過去には環境・エネルギー分野と言われてきたこのCO2関連分野は、現在では「脱炭素」「カーボンニュートラル」の言葉が頻繁に使われている。

2015年に採択されたパリ協定では、すべての国が温室効果ガスの主要成分である二酸化炭素(以下、CO2という)の排出削減目標を提出することが義務付けられ、我が国では2020年に、温室効果ガスの排出を2030年までに2013年対比で46%の削減、2050年までに実質ゼロのカーボンニュートラルを達成することを表明している。

このように、先進国を中心に世界中の国々が、脱炭素・カーボンニュートラルに関する目標を掲げ、動き出しており、それに伴い、これらの技術開発も世界中で巻き起こっている。

そこで、脱炭素・カーボンニュートラルの技術動向について、今回から、(1)CO2の回収編、(2)CO2の利用編、(3)再生可能エネルギー編、の3回に分けて解説していく。

1回目の今回は、温室効果ガス(CO2)の回収に向けた世界各国の技術動向に着目して解説する。

CO2の回収技術「CCS」とは?

CO2を削減する有効な手段の1つとして注目されているのがCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)である。

CCSとは、文字通りCO2を回収し貯留する技術であり、製鉄所や化学コンビナートなどの工業プラントや産業プラント等から排出されるCO2を大気中へ放出することなく回収し、貯留・保管させる技術のことを指す。

このCCSは、以下の3つのプロセスに分けられる。

  1. CO2の分離・回収
  2. 回収したCO2の貯留場所までの輸送
  3. 移送されたCO2の貯留・保管

以下にこれらのプロセスについて簡単に説明する。

CO2の分離・回収プロセス

CO2の分離・回収する方法としてはさまざまな手法が提案されているが、代表的な方法が、燃焼前回収(Pre- Combustion Capture)の方式と燃焼後回収(Post-Combustion Capture)の方式である。

燃焼前回収の方式は、石油や石炭などの化石燃料を燃焼させる前にCO2を分離する技術である。具体的には、化石燃料を高温・高圧の酸素若しくは空気雰囲気下におくことで燃料を部分的に酸化させて合成ガスを発生させ、合成ガスについて水性ガスシフト反応へ経て、脱硫処理を行うことでCO2を分離させる処理が行われる。燃焼前回収の方式は一般に物理吸収法として知られている。

燃焼前回収の方式は、CO2の回収効率が高いことや、化石燃料からの炭素の除去が比較的容易であるなどのメリットがある。一方で適用できるプラントに制限があることや、水素リッチの化石燃料には適さないなどのデメリットがある。

一方、燃焼後回収の方式は、化石燃料を燃焼させ、燃焼排ガスからCO2を分離する技術である。具体的には、化石燃料を低圧化で燃焼させ、発生する排ガス流について除塵・脱硫処理を施した後にアミン等の溶剤を用いて科学的にCO2を分離させる処理が行われる。燃焼後回収の方式は一般に化学吸収法として知られている。

燃焼後回収の方式は、古くから知られる成熟した技術であるため様々なプラントへの適用が容易であるというメリットがある。一方で、排ガス中のCO2濃度が低いため炭素回収効率が低いことや、発電コストが高いなどのデメリットがある。

CO2の輸送プロセス

回収されたCO2を貯留場所まで安全かつ確実に移送される必要がある。このため、CO2の移送技術もCCSにおいて重要な課題となっている。

CO2の移送手段としては、トラックや鉄道などの陸路輸送、船舶による海上輸送、パイプラインによる輸送などが挙げられる。

その中でもパイプラインは、既に天然ガス等の輸送のために世界中に張り巡らされており、有効な輸送手段である。特に、米国ではCO2輸送用として約50のパイプラインが稼働しており、年間約6,500万トンのCO2が輸送されている。

パイプラインは、船舶等のような輸送トラブルのリスクが少なく安定的に輸送できるので、CO2の輸送インフラとして世界中での更なる展開・拡張が予想される。

CO2の貯留プロセス

CCSの実現に向けて欠かせないのがCO2の貯留プロセスである。CCSではCO2を永久に貯留することが前提となっており、一旦貯留したCO2が外部に漏れない技術の確立が求められる。

輸送されたCO2の貯留先としては、地中が有力とされており、その中でも多孔質岩石層に CO2を恒久的に貯留する方法が多くのCCSプロジェクトで活用されている。多孔性・浸透性に優れ且つ十分な容量と深さの地層であり、その地層の外側が非浸透性の岩層に覆われた環境であればCO2の貯留候補となり得る。

CO2の地層中への貯留は、石油やガスなどの炭化水素物質を地下に何百年間も閉じ込めてきた原理と同じプロセスで実現される。

例えば国内において、北海道苫小牧でCCSの実証実験が行われており、パイプラインによって輸送されたCO2を、海底下深さ1,000~1,200mの砂岩層と、海底下深さ2,400~3,000mの火山岩層にそれぞれ貯留する処理が行われている。

CCSの最新の技術動向

ここからは、CCSの技術動向について、既に実用化されている事業やプロジェクトを中心に、代表的な事例を取り上げて解説していく。

Enchant Energy (米国):燃焼後回収方式によるCCS技術を開発

米国に拠点をおくEnchant Energyはエネルギー供給事業を行うとともに、CO2回収技術の開発に力を入れる企業である。

同社は、CO2の回収手段として燃焼後回収方式を採用しており、燃焼後の排ガスをアミンベースの化学処理(アミンによる補足技術)によりCO2を分離・回収する運用を行っている。

アミンによるガス成分のろ過は古くから行われているが、Enchantは独自の技術開発により、発電所の煙道ガスなどの低圧の酸素含有ストリームからアミンを使用してCO2を効率的に回収できる手法を確立している。

Guest: CEO Enchant Energy Cindy Crane, KSJE FM
同社CEOへのインタビュー動画の様子

Enchantは現在、CCSの大規模プロジェクトに着手している。

同社は、ニューメキシコ州にあるSan Juan石炭火力発電所において、CO2回収設備を導入した新しい発電設備へのリニューアルを計画している。 計画では、同社のCCS技術を導入することにより95%の炭素回収率を実現し、世界で最も排出量の少ない石炭火力発電所を実現するとしている。

上記の動画では、この石炭火力発電所の運営企業が石炭火力発電事業から撤退することを発表し、この発電所を閉鎖するところであったが、Enchant社がCCSを活用してCO2を分離回収し、発電事業を継続するという一連の流れについて触れている。

Air Products(米国):大規模なCO2回収システムを展開

米国に拠点を置くAir Productsは、産業用ガスの販売などを行う大手企業であり、独自のCO2回収技術を開発している。

Air Productsは2013年から、テキサス州ポートアーサーのValero Energy精錬所の2つの水素プラントからCO2を回収する事業を展開しており、年間約100万トンのCO2が回収されている。

同社は、米国とカナダにおいて、さらなる事業拡大に乗り出している。

2021年10月に、ルイジアナ州東部に45億ドル規模のCO2回収システムを備えたブルー水素製造施設を建造し、同施設を2026年に稼働させることを発表した。

ブルー水素とは、天然ガスや石炭など化石燃料から副次的に生産される水素のうち、製造過程で出るCO2が回収された状態の水素のことである。

この新たなプロジェクトでは、水素製造施設から排出されるCO2の95%が回収される予定であり、その回収量は年間500万トンにのぼる。

回収されたCO2は圧縮され、パイプラインを通り、新施設から35マイル離れた複数の内陸貯留基地に輸送され、その後地表下約1マイルに確保された地質空隙に永久的に貯留される。

また同社は2022年11月に、カナダ政府が推進するエネルギー移行プログラムから4憶7500万ドルの資金調達を受け、カナダアルバータ州にネットゼロ水素エネルギー複合施設を建造し、2024年から稼働させることを発表した。 この施設では、CO2の回収に高度な自動熱改質技術 (ATR)を活用する。これにより、排出されるCO2の95%が回収され、輸送し、地下に安全に貯留される。

Air Products’ COO Shares Thoughts on Hydrogen & the Energy Transition at COP27 | Air Products

上記の動画では、COP27でAir Productsが水素と低炭素分野のプロジェクトで150億ドル規模の案件が進行中であることが述べられている。

ACTL(カナダ):CO2輸送のパイプラインシステムを構築

ACTL(Alberta Carbon Trunk Line)は、カナダを拠点とする界最大の二酸化炭素回収・貯留プロジェクトである。

ACTLは、全長240㎞からなるパイプラインで構成されており、年間最大1,460万トンのCO2を収集、圧縮、貯蔵し、貯蔵したCO2を、カナダ・セントアルバータにある枯渇した石油貯留層に注入することができる。

New Carbon Solution in Alberta Delivers Use for Industrial Emissions,
Alberta Carbon Trunk Line
この動画では同プロジェクトの概要が説明されている

2020年6月には、このパイプラインシステムの完全稼働が発表されている。

現在稼働中のパイプラインシステムでは、カナダの石油製油所North West Redwater PartnershipのSturgeon精製所と、カナダの肥料企業NutrienのRedwater肥料製造施設で回収されるCO2が供給されており、最終的にはWolf Midstream社の所有する 240kmのパイプラインで Enhance Energy社の所有する貯留層に輸送される。

このように、ACTLのシステムは、エネルギー及び農業セクターに持続可能な排出ソリューションを提供している。 同パイプラインシステムは比較的大きめの貯蔵容量で設計されているため、CO2の排出管理ソリューションに関する需要が増えるにつれて、将来的にはさらに多くの施設や貯留層と接続されることが見込まれている。

Northern Lights(ノルウェー):CO2貯留の事業化を目指すCSSプロジェクト

Northern Lightsは、ノルウェー政府が立ち上げたCCSプロジェクト「Longship」に参加するEquinor ASA(ノルウェーのエネルギー企業)やShellらによるジョイントベンチャーであり、CO2貯留の商用展開に向けて大きな前進を見せている事例の1つである。

Northern Lightsでは、回収したCO2をパイプラインで中間貯蔵基地まで輸送し、その後海底下2,600mにある地層貯留層に圧入し永久貯蔵するサービスの実現を目指している。

Northern Lightsは、ノルウェー政府の上記プロジェクトの義務を果たすために、BreivikにあるNorcemセメント工場とFortum Oslo Varme廃棄物発電所から排出される年間80万トンのCO2の貯留を約束している。

また、Northern Lightsは2022年8月、オランダのアンモニア・肥料プラントであるYara SluskilとCO2の輸送および貯蔵に関する商業協定を締結している。この締結では、Yaraから回収したCO2をノルウェー西部沖合の海底下に永久貯蔵することが予定されている。Northern Lightsにとっては、初の国境を超えた事業となる。

Carbon Net Project(オーストラリア):商業規模の大型CO2貯留サイトの構築

Carbon Net Projectは、2009年にオーストラリア政府とビクトリア州政府によって立ち上げられたCO2回収プロジェクトである。

このプロジェクトは、ビクトリア州のラトローブ・バレーにある複数のCO2回収プロジェクトを統合することにより、回収したCO2を共同利用のパイプラインで輸送し、ビクトリア州ギプスランド地域の沖合地下貯留施設に圧入し貯留するというものである。

ギプスランド海盆は、地質的に貯留に適しており、容量の大きい貯留スペースを持つことから貯留先として選定されている。このエリアに設置される2つの貯留サイト(PericanサイトとKookaburraサイト)を合わせると、2030年までにはCO2の貯蔵量を年間1,000万トンにすることができるという。

同プロジェクトは、2017年からオーストラリア、ビクトリア州両政府による合意の下、商業化に向けた開発に動き出しており、その後海底の地質調査等を開始している。最終的には2027年まで商業稼働させることが予定されている。

Gorgon carbon dioxide injection project(オーストラリア):世界最大の長期CO2貯留プロジェクト

Gorgon carbon dioxide injection projectは、米国に拠点を置く石油会社Chevronが主導するジョイントベンチャーが行うCO2の注入・貯留プロジェクトである。

プロジェクトが実行される西オーストラリア州の北西海岸沖はガス田の重要な開発エリアであり、同プロジェクトはそこから排出されるCO2を分離し、貯留することを実行目標としている。

プロジェクトでは、年間330~400万トンのCO2を、同エリアのバロー島の2 ㎞以上下に位置する地層「Dupuy層」に圧入することを計画している。

2019年8月からは地層へのCO2の注入が開始されており、地下でのCO2の動きを監視するために、さまざまなモニタリング、貯水池管理、不確実性管理活動が行われている。

このプロジェクトは40年以上にわたり実行される予定である。

まとめ

2050年までにCO2の排出量を実質ゼロにするという目標に向けて、脱炭素・カーボンニュートラルに関する技術開発が世界中で行われている。

今回取り上げたCCS(CO2の分離・回収・貯留)に関する技術については、政府主導のプロジェクトや複数の参加企業からなるジョイントベンチャー等の事業体によって、既に事業化が実現しているものがあり、CO2の排出抑制に段階的に貢献する活動が見られ始めている。

CCSのプロセスにおける大きな課題の1つがCO2の貯留であり、有望な貯留場所(地層)の発掘と貯留場所へ安全且つ効率的にCO2を輸送する技術の開発が、CCSの実現に向けて大きなポイントになると考えられる。

今後も更なる技術革新や新たなプレイヤーの参加によるCCSの技術動向に注目したい。