エネルギーの安定供給は国内経済のみならず、気候変動や安全保障とも密接に関係する問題だ。

安定的かつ再生可能なエネルギー供給のために様々な技術開発が進められているが、その中でペロブスカイト太陽電池関連技術も近年めざましい発展を遂げてきた。

ペロブスカイト太陽電池は従来の太陽光発電技術にはない、軽量、柔軟、塗布印刷可能といった特徴を持ち、再生可能エネルギーの利活用範囲を大きく広げることが期待される。

本稿では、ペロブスカイト太陽電池について概観し、実用化に向けた課題とその対策について紹介する。

イノベーションになり得るペロブスカイト型太陽電池

現在、広く利用されている太陽電池の原料は高純度のシリコンだ。対するペロブスカイト太陽電池は、ペロブスカイト型結晶構造を有する材料が用いられる。

一口に「ペロブスカイト型結晶構造を持つ材料」と言ってもその組成は様々だ。組成によって物性も変わってくるが、現在太陽電池向けに研究されているペロブスカイト材料は一般に以下のような特徴を有する。

・シリコンより高い光吸収効率
・柔軟で曲げに強い
・塗布印刷可能

光吸収効率が良いということは、従来のシリコン太陽電池より薄いパネルが製作できるということだ。薄くできれば重量は低下する。これまでの太陽光パネルは重く、柔軟性を持たなかったため、設置できる場所が屋根の上などに制限されてきた。対して、ペロブスカイト太陽電池は軽量かつ柔軟であるため、利用可能範囲が広い。

例えば、ビニールハウスを覆うようにペロブスカイト太陽電池シートを設置して内部空調の電力を賄ったり、災害時の電力供給のため大量に運搬したり、といった利用が可能になる。

また、塗布印刷が可能ということは、製作に必要なプロセスコストが低く抑えられるということだ。将来的に大量生産できれば発電量当たりのコストを大きく低減できるかもしれない。現在、火力発電から再エネへのシフトの中で電力料金の問題が度々取り上げられるが、ペロブスカイト太陽電池には一般家庭や民間産業の電力料金に係る苦痛を緩和する役割も期待できる。

歴史的に見れば、ペロブスカイトが太陽電池へ応用できることを示したのは2009年の桐蔭横浜大学、宮坂力教授の論文であった※1。当初3%程度であった発電効率は急速に技術開発が進み、現在の最高効率はシリコン型太陽電池と遜色ないレベルに上がってきている。

ペロブスカイト型結晶構造

ペロブスカイト型結晶構造を持つ材料は一般にABX3の化学式で表される。太陽電池に用いられる結晶では、Aが有機カチオン、Bがハロゲンカチオン、Xが金属アニオンの場合が多い。

下図がわかりやすいのでご覧頂きたい。

例えば、宮坂教授が太陽電池材料として用いたCH3NH3PbI3というペロブスカイト材料では、CH3NH3が図中Aの位置、Pbが図中Bの位置、Iが図中Xの位置をそれぞれ占有する。

変換効率は25%超を記録

下図は米国エネルギー省太陽エネルギー技術局(SETO)がまとめた、各種太陽電池の最高変換効率の推移を表す。

(National Renewable Energy Laboratoryより引用)

図を見ると、ペロブスカイト太陽電池の発電効率は他の太陽電池に比べ、成長著しいことが分かる。精力的な研究の結果、現在の最高効率は25%程度となった。

太陽電池の発電効率は高ければ高いほどコスト優位となり、省面積なデバイスとなるため利便性が高まる。最高変換効率がシリコン太陽電池に比肩するようになった現在では、安価な材料とプロセスで高い効率を維持することも重要だ。いずれにせよ、効率が高いに越したことはない。

以下ではペロブスカイト太陽電池の効率向上のための取り組みを紹介する。

組成:材料の試行錯誤が続けられている

ペロブスカイト材料の組成を変えると、結晶内部における電子のエネルギー状態が変化する。これによって、結晶の光吸収スペクトルが変化したり、電荷の移動しやすさや取り出しやすさという性能が変化したりすることになる。また、結晶内欠陥の多寡や結晶の壊れやすさといった特性も組成に依るところが大きい。

発電層は各電荷輸送層と接触する場合が多いが、材料と材料の関係には相性が存在する。ペロブスカイトの組成はこうした様々な要因を加味しつつ、試行錯誤を繰り返して決定される。

組成に関しては元素をミックスすることで所望の特性を得ようとする研究も進められている。例えば、Aサイトの有機カチオンにメチルアンモニウムとホルムアミジウムをミックスしたり、Xサイトのハロゲンにヨウ素と臭素をミックスしたりすることで、効率が向上することが分かった。

製膜プロセス:ウェット・ドライの製法がある

欠陥が少なく、秩序だった結晶構造を作製することは素子の発電効率を高めるためにも、安定性を高めるためにも重要だ。こうした結晶の良し悪しはペロブスカイト発電層の製膜プロセスに大きく依存する。

ペロブスカイト発電層の製膜プロセスはウェットプロセスとドライプロセスの2種類に分類可能だ。ウェットプロセスとはスピンコートやメニスカス塗布法など、溶媒を利用した印刷プロセスを指す。

ウェットプロセスは大面積な製膜ができ、設備費用も安く抑えられるが、使用する溶媒の環境負荷や回収・処理費用などがしばしば問題となる。

東芝は近年、メニスカス塗布法によるペロブスカイト大面積フィルムについて技術開発を進めてきた。2023年2月のプレスリリースでは、703cm2の大面積フィルムで16.6%の変換効率を持つ太陽電池作製を報告している※2

対して、ドライプロセスとは真空蒸着のように溶媒を使わない製膜プロセスのことだ。真空蒸着は材料を加熱して真空中に飛ばし、基板上に堆積させる方法で、無機半導体の製膜プロセスとして広く用いられてきた。均一で欠陥の少ない膜を形成するにあたっては真空蒸着が大きな力を発揮する。

注目されるシリコンタンデム構造

ペロブスカイト太陽電池の更なる効率向上を目指す中で近年注目を集めるようになったのが、ペロブスカイト/シリコンタンデム太陽電池だ。太陽電池で言うところのタンデムとは、2種以上の発電層を積層させた構造を指す。

発電層の種類によって光吸収スペクトルはそれぞれ異なるが、片方の発電層で吸収できなかった光をもう片方の発電層で吸収することで変換効率向上が期待できる。

2010年に設立されたドイツのスタートップであるオックスフォードPVは、このペロブスカイト/シリコンタンデム太陽電池に注力し、2020年には29.5%の変換効率を報告している※3

Oxford PV’s solar cell factory in Brandenburg an der Havel, Germany

安定性向上に向けた取り組み

ペロブスカイト太陽電池の最高変換効率を見れば広く普及しているシリコン系太陽電池と遜色ない性能が得られていることが分かる。しかし、最高効率がシリコン太陽電池と同等だからと言ってすぐに実用化できるわけではない。そこには様々な課題が存在する。

例えば、歩留まりの問題だ。

シリコンと比較してペロブスカイト発電層は大変薄く、僅かな厚みの変化が局所的な性能に大きな影響を与える。最高効率として優れた性能を持つ材料だとしても、太陽電池全体で常に最高の性能を発揮できるわけではない。

また、ペロブスカイト太陽電池は大変脆く、劣化しやすいことも問題であった。代表的なペロブスカイト結晶であるCH3NH3PbI3を用いた太陽電池では、常温で大気中に1日放置するだけで発電効率は半分以下になってしまう。

頻繁に交換が必要となればライフサイクル全体を考慮した環境負荷が大きくなり、再生可能エネルギーとしての利点が失われる。太陽電池に求められる耐久性能は用途にも依るものの、20年程度の連続利用が望ましい。

近年、ペロブスカイト結晶が劣化する要因についても解明が進み、光や水によって分解されていることが分かった。また、電圧を印加すると構成要素であるXサイトの有機イオンが移動し、結晶構造が破壊されることも広く知られている。

以下では、こうしたペロブスカイト結晶の劣化を克服するための対策について紹介する。

歪み制御

ペロブスカイト結晶構造は立方晶系の並進対称性を有するが、組成によっては構造が微妙に変化し、歪みが生じることが知られている。この歪みを適切に制御すると、結晶に掛かる様々なストレスを吸収し、より安定した状態を作り出せることが分かった。

特に電界による有機イオンの移動に対しては結晶の歪みによるストレス軽減が大きな効果を発揮する。

2次元構造

ペロブスカイト結晶に嵩高い有機分子を導入すると、面状のペロブスカイト結晶と有機分子層が交互に折り重なったような発電層が得られる。このような状態をペロブスカイト2次元構造と呼ぶ。

2次元構造では結晶性が改善されるとともに、有機分子層が外気の侵入をブロックするために高い耐久性が得られることが分かった。ただし、有機分子層自体の導電性は高くないため、耐久性と引き換えに、生成したキャリアの移動度が低下する。2次元構造は耐久性とキャリア移動度のバランスを考慮しなければならない。

多孔質カーボン電極

一般に太陽電池は発電層を2つの電極で挟んだような構造となっているが、この電極によって外気をブロックしようとする研究も進められてきた。

中国、華中科技大学の研究グループによる論文では多孔質カーボン電極を利用することで、ペロブスカイト太陽電池の寿命を大幅に改善している※4。多孔質カーボン電極を用いることで、封止無し、疑似太陽光下の1000時間の連続動作でも効率はほどんど低下しなかった。

表面パッシベーション

外気の侵入を防ぐため、ペロブスカイト結晶を有機分子で覆う(パッシベートする)ことも有効な対策だ※5。表面パッシベーションは発電層製膜前後に塗布するだけで済み、簡単に実行できるという利点がある。また、表面パッシベーションは外気の侵入を防ぐのみならず、結晶性や電荷分離効率の改善も報告されている。

封止

水分子が素子内部に入り込むことを防ぐためには単純に素子全体をバリア性の高い透明樹脂で覆ってしまうという方法もある。こうした封止プロセスは無機半導体でも広く利用される方法だ。

実際の素子作製にあたってはここまで述べたような様々な対策を組み合わせ、安定性の高い素子を構築することになる。

鉛問題

現在高い性能を示しているペロブスカイト太陽電池のほとんどには鉛が含まれているが、鉛は人体に有害であるため、その取扱いが厳密に制限されている。使用する際には万一にも鉛が溶出しないように高い密閉性が求められる他、廃棄する際にも特別な処理が必要だ。よって、鉛を使用しない、鉛フリーのペロブスカイト太陽電池が求められる。

鉛の代替として期待されているのは鉛と同じく14族の金属であるスズだ。

現在、スズ系ペロブスカイト太陽電池の最高効率は10%程度に留まっており、鉛フリーペロブスカイト太陽電池実用化のためには更なる効率向上が必要となる。

また、鉛の適切な回収と再利用についての研究も進められている。ノースカロライナ大学の研究グループでは熱分解によりPbI2の形にすることで、99.2%の回収効率を報告した※6

商業生産の現状

2021年5月、世界で初めてペロブスカイト太陽電池の商業生産を始めたのは、ポーランドのスタートアップであるサウレテクノロジーだ※7

The premiere of the Perovskite Electronic Shelf Label (PESL) – Saule Technologies

同社はインクジェット印刷を用い、柔軟なプラスチック基板上にペロブスカイト太陽電池を形成した。

近年、実験室レベルの小さなセルでは変換効率20%を超えることも容易になってきたが、商業用のモジュールになると安定的に高い変換効率を維持することは難しい。サウレテクノロジーの太陽電池変換効率も10%程度とやや低いが、柔軟、軽量という特徴を活かして様々な場面に応用されている。

先に紹介したオックスフォードPVも既に生産体制確立に向けて動き出している※8

同社は2024年末までにギガワット規模の生産を開始する予定だ。シリコンタンデム太陽電池は柔軟性を持たないものの、30%を超える高い変換効率を特徴とし、現在主流となっている無機太陽電池を代替することを目指す。

また、量産体制の確立で先行したのは中国の大正微納科技だ※9。中国はペロブスカイト太陽電池に関して世界最多の特許を有し、国の強力なバックアップによって素早い研究開発を進めている。2022年夏に生産を始めた1万キロワット規模の生産ラインは2023年内に生産能力を10倍に高める予定だ。

追い上げが期待される日本勢

これら海外スタートアップが先行する中、日本の企業は量産体制確立に遅れを取っている。とはいえ、中核となる技術のレベルにおいて日本が劣っているわけではない。モジュールレベルでの世界最高変換効率の記録17.9%を保有するのは日本のパナソニックだ※10

先に挙げた東芝の事例の他にも、積水化学工業はペロブスカイト太陽電池開発に注力しており、2023年4月ごろからビル壁面にペロブスカイト太陽電池を設置する実証実験を開始した※11

日本はヨウ素生産量世界2位であり、材料面での優位性を持つ。モジュールレベルでの技術的優位性を活かして、これからの追い上げが期待される。


参考:

※1 A. Kojima, K. Teshima, Y. Shirai, and T. Miyasaka, “Organometal Halide Perovskites as Visible-Light Sensitizers for Photovoltaic Cells”, J. Am. Chem. Soc. 131, 6050-6051(2009).(リンク

※2 大面積フィルム型ペロブスカイト太陽電池の提供について~桐蔭学園・東急・東急電鉄・横浜市が青葉台駅で行う共同実証実験向け~ | 東芝(リンク

※3 Oxford PV hits new world record for solar cell | OXFORD PV(リンク

※4 A. Mei, H. Han, et al., “A hole-conductor–free, fully printable mesoscopic perovskite solar cell with high stability”, Science 345, 295-298(2014). (リンク

※5 Q. Wang, J. Huang, wt al., “A hole-conductor–free, fully printable mesoscopic perovskite solar cell with high stability”, Adv. Mat. 28, 6734-6739(2016). (リンク

※6 B. Chen, J. Huang, et al., “Recycling lead and transparent conductors from perovskite solar modules”, Nat. Commun. 12, 5859(2021). (リンク

※7 Saule Technologies(リンク

※8 Oxford PV(リンク

※9 大正微納科技(リンク

※10 太陽光発電がビルの窓と一体化する 次世代エネルギーの主役候補=ペロブスカイト太陽電池 | Panasonic(リンク

※11 国内初、ペロブスカイト太陽電池を建物外壁に設置した実証実験開始 | 積水化学工業(リンク

※12 Masood, Muhammad Talha. (2020). Solution-Processable Compact and Mesoporous Titanium Dioxide Thin Films as Electron-Selective Layers for Perovskite Solar Cells.