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デジタルツインの活用先は製造・建築にとどまらない。スタートアップによる画期的な利用法

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デジタルツインは製造業や建設業を中心に活用が広がっているが、他の業界ではどうだろうか?本稿では、スタートアップにおけるデジタルツイン活用事例を紹介し、その可能性を深掘りしていく。

デジタルツインとは?主流であるのは製造・建築分野での活用

デジタルツイン(Digital Twin)とは、現実を正確に模倣したモデルをデジタル空間に作り上げ、それを現実とリンクさせる技術、概念を指す。DXやメタバース、インダストリー4.0などと共に一時期大きな注目を集めた。

デジタルツインと通常のデジタルモデルを分ける明確な定義は存在しないが、リアルタイムなデータ相互共有の程度によって、デジタルモデル(データ共有なし)、デジタルシャドウ(一方向へのデータ連携)、デジタルツイン(双方向のリアルタイムデータ共有)と分類されることもある。

デジタルツインの活用例として、仮に工場のデジタルツインを作ると、新たな製品の製造に際し、どのようなライン配置が最適か、部品の生産数がどう変わるか、それによってどの程度の利益が出るのか、を事前に試算できる。故障の予知や安全管理を行うことも可能だ。

建築業では巨大な構造物を造り上げる過程で多くの人やモノが関与し、作業の進捗によって各自の役割も逐時変化する。従来はこうした進捗管理をノウハウやチームワークで乗り切ってきたが、デジタルツインを導入することで包括的な視点から進捗管理ができる。

デジタルツインは製造・建築業に柔軟な対応力を付与し、現場の生産効率を高める。こうした例はデジタルツインの活用方法として分かりやすい。

しかし、デジタルツインが持つ可能性は製造・建築業だけにとどまらない。スタートアップでデジタルツインが活用される事例を見ながら、デジタルツインの可能性をより深く探っていきたい。

スタートアップにおける活用事例|注目の4分野

ここからは、スタートアップにおけるデジタルツイン活用事例を紹介する。なお、その概要と各企業の活動状況をまとめた表は以下の通り。

公開情報などを基に編集部作成。Datumixは特記ない限り米国法人のデータ

物流倉庫|DatumixとGoogle

Datumix株式会社は米シリコンバレーに本社を置く Datumixグループの日本法人として2018年に設立。デジタルツインやAI技術を用いて、物流業界のDXを支援する。

2021年には、物流倉庫における集約・出庫を効率化するアルゴリズムをトーヨーカネツと共同で製作、特許を取得した。

倉庫のデジタルツインを視覚化した画像(Datumixプレスリリースより)

物流センターでは設備規模が大きくなるほどに出庫の制御ロジックが複雑化し、出庫までの時間効率の高い最適稼動が難しくなる。そこで Datumixは、商品トレイの集約に掛かる時間を予測するAIを導入した。デジタルツイン上で集約のシミュレーションを実行し、集約時間を短縮するプランを導き出す。

集約出庫に係る既存のアルゴリズムと本AIアルゴリズムを比較した結果、集約時間を20%短縮することに成功した。

この他、物流分野でのデジタルツイン活用では、Googleも力を入れていることを、2023年3月に日本経済新聞が報じている。こちらは製品の配送を最適化し、配送に要する燃費の削減などを目指すものだ。

世界的なインフレによって物流業界の人手不足が深刻化する中で、デジタルツインをはじめとしたDX技術の導入はますます加速していくことが予想される。

自動運転|MobilTech

自動運転や自動配送では、周辺環境をデータとして取り込み、環境モデルを構築する必要がある。

韓国 MobilTechは移動しながら周辺環境をスキャンし、デジタルツインを構築する技術に強みを持つ。カメラ・LiDAR・GPS・レーダーなどのマッピング技術を複合的に活用し、状況に合わせた環境データを構築できる。

2023年の韓国次世代モビリティ技術展では、LiDARとカメラで得られたデータをAI技術によって複合し、リアルな街並みの3Dモデルを構築する技術「レプリカシティ」を披露した。

同社は2017年に設立し、2023年10月にはシリーズB資金調達ラウンドで130億ウォン(約15億円)の資金を確保した。この投資には既存投資家としてHYUNDAI Group、新規投資家としてSamsungのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)などが参加している。

慢性疾患の治療|OneTwentyとMesh Bio

糖尿病は、ブドウ糖の代謝を調整するホルモンであるインスリンが十分に機能しないことで血中のブドウ糖が過剰となる疾患を指す。日本において糖尿病の疑いがある人は成人の6人に1人であり、糖尿病を患うと網膜症・腎症・神経障害・心臓病・脳卒中などのさまざまな合併症のリスクが高まる。

糖尿病には2つの種類がある。最も患者が多いのは2型糖尿病で、こちらは偏った食事や運動不足、肥満などの生活習慣に起因。一方、1型糖尿病は先天的にインスリン分泌が少ないことなどに起因する。糖尿病タイプの誤診は頻繁に起き、患者に必要なアプローチもその症状によって変わってくるため、現状、すべての患者に適切な治療を施せているわけではない。

複雑な事象を簡略化し、包括的に扱うことはデジタルツインの得意分野だ。スイスのスタートアップである OneTwentyは各種センサによってリアルタイムな人体のデジタルツインを構築し、AIアルゴリズムによって診断と継続的な治療を目指す。

同社は2024年1月には大手医療ベンチャーキャピタル(VC)から資金を調達し、米食品医薬品局(FDA)の承認を目指して開発を進めている。

この他、シンガポールの Mesh Bioは慢性疾患全体を対象としてその改善を促すデジタルツインアプリケーションを提供している。Forbsは2021年に同社がシリーズA資金調達ラウンドで$3.5m(約5億6300万円)を調達したことを報じた。

医療分野のデジタルツイン活用では、患者の機密情報を取り扱うことやAIアルゴリズムがブラックボックス化することへの懸念も存在し、継続的な臨床試験を通じて信頼を勝ち取っていく必要がある。

農業|AgronomeyeとDupliPlant

農業分野では、土壌・気候・肥料・作物・農家・農業機器などを主要な要素としてモデル化し、リソースの最適化や、サプライチェーンの需給予測、配送管理を行うデジタルツインが開発されている。

オーストラリアのスタートアップ、Agronomeyeは航空LiDARを利用した地形情報の取得と大規模農業の支援を特徴とする。同社は2022年11月に3.5mオーストラリアドル(約3億7650万円)を調達した。

ハンガリーのスタートアップ、DupliPlantは屋内農業管理にデジタルツインを導入し、屋外生産並みのコストを実現するソリューションを提供している。

植物工場のような環境管理農業においては、この運営を最適化し軌道に乗せるまで、時間と試行錯誤が必要になる。DupliPlantではデータ収集と機械学習によって屋内農業の最適化を支援する。

労働力減少の面からもニーズが高まりそうなデジタルツイン

人口減に悩む先進各国にとって、デジタルツインはさまざまな業界で生産性の維持向上に寄与するため、今後もニーズが高まり続けていくだろう。さらに、OneTwentyなどが構築する人体のデジタルツインは、個々人の生活習慣や遺伝情報を反映できれば、疾病の予防にもつなげられそうだ。

課題としては、デジタルツインによって膨大となるデータをどう効率的に記録していくか、セキュリティ面の向上などが挙げられる。


参考文献:
※1:Digital Twin in manufacturing: A categorical literature review and classification, Wilfried Sihnほか, Science Direct(リンク
※2:Datumix(リンク
※3:デジタルツイン×AI で物流DXを推進するスタートアップが、出庫時間を20%短縮する「AIアルゴリズム」の特許を取得, PR TIMES(プレスリリース)(リンク
※4:Google、AI×デジタルツインで物流の課題解決, 日本経済新聞(リンク
※5:MobilTech(リンク
※6:「リアルなデジタルツイン」のスタートアップMOBILTECHがシリーズBラウンドで130億ウォンの資金調達に, KORIT(リンク
※7:糖尿病(とうにょうびょう), e-ヘルスネット(リンク
※8:The Management of Type 1 Diabetes in Adults. A Consensus Report by the American Diabetes Association (ADA) and the European Association for the Study of Diabetes (EASD), Richard I.G. Holt他, 『Diabetes Care』2021年11号, 米糖尿病協会(リンク
※9:OneTwenty(リンク
※10:OneTwenty secures first funding to launch AI diabetes technology, startupticker.ch(リンク
※11:Mesh Bio(リンク
※12:身体の「デジタルツイン」で慢性疾患を管理するシンガポール企業の挑戦, Forbs(リンク
※13:Digital Twins in Agriculture: A State-of-the-art review, Warren Purcell他, Science Direct(リンク
※14:Agronomeye(リンク
※15:Digital Twins Go Farming, CDOTrends(リンク
※16:DupliPlant(リンク


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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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