燃焼時にCO2を排出しないことから、環境負荷が小さく、次世代の発電用燃料として期待が高まるアンモニア。政府や電力会社はアンモニアを既存火力発電に組み込み、石炭と混ぜて燃焼させる「混焼」の社会実装を進めている。

一方で、アンモニア混焼はNOxの発生や設備投資に関する費用など多くの問題が指摘されてきた。本稿ではこうした課題に対し、技術開発を進める企業や日本政府がどのような回答をしているのかを紹介していく。

アンモニア混焼とは|燃えにくい物質を燃やす方法

化学式NH3で表されるアンモニアは、水素同様、燃焼時にCO2を排出しない。地球温暖化の主な要因は大気中のCO2濃度上昇だと考えられており、CO2を排出しないアンモニアを燃焼によるエネルギーを組み込むことで、環境負荷を抑制できると考えられる。

燃焼によって大きなエネルギーを生み出すアンモニアだが、気体であっても単体では燃焼を維持することは難しい。簡単に言えば、燃えにくい物質だ。

これを解決したのが、東北大学の小林秀昭教授らによる研究で、炉内に渦状の火炎を生成し、アンモニアの直接燃焼に成功している。また、2014年には世界で初めてのアンモニア燃料によるカスタービンを開発した。

アンモニア単体での燃焼維持は難しいが、石炭や天然ガスと混ぜて燃焼させる「混焼」であれば難易度は下がる。

JERAが策定したロードマップを見ると、2021年度から始まったJERA碧南火力発電所におけるアンモニア混焼実証事業では、20%混焼の実証試験が当初の計画から1年前倒して2023年度より始まっており、2028年度までに混焼率50%以上(高混焼)の実証試験を開始。20%混焼は2020年代後半、高混焼は2030年代前半の本格導入が計画されている。

アンモニア発電の導入は製造から輸送・貯蔵、燃料としての利用に至るまでのバリューチェーンで構成される巨大プロジェクトだ。

資源エネルギー庁の取り組みでは、製造段階を東大、阪大や千代田化工など、燃焼段階では東北大学やIHI、三菱重工などが携わる。また、商流構築面では三菱商事、丸紅、三井物産などが参加し、政府主導の下、グリーンイノベーション基金などを活用した資金調達と国際的な連携が進められてきた。現在、アンモニア発電は2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略重点14分野の1つに数えられる。

指摘される問題点は排出物とコスト

アンモニア混焼を含めたアンモニア利用については、かねてよりさまざまな課題が指摘されてきた。ここからは、課題とそれに対する関係企業、日本政府の回答を紹介する。

窒素酸化物(NOx)の排出

アンモニアは燃焼時にCO2を排出しない。ただし、化学式NOxで表される窒素酸化物を排出する。

例えば、亜酸化窒素(N2O)は酸性雨の原因となる他、重量当たりCO2の約265倍の温室効果が指摘されている。アンモニア発電でCO2排出を減らすことができても、それ以上に大きな温室効果を持つガスを排出しては意味がない。

当然ながら、こうした課題には開発段階で対策がなされている。IHIではNOxの発生を抑える燃焼方法やNOxの回収について研究を進めてきた。2022年6月のアンモニア専焼成功に関するプレスリリースでは、NOx削減についても言及されている。

プレスリリースによれば、新型のアンモニア燃焼器では温室効果ガス削減率99%以上を達成したとのことだ。 ただし、この削減率が温室効果ガスの重量ベースなのか、温室効果で規格化した値なのかは分からない。N2Oは大きな温室効果を持つことから、削減できなかった残りの1%によって、同規模の化石燃料による火力発電と同程度の温室効果を発生させる可能性もある。

左図縦軸は対数表示ではなく、右図縦軸の数値は重量ベースなのか効果ベースなのかを明示していない(引用:IHIプレスリリースより)

燃焼時以外のCO2排出

アンモニアは燃焼時にCO2を排出しない。ただし、燃焼時以外のライフサイクル全体を見れば、CO2を排出している。

現在、市場に出回るアンモニアのほとんどは、水素と窒素を高温・高圧で反応させるハーバー・ボッシュ法によって工業的に生産されている。この加熱・圧縮プロセスには大きなエネルギーが必要であり、このエネルギーは火力発電をはじめ、既存の電力インフラによって賄われている。

熱力学的に考えれば、エネルギーはその形を変える度にロスを生む。石炭の化学エネルギーが燃焼によって熱エネルギーに変換されるプロセスに対し、石炭→電力→アンモニア→熱と多段階のエネルギー形態変化を経るアンモニア発電のプロセスはエネルギー効率が悪い。ならば、そのまま石炭を燃やせば良いのではないかという指摘が出てしまう。

こうした指摘に対する回答が、「ブルーアンモニア」や「グリーンアンモニア」と呼ばれる、ライフサイクル全体にわたってCO2排出が少ないアンモニアだ。どちらも化学組成が普通のアンモニアと異なるわけではなく、その製造過程が従来と異なる。

ブルーアンモニア製造では、製造過程で生じたCO2を地下などに貯留し、大気への放出を防ぐ。ハーバー・ボッシュ法で生産されるものの、結果として温室効果をゼロとしつつアンモニア生産が可能だ。

グリーンアンモニア製造においては、消費する電力を太陽光や風力などの再生可能エネルギーで賄い、そもそもCO2を排出しない。もちろん、厳密にいえば太陽光パネルの製造時やアンモニアの輸送などにもCO2は排出されるため、CO2排出ゼロにはならないことに注意が必要だ。グリーンアンモニアもハーバー・ボッシュ法で生産される一方、新技術でグリーンアンモニアを合成する方法の研究も進んでいる。

仮に国内の電力供給が再生可能エネルギー100%で賄われているならば、グリーンアンモニアによる発電は確かに有効だろう。大電力を貯蓄するには大規模な電池が必要で、面積的にも設備費用的にも課題が残るが、つくった電力をアンモニアに変換して貯蔵すれば保存も容易になり、電力の安定供給を補助する。

だが、現状の日本のエネルギー事情では、多くのCO2を発生させているのが事実。アンモニア発電に係るCO2排出については、今後、国内の水素製造インフラや再生可能エネルギーの導入が進むことで最大の効果を発揮する。よって、アンモニア発電は他の再生可能エネルギー導入と並行して進めなければならない。

電力コスト

アンモニアは燃えにくい物質であることから火力発電に利用するためには専用の燃焼器が必要となる。混焼では既存の火力発電所に小規模な改良を加えることで安価に導入できるといわれているが、こちらは専焼設備普及までのつなぎに過ぎない。

アンモニア発電は実際、どのくらい高コストなのか。 資源エネルギー庁の2015年時点の試算によれば、石炭火力発電による電力料金が10.4¥/kWhであるのに対し、20%混焼の電力料金は12.9¥/kWh、専焼の場合は23.5¥/kWhとしている。この価格の中にはアンモニアの製造、輸送費、及び設備投資費用が含まれる。

水素発電との比較(引用:資源エネルギー庁WEBサイトより)

コロナ禍やウクライナ侵攻以前の試算であるため、国内電力料金が30¥/kWhを超えることもある現在となっては比較が難しい側面もあるが、20%混焼では石炭火力の約1.2倍、専焼では約2.3倍と考えれば良いだろう。

また、注意点として、上記価格に含まれるアンモニアの製造費用はブルーアンモニアやグリーンアンモニアではなく、市場におけるアンモニアの最低価格となっている。グリーンアンモニアの場合は通常のアンモニアに比べ2〜3倍の製造コストが必要だ。つまり、CO2排出を減らすためのアンモニアとなると、価格はさらに向上する。

アンモニア専焼による電力が既存の石炭火力発電に対して2倍以上高くなることは間違いないようだ。

対して、太陽光や風力などの再生可能エネルギーはどうか。同じく資源エネルギー庁発表の2021年の試算では、さまざまな方式による発電コストを比較している。

この試算によれば、2020年時点の石炭火力発電の電力コストが12.5¥/kWhであるのに対し、太陽光発電(事業用)の電力コストは12.9¥/kWh(1.03倍)、風力発電では19.8¥/kWh(1.58倍)だ。2030年時点では技術開発が進むことにより太陽光や風力の発電コストはさらに低下すると予想している。

アンモニア関連技術でプレゼンスを発揮する企業の事例

アンモニア発電において、先駆的な存在であるのが日本の三大重工メーカーの一角であるIHIだ。同社、ならびに生成技術で注目を浴びるスタートアップを合わせた事例を紹介する。

なお、必ずしも合成によって生成したアンモニアを発電に利用するとは限らない点は留意頂きたい。目先では肥料や発酵によるアミノ酸生産の原料としての活用、燃料としての輸送などが想定されている。目下、グリーンアンモニアに関連する企業は既存のハーバーボッシュ法を代替し、クリーンなアンモニアを生成し、サプライチェーンを置き換えることを狙っている。

IHI|アンモニア専焼の研究開発で成功事例も

アンモニアの燃焼技術を有するIHIは、歴史や企業規模、これまでの実績もあって大きな存在感を示している。

アンモニア発電に関する研究開発は2013年に始まった。燃焼効率の改善や未燃アンモニアの低減を進め、2022年6月には液体アンモニアのみの燃焼によるタービン稼働に成功している。アンモニア混焼の更に先にある「アンモニア専焼」では、IHIの技術が重要な役割を果たすことが期待される。

また、2022年9月には東北大学との連携を発表した。アンモニア利用のバリューチェーン構築に向けた課題探索と技術を通じた解決手段の創出を推進するとしている。

Starfire Energy|太陽光からグリーンアンモニアへピボット

Starfire Energyは、2007年に米国で創業したスタートアップで、グリーンアンモニアの合成技術を有する。

当初は、太陽光発電を志向していたが、2016年よりアンモニア合成にピボット。2021年にシリーズA資金調達ラウンドを完了し、米国三菱重工やChevronのCVCなどが出資している。また、翌2022年のシリーズB資金調達ラウンドにIHIが応じた。

同社は低圧・省エネルギーな触媒技術を持ち、これを用いて再生可能エネルギー、空気、水のみでグリーンアンモニアを合成する「Rapid Ramp」というモジュールを開発した。つまり、従来のハーバー・ボッシュ法によらないアンモニア合成法となる。

さらにその応用として、アンモニアを水素に分解するシステムも開発している。

つばめBHB|中東国営企業と提携する分散アンモニア合成

つばめBHBもハーバー・ボッシュ法によらないアンモニア合成技術を開発したスタートアップだ。東京工業大学発のスタートアップでもあり、同大の細野秀雄名誉教授が開発したエレクトライド触媒を活用するアンモニア合成を進める。

ハーバー・ボッシュ法は鉄系触媒を用いるが、高温・高圧の合成プロセスとなるため大規模の設備が必要だ。エレクトライド触媒は、こうした合成条件の緩和を目指した側面もある。つばめBHBはこれを活用し、小規模、分散型のアンモニア生産を定着させる目論見を持つ。

2023年には、同社とアブダビ国営石油会社が提携を発表し、UAE国内で実証試験を行うという。

アンモニアバリューチェーンの変化が期待

ここまで見てきたように、アンモニア発電は依然として社会実装には時間のかかる技術である。

アンモニア発電自体は、日本の石炭火力で培った強みを活かせるため、日本を主語にすると興味深い技術である。一方で世界ではアンモニア発電の取り組みは少なく、ガラパゴスとなる可能性も秘めている。コスト面で課題があり、どこまでコストが現実的に下がるのか、現時点ではまだ不透明だ。

一方で、グリーンアンモニアのような、新しいアンモニア合成技術が登場しており、これらの技術がアンモニアに関するサプライチェーンに影響を与えていくことが想定される。グリーンアンモニアの動向の方が現在動きが様々あり、グリーンアンモニアの動向のモニタリングも重要となるだろう。


参考文献:

※1:事業成果, 国立研究開発法人科学技術振興機構(リンク

※2:碧南火力発電所のアンモニア混焼実証事業における大規模混焼開始時期の前倒しについて, JERA(リンク

※3:2035年に向けた新たなビジョンと環境目標の策定について, JERA(リンク

※4:燃料アンモニア導入・拡大に向けた直近の政府の取組について, 資源エネルギー庁(リンク

※5:世界初,液体アンモニア100%燃焼によるガスタービンで,CO₂フリー発電を達成~燃焼時に発生する温室効果ガスを99%以上削減~, IHI(リンク

※6:Overview of Greenhouse Gases, 米環境保護庁(リンク

※7:アンモニア合成と利用における新たな展開, 難波哲哉(リンク

※8:令和2年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2021), 資源エネルギー庁(リンク

※9:電気をつくるには、どんなコストがかかる?, 資源エネルギー庁(リンク

※10:IHI×東北大学アンモニアバリューチェーン共創研究所を設置 ~産学連携で社会実装の早期化につなぐ~, 東北大学(リンク

※11:Our Story, Starfire Energy(リンク

※12:分散型グリーンアンモニア製造技術を持つ米国スターファイアエナジー社に出資, 三菱重工(リンク

※13:つばめBHB、アンモニアの新製造技術でUAE企業と協業, JETRO(リンク