世界平均気温の上昇や異常気象の多発により、気候変動適応策の重要性がますます高まってきた。本コラムでも、カーボンリサイクル技術DACなどといった二酸化炭素(CO2)を根本的に減らす、ゼロにするための試みを紹介してきたが、一方で水害や干ばつ・渇水のように局地的、個別の災害に対応する技術も求められる。

これらは、対症療法的役割を持つ気候変動適応策といえるだろう。本稿では、その民間事例を紹介する。

2種類の気候変動適応策|原因療法的技術だけでは不十分

地球温暖化対策において最も重要なことは気候変動緩和策、つまり、これ以上温暖化を進行させないための原因療法だといわれる。そのため温暖化の主たる原因とされる温室効果ガス、とりわけCO2排出を削減・ゼロにすること、すなわちカーボンニュートラルを目指した技術の開発や活用が目下、行われているところだ。具体的には、再生エネルギー導入やCO2除去技術(CDR)などが挙げられる。

一方で、人類がこれまで築いた経済構造を全て放棄することは難しく、どれだけ原因療法を講じても温暖化による何らかの被害を完全に防ぐのも不可能だ。その一例として挙げられるのが、海洋のCO2吸収だろう。海水はCO2を吸収するものの、温暖化による環境変化で吸収が鈍化し、さらなる温暖化が進行すると懸念されている。

よって、原因療法とは別に対症療法も必要となる。対症療法の「症」、すなわち温暖化における実害には、気温上昇による農作物への悪影響、海面上昇、異常気象や干ばつの発生、生態系の崩壊などがある。

民間の適応策事例|農作物の不作、沿岸侵食、水害を防ぐための技術

カーボンニュートラルや再生可能エネルギーがスピード感を持って進んでいるのは、ビジネスとして行われているからだという側面もある。今回は、国内企業が有する技術から対症療法的性格を持つ適応策の事例を取り上げる。

紹介する各社の技術

  • ENEOSテクノマテリアル ビニールハウスに用いるメッシュシート
  • 日本工営 表面侵食を防止するBSC工法
  • エコシステム 水透過性・保水性のあるコンクリート
  • 萩原工業 短時間で膨らむ土のう
  • トーケミ 繊維・砂礫を利用したろ過システム
  • 日揮ホールディングス オゾンを用いた水浄化装置
  • 東レ 逆浸透膜による海水の淡水化

温暖化による農作物への影響

ビニールハウスは内部の気温を調整することで季節に依らず農産物を生育できるが、気温上昇によって空調のコストが増加したり、生育に悪影響が及んだりすることが懸念される。

そこで、ENEOSテクノマテリアルは農産物に必要な日光はそのままに、熱だけを遮断するメッシュシートを開発した。

本メッシュシートは植物の光合成に必要な光は透過し、温度上昇の主因となる赤外光のみを反射する。シート不使用時に比べ、真夏に5度程度の温度低下が見込まれ、農作物を高温から守ることが可能だ。

サンゴの破壊による沿岸浸食

東南アジアなど熱帯の島嶼地域では生態系にサンゴが重要な役割を果たしているが、まとまった雨が降ると農地や開発地から土壌が流出し、サンゴ礁生態系が破壊されることが問題となっていた。これが、沿岸侵食の原因となり得る。

日本工営は、 Biological Soil Crust(BSC)工法という表面浸食防止工法を開発した。BSC工法は、種子吹付け用機器で土壌藻類を散布し、藻類がネットワークを構築することで降雨による表面浸食を防ぐ。勾配によらず、コケが生育できる環境であればどこでも安価に施工でき、表面侵食の防止方法ではあるが結果的に土壌の沿岸への流出をも防ぎ、沿岸侵食の分野を防ぐ期待もある。

水害

ゲリラ豪雨による浸水、台風、洪水などの水害に、マテリアル分野からのアプローチが検討される。

石川県の企業であるエコシステムは、瓦廃材をリサイクルした複合コンクリート製品「K-グラウンド」を開発した。K-グラウンドは多孔質であり、水透過性や保水性を持たせることができる。道路の舗装材として用いれば、ゲリラ豪雨などによる都市型洪水を防ぐことができ、ヒートアイランド現象を抑制する効果も持つ。

萩原工業は、水を吸収すると90秒で膨らむ土のう「ウォーターバスター」を開発した。使用前は100gと軽量だが、水に浸してもみ込むことで10kgの土のうとなる。

洪水の発生時には素早い対応が求められるが、土のうを準備するための「労力」や「人手」、材料となる「土」が足りない、という例が報告されてきた。ウォーターバスターはこうした問題の解決が期待される。

干ばつ・渇水

水資源の豊かな日本ではあまり意識することがないが、アメリカやオーストラリアなどは干ばつ・渇水しやすい国土であり、気候変動による関連被害の増加が予想される。安定した水資源確保は今後の大きな課題だ。

水資源は、湖水や海水の水質を変えることで確保できる。この際、水中の細菌や汚濁、海水であれば塩分など、人体に有害な成分を除去しなければならない。

トーケミでは繊維や砂礫を利用したろ過システムにより、高い安全性と安価な設置コストの両立を目指す。2011年からはラオスの現地企業と協力し、浄化装置の設置を進めてきた。

一方、日揮ホールディングスは湖全体の浄化に取り組む。中国・太湖では富栄養化によってアオコという藻類が大量発生し、ろ過装置故障の原因となっていた。

日揮では、オゾンを用いた浄化装置による浄化実証プロジェクトを2008年から開始。3週間で飲料水源として使用できる水質まで浄化することに成功した。

また、海水の場合には食塩を除去する必要があり、湖水の浄化とは異なる技術が求められる。東レでは逆浸透膜(精密ろ過膜)を用いて海水の淡水化に取り組んできた。

海水の淡水化では、微生物の繁殖や、詰まり、カルシウムの析出等によって性能が劣化するため、連続運用が難しい。頻繁な部品交換が必要なことでコストを下げることが難しかった。東レでは多段階プロセスや化学的な浄化技術を組み合わせ、コスト効率の高い淡水化に取り組む。

まとめ

今回紹介した技術は、CO2など温室効果ガスをなくすことはできない。しかし、例えカーボンニュートラルが実現したとしても発生することが十分に想定される、局地的な気象面での変化で活躍してくれるものであるだろう。 もちろん、特に大切なのは原因療法である。

本コラムでは、今後も原因療法、対症療法を含め、カーボンニュートラル関連の技術を取り上げていく。


参考文献:

※1:二酸化炭素を吸収する海洋の仕組み, 『Blue Earth』2004年11・12月号, 海洋研究開発機構(リンク

※2:気候変動と適応, 気候変動適応情報プラットフォーム(リンク

※3:ワリフ®・CLAF®, ENEOSテクノマテリアル(リンク

※4:土壌藻類を活用した環境にやさしい表面侵食防止技術, 日本工営(リンク

※5:K-Ground C, エコシステム(リンク

※6:約90秒で即ふくらむ浸水対策用「吸水土のう」の開発, 気候変動適応情報プラットフォーム(リンク

※7:平成23年度 気候変動に対応した森林の水土保全機能の 向上方策検討調査 報告書 平成24年3月, 林野庁(リンク

※8:ラオスにおける事例紹介 第1回気候変動適応セミナー 2019年12月26日, トーケミ(リンク

※9:オゾンを利用した水質浄化システムによる安全な水資源の確保, 気候変動適応情報プラットフォーム(リンク

※10:海水淡水化とは, 東レ(リンク


【世界のカーボンニュートラルの技術動向調査やコンサルティングに興味がある方】世界のカーボンニュートラルの技術動向調査や、ロングリスト調査、大学研究機関も含めた先進的な技術の研究動向ベンチマーク、市場調査、参入戦略立案などに興味がある方はこちら。先端技術調査・コンサルティングサービスの詳細はこちら