises $154M to Deliver Photonic Products to Customers, businesswire発信のプレスリリース (リンク
※7:The story behind Lightmatter’s tech, Medium(リンク
※8:Luminous Computing Raises $105M in Series A Round to Build World’s Most Powerful AI Supercomputer, businesswire発信のプレスリリース(リンク
※9:Aware and Luminous Accelerate Adoption of Generative AI Across Secure Enterprises, businesswire発信のプレスリリース(リンク
※10:独 X-FABと端 LIGENTEC、光デバイス製造で協業, GNC(リンク
※11:Ligentec joins €48 million EU-funded industrial silicon photonics project, startupticker.ch(リンク) 
※12:そのAI用チップは、電子ではなく「光」で動作する, WIRED(リンク


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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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