Rockley Photonics社はシリコンフォトニクスのスタートアップ企業として2013年に設立されたが、2023年1月には倒産を申請し、ニューヨーク証券取引所から上場廃止となった。

本稿では、Rockley Photonicsの沿革を概観し、関連する用語の解説を行いながら、最新の業績について紹介する。

Rockley Photonicsの沿革

Rockley Photonics社は、2013年、シリコンフォトニクス分野の企業家、Andrew Rickman氏によって設立されたスタートアップ企業である。

2021年3月にはSPAC(特別目的買収会社)による合併を受け、Rockley Photonics Holdings Ltd. となる。同時にニューヨーク証券取引所に上場した。

同社は糖尿病患者のための非侵襲型血中グルコース濃度測定機器の開発に取り組んでいた。2021年にはAppleと提携していることを公開し、注目を集めたが、その後、提携は打ち切られている。

設立から2022年9月30日までの間に総額3億7,150万ドルの資金を調達している。2022年の1Q~3Q(1月~9月)の売り上げは300万ドルである一方、2022年9月30日時点で、1億5,160万ドルの純損失を計上した。

ほどなくして、2023年1月には連邦倒産法第11章による倒産申請を行い、事業の建て直しを図っている。ニューヨーク証券取引所からは上場廃止の扱いとなった。

トピック解説

技術やビジネスに関する用語・トピックがいくつか登場したので、以下で簡単に解説する。

近年注目されるシリコンフォトニクス

シリコンフォトニクスとは、半導体産業の微細加工技術を応用し、シリコン基板上に光学素子を集積させる技術を指す。

光学素子とは、例えばLEDやレーザなどの発光素子、受光センサ、電気信号を光信号に変換する「光変調器」などである。従来の光学素子を微細化、集積化することで大幅なコストカットを実現するだけでなく、シリコンフォトニクスならではの光学素子開発も期待されている。詳しくは以前の記事でも解説しているのでそちらも参照していただきたい。

参考:ウェアラブル×健康を狙うシリコンフォトニクスのRockley PhotonicsがSPACで上場

SPACによる上場

SPAC(Special Purpose Acquisition Company:特別目的買収会社)とは、設立時には自ら事業を行っておらず、特定企業の買収を目的としたペーパーカンパニーである。

SPACは株式市場から調達した資金で一定期間内に未上場のスタートアップ企業を買収し、当該スタートアップを合併する。このスキームによって、複雑な株式公開審査を経ることなく、スタートアップ企業を短期間で上場させることができる。被買収企業としては資金調達が容易になり、投資家は未上場の株式にアクセスすることが可能である。

通常の株式公開審査は莫大な費用と時間が必要であるが、莫大な時間が必要ということは、その間に不測の事態が発生すれば計画が頓挫するリスクを負うことを意味する。

現在、米国ではこのSPACブームが収束しつつあるが、スピード感のある資金調達が経済に与える好影響は日本でも注目を集め、国内でもSPACの活用が議論されるようになった。

Rockley Photonicsもこの時期にSPACから取得され、SPAC経由で上場した企業の1つである。

非侵襲型血中グルコース濃度測定装置

Rockley Photonics社は同社の保有するシリコンフォトニクス技術を非侵襲型血中グルコース濃度測定装置へ応用することを目指した。

現状、血糖値(血中グルコース濃度)測定はパッチ状の測定機器に頼っている。このパッチ状測定機器は先端の針から血液にアクセスし、リアルタイムな血糖値測定を可能とするものだが、パッチを貼った部分を刺激すれば当然痛い。また、衛生面から2週間に1度の交換が必要になる。米国では10人に1人が糖尿病を患っているが、針を刺すことなく、光を当てるだけで血糖値が測定できるとなれば利用したいと考えるユーザーは多く、莫大な市場であると予想されている。

非侵襲型血中グルコース濃度測定を可能とするのは、光吸収分光という技術である。グルコースは他の物質と同じく、グルコースに特有の光吸収スペクトルを持つ。つまり、特定の波長の光を強く吸収する。

Rockley Photonicsでは、皮下に光を照射し、吸収された光量から、血中グルコースの濃度を見積もろうとした。ここで問題となるのは、他の物質による光吸収である。

皮下にはグルコースのみならず、様々な物質が存在しているが、それらの物質もグルコース同様に光を吸収する。グルコース濃度測定の精度を高めるためには、他の物質による光吸収とグルコースによる光吸収を切り分けられなければならない。Rockley Photonicsでは、複数のLEDの使い分けとAIによる解析技術で測定精度を向上させることを掲げている。

非侵襲型血中グルコース濃度測定は莫大な市場が予測されるため、多くの企業がその研究や開発に挑戦してきた。

同時に、多くの企業が実現を諦めた分野でもある。

例えば、Google傘下の医療企業Verily Life Scienceは2014年に涙のグルコース濃度から血糖値を測定するコンタクトレンズの開発を発表したが、2018年に開発を断念した※1。涙液中の少量のグルコースから正確な血糖値を測定するのは難しいとの結論に達したという。

Rockley Photonicsの測定対象も血管から間質液(細胞と細胞の間に存在する液体)に漏れ出す僅かなグルコースである。また、表皮を透過して、その下にあるグルコースの量を測定せねばならず、個人差もあることから、測定は大変困難なものとなっている。

連邦倒産法第11章の概要

アメリカ合衆国連邦倒産法第11章は、日本の民事再生法に相当する条項であり、債務者自らが債務整理案を作成し、事業の更生を図るためのもの。

倒産申立によって事業を停止することなく、債務者の再建を目指すものである。

Rockley Photonicsは2023年1月23日に米国証券取引所に倒産申立の書類を提出し、これに伴ってニューヨーク証券取引所から上場廃止を通知された※3。上場廃止に伴い、以後の資金調達は困難になることが予想されるが、Rockley Photonicsとしての事業は継続していく。

直近の業績開示やIRからわかること

2022年第3四半期までの業績については、投資家向けの財務諸表(2023年1月23日発行)※2に記載されており、その内容を以下で簡単にまとめる。

売上は2021年から48%減益

  • 現時点で同社の事業は、消費者向けウェアラブル医療デバイス向け、シリコンフォトニクスチップセットの設計と開発に取り組んでいる状況。初期プロトタイプのいくつかは出荷されたが、商業的に出荷された製品はまだない。
  • 同社のIRによると、同社はすでに売上を計上している。2021年1Q~3Qでの9カ月間の売上は580万ドル、2022年同時期での売上は300万ドルであり、48%減少した。
  • そのため、収益は重要顧客とのマイルストンを達成すると支払われるという開発費のようなものとなっている。
  • 2021年から大幅に減益した理由は、重要顧客と合意したマイルストン達成時期のズレであると説明されている。
    注)マイルストンの達成時期のズレが開発の遅れによるものか、顧客側の都合によるものかは明言されていないが、基本的には開発の遅れによるものと見るのが自然だろう。

急速に失っていたキャッシュ

  • 2022年9月30日までに転換社債や普通株式の発行で調達した資金は3億7,150万ドル
  • 一方、2022年9月30日に終了した9カ月間において、1億5,160万ドルの純損失を計上し、1億1,730万ドルの現金を運営資金として活用。
  • 急速にキャッシュを失っていた様子が伺える。

世界的大手企業と協業

  • 本報告書の日付時点で、スマートウォッチやリストバンドの世界最大手メーカー6社、及び医療技術大手2社と戦略的協力体制にあると明記。
  • 2022年3月には、医療機器大手のMedtronicと開発パートナーシップを締結したことを発表。Rockley社が発表した Bioptx™バイオマーカーセンシングプラットフォームを、メドトロニックのソリューションに導入し、様々な医療現場で使用できるように開発を行うことが目的。※5

発表されたウェアラブルデバイス

2022年12月には、Rockley Photonics初のコンシューマー向けウェアラブルデバイスが投資家向けプレゼンテーションの中で発表された。

この「Clinic-on-the-Wrist」については以前からコンセプトは発表されていたが、このIR資料の中でデバイスの構成が明らかになった形である。

画像引用)Rockley Photonicsの「Clinic on the Wrist」、同社IRプレゼンテーション資料より※4

Clinic-on-the-Wristは血圧、血中酸素濃度、グルコース濃度、深部体温など、健康に関する様々な数値を常時モニタリングするウェアラブルデバイスである。

従来の単色LEDによる光吸収分光測定と異なり、緑、赤、短波赤外の3種の光源で測定を行うことで、高い精度を担保しようとしている。

早ければ2023年後半にリリースされる予定だが、機能自体は時期をおいて順次追加されていくようである。

2023年の最初のリリースで測定できる指標は、心拍数、呼吸数、血中酸素濃度、深部体温、水分量の5項目となっている。心拍数、呼吸数、血中酸素濃度の3項目自体はすでに従来的なウェアラブル機器でも測定可能であり、特別な測定精度向上などがない限り、真新しさはない。

一方、深部体温や近年熱中症対策などの一環としての水分量の測定は、その重要性が議論されているものの、ウェアラブルデバイスで気軽に測定できる機器は市場に存在せず、他に優位性を持つ。(なお、様々なベンチャーが取り組んでおり、実用化しているようなものも存在するが、まだ一般消費者が市場で簡単に手に入れられるような状態ではない、という意味合いである)

さらに、本命はグルコース、血圧など、これまで測定が難しかった分野であると考えられるが、こちらは2024年から2025年の実装が想定されており、現時点では不明点も多い。本プレゼンテーションの発表時期が2022年12月(倒産前)ということも考慮すべきだろう。

画像引用)Rockley Photonicsのバイオマーカーに関するパイプライン、同社IRプレゼンテーション資料より※4

上記、ここまで同社の状況について簡単に振り返ってみた。

同社はChapter11を申請し、破産という形となったわけであるが、事業は継続される。上記で見た急激なキャッシュの流出を踏まえると、売り上げが大きくたたない開発フェーズで、あまりに性急すぎる先行投資を行っていたように見え、経営についてはかなり楽観的に過ぎた感がある。

今後は再度マイルストンを引き直し、身の丈にあったペースで開発が行われ、再起を図ることになる。

大手企業が開発協業に多く参画しており、興味深い技術であるのは間違いないため、今後の巻き返しの動きに期待である。


参考文献:

※1 Verily社のブログ(リンク

 ※2 Rockley Photonics, FORM 10-Q 2022年9月, 業績開示資料(リンク

※3 Rockley Photonics, FORM 8-K 2023年1月, 破産申立資料(リンク

※4 Rockley Photonics, IRプレゼンテーション資料, 2023年1月(リンク

※5 Rockley Photonics and Medtronic Collaborate to Deliver the Next Generation of Wearable Healthcare Monitoring Devices, 2022年3月(リンク