仮想現実(VR)、拡張現実(AR)技術はこれまでエンターテイメント分野を中心に市場を拡大してきたが、近年では医療・教育・製造などさまざまな分野に広がりつつある。本稿ではVRの医療応用を取り上げる。

医療分野におけるVR市場

Fortune Business Insightsの市場調査報告によれば、ヘルスケアにおけるVR市場規模は、2023年の世界市場規模が$3.12b(約4907億円)、2032年の規模が$38.46b(約6兆489億円)になると予測される。

また、2023年~2030年での年平均成長率は34.9%であり、ほぼ同じ期間のVR市場全体での年平均成長率(28.6%)より高くなっている。それだけVRヘルスケア分野に対する期待が高まっていることが示唆される。

VRが活用される5つの医療分野とスタートアップ

では、具体的な応用事例を見てみたい。スタートアップは5社を取り上げる。その概要は、以下の表の通りである。

公開情報、crunchbaseから編集部作成

手術計画とコミュニケーション

VRは手術の前段階として計画を立て、シミュレーションに利用できる。

米スタートアップのImmersiveTouchは、CTやMRIからパーソナライズされた3D解剖モデルを作成し、VR空間で外科的手術のシミュレーションを実行できるソフトを開発した。VR空間で体組織の切除や移殖を体験でき、手術計画を緻密に立てられるため、円滑な進行に寄与する。また、手術中にはARによって体組織を透過した視点を提供できる。

作成した3Dモデルは患者に対する手術内容の説明にも利用される。つまり、インフォームドコンセントへの活用だ。手術内容に関する患者の同意を得られやすくなれば、医師側の負担も軽減できるだろう。

同社は2022年3月、Mayo Clinicとの提携を発表した。Mayo Clinicは全米最大規模の総合医療機関で、先端技術を数多く取り入れていることを特徴とする。

技術継承・トレーニング

外科手術に関する学習機会の少なさは、医学分野に古くからある課題の一つだ。

2021年にカナダで設立したLumetoは、Involve XRと呼ばれるシミュレーションプラットフォームを開発し、VRによる医療学習ツールを提供する。

Involve XRがアピールしているのは、カスタマイズ性だ。非常に広範なシチュエーションをVR空間上で再現でき、適切な学習プログラムを設定できる。

例えば、上の動画はシミュレーション中に教育を受ける側が医療ミスを起こし、インストラクターがバイタルサインを変更してそれを知らせている。

この他、日本発の医療VRスタートアップであるジョリーグッドは、学習用のVR映像コンテンツプラットフォーム「JOLLYGOOD+」を運営する。医療VRに特化したサブスクリプション方式の Youtubeと考えると分かりやすい。視聴者は手術現場における医師の視点や手の動きをVRで追体験でき、医療系教育機関における講師の負担を軽減できる。

導入したい医療・教育機関に対しては ジョリーグッド側から撮影スタッフを派遣し、後の編集なども含めた映像製作を支援する。

痛みの軽減

VRの利用者として考えられているのは、医療従事者だけにとどまらない。米ロサンゼルスに本拠を置く AppliedVRは慢性的な痛みを軽減する方法として患者がVRを利用し、統計的に有意な成果を報告した。

痛みは呼吸法の習得や思考のコントロールによってある程度軽減できることが古くから知られている。AppliedVRではVR映像によって、こうしたテクニックの習得を手助けする。例として、呼吸とVR映像をリンクさせ、自然に痛みを和らげる呼吸法を習得できるシステムを開発した。

AppliedVR は2021年にシリーズA、シリーズBの資金調達を行い、累計の調達額は$71m(約111億円)となっている。

AppliedVRは米国立がん研究所や、非侵襲な脳計測技術を持つKernelと協力して多くの臨床試験を行い、痛みとその軽減に関するデータの蓄積に取り組んでいる。

認知障害の診断

認知症は認知機能の低下によって社会生活に支障をきたす状態のことを指し、加齢や生活習慣が強い因子となることが知られている。

これまでの認知症診断では、口頭での質問、ペーパーテスト、MRIスキャンや採血などで得られた情報から総合的に判断されていたが、誤診を防ぎ、医師の負担を軽減するためには、より機械的でシンプルな診断法が望ましい。

こうした状況を鑑み、VRヘッドセットは認知症の早期発見に向けた活用が検討されてきた。英ケンブリッジ大学臨床神経科学科とロンドン大学ロンドン校の共同研究グループは「道に迷う」ことがアルツハイマー病の初期症状であること着目し、VRヘッドセットを用いたナビゲーションテストを開発した。

リハビリテーション

VRは、上肢麻痺、バランス障害、多発性硬化症など、さまざまな認知・神経・運動障害のリハビリテーションに取り入れられ、一定の効果を挙げている。リハビリテーション用途のVRは多くのスタートアップが存在し、国内でもmediVR社の KAGURAなどが大きな注目を集めた。

ただし、どういったVR映像が運動を刺激しやすいのか、に関する医学的蓄積は多くない。現状ではモチベーションを維持できることが最大の特徴となっている。今後の研究によって、効果的なリハビリテーションのためにどのようなVR映像が有効かということが分かってくれば、VRの効果は更に高まるかもしれない。

多くの国での活用が期待できる医療におけるVR

以上のように、VRは医師や看護師といった医療従事者のトレーニングにとどまらず、認知症の発見やリハビリテーションへの活用といった分野でも開発、発展の余地がある。加齢による運動機能・認知機能の低下は、単に医療面での問題だけでなく、少子高齢時代に突入している先進国・中堅国にとって大きな社会課題だ。

すでに労働力不足を補うデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいるが、医療におけるそれは従事者の負担軽減だけでなく、多くの人の福祉につながる。


参考文献:
※1:ヘルスケア市場における仮想現実(VR), Fortune Business Insights(リンク
※2:バーチャルリアリティ市場, Fortune Business Insights(リンク
※3:ImmersiveTouch(リンク
※4:Virtual Reality Surgery: ImmersiveTouch Simulation, MetroHealth(リンク
※5:Augmented Reality Medical Technology Company ImmersiveTouch Announces Strategic Collaboration with Mayo Clinic , Business Wire(プレスリリース)(リンク
※6:Lumeto(リンク
※7:JOLLYGOOD +サービスサイト(リンク
※8:AppliedVR(リンク
※9:Self-Administered Skills-Based Virtual Reality Intervention for Chronic Pain: Randomized Controlled Pilot Study, Beth D Darnall他, JMIR Publications(リンク
※10:AppliedVR Raises $36 Million Series B To Scale Comprehensive Virtual Reality Platform For Healthcare , PR Newswire(プレスリリース)(リンク
※11:AppliedVR and Kernel Flow Announce Clinical Results Evaluating How Brain Changes During Virtual Reality Treatment of Chronic Pain , PR Newswire(プレスリリース)(リンク
※12:AppliedVR and National Cancer Institute Collaborate on Research Evaluating Virtual Reality for Reducing Anxiety in Primary Brain Tumor Patients During Imaging Services, PR Newswire(プレスリリース)(リンク
※13:Virtual reality (VR) can identify early Alzheimer’s disease more accurately than ‘gold standard’ cognitive tests currently in use, suggests new research from the University of Cambridge. , ケンブリッジ大学(リンク
※14:Virtual reality(VR)を用いた リハビリテーション治療, 道免和久, 『The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine』2022年3号(リンク
※15:mediVR(リンク


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