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酵素開発プロセスの効率化を実現する東工大発スタートアップ・digzyme。そのテクノロジーとソリューション

INDEX目次

digzymeは、バイオインフォマティクスによって酵素開発プロセスの効率化を進める、東工大発のスタートアップだ。本稿では、digzymeの持つ技術や資金調達状況について紹介する。

〈digzyme〉

  • 設立年:2019年
  • 拠点国:日本(東京)
  • 資金調達フェーズ:シリーズA
  • 協業する企業・投資家(一部抜粋):
    • フジ日本精糖
    • 森六ホールディングス(化学企業)
    • ReBoost(人事支援企業)

digzymeの技術|研究で得られた遺伝子データをバイオインフォマティクスに活用

酵素とは、生物が生み出す、触媒機能を持つタンパク質のことであり、多くは食物の消化、吸収に寄与する。アミラーゼやリパーゼは人体に含まれる代表的な消化酵素だ。

人類は数万年単位の時間をかけ、進化の過程でこれらの酵素を体内で生成する力を身に着けた。一方で、近年のバイオテクノロジーの発展によって、微生物の力を借り、狙った構造の酵素を実験室で製造できるようになった。

とはいえ、現在の産業用酵素生産プロセスはトライアンドエラーの繰り返しから少しずつ知見を深めていくものであり、目的の酵素を作るために少なくとも数年の時間を要する。また、良い酵素が見つかるかどうかは運次第の側面もある。

対して、東工大発ベンチャーの digzymeは、情報科学やシミュレーションの知見を取り入れることで、酵素開発の効率化を目指す。

起業のきっかけとなったのは使われていない遺伝子データの利活用だったという(下記動画)。

digzyme 渡来直生CEOのプレゼンテーション

ゲノム解析研究では目的とする部位以外にも多くの遺伝子データを取得するが、そのほとんどは使われない。digzymeが進めるのは、そのようなビックデータから酵素開発に役立つ知見を発掘しようとする試みだ。遺伝子データからは、当該微生物がどのような酵素を作り出すのかを知ることができる。

このデータ活用において重要な役割を果たすのが機械学習だ。

digzymeのサイトでは、エイズ治療薬候補である「Islatravir」や、高強度ポリマーの原材料となる「アミノ桂皮酸」を合成する新たな経路探索事例が紹介されている。機械学習を用いることで、素早く効率的に既存の反応と類似するものや新たな合成経路の発見が示された。

新たな合成経路によって薬剤のコストを下げたり、プロセスを簡略化したりできれば、生成物自体の価格を下げることが可能だ。

現在、UniProt(タンパク質のアミノ酸配列)、Rhea(生化学反応)などのデータベースを活用して機械学習を行っているが、データ自体はどのようなものでも構わない。特定の酵素と、その酵素の触媒活性、物性などに関するデータがあれば、既存のデータベースと組み合わせることで、当該酵素周辺の新たな酵素を構築できる。

また、digzymeでは分子動力学シミュレーションを酵素評価に取り入れた。これはコンピュータ上で分子の動きや相互作用を再現し、その時間発展を計算するものだ。分子動力学シミュレーションを用いることで、機械学習によって絞り込まれた候補材料を現実世界で試す前にコンピュータ上で試験し、その効果を確認できる。

digzymeでは実際に酵素を生合成し、効果を検証する技術も有し、プロセスの設計から最終製品の生産まで幅広く酵素開発を実施。実際の生合成自体は大規模に実施しているわけではないが、将来的には機械学習と実生成物間で結果を相互作用させ、予測精度と酵素開発効率を高めていくことを目指す。

digzymeが提供する2つのプラットフォームサービス

ここからはdigzymeが提供する2つのサービスを紹介する。

酵素探索:Moonlight

Digzyme Moonlightは、目的の化合物に対して、そのバイオ合成経路や必要となる酵素反応の探索を行う。加えて、発見した酵素について、シミュレーションによる触媒機能の評価を行うサービスだ。

酵素を用いたプロセスを開発する上で、候補となる有望なプロセスを絞り込むことで実際の実験に要する時間を大幅に短縮することができる。

酵素改良:Spotlight

Digzyme Spotlightは、対象酵素のアミノ酸配列を入力データとして、あり得る変異体(部分的に構造が変化した酵素)とその変異体のプロパティ(触媒活性、熱耐性、可溶性、安定性など)を予測するサービスだ。

特定の酵素の機能を改善したり、新たな機能を有する変異体を開発したりする際、人知の及ばない方向からの新たなアプローチを提案できる。

digzymeによる他社サービスとの比較の表(同社プレスリリースより)

提携・資金調達|精製糖企業と提携、シリーズAで7億円超を調達

digzymeと他企業との提携や、資金調達について紹介する。

フジ日本精糖との協業

2023年12月、digzymeはフジ日本精糖との提携を発表した。

フジ日本精糖は精製糖事業を主力としながら、そこから得られた技術を他事業へ応用展開も進めている。機能性素材事業においては、世界で初めて酵素法で水溶性食物繊維イヌリンの製造に成功した。

今回の提携では、digzymeとフジ日本精糖の酵素技術、及び研究開発・マーケティングプロセスに関するノウハウを持ち寄り、新規機能性素材の開発を目指す。

新規ライブラリ開発のための資金調達

2024年4月にはシリーズAラウンドで7億3000万円の資金調達が完了したことを発表した。

本資金は高機能な酵素ライブラリである「digzyme Designed Library」の開発に充てられるとのこと。これにより、基礎研究・生産開発の期間をさらなる短縮が期待できる。

これからの日本のマテリアルズインフォマティクス

Digzymeの最新資金調達フェーズはシリーズAであるものの、すでにソリューションの販売を行っており、一定の成長を遂げているといえる。設立してからもまだ5年であり、今後のさらなる発展も期待できるだろう。

また、より広い視野を持った際、MI-6など成果を挙げているスタートアップも存在する。日本のマテリアルズインフォマティクスは2010年代に始まり、グローバルには遅れているとの意見もあるが、アカデミズムにおいても経済においても国内を活性化できるだけの力を秘めている分野だ。



参考文献:
※1:未知反応を触媒する酵素探索, digzyme(リンク
※2:人工的な合成経路探索, digzyme(リンク
※3:UniProt(リンク
※4:Rhea(リンク
※5:構造予測とMDシミュレーションを用いた酵素活性予測の実用例(リンク
※6:digzyme Moonlight, digzyme(リンク
※7:digzyme Spotlight, digzyme(リンク
※8:糖質原料から酵素法による新規機能性素材の開発と実用化に向けて、digzyme、フジ日本精糖と業務提携契約を締結, digzyme(リンク
※9:【産業用酵素の革新へ】シリーズAラウンドでの7.3億円の資金調達が完了しました, digzyme(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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