既存企業にとって、スムーズに新規事業を始める手段となるのが、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を設立した上でのスタートアップへの投資だ。投資する資金さえあれば必要な人的リソースは最小限で済み、オープンイノベーションも進められる。

投資を受けるスタートアップ側にとっても、資金だけでなく大企業の知見や設備を利用できる場合もあるなど、メリットが存在する。

日本においてもCVCはさまざまな分野の企業が設立しており、それらを4回に分けて紹介していく。第1回は、母体企業が金融・商社・不動産・IT分野のCVCを取り上げる。

Aflac Ventures Japan|がんやヘルステックを中心に投資

米国資本の生命保険会社である、アフラック生命保険。日本法人のAflac Ventures Japanは協業できる可能性のあるスタートアップを探索し、その先の投資業務は米国のAflac Venturesが行っている。投資領域はがん、ヘルステック、インシュアテックが中心だ。

具体的な投資先を取り上げると、画像診断のスタートアップのAIメディカルサービス(AIM)がある。画像診断というと、従来はCTやマンモグラフィーの画像を分析するものが見られたが、同社は内視鏡が撮影した画像をAIに読み込ませ、医師の診断のサポートをする。

AIMの画像診断システム(AIMプレスリリースより)

Exawizardsは、国産大規模言語モデル(LLM)であるtsuzumiを利用して構築されたAIプラットフォーム「exaBase」を軸に、企業向け、自治体向けのサービスを提供。2021年に東証マザーズ(現グロース)に上場した。

Genomediaは、大規模ゲノム解析に対応し、サンプル調製からレポート作成まで行う。

KDDI Open Innovation Fund|投資先に見られる先進的なAIスタートアップ

通信大手のKDDIが母体のKDDI Open Innovation Fundは、本稿執筆時点で144社に投資。投資事業有限責任組合(LPS、LP)を組成する方法で、これまで3度の投資が実施されている。

投資先の米スタートアップ、ChemixはAIによるバッテリー開発を行う。設計の他、バッテリーの寿命予測までAIで実施。オフィシャルサイトによれば、プロトタイプは現時点で出荷可能だという。

同じく米国のAIスタートアップで投資先となっているHayden AIは、AI搭載カメラを使った違法駐車などの交通違反取り締まりをするというユニークな事業を展開。2024年夏からロサンゼル市内で運行するロサンゼルスメトロのバスにカメラを載せる予定だ。

投資先には日本企業もあり、完全自動運転を目指すTuringがその一つだ。

Z Venture Capital|投資先のBriaはAIビジュアル生成の企業

Z Venture CapitalはLINEヤフーが親会社のCVCだ。LINEヤフーの親会社の一つであるソフトバンクのCVCもこの後、取り上げる。

投資先であるイスラエルのスタートアップ、BriaはAIによるビジュアル生成を事業領域とする。また、前出のTuringにも投資。Turingには、KDDI、Z社の他、NTTドコモ・ベンチャーズも出資している。

ソフトバンク・ビジョン・ファンド|多数のLP・法人から構成

ソフトバンク・ビジョン・ファンドは、半導体企業のArmなどへの投資で知られる。一言で「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」といっても、SoftBank Vision Fund L.P.など複数のLPや法人化したCVCなどの総称となっている。

投資先の米スタートアップ、Brain Corpは無人搬送車(AGV)などのデバイスが自動運転するためのOSを開発。店舗や倉庫の在庫管理をするデバイス、清掃などに利用されている。

大規模蓄電ソリューションを提供するスイスのスタートアップ、Energy Vaultは世界各地でこのソリューションを活用した再生可能エネルギーの蓄電と電力供給を行うプロジェクトを実施している。一例として、ネバダ州のプロジェクトは、火力発電所の跡地につくられた太陽光発電所向けに電力量で440Mwhのソリューションを納品した。

この他、ソフトバンク・ビジョン・ファンドの投資先には、配車アプリのUberやDiDiなど、現在ではよく知られる企業も少なくない。

ヒューリックスタートアップ|国内著名スタートアップが目立つ

オフィスビル賃貸などで知られる不動産のヒューリックは、2021年にCVC、ヒューリックスタートアップを設立した。不動産や不動産テック以外の投資先も目立つCVCである。

投資先のアストロスケールホールディングスは、2024年6月に東証グロース上場。事業面でも、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と商業デブリ除去実証の契約を締結しており、同年4月には衛星「ADRAS-J」がデブリの近距離での撮影に成功している。

アストロスケールの衛星「ADRAS-J」(アストロスケールホールディングスのプレスリリースより)

WOTAは、発展途上国のみならず財政面での不安から先進国でも今後生じるであろう「水問題」に取り組むスタートアップだ。プロダクトには、ポータブルな水再生システム「WOTA BOX」や水循環型手洗いスタンド「WOSH」がある。

この他、自動議事録ツール「AI GIJIROKU」などを提供するAIスタートアップ、オルツにも出資している。

丸紅ベンチャーズ|投資先にはTSMC品質認定を受けた企業も

丸紅ベンチャーズは特に投資分野を限定せず、総合商社の「丸紅にとっての『ホワイトスペース』でビジネスを手がけるスタートアップ企業にも積極的に投資していく方針」(オフィシャルサイトより)としている。

その投資先の一つ、フローディアはルネサスエレクトロニクス出身のエンジニア7名によって創業。主にフラッシュ半導体の開発を事業とし、2023年に台湾積体電路製造(TSMC)から品質認定を受けている。これは、TSMCの生産ラインでフローディアのプロダクトを量産できることを意味する。

海外スタートアップにも投資しており、米国のOrbit Fabは人工衛星への燃料補給を目指す。同じく米国のNeulo Bladeは半導体スタートアップで、近年、生じている膨大なデータ処理という課題をSQL処理ユニットなどによって解決することを進める。

BRICKS FUND TOKYO|不動産関連の他、テック企業にも投資

BRICKS FUND TOKYOは、三菱地所グループのCVCである。2022年からの5年間で100億円規模の投資を想定している。

不動産関連や三菱地所の商業施設でのテナントにもなりそうな投資先もあるが、テック企業にも出資。米国のGeltorは精密発酵によってたんぱく質をつくり、美容用途のプロダクトを販売する。

また、同じく米国で化石燃料を使わず炭素保全微生物により新材料を開発するZycoChemにも投資している。

Rakuten Capital|バイオや電池など幅広い投資先

楽天グループもソフトバンクと同様に複数のCVCがあり、その総称を「Rakuten Capital」としている。過去の投資先には、LyftやPinterestなどがある。

日本国内の投資先であるJEPLANは、ポリエステルならびにPETボトルのリサイクルを行うスタートアップ。いずれも一度、解重合してから再度、重合するという、ケミカルリサイクルだ。

ポリエステルのケミカルリサイクルを行うJEPLAN北九州響灘プラント(JEPLANプレスリリースより)

TeraWattは、次世代リチウムイオン電池を開発する。Rakuten Capitalの説明によれば、小型で高出力のものだという。拠点は米国だが、共同創業者・CEOは東京大学出身の緒方健氏で、日本で登記している。

非関連多角化の意図も読み取れる非製造業系CVC

CVCは母体となる企業に関連するスタートアップへ投資しているとは限らない。大企業の新規事業においては、本業とは関係のない市場への参入をすると事業化スピードが早いケースが見られるとの研究もある。こうしたケースは本稿で紹介したCVCに限らない。

以降、国内のCVCを全4回に分けて取り上げていく。


参考文献:
※1:Aflac Ventures Japan(リンク
※2:KDDI Open Innovation Fund(リンク
※3:Z Venture Capital(リンク
※4:ソフトバンク・ビジョン・ファンド事業, ソフトバンクグループ(リンク
※5:ヒューリックスタートアップ(リンク
※6:丸紅ベンチャーズ(リンク
※7:BRICKS FUND TOKYO(リンク
※8:Rakuten Capital(リンク
※9:ビジネスインキュベーターのガバナンスが入居者企業に及ぼす影響, 芦澤美智子, 渡邉万里子(リンク


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