VR市場がさらに拡大していくには、「VR酔い」の問題を避けて通れない。本稿では、VR酔いを解消、または軽減するための技術開発動向を紹介する。

VR酔いの原因について

VR酔い(VR motion sickness)は、VR映像を視聴したユーザーの一部が感じる不快感、吐き気、めまいなどの症状を指す。そのメカニズムは完全に解明されてはいないが、乗り物酔いと同様、視覚と平衡感覚の不一致によって起こるものと考えられている。

乗り物に乗っている場合、視覚情報は座席や運転手に対して自身が動いていないことを示すが、平衡感覚(三半規管)は体の運動を検知する。この不一致によって自律神経系に異常が生じるのが乗り物酔いだ。

VR酔いの場合はこの逆のことが起きる。VRによる視覚情報は自身が動いていることを示すが、平衡感覚は運動を検知しない。普段乗り物酔いをしない人でもVR酔いをするというケースが見られる。

VR酔い解消のための技術開発動向

VR酔いは慣れによって改善することがあるが、個人差もある。ユーザー側で工夫(瞳孔間距離の設定、適度な休憩など)をすることで改善は可能だが、そうした努力に耐えられないユーザーもいるだろう。 よって、誰でも問題なくVRを利用できる環境を技術的につくり出すことが望ましい。こうした背景から、VR酔いに対する研究・開発はさまざまな機関で実施されてきた。本稿では4つの事例を取り上げる。

開発者拠点技術の内容
Stanford Computational Imaging Lab米国目の焦点に合わせてVR映像を変える
Mayo Clinic米国脳の前庭に刺激を与える
静岡大学日本映像に音と振動を同期させる
Boarding RingフランスVRデバイスに発光する別デバイスを後付けし、視界の隅の光でVR酔いを軽減

米Stanford Computational Imaging Lab:奥行きをつくり出す

Stanford Computational Imaging Lab(SCIL)では、奥行きをつくり出すことで、より自然なVR映像を出力するシステムを発表した。「LIGHT FIELD STEREOSCOPE」という。

ポイントとなるのは目の焦点だ。人間の目は全ての場所にピントを合わせているわけではなく、手前の物を見ようとすれば奥がぼやけ、奥の物を見ようとすれば手前がぼやける。

一方で、通常のVR映像はそうではない。全ての場所にピントが合ってはっきりと物が見えるため、逆に不自然な映像となってしまう。奥の物を見ようとするとき、人間の脳は自然と奥の物にピントを合わせようとするが、VR映像の場合はこれがうまくいかず、脳に負担がかかっているのではないかと、SCILのメンバーは考えた。

そこで提案されたのが、映像を二重にし、焦点を切り替えられるVR映像システムだ。このVR映像システムは人間の視野角を模倣して狭めに設定されている。手前に焦点を合わせれば奥がぼやけ、奥に焦点を合わせれば手前がぼやけた映像を見ることができ、人間の脳に負担の少ないVR映像の実現が示唆される。

SCILによる紹介動画

本システムにはライトフィールドと呼ばれるデジタル空間表現が用いられているが、実用化に向けては解決すべき課題も多い。

まず解像度の問題があり、ライトフィールドによる映像表現は通常のVR映像よりも解像度が低くなってしまう。また、ユーザーの視線を正確にトラッキングする技術やユーザーごとの目の位置に応じて映像を補正する技術が必要だ。

こうした補正を行いながら映像を二重に出力する必要があるが、映像のフレームレートが低下してしまうと不自然な映像となりVR酔いが起きやすくなるため、マシン自体のパワーも今まで以上のものが求められる。SCILではこうした課題を一つ一つ解決しながら、より自然なVR表現を目指して研究を進めている。

米Mayo Clinic:前庭部への電気刺激

2016年、米国内に3つの拠点を有する医療機関の Mayo Clinicとカリフォルニア州のエンターテインメント企業 vMotionが共同で開発したガルバニック前庭刺激シミュレーション(Galvanic Vestibular Simulation、GVS)技術は、脳の前庭(耳の後方部分)に電気的な振動を送り、視覚と平衡感覚の不一致解消を目指す。

VR酔いには視覚情報と平衡感覚の不一致が何からの影響を与えていると先に述べたが、本技術はVR映像に合わせて平衡感覚を感知する前庭にも刺激も与えることで、VRへの没入感を高めつつ、VR酔いの軽減もできるというものだ。

GVSシステムは元々航空宇宙業界においてパイロットシミュレータの運用中に使用者が不快感を覚える、いわゆるシミュレータ酔いの改善のために開発された。そのため、研究には米陸海軍の助成金が拠出されている。この技術をエンターテインメント業界に向けて応用している。

この他、Mayo Clinicでは、VRデバイスを用いた神経疾患の遠隔治療や、手術練習用のVRシミュレータ開発(下記動画)などに取り組む。

静岡大学:映像に合わせた音と振動

静岡大学でもバイクシミュレータにVR酔い対策技術を導入した。基本的な考え方は、Mayo ClinicのGVSと似通っており、視覚情報に合わせた平衡感覚刺激を与えるものだ。ただし、こちらは音と機械的な振動を与える。

本技術研究はヤマハ発動機のオートバイシミュレータ開発から始まった。エンジン音と振動を同期させることで、映像酔いの重症度を半減させることに成功している。

音と振動、という比較的導入が容易な感覚刺激で大きな効果を挙げられるため、エンタメ系などの幅広いVR用途に応用が期待される。

仏Boarding Ring:周期的光パターン

仏Boarding Ring(現在は廃業した模様)は既存のVRデバイスに後付けできるVR酔い対策デバイス Seenetic VRを開発した。Seenetic VRはヘッドセット内部に取り付け、ユーザーの頭の動きに合わせて周辺視野に光のパターンを表示するデバイスだ。

Mayo Clinicや静岡大学は視覚情報に合わせて平衡感覚刺激を与えるソリューションだったが、こちらは逆に平衡感覚に合わせて視覚刺激を追加する。

Boarding Ringは元々、船酔いや乗り物酔いを防ぐためのメガネを販売していた。こちらのメガネはフレーム内に液体が封入されたユニークなデザインを有する。乗り物の動きに合わせて液体が揺れることで、視覚情報に運動を認識させ、乗り物酔いを防ぐという仕組みだ。Seenetic VRでもこの原理が用いられている。

VR酔い対策はいまだ研究開発段階

今回取り上げたデバイス、ソリューションは研究開発段階のもので、VR酔いを決定的に緩和させるまでには至っていない。まずは、人体がVR酔いを催す仕組みがある程度、解明されることも必要になりそうだ。

また、研究開発が進むには、VRをビジネスにする企業からの協力、さらにいえば投資も必要となるだろう。現状では、VR単体で巨額の利益を上げる企業はそれほどないかもしれないが、普及にVR酔いへの対策が必要であることもまた事実だ。


参考文献:

※1:Introduction to and Review of Simulator Sickness Research , David M. Johnson, U.S. Army Research Institute(リンク
※2:THE LIGHT FIELD STEREOSCOPE | SIGGRAPH 2015, Stanford Computational Imaging Lab(リンク
※3:ライトフィールド光学と 3 次元空間の表現, 岩根透, 『Nikon Research Report Vol.1』(リンク
※4:Mayo Clinic and vMocion Introduce Technology which Creates the Sensation of Motion, Transforming Virtual Reality, Mayo Clinic(リンク
※5:Galvanic vestibular stimulation system and method of use for simulation, directional cueing, and alleviating motion-related sickness, Google Patents(リンク
※6:Virtual reality for enhanced neurological exams, Mayo Clinic(リンク
※7:エンジンの音と振動を利用しVR酔いを低減, 静岡大学(リンク
※8:Seenetic(リンク
※9:Boarding Glasses(リンク


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