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がん早期発見を目指す4つの新たな検査手法

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現代医学を以てしても未だがんの根本的な治療法は確立されていない。ただし、初期段階で見つかったがんは症状が進行したものより容易に治療できることは専門家以外にも知られており、早期発見の重要性が指摘されてきた。

本稿では、がんの早期発見に関して新たに開発された技術とその実用化段階について紹介する。


がん検診で受診者に求められること|煩雑さとコストという課題

がんは遺伝子の損傷により正常な細胞が変異してできた細胞集団であり、体内で急速に増殖して生体機能を妨げる。遺伝や生活習慣によって発症率は変わるが、誰しも発症する可能性がある病気だ。

自覚症状が出るほどに進行したがんは血液の流れに乗って体の別部位に転移し、腫瘍を取り除いた後にも再発しやすい。早期であれば治療も比較的容易であり、10年後死亡率も低いため、早期に発見・治療することが推奨されている。

検査には、がんが見逃されてしまうケースや、逆にがんではないのにがんと診断されるケースが少なからず存在する。こうした誤った診断は被験者に不利益を強いるため、国立がん研究センターでは、がん早期発見の方法として5大検診と呼ばれる下表以外の検査法を推奨していない。


国立がん研究センター「がん情報サービス」に掲載の表を基に編集部作成

他方、がん検診の受診率が上がらない要因の一つには検診の煩わしさが挙げられる。

先に取り上げた検診は部位ごとに独立しており、それぞれの検診を受けなくてはならない。また、高額な機器が必要で、専用の受診機関でのみ受けられる。簡単かつ低コストに、自宅で検査ができるようになれば、より多くの人ががん検診を受診し、早期発見によって健康寿命を増進することができるだろう。

こうした背景からがん早期発見のための検査法が研究されてきた。

新規開発された検査法の4事例

ここからは新規開発されたがん早期発見のための検査法を紹介する。

フォトニック結晶レーザーによるスクリーニング

オランダのセンサーメーカーである2M Engineering社は、口腔がん・咽頭がん早期発見システム「EDOCAL」の臨床試験を開始している。同社によると、口腔がんの治療には多額の費用がかかり、外観を損なう医療介入を必要とするが、それでも 5 年生存率はわずか57%だ。

これらの問題を解決するため、フォトニック結晶レーザーとイメージング技術を組み合わせた口腔がんのスクリーニング技術を、同社は研究開発している。この研究のプロジェクト名称が「EDOCAL」であり、EUの研究開発助成を受けているコンソーシアム型の研究開発となっている。

将来的には、非侵襲血糖値モニタリングに応用される可能性もあるという。

血中マイクロRNAの同定

マンモグラフィやX線検査などの煩雑な検査法の代替として期待されるのが、血液検査だ。X線検査のように高額で比較的大掛かりな装置が必要なく、血液を送付して検査できるので、採血さえできれば場所を選ばない。実現すれば被験者側の負担は大きく軽減される。

血液検査にもさまざまなものがあるが、国立がん研究センターらの研究プロジェクトでは、血中のマイクロRNAを調べることで、がんの早期発見を目指す。血中マイクロRNAの同定によるがん検診については、基盤技術開発が2014年~2018年の間にNEDOの研究開発プロジェクトとしてスタートした。本プロジェクトには国立がん研究センターだけでなく、東レ、東芝、京都工芸繊維大学などが参加する。

RNAはDNAの情報を転写したもので、この情報を元に各種タンパク質の合成が行われる。マイクロRNAはメッセンジャーRNAに結合し、タンパク質の合成量を調整する役割を持つ。

新型コロナウイルスのワクチンなどにもRNAの研究が活かされ、ニュースで度々報じられる中でRNAという用語が広まっていった。RNAの研究は近年急速に進展しており、さまざまな分野で活用されるようになった。

2020年12月からは同技術を用い、乳がんを対象とした大規模臨床試験が実施された。2022年12月には臨床試験の解析結果や、機械学習によるアルゴリズムが検査精度向上に寄与したことが報告されている。

線虫による尿検査

採尿によるがん検診は、非侵襲的であり採血以上に被験者の負担が少ない。株式会社HIROTSUバイオサイエンスによるがん検診「N-NOSE」は、自宅で採尿し、指定場所へ提出する、または集荷を依頼するだけでがん検診を受診できる。

N-NOSE検査キットのパッケージ(HIROTSUバイオサイエンスのプレスリリースより)

本検査は、線虫という生物ががん患者に特有の尿の匂いを感知する性質を利用するもの。本事業を立ち上げた広津崇亮氏は九州大学で線虫がん検診分野の研究に長年携わってきた。

線虫(線形動物門に属する動物の総称)というと一般にあまり馴染みはないが、魚介類に含まれる寄生虫であるアニサキスや、人間にも寄生する回虫などが線虫に含まれる。細長い糸状の体形が特徴的で、自然界には他の生物に寄生しない線虫も多い。細胞数が少なく、体の構造に固体差が少ないことから、多細胞生物のモデル生物として遺伝学の分野で盛んに研究が行われてきた。

線虫がん検診についてはメディアによって、疑義が持たれている側面もある。この点については、日本核医学会PET核医学分科会のPETがん検診ワーキンググループが、2023年10月より調査を開始した。

メディアや学界の動きに対しHIROTSUバイオサイエンスは反発しており、またメディア側からも学界に対する批判がある。現時点では、検証面で次なる動きがない状態だが、一点だけ言えるのはいかなるがん検診も偽陽性、偽陰性をゼロにすることはできず、また先進的ながん検診にはそれらを極力なくす高い感度と特異度が求められるということだ。

複合検査と機械学習

近年では複合的な検査と機械学習を組み合わせることで、各々では精度の低い検査法を高精度にする方法もある。例えば、Freenomeは血液に複合的な検査を実施し、機械学習によって総合的に診断を下す方法を開発している。

参考記事:バイオユニコーンのFreenomeがシリーズEで254m$調達、これまで確保した総額は1.4b$

また、スペインのバイオテクノロジー企業であるAmadixは2024年1月、大腸がんスクリーニング血液検査であるPreveCol®が米国食品医薬品局(FDA)から画期的医療機器の指定を受けたと発表した。分子バイオマーカーとAIによる複合的な検査を行うもの。従来の大腸がん検査は、内視鏡や検便などで手間、時間がかかるものだったが、PreveColが実用化すれば血液検査によって手軽に大腸がんを判定することができるようになる可能性がある。

機械学習による診断はプロセスがブラックボックス化してしまうという課題がある。本来「がんを早期発見するためのアルゴリズム」であるはずのものを「遺伝的に詐欺にかかりやすい人を見つけるアルゴリズム」に置き換えたとしても、外部からその妥当性を追跡できないためだ。

企業がソフトウェアの全容とデータセットを全てオープンにすればこの問題は解決できるが、他の企業が模倣できるようになってしまうためにビジネスとして成立し得なくなってしまう。現状では研究成果と実績を積み重ね、信頼を勝ち取るしかない。こうした現状を踏まえ、機械学習によるがん検診は早期発見のための補助的な位置づけに留まっているのが現状だ。

がん死亡率のさらなる低下に貢献する先進的な検診

日本を含め、世界的に75歳未満のがんによる死亡率は年々低下している。これもがんという病気と早期発見の重要性への理解が進んでいるからといえるだろう。

先進的ながん検診が成果を挙げれば、こうしたデータのさらなる改善が期待できる。社会保障費の財源に悩む人口オーナス期に入った諸国に対しての貢献にもなるものだ。


参考文献:
※1:がん検診について, がん情報サービス(リンク
※2:Early Cancer Detection Using Lasers, 2M Engineering(リンク
※3:13種類のがんを1回の採血で発見できる次世代診断システム開発が始動, 国立がん研究センター(リンク
※4:血液中マイクロRNAがんマーカー 初の大規模臨床試験, 国立国際医療研究センター(リンク
※5:血中マイクロRNAによって13種のがんを高精度に区別できることを実証, 国立がん研究センター(リンク
※6:N-NOSEサービスサイト(リンク
※7:私たちについて, HIROTSUバイオサイエンス(リンク
※8:線虫, 遺伝学電子博物館(リンク
※9:線虫がん検査、精度を評価 学会分科会WGなどが実態調査, 共同通信(リンク
※10:一部メディアでの報道について, HIROTSUバイオサイエンス(リンク
※11:「線虫がん検査つぶし」であらわになった、PET検診の不都合な真実, 木原洋美, 「ダイヤモンドオンライン」(リンク
※12:A comprehensive clinical studies program, Freenome(リンク
※13:PreveCol, Amadix(リンク
※14:がん年齢調整死亡率の国際比較, 片野田耕太(リンク


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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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