これまでさまざまな産業におけるカーボンニュートラル、気候変動対応策を取り上げてきた。本稿では、アパレル分野における環境保全策として誕生した先端素材を紹介する。

アパレルにおける先端素材は大別すると3つとなる。それらを生産するスタートアップ7社も取り上げる。

アパレル分野でサステナブルが求められる理由

アパレルの世界でサステナビリティが求められる大前提は、他の産業と大きく変わらない。業界を超え、地球規模で持続可能な生産活動が求められているという点である。

一方で、ファッションアイコン(ファッションにおいて象徴的な存在)となるモデルやインフルエンサー、デザイナーなど作り手の側の環境意識が高まっている側面もある。加えて、日米でZ世代と呼ばれる年齢層が、消費や自身の就職の場面でサステナビリティを求める傾向があるのも背景の一つといえるだろう。若年層は、ファッションを含む流行の推進役となる世代で、中心的な消費者層が環境へ意識が向けば業界は真正面から受け止めることが求められる。

数字に目を向けると、2021年度に日本国内の繊維工業から排出された二酸化炭素(CO2)は、全産業の2%(790万トン)に過ぎない。しかし、アパレルは繊維だけでなく石油や農林水産といった産業とも関わりがある。環境省は、ファッション・アパレル産業における原材料調達から製造までのCO2排出量は、年間9000万トンに上るとしている。

CO2以外にも、水の大量消費や動物の命と引き換えに皮を採取している点も、アパレル産業で問題視されている点だ。後者については、代替レザー(皮)が開発されており、本稿でも取り上げる。

注目の先端素材3分野

アパレル産業が、バイオテクノロジー、リサイクル技術による先端素材開発で、課題を乗り越えようとしている点は、他業界とあまり変わらない部分だ。一方で、素材の生産過程でCO2を取り込んでいく「カーボンネガティブ素材」も見られる。

ここでは、アパレル分野における注目の素材を、3種に分類して取り上げる。

  • バイオ素材
  • リサイクル素材
  • カーボンネガティブ素材

バイオ素材

主に微生物の活用や食物の廃棄物を再利用する方法。後述するVitro Labsのように、動物の生体幹細胞を培養する方法もある。これらバイオ素材は、レザーの代替品となっているケースが少なくない。

この後、取り上げる企業以外の事例を挙げると、キノコの菌糸体を培養しシート化、最終的にレザーと同様の質感の素材をつくるMyloが挙げられる。同社は、STELLA McCARTNEYやadidasなどの支援を受ける。

リサイクル素材

本稿で取り上げるリサイクル素材は、全て廃棄衣類のリサイクルとなる。

次節でリサイクル素材のスタートアップの例としてEvrnuを取り上げるが、それ以外ではRenewcellの素材「CIRCULOSE」が挙げられる。CIRCULOSEは廃棄衣類からボタンやジッパーといった不要なものを取り外してセルロースを抽出。それをスラリー(かゆ・のり)化して、繊維シートをつくる。H&Mに採用された他、LEVI’Sの代名詞的存在である「501」でもCIRCULOSEが利用されたものがある。

カーボンネガティブ素材

CO2を吸収、回収し、素材へと変換する技術も生まれている。これらを通してつくられたプロダクトは、カーボンネガティブ素材といわれる。この後、カーボンネガティブ素材を開発した2社を取り上げる。

アパレル分野の新素材で注目の7社

ここでは、7社のスタートアップから各社の技術、企業としての動向を取り上げる。

注目のスタートアップ7社の概要。公開情報、crunchbaseより当社作成

Myco Works|Hermèsがバッグの素材に採用

Myco Worksは霊芝菌糸(霊芝はマンネンタケ科のキノコ)を培養した代替レザー「Reishi」を生産する。つまり、バイオ素材のスタートアップだ。Reishiは、ラグジュアリーブランドのHermèsのバッグに使われた素材でもある。服飾品だけでなく、家具にも使われている。

企業としては、これまで$187m(約293億円)を調達。2022年に行われたシリーズC調達ラウンドでは、General Motorsのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)などが応じ、$125m(約196億円)と同社史上、最大の資金調達となった。

芸術家のPhilip Ross氏が共同創業者であり、菌糸によるアートを制作していたことが原点というユニークな業歴を持つ。最近の動きでは、2023年に1.2ヘクタール規模の工場が開設した(下記動画)。

Natural Fiber Welding|複数の先端素材を開発

米スタートアップのNatural Fiber Welding(NFW)のプロダクトには、天然ゴムや植物由来のオイル、鉱物などからつくる代替レザー「Mirum」がある。同社によればプラスチックフリーの代替レザーはMirumが世界初だという。

NFWが開発した素材はほかにもあり、バージン繊維とリサイクル繊維を両用した「CLARUS」、天然素材のみを用い化石燃料を使わずに生産する靴のアウトソール「PLIANT」などといったラインナップとなっている。

これまでの資金調達総額は$224m(約351億円)だ。

Ananas Anam|パイナップルの葉が原料

Piñatex(ナダヤのプレスリリースより)

英スタートアップのAnanas Anamは、これまでの資金調達総額が£250k(約5000万円)だ。この点だけを見ればさほど注目されていないスタートアップだと感じるかもしれないが、事実は異なる。

同社の開発した代替レザー「Piñatex」は、ファストファッションブランドではH&M、ラグジュアリーブランドではHUGO BOSSに採用された。原料は、通常、廃棄されているパイナップルの葉である。

2024年5月には、SWAROVSKIの副社長を務めたSILVIA BERNARDINI氏がAnanas Anamの新CEOに就任しており、控えめに見てもグローバルなファッション産業では注目されているスタートアップといえよう。

Vitro Labs|幹細胞培養による「ほぼ本物」の牛革

米スタートアップのVitro Labsもバイオ素材スタートアップの一つに数えられる。同社が他と異なるのは、本物の牛の幹細胞を採取し、それを皮にまで育てる技術を持っている点だ。つまり、動物の命を奪わずに、ある種の「本皮」をつくっているということである。

取引先や技術の詳細は明かされていない。現在の資金調達フェーズはシリーズAで総額$54m(約85億円)を確保。投資家の多くはベンチャーキャピタル(VC)だが、環境保護活動に熱心なことで知られる俳優のLeonardo Dicaprio氏の財団も投資している。

Evrnu|STELLA McCARTNEYなどが採用したリサイクル素材

Nucyclが使われたZARAのプロダクト(Evrnuのプレスリリースより)

Evrnuはリサイクル素材のスタートアップだ。素材の名は「Nucycl」といい、前出のSTELLA McCARTNEYなどに採用されている。

リサイクルのプロセスとしては廃棄繊維を一度、液化し精製してから再度、繊維にするというもの。Nucyclは汎用性の高いことを訴求しており、一般的な衣服や下着の他、靴や作業服での利用もできるという。

Newlight Technologies|Nikeと提携

AirCarbonのペレット(住友化学のプレスリリースより)

海洋にいる微生物は、空気、そして温室効果ガス(GHG)からポリヒドロキシ酪酸(PHB)を生成している。PHBはいわば、生分解性プラスチックである。

この自然の働きに学び、GHGの吸収、そして先端素材を生み出す技術を生み出したのがNewlight Technologiesだ。Newlightがつくる素材の名は「AirCarbon」。2021年には、NikeがAirCarbonの利用を前提にNewlightとの提携をスタートした。

Newlightによれば自然と同じ方法でPHBを生成するのに10年の月日を要したといい、設立は2003年とスタートアップとしては若干、歴史が長い企業である。これまでに$231m(約362億円)を調達している。

LanzaTech|アパレル素材の他、SAFも生産

LanzaTechは、2023年にNASDAQ上場を果たした企業だ。製鉄所やごみ処分場などで排出されるCO2からエタノールを抽出し、素材化する技術を持つ。アパレル素材では、ZARAがLanzaTechの技術を用いたポリエステル糸を採用している。

生産されるのがエタノールであるため、利用先はアパレル素材に限らない。全日本空輸(ANA)はLanzaTech製の持続可能な航空燃料(SAF)を採用しており、Unileverも洗剤用途にエタノールを利用している。また、2022年からは積水化学工業と共同で、可燃性ごみをエタノールに変換する実証を岩手県で始めた。

LanzaTechのエタノール生産プロセスを紹介する動画

技術の果実はアパレルにとどまらず社会課題全体に活用される

「アパレル」という視点から先端素材を取り上げてきたが、技術が活用される先はアパレルに限らない。例えばVitro Labsの技術は、皮にとどまらず肉や臓器など、多様な転用が考え得る。またLanzaTechのSAFは、ANAだけでなくVirgin Atlantic Airwaysもかつて使用していた。普及が求められるSAFがより進化していくために、同社へ寄せられる期待は大きい。

とはいえ、技術をアパレル素材としての活用を第一に考えるスタートアップにとっては、まずは自社プロダクトが使われなければ新たな展開には進めない。各ファッションブランドには先端素材の採用が求められ、サステナブルな素材が使われていることが当たり前の社会になるのが理想といえるだろう。


参考文献:

※1:7 TRULY INSPIRING ECO FRIENDLY FASHION MODELS, ELUXE MAGAZINE(リンク
※2:Z世代はSDGsネイティブ、就職活動でも企業に求める傾向, Forbes JAPAN(リンク
※3:2021年度(令和3年度)温室効果ガス排出量(確報値)について, 環境省(リンク
※4:SUSTAINABLE FASHION, 環境省(リンク
※5:12 Materials Of The Future That Could Change The Face Of Fashion, EMILY CHAN, VOGUE(リンク
※6:Mylo(リンク
※7:CIRCULOSEブランドサイト(リンク
※8:Myco Works(リンク
※9:Despite slow adoption, mushroom leather isn’t dead yet, GLOSSY(リンク
※10:Natural Fiber Welding(リンク
※11:Ananas Anam(リンク
※12:Vitro Labs(リンク
※13:Envru(リンク
※14:Newlight Technologies(リンク
※15:AirCarbon x Nike: Newlight and Nike Partner to Reduce Carbon Footprint, プレスリリース(リンク
※16:LanzaTech(リンク
※17:“ごみ”を“エタノール”に変換する1/10スケールの実証プラントが岩手県久慈市に完成, 積水化学工業(リンク


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