毎年3月に米国テキサス州で開催されるテクノロジーイベントであるSXSW(サウスバイサウスウェスト)のスタートアップピッチイベントが、本年は3月11日と12日の2日間にわたって同州オースティンで開催された。

本年の2023SXSWピッチでは、人工知能・音声・ロボティクスなど8つの異なる技術カテゴリから合計40のインタラクティブテクノロジー企業が登壇した。

この記事では、SXSWピッチの概要と、今回受賞した企業の技術概要について紹介する。

SXSWピッチとは?

SXSWピッチは、テキサス州オースティンを拠点とし、企業設立を支援するZenBusinessによって主催されるピッチイベントである。

ピッチイベントは今年で15回目を迎え、スタートアップを対象として延べ600社以上が参加し、このピッチを通して多くの企業が資金調達を受けている。

過去の受賞者には、バーチャルアシスタントシステムを開発したSiri、Wildfireなどが含まれ、参加した企業の16%はその後AppleやGoogleなどに買収されている。

まさにスタートアップ系企業の登竜門ともいえるイベントである。 2023SXSWピッチでは、以下のスタートアップが各部門の受賞者となった。次章では、受賞した各社の概要について解説する。

2023SWSXピッチ ファイナリスト一覧

部門受賞企業技術テーマ
人工知能・音声・ロボティクスReality Defender米国ディープフェイク検出プラットフォーム
エンタープライズ&スマートデータClimatiqドイツ炭素排出量計算プラットフォーム
エンターテイメント・メディア・コンテンツPentoPix米国テキストに基づく3D動画生成プラットフォーム
食品・栄養・健康General Prognostics GPx米国非侵襲心不全検知ウェアラブル・AI
仕事の未来Reach Pathways米国学生向け人材交流のためのメタバースプラットフォーム
Innovative World TechnologiesSXD Ai米国AIを活用した衣服のデザインプラットフォーム
メタバース&Web3Numbers Protocol台湾デジタルメディアの追跡・検証プラットフォーム
スマートシティ・運輸・ロジスティクスUrban Machine米国AIを活用した廃棄木材の再生プラットフォーム
SXSWより作成

受賞企業の概要

人工知能・音声・ロボティクス部門受賞「Reality Defender」

ディープフェイク検出プラットフォーム

  • 企業名      :Reality Defender
  • 設立年      :2021年
  • 国        :米国
  • 資金調達総額   :4K$(Crunchbaseより)
  • 資金調達フェーズ :アーリーステージ
  • URL       :https://realitydefender.com/

Reality Defenderは、2021年にニューヨークで設立されたスタートアップであり、ディープフェイクを検出するためのプラットフォームを開発した。YConbinatorも同社を支援している、まだシードステージの企業である。

ディープフェイクとは、AI・機械学習におけるディープラーニングを応用して動画や画像の一部を別のものに交換する技術として知られ、その悪用が懸念されている技術の1つだ。

同社は、このディープフェイクを積極的に検出できるプラットフォームを開発し、企業などに損害が生じる前にディープフェイクや生成コンテンツに対する保護を行うツールを提供している。

例えば、あるユーザーが作成したメディアをスキャンし、メディアに含まれる加工データを検出することで有害な素材の拡散を事前に防止することができる。また例えば、データ中の声紋を確認し、改ざんされた文書を検出することで、不正防止機能を強化することができる。

実例として、ディープフェイク音声によるリスクに直面する多国籍のティア1銀行において、同社のプラットフォームに基づく通話分析により、詐欺行為を行おうとする者から実際の発信者を特定した事例が挙げられている。

同社は、この検出プラットフォームを、AI技術を活用した独自の開発により実現しており、映像、音声、画像のディープフェイクを包括的かつプロアクティブなスキャン手法により検出し、企業に対して実用的な結果や詳細なレポートを提供している。 今後もAIの急速な進化が予想される中、デジタルメディアの不正防止等に取り組む同社の今後の技術開発が注目される。

エンタープライズ&スマートデータ部門受賞「Climatiq」

炭素排出量計算プラットフォーム

  • 企業名      :Climatiq
  • 設立年      :2021年
  • 国        :ドイツ
  • 資金調達総額   :7.8m$(Crunchbaseより)
  • 資金調達フェーズ :アーリーステージ
  • URL       :https://www.climatiq.io/
Siemens社らとのClimatiq社の対談動画

Climatiqは、ドイツベルリンを拠点として2021年に設立されたスタートアップである。

同社は、科学データと洞察に基づき気候変動対策を推進することを目的とした、気候に関するインテリジェントソリューションの開発を行っている。具体的には、あらゆる事業活動を正確な炭素排出指標に変換する炭素計算エンジンを開発した。

同社は、いわゆる気候フットプリントと呼ばれる、ビジネスのどこでどのように炭素が排出されるのかを測定、分析することにより、気候フットプリントの大幅な削減を実現するための各種ソリューションを提供している。

例えば、陸上、航空などによる貨物輸送の分野では、独自のAPIを使用して、長距離およびラストマイルの輸送を含むさまざまな輸送形態による炭素の排出量指標を生成し、物流により生じるカーボンフットプリントを分析する。

また、電力消費の分野では、独自のAPIを使用して、任意の国または州で生成された電力の排出強度を推定し、発電によって生じる二酸化炭素の排出量を分析する。

同社のこのようなAPIは、財務、ロジスティクス、調達、ERP、データウェアハウジングなどの既存のエンタープライズシステムに直接統合できることが大きな特徴であり、導入する企業にとっては、二酸化炭素排出量の指標を日常業務に組み込み、ボトムアップの意思決定を促進することができるという利点がある。

近年はカーボンニュートラルに対する取り組みが全世界的に行われており、今後の同社の取り組みが期待される。

エンターテイメント・メディア・コンテンツ部門受賞「PentoPix」

テキストに基づく3D動画生成プラットフォーム

  • 企業名      :PentoPix
  • 設立年      :2023年
  • 国        :米国
  • 資金調達総額   :N.A.(Crunchbaseより)
  • 資金調達フェーズ :アーリーステージ
  • URL       :https://www.pentopix.com/
SXSW 2023 – PentoPix is a finalist in Media & Content category

PentoPixは、動画生成プラットフォームを開発するスタートアップである。

同社技術の最大の特徴は、テキストデータから短時間でアニメーション化された3D動画を生成できる点にある。

原理は、まず自然言語パーサーを使用して、文章を動詞と名詞に分割する。そして、それらの分割されたデータを、AI技術とUnreal Engineを使って視覚化するというもの。

同社の特注AIモデルを使えば、空間的にも正書法的にも正しいプリビジュアライゼーションを作成することができるという。

同社は、これをリモートプロダクションやハイブリッドコラボレーションモデル向けに構築された次世代プラットフォームと位置づけ、新しい次元の創造性を引き出すことができ、今後の新しい形のエンターテインメントやビジネスへの原動力になるものと述べている。

食品・栄養・健康部門受賞「General Prognostics GPx」

非侵襲心不全検知ウェアラブル・AI

  • 企業名      :General Prognostics GPx
  • 設立年      :2020年
  • 国        :米国
  • 資金調達総額   :3.3m$(Crunchbaseより)
  • 資金調達フェーズ :アーリーステージ
  • URL       :https://gpx.ai/
HRX 2022: GPX Inc: Novel AI Algorithmic Blood Biomarker Monitoring | Javier Echenique
(CEO の Javier Echenique氏の講演)

General Prognostics GPxは、2020年にボストンで設立された医療系のスタートアップである。

同社は、医師が患者の血液バイオマーカーをウェアラブルを使ったリモートシステムで監視することができるAI技術「GPx」を開発した。

この技術は、「無血血液検査(英語ではBloodless Blood Testと表現される)」と同社によって表現されている。ここでいう無血血液検査とは、デジタルバイオマーカーから患者の血液の状態を予測するための予測アルゴリズムであり、同社独自のGPxプラットフォームによって実現される。

患者にスマートウォッチ型のウェアラブルデバイスを装着し、デバイスによって即される血液に関する非侵襲的なデジタルバイオマーカーのみを使用して、患者が症状を呈する前に心不全などを引き起こす要因となるNT-proBNPスパイクを特定し、医師が介入して入院を回避する機会を提供する。

同社のGPx技術では、慢性疾患患者の血液状態とデジタルのバイオマーカーを組み合わせたデータベースが構築されているので、重要な血液バイオマーカーの長期的な傾向と、非侵襲的バイオマーカーとの相関関係について精度の高い洞察を得ることができる、と言及している。

同社が開発したプラットフォームは、心不全ケアの手法として用いられている埋め込み型ソリューションと同等の非侵襲的早期警告システムとしての活用が今後期待される。

仕事の未来部門受賞「Reach Pathways」

学生向け人材交流のためのメタバースプラットフォーム

  • 企業名      :Reach Pathways
  • 設立年      :N.A.
  • 国        :米国
  • 資金調達総額   :N.A.
  • 資金調達フェーズ :アーリーステージ
  • URL       :https://www.reachpathways.com/
Reach Pathways Pitch At SXSW 2023
(SWSXで実際にピッチする様子)

Reach Pathwaysは、メタバース空間内での学生の人材交流を実現するソリューション技術を開発した。

同社が提供するソリューション「REACH」は、デジタルネイティブの学生に対して、「メタバースシティ」エコシステムにより、大学進学や新たなキャリアパスを提供することを目的とする。

REACHに参加する生徒は、ビデオゲームの感覚で用意されたメタバースの空間内で、メンターや企業と交流することや、手軽に体験できるキャリアコンテンツにアクセスすること、インターンシップや面接などを体験すること、活気あるバーチャルコミュニティで現実のタスクをこなして報酬を得ること、などのサービスを受けることができる。

このように同社が提供するソリューションは、優秀でありながらリソースへのアクセスが不足する学生に対して将来のキャリアパスを作りだすサービスとして期待される。

Innovative World Technologies部門受賞「SXD Ai」

AIを活用した衣服のデザインプラットフォーム

  • 企業名      :SXD Ai
  • 設立年      :N.A.
  • 国        :米国
  • 資金調達総額   :N.A.
  • 資金調達フェーズ :アーリーステージ
  • URL       :https://www.sxd-ai.com/

SXD Aiは、ハーバード大学発のデザインテックスタートアップ。テクノロジーを活用した衣服のデザインプラットフォームを開発。

同社は、毎日大量の生地が無駄に廃棄されている現状を課題と捉え、服の製造によって生じる生地の廃棄物をゼロにすることをミッションとして、ゼロ・ウェイストデザインとディープラーニング技術を駆使して、オリジナルのゼロエミッション衣服製品を製作している。

同社が開発したディープラーニングアルゴリズムを活用することにより、どのような生地幅でもカーブのあるパターンでも対応することができ、デザインのプロポーションをバランスよく保ちながら、サイズ間の布の無駄を省くことができる。

同社の技術を活用することで、標準的なデザインに比べ、カーボンフットプリントを約80%、生産コストを最大55%削減することができるという。

そして完成したデザインデータは、PDF・DXFの形式で書きだすことで、デザインから生産までシームレスに統合することができる。

近年アパレル製品の廃棄による環境への悪影響がフォーカスされており、同社の今後の展開が注目される。

メタバース&Web3部門受賞「Numbers Protocol」

デジタルメディアの追跡・検証プラットフォーム

  • 企業名      :Numbers Protocol
  • 設立年      :2019
  • 国        :台湾
  • 資金調達総額   :6.4m$(Crunchbaseより)
  • 資金調達フェーズ :アーリーステージ
  • URL       :https://www.numbersprotocol.io/
Numbers Blockchain – Mainnet (Jade) Launched!
(同社システムの紹介動画)

Numbers Protocolは、2019年に設立された台湾発のスタートアップであり、デジタルメディアを追跡および検証を可能とするプラットフォームの開発を行っている。

同社の技術は、分散型エコシステムとブロックチェーン技術により、デジタルメディアの出所を保証するもので、具体的には、ユーザーが簡単に不変の記録を作成できるように、世界初のブロックチェーンカメラアプリ、開発者API、管理ダッシュボードを構築している。

また同社は、登録された資産の不正利用を検知し、AIデータセットの真偽を検証するサービスも提供している。

同社によれば、開発したプラットフォームは、デジタルメディアの真正性と所有権の問題を解決する技術として、2020年の米国大統領選挙におけるロイター通信の報道、ウクライナにおける戦争犯罪証拠の目録作成と保存など、さまざまなユースケースで活用されている。

また同社技術は、Web3のクリエイターエコノミーの重要な構成要素となるものであり、クリエイターが資産の所有権を保護しながら、効果的に作品を収益化することをできるとしている。

同社の技術活用によりデジタルメディアファイルの透明性と検証性を高めることで、著作権、資産の所有権と履歴、ロイヤリティの公正な分配といった問題への対処が容易になることが期待される。

スマートシティ・運輸・ロジスティクス部門受賞「Urban Machine」

AIを活用した廃棄木材の再生プラットフォーム

  • 企業名      :Urban Machine
  • 設立年      :2021
  • 国        :米国
  • 資金調達総額   :7.2m$(Crunchbaseより)
  • 資金調達フェーズ :アーリーステージ
  • URL       :https://urbanmachine.build/
Crash, Burn, and LEARN
(同社の事業について語っている様子)

Urban Machineは、2021年に設立された、木材廃棄物の再生利用を実現するビジネスを展開する米国オークランド発のスタートアップである。

同社は、建設や解体から出る何百万トンもの木材廃棄物を大量かつ地元で調達された高級木材製品に再生させるというミッションを掲げ、回収木材を使用することによるサーキュラーエコノミーを実現することを事業の目的としている。

そのために同社は、AIを活用することにより再生木材からステープルや釘を取り除き、プレミアムな木材製品へと変換するビジネスモデルを構築した。

具体的には、同社独自の機械により再生木材からファスナーや表面材を取り除き、AIを活用してすべての現場で回収する木材の量と質を計算し、現場での木材再生の計画を構築するというものである。同社独自のAI活用のプロセスにより、時間とコストの削減が実現されている。

同社によれば、同社技術により再生される木材を使用することにより、従来の木材と同程度の価格で二酸化炭素の排出量が削減され、使用するエネルギーを13分の1にまで削減できるとしている。

同社の取り組みは、建設業界におけるサーキュラーエコノミーを実現する手法として期待されている。

まとめ

今回受賞したスタートアップ企業はいずれも、昨今の環境問題やデジタル技術におけるセキュリティ問題などを、独自開発の手法・プラットフォームで解決を図る画期的な技術を開発している。

上記の受賞企業の内容を見るとわかるように、個々の企業を見るといわゆるバーティカルAI(ある産業や用途に特化したAI)のスタートアップが多いが、アワード全体としてはSXSWらしく、脱炭素・ロボティクス・コンテンツなど様々なキーワードが融合している様子が伺える。

とりわけ、これらのスタートアップの着目している課題や切り口などは企業の事業活動や研究開発において参考になるだろう。