プラスチック、半導体、セラミックなど、かつて生まれた新材料はそれまでの産業構造を破壊し、私たちの生活を一変させてきた。近年でも、ペロブスカイト、カーボンナノチューブ、培養細胞など、さまざまな新材料が登場し、産業分野での応用に向けて日夜研究が進められる。

本稿では、そうした新材料の一つとして原子クラスターを紹介する。

原子クラスターとは?北大・高橋教授による定義

原子クラスターについては学者によって異なる定義が持ち出されることもあるが、北海道大学の高橋啓介教授は原子クラスターを以下のように定義した。

  • 原子数個~数十個程度から構成される
  • 物性が原子数、構成元素、構造に強く依存する

ナノ材料をさらに小さくしていくと、ある原子数以下になったときにその物性が原子数に強く依存するようになる。これが原子クラスターだ。

原子数の規模としては「分子」に似ている。ただし、原子クラスターは非常に多くの異性体を持ち、高い反応性を持つ点で通常の分子と異なる。

原子クラスターは構成原子が同じであってもバルク材料と全く異なる性質を持つことが分かってきた。例えば、金属原子クラスターが絶縁体となったり、バルクで磁性を持たない原子のクラスターが強磁性を持ったりということがあり得る。

原子クラスターは従来と全く異なる特性を持つ材料を創出でき、原子数によってそれを制御できる可能性を秘めているのだ。

ただし、大変不安定な材料であるため、量産や合成の精度には課題が山積している。

研究事例|各研究機関の進展状況は

原子クラスターの研究においては、いかに原子数を制御し、所望の構造を持つ原子クラスターを作り出せるか、ということに主眼が置かれる。以下で関連する研究を紹介する。

東工大、デンドリマーを利用したGa超原子の作製

東京工業大学の山本公寿教授らの研究グループでは、デンドリマー(規則的な分岐構造からなる樹状高分子)を利用してガリウム(Ga)の原子クラスターを合成する研究を進めてきた。

同研究グループでは、作製した金属原子クラスターを「超原子」と呼んでいる。原子数を制御することで、周期表にない新たな原子を生み出せるためだ。 超原子は、デンドリマー内部に所望の金属塩を内包させ、それを還元することで作られる。

超原子の作製手順(東京工業大学プレスリリースより)

デンドリマーは従来の有機合成的手法を用い、分子構造内にさまざまな官能基を導入することが可能だ。官能基によって金属塩錯体形成を制御すれば、精度良く、所望の原子数を持つ原子クラスターを合成できる。

13個のGaからなる超原子はハロゲンに似た性質を持つことも分かった。また、当該手法はアルミニウムなどの原子にも適用でき、応用範囲が広い。

今後は、安価な元素を用いて希少金属特性を発現させることを目指す。

シリコンクラスター超格子

産業技術総合研究所(産総研)ではシリコン(Si)クラスター超格子という新材料の創出を目指す。通常の結晶は原子や分子が規則的に配列したものだが、超格子は原子クラスターが各格子点で規則的に配列して結晶を構成したものだ。

バルク結晶は表面の原子数に対してバルク内部に占める原子の数が圧倒的に多い。そのため、結晶の電子構造はバルクによって決定する。

他方、Siクラスター超格子はバルク結晶と同程度の原子数であっても、表面を占める原子の数が多い。よって、表面原子によって電子構造が規定され得る。

つまり、原子クラスターに特徴的な電子構造の自在制御を行いながら、通常結晶と同程度のサイズの結晶を作り出すことができるかもしれない。

これを実現する方法が、「時空間閉じ込め」と呼ばれる気相成長技術だ。固体シリコンをレーザーで蒸発させた際、不活性ガスに生じる衝撃波を利用し、結晶成長を瞬間的、かつ、非常に狭い範囲のみで起こるようにした。

当該手法で作製されたSiクラスター超格子は、通常のバルクSi結晶と異なる電子構造を持つ。また、Si原子200~250個程度からなるクラスターによって構成されることが分かった。

金属クラスターによる触媒作用の解明

金属クラスターの物性については、未だ解明されていない部分も多い。東京大学佃研究室では、金属クラスター表面を有機配位子で保護することで安定化させ、幾何構造・電子構造・光学特性などの各種物性の評価に取り組む。

金属クラスターでは、バルクで触媒活性を示さない金属でも触媒機能を発現する可能性があることが分かった。ポリビニルピロドン(PVP)で表面修飾した金クラスターの場合には、平均粒径が3nm以下になるとアルコール類の空気酸化の触媒として機能する。

合成分野では金・白金・パラジウムなどの高価な金属が触媒として利用されるが、今後の研究次第では、これら金属触媒を安価な原子クラスターに置き換えたり、より効果を高めたりといったことが可能となるかもしれない。

まとめ|原子クラスターはどのように活用されるか

冒頭でも述べたように、原子クラスターの研究が進展し産業分野で応用できれば、新材料として活用されることになるだろう。また、Siクラスターの事例では、情報分野において記録媒体の高密度化も期待されている。

金属クラスターにおいては19世紀から研究が進められてきたが、今世紀中にそれぞれの原子クラスター研究の成果が何らかの形で世に出ることも、考えられる。ただし、時間軸としてはかなり先の、長期テーマとして捉える必要があるだろう。


※1:原子クラスターが切り開く金属の未知の特性と応用, 高橋啓介, 大貫惣明(リンク

※2:ガリウムが別元素の性質に変化, 東京工業大学(リンク

※3:樹状高分子鋳型を利用した原子クラスターの精密合成と機能開拓, 塚本孝政, 山本公寿(リンク

※4:シリコンクラスター超格子,Google Patents(リンク

※5:クラスター成長領域の時空間局所閉じ込めに成功, 産業技術総合研究所(リンク

※6:金属クラスターが拓く新しい触媒化学, 東京大学理学系研究科 化学反応学 佃研究室(リンク

※7:さまざまな分野で新しい材料を作り出す! クラスターに集まる期待, 夢ナビ(リンク