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睡眠負債と体内時計から睡眠やパフォーマンスを改善するアプリRISE

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これまでのスリープテックは、睡眠を計測して、アプリ上でその日の睡眠時間や睡眠ステージから深い睡眠やREM睡眠がどれだけ取得できたか、などの一般的な睡眠パラメーターをアプリ上で見るものがほとんどであった。

一方、このRISEは睡眠の質(深い睡眠、REMなど)ではなく、時系列に焦点をあてて睡眠改善を行うことにチャレンジをしている、睡眠領域に新機軸を提示するアプリだ。

今回はこのRISEについて解説したい。

時系列データに着目したスリープテック

RISE Scienceは2016年に米国シカゴで設立されたベンチャー企業で、睡眠アプリのRISEを展開している。Crunchbaseによると、まだシードステージであり、2018年に5.5m$のシードラウンドでの資金を調達している。

同社のアプリRISEは睡眠領域では新しい切り口だ。睡眠データの収集は、RISEアプリを通したスマートフォンによる計測か、またはウェアラブルデバイスから収集されるデータと連携することができる。Google Fitなどで集約されているアンドロイドスマートフォンのデータを活用したり、AppleのHealth Kitと統合されているためiPhoneに蓄積されているデータも活用できる。ユーザーはアプリを最初の7日間は無料で利用でき、以降は月額課金のサブスクリプションモデルとなっている。

睡眠データを解析して、何ができるのか、その特徴は2点ある。

(1) 睡眠負債を計算・評価し、睡眠負債を減らすように誘導する

Sleep Debt(睡眠負債)は、元々は米国の睡眠科学の専門家が提唱した考え方で、毎日の少しずつの寝不足が借金のように積み重なり、心身の健康に影響を及ぼしたり、将来的に認知症などの重大な病気に繋がる可能性を示したものである。

同社では、過去14日間において、ユーザーに必要な睡眠量に対して不足している量を睡眠負債と定義し、計算を行っているようだ。同社が引用する論文1によると、16人の健康な若い人が1日平均5時間未満の睡眠を7泊続けることで、睡眠負債によりパフォーマンスは低下するが、2晩の回復睡眠を許された後は、認知能力と気分は劇的に改善したという。同社はこうした考えに基づき、睡眠負債をある程度解消することで、日中のパフォーマンスを改善することができる、としている。

なお、同社によると高い睡眠負債を抱えている場合は、数日で睡眠負債を数時間減らすように睡眠を一気に増やすと、一時的には「倦怠感が増す=睡眠二日酔い」が起こるとも言っている。

(2) 体内時計を計算・評価し、睡眠リズムを整える

サーカディアンリズム、体内時計とも言われるこの生体が持つリズムは、理想的な睡眠時間と起床時間を決める。そしてこの体内時計は、食生活や時間帯によるエネルギー変動にも影響を与える。同社のアプリでは、日々の睡眠データから、日中に最も集中力が高まる時間帯と、夜間の入眠しやすい時間帯(理想の就寝時刻)をユーザーに提示する。

スリープテックとしての興味深い点と課題

RISEは現実的なアプローチを取っている

上記のアプローチは非常に興味深い。一般的にほぼすべてのウェアラブルデバイスは、睡眠ステージを監視し、睡眠時間が取れているか、深い睡眠がしっかりとれているか、などをスコアリングする。

しかし、同社が主張するところによると、同社としては「睡眠データを見ることは大好きだが、いわゆる深い睡眠の量などの睡眠ステージを監視することは有益ではない」というスタンスを取っている。同社は、こうした睡眠ステージを監視するアプローチは必ずしも日中の気分や眠気を改善しない、としており、むしろ睡眠負債とサーカディアンリズム(体内時計)という、ユーザーがコントロールできる要素に集中することで、日中のパフォーマンスを改善するものとなっている。

これは、まだ科学的に解明されていない部分も多い睡眠領域において、非常に実用的・現実的なアプローチを取っていると言える。

一方、モデルはやや簡略化しすぎている可能性も

一方で、睡眠科学について調べるとすぐに様々な記事が出てくるが、例えば夜に眠気がやってくるタイミングは内分泌系で分泌されるメラトニンによって作用され、このメラトニンの分泌タイミングは日中に浴びる太陽光の量などによっても変化する。同社のモデルはこうした外的要因を省き、あくまで睡眠データから、大まかにその人の理想的な睡眠リズムを提示するものとなっているようだ。

また、スマートフォンのアプリ上で測定できる睡眠時間のデータは筆者のデータで見ると、やや正確性を欠いているように見える(睡眠時間が実際より多く見える)。これは睡眠中の体の動きをスマートフォンの加速度計で検知するものであるが、就寝時と起床時のベッドの中での動きに対して、やや過大に睡眠時間を評価しているように見える。(ウェアラブルデバイスと連動させればこの点は解決するかもしれない)

上記の様に、その計算モデルはかなり大まかなものに見えるが、それでもアプローチとしての新規性と、興味深いユーザー体験にまとめてきているところは、将来のポテンシャルを感じさせるものとなっている。ちなみに、Apple Storeでは非常に高評価が多く、Google Storeでは低評価が多い形となっており、ユーザーによって評価はかなり分かれているようだ。


2021年に注目すべき、デジタルヘルスの健康・ヘルスケアモニタリングや解析技術の動向について整理した。技術の全体像について知りたい人はこちら。

参考:(特集)2021年デジタルヘルスの技術動向 ~健康・ヘルスケアモニタリング / 解析~


参考文献:

1) Dinges DF, Pack F, Williams K, Gillen KA, Powell JW, Ott GE, Aptowicz C, Pack AI. Cumulative sleepiness, mood disturbance, and psychomotor vigilance performance decrements during a week of sleep restricted to 4-5 hours per night. Sleep. 1997 Apr;20(4):267-77. PMID: 9231952.

  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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