シリコン負極のLIBベンチャーEnovixがSPACで上場
シリコンベースの負極材を使った次世代リチウムイオン電池を開発しているベンチャー企業のEnovixが、SPACにより上場することが2021年2月22日に発表された。
SPACを使ったIPOは自動運転、電気自動車、そしてエアモビリティ、デジタルヘルスケアなど様々な有望とされる分野で相次いでいる。電池においてはフォルクスワーゲンが支援する全固体電池ベンチャーのQuantumScape、そして高速充電LIBを開発する米国ベンチャーのMicrovastに次ぐSPAC上場となる。
シリコン負極LIBを開発するEnovixとは?
Enovixは2007年に米国で設立されたベンチャー企業で、カリフォルニア州に拠点を構えている。同社は13年間、合計239m$(約254億円)をかけたR&Dにより、ようやく実用化間近となり、今回のSPACによる上場に踏み切った。
Crunchbaseによるとこれまでの資金調達額の合計は191.3m$(約204億円)となっており、Enovixが公開したIR向け資料によると、そのうちの120m$はIntel、クアルコム、Cypress(サンノゼの半導体大手企業)及び2社のTier1顧客から出資されたものだという。
そのEnovixは(同社の表現をそのまま載せると)「現在の業界より5年早く」、エネルギー密度の高い高度な独自設計のリチウムイオン電池を設計、開発を行っている。
その技術内容はスペックについては後述
今回の取引で385m$(約410億円)の資金を確保する見込み
今回のSPACはRodgers Silicon Valley Acquisition Corpという特定目的買収企業との合併により、米国新興市場ナスダックに上場をする。
この一連の取引によって、合併後の会社(Enovix Corporation)は、おおよそ385m$(約410億円)の資金を得る見込みだ。企業価値は11億ドル(約1,170億円)を超えることになり、ユニコーン企業として名を連ねることになる。
この一連のSPACによる公開会社になるプロセスは、2021年の第二四半期に完了する予定である。
最先端で期待されるカーボン+Si負極
話題先行の全固体電池
ここ数か月はどちらかというとバッテリー業界は全固体電池が話題を賑わせていた。QuantumScapeがSPACによる上場表明や、トヨタ自動車が2021年に試作車への搭載・および2020年代前半での実用化を発表したことで、現在も注目度は高い。一方で、全固体電池は特に車載向けではまだ実用化までの課題も大きく、量産技術は確立できるのか、などの課題解決の可能性も不透明な部分がある。
一方で期待されるシリコンの負極利用
そこで、正極においてはニッケルリッチな材料が使われ始めており、また負極においてはカーボンにシリコンを混ぜる形でのシリコンの利用が始まっている。
例えば、ロイターが報じたところによると、テスラがモデル3で使っているパナソニック製の電池2170は、重量エネルギー密度が260Wh/kg、体積エネルギー密度は700Wh/lと言われており、EV用途では世界最高水準となっている。そして、このモデル3の電池は酸化ケイ素(SiO)添加されていることが明らかになっており、すでに最先端の領域ではシリコンが使われ始めている。なお、2020年9月に開催されたテスラのバッテリーデイでも、負極はシリコン粒子をポリマーコーティングした技術を使う方針を示している。
また、フォルクスワーゲンは2018年に発表したバッテリーロードマップの中で、700~800Wh/l(または300~350Wh/kg)においては、カーボンベースの負極にSiを混ぜるという方向で開発を考えていることに触れていた。以下参考のため、ロードマップを載せておく。
(参考)フォルクスワーゲンが公開しているバッテリーロードマップ
なお、上記では車載についての事例を中心に触れているが、Enovixのターゲットは当面は車載ではないことには注意
Enovixのシリコン負極リチウム電池の特徴
そこで今回のEnovixのシリコン負極リチウム電池である。
従来電池より電池容量を30%~120%拡大
このシリコン負極リチウム電池は、2020年3月のサンプル供給時よりも性能を改善し、今回製品版となるEX-1では、16~17mlの電池パックで900Wh/lに乗せたと発表している。これは、同社が比較しているiPhone11や12で使われている競合のバッテリでは650~700Wh/lの体積エネルギー密度であるのに対し、Enovixは30%程度数値が高いものとなる。そして、この差が埋まるのは5年程度かかるとしており、このことから、同社の技術は「業界で5年先を行く」と主張している。なお、他のモバイルデバイスやウェアラブルなどの現行の電池容量との比較もあり、おおよそ1.3~2倍程度に容量を増やすことができるとしている。
独自セル構造とプレリチウム化による課題解決
さて、このシリコン負極であるが、シリコンはリチウムイオンの挿入と脱離によって起こる体積膨張と収縮が非常に大きく(シリコン体積の4~8倍)、電極が破壊されるためにサイクル寿命が短いことで知られている。また初回充放電時の反応により、その後の充放電に寄与しない容量(初期不可逆容量と言われる)が生じてしまう。結果として、充放電サイクルは100回以下、実際に使える電池容量は80%、というのが従来の課題であった。
テスラはこのシリコンの体積膨張と収縮という課題に対して、シリコン粒子をポリマーコーティングで覆うことでコアシェル型の構造にして解決しようとしている点は先にふれたとおりだ。対してEnovixは、同社のIR資料と特許2)からわかるところによると、①セルの長手方向に対して縦型に活物質や電極を配置し、ある部位で膨張が起こると、他の部位に圧力をかけて膨張を防ぐ構造にした、②パウチの外殻を従来のプラスチックから、ステンレス鋼に置き換え、内部の膨張圧力による変化を抑え込む構造にした、という2点の工夫を行っているようである。同社はこれを「圧縮性」と呼んでいる。
また、活性リチウムイオンの損失という観点では、Pre-lithiation(プレリチウム化)という手法を使い、あらかじめ負極にリチウムを添加しておき、初期の損失を補填しておくことで、その後の継続的なリチウムイオンの拡散を助けるという構造にしている。
これらのセル設計の工夫により、同社はサイクル寿命500回以上で、高容量900Wh/lを実現した。
用途は非車載の小型デバイスから
なお、同社が現在ターゲットとしており、顧客開拓を進めている用途は、「ノートPC」「地上モバイルラジオ」「スマートウォッチ」「AR/VR」の4分野となっている。この4分野で240m$(約255億円)の受注ポテンシャルがあると発表しており、今後の製造スケジュールを見ると、最も売上として早く立ち上がる可能性があるのがウェアラブル(スマートウォッチ)であるようだ。
同社の売上予測は、2021年に7m$(約7.4億円)の売上高は、2023年に176m$(約187億円)に大きく拡大するものとなっている。
シリコン負極に関する話題はこちらも参考:
[nlink url="https://atx-research.co.jp/2020/12/31/sila-nanotechnologies/"]
(今回参考のプレスリリースはこちら)
ニッケルリッチ正極やシリコン負極、リチウム金属などの先進リチウムイオン電池に関する技術動向の全体像についてはこちらの記事も参考。
参考:(特集)車載向け次世代電池の技術開発動向① ~先進リチウムイオン電池~
電池にとって重要となる、フォルクスワーゲンの電池ロードマップ発表の内容についても整理したのでご参考。
参考:Volkswagenが2030年までの電池ロードマップを公開、さらにEVを強化へ
参考文献:
1) Powerful and scalable: the new ID. Battery system, Volkswagen
2) JP2020501331A「圧縮性カソードを備えた3次元電池」
3) 充電にともなう材料の膨張を抑制したリチウムイオン電池向けシリコン系高容量負極材の実用化, 研究開発成果等報告書, 平成28年3月, 公益財団法人 京都高度技術研究所
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