Amazonは、2015年に人間の音声を中心に設計された新しい技術を開発する開発者などを支援する投資ファンド「Alexa Fund」を立ち上げた。

ファンド立ち上げから7年余りが経過するが、これまでにAI、音声技術、最先端技術、ロボット工学などの分野で革新的な取り組みを行う企業に対して投資が行われており、Alexa Fundを通じて、音声技術に関する様々なイノベーションが生み出されている。

ここでは、Alexa Fundの仕組みや具体的な投資活動、そして投資によって生み出された技術・イノベーションについて詳しく解説する。

Alexa Fundとは?その仕組みについて解説

Alexa Fundの目的

Alexa Fundは、音声技術のイノベーションを促進することを目的として、Amazonによって創設されたベンチャーキャピタルである。

Alexa Fundという名称からもわかるようにAmazonが提供する音声認識サービス「Amazon Alexa」を由来とするものであるが、その名の由来の通り、Alexaの将来の技術革新につながる投資という側面があるといえる。

そのため、投資の対象は、Amazonが提供するサービスを活用した音声技術に関するものであることが前提となる。

Alexa Fundによる投資額は、現在のところ最大で2億ドルに設定されている。

したがって、Amazonは、Alexa Fundを通じて有望な企業に対して資金を提供するとともにその成長を支援することによって、Amazon Alexaの次世代技術やAmazonの新しいイノベーションを創出していくことに狙いがあると言えるだろう。

投資を受けるための条件

Alexa Fundでは、投資を行うかどうかの判断として以下のような6つの基準を公表している。

  1. 顧客中心主義
    開発する技術が、音声を通じて顧客に新たなレベルの使いやすさと利便性をもたらすものであるか?
  2. イノベーション
    開発する技術が、顧客のために創造的な方法で難しい問題を解決するものであるか?
  3. Alexaへの適合性
    開発する技術が、Alexa Skills Kit(ASK)やAlexa Voice Service(AVS)など、音声テクノロジーの独自または斬新なアプリケーションに関するものであるか?
  4. 製品・サービス
    開発する技術が、顧客からの肯定的なフィードバックの実績がある製品やサービス、または間もなく発売される製品やサービスであるか?
  5. リーダーシップ
    ビジネス実現のために、構築に必要な粘り強さを備えた先見の明をもっているか?
  6. 資金調達
    他の投資先や金融機関等から資金を調達しているか?

上記で言及している、Alexa Skills Kit(ASK)とは、Alexa向けのアプリケーションを開発するための開発キットであり、音声ゲームや音楽・オーディオ、音声注文など音声技術に関する開発をサポートするツールである。

また、Alexa Voice Service(AVS)とは、Alexaを利用するためのAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)であり、Alexaに搭載される様々なデバイスに利用される。AVSには、一連のデバイスAPIやSDK(ソフトウェア開発キット)、ハードウェアキット、ドキュメントが用意されている。

上記のような判断要素はAmazonがビジネス展開において顧客を出発点として考えることに由来しており、投資を受ける企業もAmazonと同じ思想で技術開発を行えるかどうかが重要と言えそうだ。

Alexa Fundの投資活動について

Alexa Fundの活動としては、企業への投資を目的としたベンチャーキャピタルとしての活動のほかに、ビジネス構築支援を目的としたアクセラレータプログラムの提供および人種、性別などの多様性を意識した創業者支援プログラムが挙げられる。

ここでは、この3つの活動について紹介する。

資金提供だけでなく開発支援やAmazonとの連携機能も提供

Alexa Fundによる投資は、有望企業への単なる資金提供ではなく、企業の技術開発をサポートするという側面も合わせ持っていることが特徴である。

Alexa Fundには投資やポートフォリオ管理を行うチームが作られており、以下に示すようなサポートを行っている。

  • 音声技術の革新へとつながる最大2億ドルの投資。
  • Amazonを介して、各企業の開発製品の改善に繋がる機会の提供。
  • 専任のポートフォリオ開発マネージャーによる、Amazon、AWS、および Alexa チームのナビゲート支援。
  • Amazonのプロダクトリーダーの紹介。
  • 新しい API、デバイス、機能のクローズドベータを学習する機会の提供。
  • 投資や製品のマイルストーンに合わせた、マーケティングや PR サポートを強化する潜在的な機会の提供。

このように、Alexa Fundの専門家チームが、ハードウェア・ソフトウェアの開発サポートや、マーケティング観点でのサポート、ソフトウェア開発キット(SDK)への早期アクセスなどの機会を提供することにより、サポートを受ける企業側は製品やサービスの技術レベルを高めることが期待できる。

アクセラレータプログラムの提供

Alexa Fundは、上述の資金提供の他に、Amazonのシステム・機能等を活用したビジネス構築を支援することを目的として、アクセラレータプログラム「Alexa Next Stage」を提供している。

2017年開始当初は「Amazon Accelerator」として運営されていたが、その進化版として2020年6月に発表された現在のAlexa Next Stageに置き換えられている。

このプログラムにおいて参加者は、8週間にわたるカリキュラムを通して、Amazonの文化やリーダーシップの原則を学びながら、優れた企業に成長するためのメンタリングセッションや、Alexaチームによる音声デザインのベストプラクティスに関するワークショップ、Alexa統合のチェックとトラブルシューティングを行うオフィスアワーなどのカリキュラムを受けることができる。

このプログラムは遠隔での参加も可能であり、リモート会議ソフトウェアを活用することで南北アメリカ、EU、英国の企業が参加することができる。

多様性の観点に基づく創業支援プログラムの提供

Amazonは、自社の従業員との間で、多様性、公平性、包括性の観点での広範なコミュニティの構築に力を入れており、このようなAmazonの思想が反映された支援プログラムも提供している。ここでAlexa Fundが提供する支援プログラムを幾つか紹介しよう。

① 女性起業家のための支援プログラム
Alexa Fundは、2020年に、女性起業家の支援するピッチイベントとして「Women Founders Represent」を発表している。

このイベントでは、審査により選ばれた最大10人のファイナリストが、Alexa Fund からベンチャーキャピタル投資を受ける機会を得るために、一流の投資家とテクノロジーエグゼクティブのパネルに企業アイディアについてのプレゼンテーションを行う。

最終的には、Alexa Fundから最大3社が株式投資対象として選ばれ、その内1社が最も革新的な企業として選定される。Alexa Fundによる株式投資は最大100万ドルと設定されている。

② 黒人起業家のための支援プログラム
Alexa Fundは、2022年4月、音声および AI 製品を開発する黒人創業のスタートアップ向けプログラム「Black Founder Build」を発表した。

このプログラムは、テクノロジースタートアップの多様性を高めることを目的としており、黒人が設立した最大10の北米スタートアップを募集する。

選ばれた企業は、Alexa Fundによる投資と、Amazon の Alexa チームから最大 1 年間の技術およびビジネス サポートを受ける機会を得ることができる。

Alexa Fundで生み出された新たなイノベーション・技術

Alexa Fundは、資金提供やアクセラレータプログラムの提供により100社以上の企業に支援を行っている。サポート対象は、上述のように音声技術のイノベーションに繋がるものが対象となるが、その技術分野は以下に列挙するように多岐にわたる。

<対象となる技術分野>
・AI・機械学習関連
・教育・学習関連
・エンタープライズコラボレーション
・フィンテック・Eコマース
・新メディア・エンターテインメント
・ハードウェアコンポーネント
・ヘルス・ウェルネス関連
・自動運転等のモビリティ
・プロプテック(不動産テック)
・ロボティクス・フロンティアテック
・スマートホーム
・音声デベロッパーツール

ここではAlexa Fundによる支援で成長を遂げている企業について幾つかピックアップして紹介する。

AI・機械学習関連/Voiceitt

同社公開の動画より

Voiceittは、発話に障害等をもった人のための音声認識アプリケーションを開発する企業であり、2012年に設立された。

同社が提供するアプリは、アルゴリズムと言語学の専門家によって設計されており、ユーザー固有の発話パターンを学習することによる音声認識の最適化や、フレーズの一部を言うことで残りの発話部分を補完するショートカットフレーズの機能などを含む。また、統計モデリングと機械学習の活用することで、使用するたびに認識精度が改善されることが特徴である。

同社は、2018年のアクセラレータプログラム「Amazon Accelerator」に参加し、Alexa Fundのポートフォリオ企業となっており、2020年には同社のアプリとAlexaとの機能連携を発表している。

教育・学習関連/Bamboo Learning

同社公開の動画

Bamboo Learningは、2018年にAmazon Devicesの元幹部らによって設立された教育・エンターテインメント向けの音声アプリを開発する企業である。

同社は、音声技術などを活用したインタラクティブな学習・反復を行えるアプリケーションの開発を得意としている。

同社は2019年に、音声を通じたクイズなどで歴史上の人物などが学べるAlexa用のアプリ「Luminaries skill for Alexa」を発表しており、このアプリの開発資金としてAlexa Fundなどから140万ドルのシード資金を獲得している。

新メディア・エンターテインメント/Endel

Amazon Alexa Developers公開の動画

Endelは、2018年に設立されたドイツベルリンの拠点を置くウェルネスのスタートアップである。

同社は、音の力だけでユーザーの心を落ち着かせたり、生産性を向上させたりするのに役立つオーディオテクノロジーを手掛ける。

同社の「Endel Pacific」と呼ばれるコア技術では、場所、環境、心拍数などの情報を入力することで、ユーザーごとの概日リズムと同期するパーソナライズされたサウンドスケープを構築することができる。

同社は、2018年にAlexa Fundから投資を受けており、それ以降、同社のサウンドスケーププログラムがAlexaに搭載されるなど、Alexa用のアプリケーションとして欠かせない存在となっている。

ハードウェアコンポーネント/Vesper

Vesperは、同社独自のMEMSマイクロフォン技術により音響センサーやマイクなどを開発する企業である。

同社のマイクロフォンは、音響変換機として圧電カンチレバー構造を採用し、容量性デバイスで使われる二重または三十膜層構造を排除していることが特徴だ。これにより、単層デバイスとして圧電構造が音に反応して自由に動くことができ、非常に高いSN比(低ノイズ性能)を実現できるという。

同社は2016年に、シリーズAの1500万ドルの資金調達ラウンドを発表し、Alexa Fundがこれに参加している。それ以来、Vesperのマイク技術はAlexaデバイスに採用されるなど、Amazonとの継続的な連携が図られている。

ヘルス・ウェルネス/Aiva Health

同社公開の動画

Aiva Healthは、医療向けの音声アシスタント技術を開発するヘルス企業である。

同社の技術は、ハンズフリー技術による患者・介護者などと病院側との円滑なコミュニケーションの実現や、スマートルーム(病室)コントロールによる室内環境(照明・空調制御など)の制御による患者や看護師の満足度や利便性の実現を図るなど、患者・病院側の双方に対して利便性の高い医療体験の提供を特徴としている。

同社は、2018年にAlexa Fundによる投資を受けており、病室などに設置されるAlexaと連携することで患者との遠隔でのコミュニケーションをとる手段としてサービス展開を行っている。また、特に昨今の感染症対策として同社の技術は有効活用されている。

モビリティ/Arrive

Arriveは、ITを活用した駐車場ソリューションを開発する企業であり、駐車場予約サービス「ParkWhiz」を展開している。

同社の技術は、スマートフォンのアプリを使用することで、周辺の駐車価格を比較しながら駐車場の予約、前払い、モバイルチケットの発行などを実現する機能を有していることが特徴である。

同社は、2018年に行ったシリーズDの500万ドルの資金調達においてその一部をAlexa Fundから提供を受けるとともに、Amazonの開発協力のもと、Alexaのバーチャルアシスタントと連携し、音声だけで駐車場手配ができる技術を2019年に発表している。

Amazon Alexaのプラットフォーム価値を最大化

Amazonが提供する音声アシスタント技術「Alexa」は、音声インターフェースとして広く認知される存在となっている。

ベンチャーキャピタルの機能として立ち上げられた「Alexa Fund」は、有望企業への投資という手段を通じて、投資企業が生み出す最先端の技術を取り込むことにより、Alexaの新たな活用可能性の展開や、音声技術による新たなイノベーションを生み出す役割を担っている。

まさにCVCを通じたオープンイノベーションの教科書的な事例となっており、資金提供だけでなく、協業を通じてAlexaの用途を広げることに成功している。協業先としてこれらのベンチャー企業が、ある特定の用途に特化して最適化したシステムを構築し、Alexaのプラットフォームの価値がさらに高まっていくという仕掛けである。

電機・IT企業などにとっては、ベンチャー企業とのオープンイノベーションの1つの仕組の形として、参考になる点が多いだろう。