CVCを活用し、積極的なオープンイノベーションを推進するSamsung
少し前に流行したIoTは、技術の発展により全てがインターネットにつながる時代をもたらした。今や業界の垣根を超えてネットワークでつながることでシナジーが生まれ、新たな価値を提供している。むしろ、新たな価値を提供しなければ生き残れない時代になっている。
モバイル業界においても、自社を他社サービスとつなげて顧客価値を向上させる取り組みが一般的である。その中で、外部人材やソリューションをうまく活用するオープンイノベーションの重要性が増している。
モバイル最大手のSamsungは、テクノロジー企業の中でもオープンイノベーションに積極的であり、中でもCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の活用が有名である。
今回は、CVCを中心に、Samsungがどのように外部連携を拡大しているかを分析する。
モバイル業界の最大手 Samsung
1938年 韓国で創業。当初は、乾物や魚、野菜、果物などを扱う小規模な貿易会社としてスタートしたが、1960年代にはエレクトロニクス分野に進出し、1970年代には半導体事業に着手。これにより、Samsungは世界的なテック企業へと成長し、現在ではスマートフォン、テレビ、半導体などの世界的メーカーとして知られている。
世界74カ国、27万人の社員を抱えており、2023年度の売り上げは約29兆円である。
事業別の売上構成比は以下である。
Samsungの事業別売上高比率(2023年度)
馴染み深いMobile eXperience (スマートフォン、タブレット、ウェアラブル等を扱う)部門が全体の4割弱を占め、Device Solutions部門(センサ・メモリ・半導体チップを扱う)は2割強を占めている。
同社は、CVCを通じて世界中で積極的な投資を行っている。
Samsung Ventures、Samsung NEXT、Samsung Catalyst Fundと3つのCVCを有しており、具体的な投資額は公表されていないが、その投資件数ではGoogle・Intel・Microsoftといった巨大IT企業にも劣らず、世界中で複数の分野(人工知能、バイオテクノロジー、半導体、IoTなど)を対象に大規模な投資を行っている。
エコシステム構築に向けオープンイノベーションを推進
単体での製品からエコシステムへの戦略転換
Samsungが自社エコシステム構築に動き出したのは2012年頃である。当時、Samsungの最高戦略責任者にYoung Sohn氏が採用された。Sohn氏はエンジニアとしての経歴を持ち、MITでMBAを取得後、Intelで10年間勤務。その後、Agilent Technologiesなどで戦略責任者を経験し、ARMやCadence Design Systems、Cymerなどの取締役会メンバーも務めた。
同氏は就任直後のインタビューで、Appleの強みは商品のみならず、クラウド連携するエコシステムであると述べた。この発言は、Appleとのライバル関係を意識し、どのように対抗していくかを示すものであった。
当時、Samsungは世界一のデバイス供給量を誇っていたが、それらを相互に連携するエコシステムの構築はAppleに比べ遅れを取っていた。Young Sohn氏は、Samsungのエコシステムを構築することがAppleに対抗する上で重要であり、そのためには内部外部問わず適切な人材や技術を確保し活用するオープンイノベーションを推進する必要があると述べた。
この発言後、Samsungはシリコンバレーや世界各地にイノベーションセンターや新たな投資部門を設立し、大学との共同研究プログラムも始めた。これにより、オープンイノベーションの推進を強化していった。
3つのCVCと4つの専門組織で推進されるオープンイノベーション
現在では、オープンイノベーションを進めるための3つのCVCと4つの組織が整備され、各組織に明確な役割が与えられ、イノベーションの創出が進められている。
組織名 | 目的 | 概要 |
---|---|---|
Samsung Venture Investment | ビジネス強化(CVC) | 1999年に設立され、Samsung本体からは別法人として独立している。技術革新や、投資リターンを目的とし、アーリーステージのスタートアップからIPO前の企業に投資している。半導体、通信、ソフトウェア、インターネット、バイオエンジニアリング、医療産業が投資対象である。 |
Samsung NEXT | エコシステム拡大(CVC) | イノベーターと提携し、より広範な Samsung エコシステムを拡大、活用、変革する。2017 年初め、Samsung の世界的なサポートを強化するために 1 億 5,000 万ドルの基金を立ち上げた。韓国、シリコンバレー、ニューヨーク、テルアビブ、ベルリンを拠点とする。2018年、AI に特化したSamsung NEXT Q Fundを発表した。 |
Samsung Catalyst Fund(Samsung strategy and innovation center) | 技術強化(CVC) | 起業家や戦略的パートナーと協力して、オープンイノベーション、投資、買収を通じて破壊的テクノロジーの開発および加速を目指している。カリフォルニア州メンローパーク、テルアビブ、ロンドンにオフィスを構え、世界中で40件以上の投資を完了している。2017年には、ハーマンインターナショナルを80億ドルで買収することに成功した。 |
Samsung Research America | 技術強化 | 1988年に設立され、2013年末にマウンテンビューキャンパスに移転した。北米各地にキャンパスを持ち、新しいコアテクノロジーの研究と構築を行い、Samsung製品の競争力を強化している。また、新興企業や学術機関との重要な関係を活用し、協業を通じて基礎技術に関するオープンイノベーションを強化している。 |
Global Research outreach | 技術強化 (学術連携) | 2009年に設立されたこのプログラムは、SAMSUNGの学術研究への取り組みとコラボレーションプラットフォームを発展させることを目的としている。世界中の主要大学との積極的な協力関係を築き、年間の研究成果に基づいて選択されたプロジェクトに資金を提供し、最大3年間延長される場合がある。このプログラムは大学との共同研究プログラムであり、日本も対象となっているが、具体的な採択実績は不明である。 |
Samsung mobile Advance | エコシステム拡大 (アクセラレータプログラム) | このログラムは、欧米、カナダ、イスラエル、中国、日本、インドのスタートアップが対象。対象分野は、主にAI、XR、ヘルスケア、エネルギー、デバイス等Samsungに関連する分野である。アクセラレータープログラムでありながら、一種のオープンイノベーションとして機能していると考えられる。 |
C-lab | 事業創出 | 事業創出プログラム「C-Lab」は、自社社員から新規事業アイデアを募り、事業化を支援するものである。2016年からは「C-Lab Outside」として、社外のスタートアップにも拡大。採択企業には最大1億ウォン(約920万円)の資金援助、無料オフィス、専門家メンタリングなどが提供される。これまでに約100社を支援し、半数が既存事業部に移管、約20%がスピンアウトして独立した。 |
年間100社近くの投資を行うSamsungのCVC
Samsungの3つのCVC(Samsung Ventures、Samsung NEXT、Samsung Catalyst Fund)の投資実績は2020年度以降だけでも400社を超える。
投資分野を見ると、ヘルスケアが圧倒的に多い。2014年にデジタルヘルス戦略を掲げ、ウェアラブルデバイスとの相性が良いという点もあり、Samsungのヘルスケアへの関心の高さが伺える。2024年下半期には新しいウェアラブル機器「Galaxy Ring(ギャラクシーリング)」のリリースを予定しており、当デバイスの説明イベントにて、Samsung Healthを通じて、総合健康管理が可能なデジタルヘルスケアのエコシステムを構築することを改めて強調した。
次に、ゲーム・エンタメ、金融、Web3、AIが続く。これらの分野は、モバイル機器との相性が良いため、Samsung社が既存事業と親和性が高いと判断し、積極的に投資を行っている可能性がある。
Samsung CVCの2020年〜2023年の投資分野
各CVCの投資件数の推移を見ると、近年はSamsung NEXTが多くの投資を行っており、次点でSamsung Venturesである。Samsung Catalyst Fundは他二つのCVCに比べると投資件数は少ない。
各CVCの年度別投資件数
各CVCの投資件数の違いは、それぞれの役割や投資対象の範囲に比例している。Samsung NEXTは初期段階のスタートアップに対する投資が多く、Samsung Venturesは成熟した企業への投資を通じてコアビジネスの強化を目指し、Samsung Catalyst Fundは革新的な技術を持つ企業への投資を重視している。これらの戦略的な違いが、投資件数にも影響を与えていると考えられる。2022年においては、特にWeb3関連のスタートアップの増加がSamsung NEXTの投資件数増加に寄与したと考える。
対スタートアップの先兵となる2つのCVC
Samsungが保有する3つのCVCの中でも、特に積極的に投資を行っているのがSamsung VenturesとSamsung NEXTである。これら二つの組織の違いについて詳しく見てみよう。
投資ステージで住み分け
上記二つのCVCを比較した際の最も顕著な違いは投資ステージだと思われる。
Samsung NEXTはSeed以降、Samsung VenturesはシリーズA以降をメインに投資を行っている。
Samsung VenturesとSamsung NEXTの投資ステージ 比較
投資分野にも強い特色
両組織ともにヘルスケアへの投資が最も多い。Samsung Venturesは多様な分野にわたって幅広く投資していることが分かる。一方、Samsung NEXTはヘルスケアに加え、Web3などの最先端分野への投資が目立つ。これは、前述の通り、目的や投資ステージの違いによるものであると考えられる。
Samsung VenturesとSamsung NEXTの投資分野 比較
CVCの責任者は事業部門のエグゼクティブ
Samsung Venturesはビジネス戦略や産業分野の専門知識を持つメンバーで構成されている。ビジネスアナリストやコンサルタント、MBA取得者等が多く、また、テクノロジー、エレクトロニクス、医療機器などの専門家も揃っている。
一方、Samsung NEXTは、Web3、AI、ブロックチェーンなどの先進技術に詳しいエンジニアやデータサイエンティストが多く所属している。スタートアップの設立や運営経験を持つメンバーも多く、ベンチャーキャピタルやアクセラレーターとしての役割を果たしている。国際色豊かなことも特徴である。
この2つのCVCの投資先の分野の特性上、それぞれのCVCの投資分野にあった人選が行われていることが伺えて興味深い。
そして特筆すべきは、CVCの責任者に事業部門の現役エグゼクティブやOBがついていることである。
Samsung Venturesの社長のキム・イテはSamsung Electronicsの戦略およびグローバルコミュニケーションの責任者を務めた経験があり、2024年の経営陣の再編に伴い、Samsung Venture Investment CorporationのCEOに就任した。Samsung Venturesは子会社化しているが、彼がCEOを勤めることで本社目線の投資判断やグローバルな視点が加わると考えられる。
Samsung NEXTの社長デイビッド・リーはSamsung Electronicsのエグゼクティブバイスプレジデントでもある。これにより、Samsung Nextは事業部門の戦略を完全に理解しながら活動を行うことができ、戦略の一貫性が確保される。
一般に、日本においてはCVCが現場のリーダークラスによってけん引されており、企画部門長やCTOなどが責任者となるケースが多いように思えるが、グループの中核となる事業責任者クラスがCVCを率いることによって、戦略の一貫性を持たせるという仕組みは日本企業にとっても参考になるだろう。
CVCを通したオープンイノベーションの個別事例
Samsungは数多くの投資や買収を通じてオープンイノベーションを推進しており、実際に事業化している。ここではいくつかの例を紹介する。
・Babylon Health(ヘルスケア) 2019年出資
SamsungとBabylon Healthは、ヘルスケアサービス「Ask an Expert, powered by Babylon」を共同で提供している。このサービスは、Samsung Healthアプリを通じて、ユーザーが症状を確認したり、ビデオで医師に相談したりできるものである。このパートナーシップにより、Samsungのユーザーは手軽に高品質な医療アドバイスと処方箋管理を受けることが可能である。
SamsungはBabylonの技術を利用するためのライセンス料を支払い、収益を共有している。
・SmartThings(IoT) 2014年買収
SmartThingsとSamsungはスマートホームおよびIoTデバイスの統合において強く連携している。2014年にSamsungがSmartThingsを買収したことで、SmartThingsはSamsungの完全子会社となり、Samsungのエコシステムの中核を担うこととなった。
SmartThingsは、家庭内のさまざまなデバイス(家電、照明、防犯システムなど)を一元管理できるプラットフォームを提供しており、これによりユーザーはスマートフォンやタブレットを通じてリモート制御や監視が可能となっている。
・Blocko(Web3) 2016年出資
Blockoは、ブロックチェーン技術を提供する企業である。Blockoは、企業向けのブロックチェーンプラットフォーム「Aergo」を開発し、Samsungと共同で複数のプロジェクトに取り組んでいる。
具体的には、SamsungのITサービス部門であるSamsung SDSと連携し、ブロックチェーンベースの物流管理システムやサプライチェーン管理システムを構築している。この連携により、データの透明性と信頼性が向上し、効率的な管理が実現されている。
・Naver Pay(決済)2023年パートナーシップ連携 出資時期不明
2023年に締結されたビジネス協定により、Samsung PayとNaver Payは協力し、ユーザーにより便利なデジタル決済体験を提供している。
このコラボレーションにより、Samsung PayのユーザーはNaver Payがサポートするオンライン店舗で支払いが可能になり、Naver PayのユーザーはSamsung Payのオフライン決済ネットワークを利用できるようになった。
このパートナーシップは、両社の技術と市場リソースを活用し、オンラインおよびオフラインの両方でシームレスな決済体験を提供することを目指している。
ストラテジックに一貫したCVCの運用を日本企業はどう強化するか
Samsungは今後もCVCを通じて積極的な投資を行い、技術革新とエコシステムの拡大を推進し続けるだろう。特にヘルスケアやWeb3、AIなどの先端分野への投資を強化し、競争力を高めることを目指している。
Samsung VenturesとSamsung NEXTは、それぞれの強みを活かして戦略的な投資を行っており、年間100社近くのスタートアップに投資を続け、エコシステムを拡大している。
この活動には会社を挙げた強烈なコミットメントがあり、事業部門の方向性と合致した一貫したストラテジック投資が行われているように見える。
大企業とスタートアップの協業は日本でも盛り上がっており、今後、さらにその活動は洗練させていく必要がある。一方で、国内のCVCはその方向性や運用面から、戦略的に整合のある活動に課題を感じているCVCの担当者も多い。
こうしたグローバルで積みあがる先行事例をベンチマークし、国内での活動の参考にできる仕組みや運用方法を取り入れていく必要があるだろう。
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