2020年初から始まった新型コロナウィルスの世界的な蔓延により、人々の生活様式や健康に対する考え方が一変しており、これまで以上に健康に対する意識が高まっている傾向にある。

例えば、東京都が行った健康に関する意識調査※1によると、新型コロナウィルス感染症の拡大により、感染拡大前と比べて健康意識が高まったとする回答が全体の8割を超えるという結果が得られている。

このような社会環境の変化の中で、感染症や体の不調を検知するための研究や技術開発が活発に行われており、特に、人々の生活や行動を阻害することなく健康状態などを検知できるウェアラブルデバイスを活用した技術が続々と登場している。

この記事では、感染症や体の不調を検知するウェアラブル技術にフォーカスし、その最新の技術開発の取り組みを取り上げていく。

国家・政府レベルでのウェアラブル技術の開発動向

感染症などを検知するウェアラブル技術の開発は、大学などの研究機関や企業によるものが多く見られるが、国家あるいは政府レベルでの開発も行われている。

ここでは、国家・政府としての技術開発の動向について紹介する。

米国国防省によるウェアラブルデバイスの開発

1つ目は、米国国防省(DoD)が取り組んでいる感染症を検知するウェアラブルデバイスの開発事例である。

DoDの防衛イノベーションユニット (DIU) はフィリップス等民間企業と連携して、新型コロナウィルス感染症を識別するウェアラブルデバイスの開発を成功させている。

この開発は、2020年に開始された脅威暴露迅速評価(通称;RATE)プロジェクトにおいて行われたもので、コロナウィルス感染症が蔓延している最中にプロトタイプが完成している。

開発されたウェアラブルデバイスは、病院で監視された新型コロナウィルス感染症の症例から取得したデータを使用して訓練された予測AIアルゴリズムを活用するとともに、商用グレードのウェアラブルデバイスからの生体認証データを活用している。

アルゴリズムを適用することで、症状が現れる最大48時間前、場合によっては無症状の場合も含めて発症の最大6日前に感染症を検出することができるとされている。

RATEプロジェクトが成功したことにより、2022年からは開発所管がDIUへ移されており、研究開発が継続されている。 アルゴリズム開発に携わったフィリップスは、このウェアラブルデバイスの商業化と市場拡大を目指している。

オーストラリア・ビクトリア州政府によるウェアラブル技術の開発

2つ目は、オーストラリア州政府が取り組むウェアラブルデバイスの開発事例である。

2022年8月、オーストラリア・ビクトリア州政府は、新型コロナウィルス感染症の有無を即座にチェックできるウェアラブルセンサーを開発することを発表した。

この開発プロジェクトでは、新型コロナウィルス感染症などの感染性呼吸器疾患を検出するためのインスタントセンサーの開発、伸縮性エレクトロニクス技術(皮膚のような超軽量エレクトロニクス)を使用して睡眠とバイタルサインを監視する、高齢者ケア向けのスマート寝具製品の開発、健康状態の監視と診断のための低侵襲ウェアラブルの開発が含まれている。

州政府が取り組む開発プロジェクトの1つとして実施されるもので、州政府支援のもとオーストラリアRMIT大学内に医療機​​器試作施設も建設される。

センサーの開発や試験が各所で実施されているが、検出精度にはある程度のばらつきが生じており、今後更なる改善に向けた検討が行われることになる。 将来的には、アクセサリーとして身体に装着、衣服等への埋め込み、体内への埋め込みなどの手段によりウィルスを検出できるウェアラブルデバイスを目指していくとしている。

民間による、注目されるウェアラブル技術の開発動向

つぎに、民間企業あるいは大学などの研究機関で行われているウェアラブル技術の研究開発事例について、代表的なものを幾つかピックアップして紹介する。

空気中のウィルスを検知するクリップ型のウェアラブルデバイス:イェール大学/米国

イェール大学の研究者らは、2022年1月に掲載された学術誌「Environment Science & Technology Letters」において、空気中に存在する低レベルの新型コロナウィルス感染症ウィルス(SARS-CoV-2)を検出できるクリップ型のウェアラブルデバイス「Fresh Air Clip」を開発したことを発表した※2

このデバイスは、空気中のSARS-CoV-2への曝露を評価するために使用できるウェアラブルデバイスであり、推定SARS-CoV-2感染量をはるかに下回る低レベルのウイルスコピーを検出できるという。

デバイスは、3Dプリントで作製された直径約1インチの空気サンプラーで構成され、使用者の咳、くしゃみ、会話、呼吸などから生じる空気中のウィルス飛沫を検出する。

デバイスの精度を検証する実験も行われている。2022年1~5月にわたって、レストラン、医療施設などで働く62人のワーカーを対象にデバイスを装着してもらい、5つのデバイスにおいて人に感染させる量を下回るレベルのウィルスを検出することに成功している。 研究者らは、コネチカット州の医療施設での追加研究で同デバイスを使用しており、将来的には一般ユーザに対する使用を目指している。

機械学習を取り入れたウェアラブルデバイス:COVI-GAPプロジェクト/欧州

欧州を中心とする専門家チームは、2022年7月、手首に装着する健康機器を機械学習と組み合わせることで、症状が現れる2日前までに新型コロナウィルス感染症を検出できるという研究結果を発表した。

この研究は、リヒテンシュタインを拠点とする大規模な研究プロジェクトから誕生したもので、既存のウェアラブル健康デバイスを機械学習テクノロジーと組み合わせて、未病および無症候性の 新型コロナウィルス感染症を検出できるかどうかを判断することを目的として行われた。

2020年3月~2021年4月にわたって検証テストが行われ、1,163名の参加者からデータを収集している。被験者に市販のFDAおよび欧州機関承認のブレスレット型デバイス「AVA fertility tracker」を装着させ、夜間睡眠中の呼吸数、心拍数、心拍変動、皮膚温、血流を測定した。

使用するデバイスは、改良されたモバイルアプリに同期されており、アルコール使用や処方薬・娯楽薬の摂取など身体の中枢神経系に影響を与える可能性のある活動や、コロナウィルスの症状の可能性を記録する。

検証テストでコロナウィルスの陽性判定を受けた被験者においては感染の全段階において5つの生理学的指標すべてに顕著な変化が感知されており、これらの検証テストで得られた情報からウィルス検知のためのアルゴリズムの訓練(機械学習)を行うことで検出精度を高めている。 機械学習されたウェアラブルデバイスの有効精度を検証するために、オランダで2万人の参加者を対象としたさらなる研究が行われており、より高精度のデバイスの開発が期待される。

生体信号からウィルス感染の兆候を検知するウェアラブルデバイス:Oura Ring/米国

当サイトでは生体情報を取得できる指輪型のウェアラブルデバイスとして何度か解説している「Oura Ring」であるが、2023年3月に「Digital Biomarks」に形成された同社の研究において、同デバイスを使用したウィルス感染症の検知可能性に関する検証結果が報告された※3

報告では、陽性反応が出たデバイス着用者において、陽性反応を報告する最大2.5日前までに、体温、心拍数、呼吸数、心拍数の変動、睡眠効率の変化が検出され、最も大きな変化が体温であったことが示されている。またこの測定値の変化は、陽性反応が出てから約10日間続いたことが報告されている。

今回の研究は、当サイトでも取り上げた、2020年に開始されたカリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究者らによる研究内容に基づいている。この研究では、デバイス着用者に症状がなくても、コロナウィルス感染症を予測する体温変化が検出できるという結果がまとめられている。 このように過去の研究や今回の研究結果から、ウィルス感染の兆候を検知できるデバイスとしてのOura Ringの可能性がより高まったといえるだろう。

ウィルス感染に繋がるストレスを検知するウェアラブル技術:スタンフォード大学/ 米国

スタンフォード大学では、身体的なストレスによるウィルス感染可能性を予測する研究が行われている。同大学の研究は、以前の記事でも取り上げており、今回はその続報となる。

同大学は、2021年11月に掲載された学術誌「Nature Medicine」において、スマートウォッチを介して着用者のストレスを検知し、症状が出る前に病気に陥っていることを着用者に警告できる可能性に関する研究結果を発表した※4

研究では、スマートウォッチの着用者に対するストレスを通知するアルゴリズムを作成し、このアルゴリズムが心拍数を生理的または精神的ストレスの代理として読み取ることによって、新型コロナウィルス感染症などへの感染可能性を検出できることが示唆されている。

具体的には、2020年から2021年にわたって約8カ月間行われた実証実験において、2,155人の参加者がスマートウォッチを着用し、心拍数を介して着用者の精神的・肉体的なストレスイベントを追跡している。ストレスイベントが発生すると、携帯電話のアプリと連動したアラートで通知される。アラートが通知されるためには、心拍数が数時間以上上昇していることが要件とされるため、ジョギングや突発的なストレスによるストレスイベントは排除できる仕組みとなっている。

このアラートは状況に応じた設定ができるので、例えば、飛行機での移動中にアラートを受け取った場合には飛行機での移動がストレス発生の原因である可能性が高いと判断でき、ソファでくつろいでいる状況でアラートを受け取った場合には感染症によるストレス発生の可能性が高いと判断できる。 同大学の研究チームは、今後さらに多くの参加者を集め、歩数、睡眠パターン、体温などのデータを追加することによって、アラートの検知精度を高めていくことを計画しており、その後、医療現場においてコロナウィルス感染症の検知手段として活用できるかどうかを判断するための臨床試験が予定されている。

飛沫ウィルスを検知するマスク型ウェアラブルデバイス:上海同経大学/中国

最後に紹介するのは、上海同経大学が開発する、空気中のウィルスを検知できるマスクデバイスである。

同大学の研究チームは、2022年9月に掲載された科学雑誌「Matter」において、ガス媒体による新型コロナウィルスなどの呼吸器感染症をワイヤレスで検出するためのウェアラブル生体電子マスクを開発したことを発表している※5

この研究では、ウィルスタンパク質を検知する目的で、伸縮性イオンゲルが誘電体層として調整されたイオンゲートトランジスタと統合された検知センサーが開発されており、特定のウィルスタンパク質が通過することによって生じるゲート電圧の変化からウィルスの存在を検知するアプローチがとられている。

この仕組みを活用することで、極めて濃度の低い液体もしくは気体の検知媒体であっても約10分程度でウィルスを検知できる。 同大学の研究チームは、さらに研究開発を重ね、検知時間の短縮、センサーの感度の向上を図っていくとしている。

現状は研究開発フェーズだが今後に期待

本記事では、2020年以降世界的なパンデミックを引き起こした新型コロナウィルス感染症の蔓延を機に、さまざまな研究機関で取り組まれているウィルス検知のためのウェアラブル技術について解説してきた。

本記事で紹介した事例は、生体信号を利用したウィルス検知予測と、飛沫などに含まれるウィルスに基づく検知予測の2つに大別される。いずれも、ウィルスの発症が顕在する前のタイミングで感染の兆候を検知しようとするものである。

いずれも現時点においては研究開発のフェーズにあるが、多くの研究事例では実証実験等である程度のウィルス検知精度が示されていることから、感染症の蔓延を防ぐウィルス検知ツールとして近い将来の実用化、商用化が期待される。


主な参考文献;

※1 with コロナ時代の健康づくりガイド(リンク

※2「Environment Science & Technology Letters」への掲載論文(リンク

※3 「Digital Biomarks」への掲載論文(リンク

※4 「Nature Medicine」への掲載論文(リンク

※5 「Matter」への掲載論文(リンク