ネガティブエミッションには、化学、材料、バイオなど、さまざまな分野の企業が進出し、二酸化炭素(CO2)回収のための新技術が次々と生み出されている。本稿では、ネガティブエミッション領域で近年急成長しつつある技術とスタートアップを紹介する。

さまざまなCO2回収技術|地中貯留、DACやXPRIZEの取り組み

長年にわたる気候分野の研究から、CO2が気候変動に寄与していることは「疑う余地がない」ものと捉えられるようになった。現在では大気中に放出されるCO2を減らすため、先進諸国を中心としてCO2排出規制やクリーンエネルギー促進などの政策が採られている。

多くの産業分野では電化によって化石燃料の利用を減らし、CO2排出を抑えられる。ただし、一部で電化が困難な分野もあるため、CO2排出を完全になくすことは現実的ではない。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次報告書では、やむなく排出されるCO2を考慮し、排出された分のCO2を回収する補完的役割として、ネガティブエミッションの重要性が明記された。

ネガティブエミッションにはさまざまな種類があり、植林は古くからあるネガティブエミッションの一例だ。ただし、面積当たりのCO2吸収量の少なさや事業コストの面から、植林よりも効率的で安価な方法が模索されてきた。

その代表的なものが地中への貯留だ。化石燃料の燃焼時や水素製造時に排出されるCO2を回収・輸送し、密閉性の高い地下空間に貯留することで大気中にCO2が拡散することを防げる。

CO2の回収方法としては、Direct Air Capture(DAC)の発展も目覚ましい。DACはCO2排出源の近くではなく、私たちが普段生活に使っているような構成の大気からCO2を回収する技術だ。CO2濃度が低い大気からCO2を回収するため技術的な難しさがあり、コスト面などで課題は多いが、場所を選ばず、規模をスケールしやすいという特徴がある。

ネガティブエミッションの重要性とそこに集まる注目度の高さは、XPRIZE Carbon Removalから伺い知ることができる。XPRIZE Carbon Removalはネガティブエミッションに関するコンペティションで、優れた技術を有する企業や大学に研究開発のための資金が提供されるものだ。総額1億ドルの資金はイーロン・マスク氏が提供した。

XPRIZE Carbon Removalについては過去の記事でも紹介しているので詳しくはそちらをご覧いただきたい。

参考記事:カーボンネガティブコンペティションXPRIZE Carbon Removal XPRIZE Carbon Removalでは上述した燃焼時回収やDAC以外にも、Direct Ocean Capture(DOC)、風化、藻類に関する企業が受賞している。以下では、この3つの技術について詳しく紹介していく。

公開情報、crunchbaseから当社作成

DOC:海洋からCO2を回収

DACが空気からCO2を回収するのに対し、DOCは海洋からCO2を回収する。

元来、海洋は炭酸塩の形でCO2を吸収し、大気中のCO2濃度上昇抑制に寄与してきた。海中に存在するCO2の量は大気中のおよそ60倍であり、人間の活動によって大気中に放出されるCO2の30%以上は海洋に吸収されているという試算もある。

海洋は下式のような平衡関係によって大気とCO2のやり取りをしている。

CO_2 + H_2O ⇄ HCO_3^- + H^+ ⇄ CO_3^{2-} + 2H^+ … (Eq.1)

[CO_2] : [HCO_3^-] : [CO_3^{2-}] = 1 : 91 : 8

海中からCO2を取り除けば、海洋のCO2吸収能力に余剰が生じ、大気中のCO2をより多く吸収できるようになる。

カリフォルニア工科大学のスピンオフとして2021年に設立されたCapturaはDOC分野で先進的なスタートアップだ。イオン交換膜を用いた電気透析で海洋の酸性度(H^+濃度)を変化させ、CO2を取り出す。

このイオン交換膜に海水を通すと、片方で酸性度が高く、もう片方で酸性度の低い海水ができる。海水の酸性度が高くなるとCO2の溶解度が低下し、溶けきれなくなったCO2が気体として放出される。このCO2を回収するという仕組みだ。CO2を回収した後は、酸性度が異なる海水を混ぜ合わせて中和し、放出すれば環境への負荷も全くない。

Capturaは2023年にロサンゼルス港の海洋研究所AltaSeaで100kt/年規模のプラント実証試験を行った。2024年にはノルウェーのエネルギー会社Equinorと共同で1000kt/年のプラント実証を進める予定だ。

他にも、Solarcity, Tesla, Google Xなどで活躍したエンジニアらが立ち上げたEbb Carbonは、よりシンプルなアプローチでDOCに取り組む。Ebb CarbonのDOCプロセスは「海洋のアルカリ化」だ。

電気化学的に海水を酸、アルカリに分離する点はCapturaと変わりない。Ebb Carbonでは生成したアルカリ水を海洋に注入する。海洋のアルカリ度が増す(H^+が減少する)と(Eq.1)の反応が右側へ進行し、海洋がより多くのCO2を吸収できる、という仕組みだ。

副産物として得られた塩酸は工業用途に利用できる。また、海洋のアルカリ度や生態系への影響、海洋が吸収したCO2量を常にモニタリングすることで、信頼性を担保している。

Ebb Carbonの海洋アルカリ化ソリューションは回収CO2の運搬などが不要となるシンプルなプロセスだ。Capturaよりも低コストでスケーラブルなDOCに期待が集まる。

風化:鉱石を利用したCO2回収・固定化

一般に風化とは、岩石が長い年月をかけて変質・分解されるプロセスを指す。風化は、日光・空気・水・生物など、さまざまな要因によって生じるが、ネガティブエミッションの分野で注目を集めるのは、化学的な風化プロセスだ。

一部の岩石はCO2と反応して炭酸塩を形成し、大気中のCO2を地上に固定化する。鍾乳洞はCO2を含んで酸性になった雨水が地下に入り込み、地中の岩石を溶解してできたものだ。CO2と反応してできた炭酸塩は長期に渡って地中に留まるため、大気中のCO2減少に寄与している。

カナダのスタートアップであるArcaは、鉱山事業者と提携し、安価な鉱山廃棄物である超苦鉄質岩(ultramafic mine)を使って、この化学的な風化プロセスによるネガティブエミッションに取り組む。

超苦鉄質岩はカンラン石、輝石、角閃石などの苦鉄質鉱物(ケイ素が少なく、鉄やマグネシウムを多く含む)からなる岩石だ。

Arcaの共同創設者兼科学責任者であるGreg Dipple氏は純粋な科学研究の一環として鉱物資源とCO2の反応を調査していた際、超苦鉄質岩が自然に炭酸化していることを発見した。この炭酸化プロセスを促進する方法論を研究することで、CO2固定の効率化を目指す。

Arcaは、ニッケル鉱山運営者である、ブラジルVale(BVMF: VALE3)、米Talon Metals(TSE: TLO)、オーストラリアPoseidon Nickel(ASX: POS)、NickelSearch (ASX: NiS)、Blackstone Minerals(ASX: BSX)などと提携を発表した。鉱山廃棄物を利用した炭素隔離の事業化を担い、ネガティブエミッション量の測定や収益化を支援する。

藻類:ポテンシャルを秘めるCO2回収技術

単位面積当たりのprimary productivity(光合成や化学合成による有機物の生産量)で比較すると、海藻をはじめとした藻類は、熱帯雨林よりも多くのCO2を固定化している。また、一部の藻類は特定条件下で急速に成長することが知られている。

Climate Foundationは、こうした藻類の特性に着目し、海洋藻類農業でネガティブエミッションや食糧の安定供給に取り組むスタートアップだ。

Climate Foundationは波や風力、太陽光など、自然そのもののエネルギーで稼働する持続可能なシステムに特に注力している。一例として、栄養豊富な海底の冷水を引き上げ、藻類を効果的に生育させる方法を開発した。

藻類は、CO2回収量の多さだけでなく、そのタフネスについても注目を集める。イギリス、Brilliant Planetは砂漠で藻類を急速に成長させ、これを固化して貯留するプロジェクトを推進する。

海水と触れさせながら乾燥、固化させる技術を用いることで、塩分濃度が高い(20~40%)固形物が生成される。これは埋め立てても微生物によって分解されず、1000年以上そのままの状態で維持されるという。

沿岸地域でさえあれば立地を選ばないため、スケーラブルで安価なソリューションとしてネガティブエミッションに貢献することが期待される。

まとめ

CO2排出と気候変動の因果関係には、冒頭で示したIPCCの報告書に対する反論もある。たしかに、人類の歴史と地球の歴史とを比べたとき、気候変動の要因は人為的なものだけに限らない可能性はあるものの、産業革命以降のCO2排出が地球環境に何ら影響を与えないとも考えづらい。

何より、現代を生きる人類が実感する気温上昇と、その抑止へのニーズが止まらない限り、CO2回収の技術は求められ続けるだろう。今回紹介した企業以外でも、新たな技術で社会課題解決を図るスタートアップの登場も同様に求められる。


参考文献:

※1:より精緻な科学的知見を提供−IPCC第1作業部会第6次評価報告書概要−, 国立環境研究所(リンク

※2:ネガティブエミッション市場創出に 向けた検討会 とりまとめ骨子案, 経済産業省(リンク

※3:XPRIZE Carbon Removal, XPRIZE(リンク

※4:二酸化炭素を吸収する海洋の仕組み, 『Blue Earth』2004年11・12月号, 海洋研究開発機構(リンク

※5:TECHNOLOGY, Captura(リンク

※6:AltaSea(リンク

※7:eauinor(リンク

※8:SOLUTION, Ebb Carbon(リンク

※9:Arca(リンク

※10:Arca removes carbon dioxide from our atmosphere, one mine at a time , Vancouver Tech Journal (リンク

※11:Arca Partners With Nickel Producers On Three Continents On Carbon Capture, Carbon Herald(リンク

※12:What is Marine Permaculture? , Climate Foundation (リンク

※13:Brilliant Planet (リンク


【世界のカーボンニュートラルの技術動向調査やコンサルティングに興味がある方】世界のカーボンニュートラルの技術動向調査や、ロングリスト調査、大学研究機関も含めた先進的な技術の研究動向ベンチマーク、市場調査、参入戦略立案などに興味がある方はこちら。先端技術調査・コンサルティングサービスの詳細はこちら