Johnson & Johnsonのオープンイノベーションを支えるCVC活動
ヘルスケア領域のグローバルプレイヤーであるJohnson & Johnson(以下「J&J」)は、イノベーション活動を積極的に行う企業としても知られている。
オープンイノベーションの重要性は日本でも浸透してきているが、J&Jは、早期から外部技術やリソースの活用に注力してきた。そのJ&Jのイノベーション活動の顔とも言えるのが「Johnson & Johnson Innovation」である。
J&J Innovationでは、「戦略的パートナシップを通じた初期段階のイノベーションを加速させる機能」、「ベンチャー投資の機能」、「インキュベーションの機能」、「後期ステージのパートナシップを新たなレベルに引き上げる機能」という大きく分けて4つのアプローチに基づく活動が行われており、いずれもJ&Jのイノベーションを支える役割を担っている。
その中で、ベンチャー投資の機能であるJJDCは、J&Jの戦略的ベンチャーキャピタル部門(CVC:コーポレートベンチャーキャピタル)であり、同社のイノベーション活動の中核ともいえる存在である。
ここでは、J&JのCVCとして機能するJJDCの事業活動にフォーカスを当て、具体的な投資活動やJ&J本体との連携や関わり合いについて解説する。
JJDCとはどのような組織であるか?
JJDCは、重要な医療ニーズを解決することを追求しており、それを実現するためにグローバルの視点での投資判断ができる専門チームを持っている。
投資チームは、それぞれヘルスケアやテクノロジーの分野で研究開発を行った経験があるなど、ヘルスケア分野での深い知識や知見を持ったメンバーで構成されている。
これにより、企業の研究開発のすべての段階において、医薬品、医療機器、消費者向けヘルスケア、公衆衛生対応などのヘルスケアに関わるすべての領域に対して的確な投資判断を行える能力を持っている。
JJDCにおける投資の判断では、このような投資チームの専門性・技術的知見がいかんなく発揮されることとなる。
特に、初期段階の研究開発へのアプローチは手厚い。
J&J Innovationは、上海、ボストン、サンフランシスコ、ロンドンの4箇所にイノベーションセンターを設置しており、これらを拠点として世界中の起業家や企業をサポートする体制を作り上げている。
JJDCが行う投資のプロセス
次に、JJDCがどのようなアプローチで投資を行っているのかについてみていこう。
JJDCは、新会社の設立時点からの投資サポートから、設立初期段階にある新興企業へのシードおよびシリーズ A 投資、より成熟した企業へのシリーズ B 投資、さらにそれ以降の段階における投資サポートまで、企業の成長段階に応じた投資判断を行っている。さらには、公開会社 (PIPE) への民間投資も行っている。
投資対象となる事業やビジネスは一律ではなくユニーク性に富んだものが多い。そのため、JJDCでは、投資検討を行う事業に適した株式投資戦略を構築し、それぞれの取引に合わせて投資プロセスのカスタマイズが行われている。
JJDCがどのような判断基準で投資の可否を決定しているかについては明らかになっていないが、投資ポートフォリオ企業が、J&Jグループに対して将来的にどの程度の利益的な還元を行える可能性があるのかは重要な指針と考えられる。
例えば、JJDCのポートフォリオ企業となったMestag Therapeutics(以下、Mestag)への投資判断においては、J&Jの免疫学治療領域とその組織メカニズムの柱がMestagの事業と戦略的に一致していることが投資の大きな決め手となっているようだ。
JJDCによる具体的な投資事例
次に、JJDCが近年行った投資事案について幾つか紹介する。
Mestag Therapeutics:線繊維芽細胞を活用した精密医療技術の開発
前章でも触れたMestagは、2020年に設立されたばかりの企業である。
同社は、線維芽細胞と呼ばれる常在細胞が疾患の進行に重要な役割を果たしていることを見出し、活性化線維芽細胞集団とその免疫エフェクター細胞への影響を解明することで、患者にインパクトのある精密医療を開発することを方向性として掲げている。
Mestagは、JJDCから投資を受け、J&Jのグループ企業である Janssen Biotech と共同でのターゲット探索やライセンス契約を発表している。
この契約によって、Mestagは、疾患における線維芽細胞亜集団と免疫システムの主要な側面との相互作用の調査を行うことを表明しており、研究の結果として、同社の専門的な線維芽細胞亜集団生物学プラットフォームと最先端のデータ解析を活用しながら、新規の治療標的を特定することに繋がるものと期待される。
Reflexion:がん治療技術の開発
Reflexionは、2009年に設立されたがん治療にフォーカスを当てた技術開発を行う企業である。
同社は、放射性トレーサーを体内に注入することで腫瘍の位置を明らかにし、速やかに切除放射線を照射するという技術を開発している。
この技術は、2021年に米国食品医薬品局(FDA)によって、肺がんおよび転移性肺腫瘍の治療に対する独自のアプローチとして生物学的誘導放射線治療(BgRT)のブレークスルーデバイスに指定されている。
JJDCは、2016年に実施されたシリーズBの資金調達ラウンドに参加しており、Reflexionの研究・開発を拡大させる大きなきっかけとなった。
同社は、画像誘導放射線治療の認可を取得し、米国の複数の臨床機関で1,200以上の照射研究を行っており、今後の実用技術の確立が期待される。
ONL Therapeutics:バイオ医薬品の開発
ONL Therapeutics(以下、ONL)は、2011年に設立されたバイオテクノロジーの研究・開発を行う企業である。
ONLは、視力喪失の根本原因である「Fas」にフォーカスを当て、Fasを介して網膜細胞の死を防ぐ利用技術の確立を目指している。具体的に同社は、天然のFas経路の活性化によって引き起こされる重要な網膜細胞の死を防ぐように設計された画期的な技術を開発し、視力の維持を図ろうとするアプローチに基づく研究・開発を行っている。
JJDCは2020年12月、ONLに対する4,690 万米ドルのシリーズ B資金調達ラウンドに参加している。
今後の同社の臨床試験計画では、網膜剥離という急性の適応症に加え、開放隅角緑内障や加齢黄斑変性症という慢性疾患にも焦点が当たられる予定である。
PROCEPT BioRobotics:泌尿器科における手術技術の開発
PROCEPT BioRoboticsは、2021年に上場したばかりの、泌尿器科における革新的なソリューション技術を開発する企業である。
同社は現在、良性前立腺肥大症 (BPH) の治療に初めて最初に焦点を当てた、低侵襲の泌尿器科手術で使用する高度な画像誘導手術用ロボットシステム「AQUABEAM Robotic System」を開発し、すでに製造・販売を行っている。
同社独自のロボットシステムは、リアルタイムでの多次元イメージング、パーソナライズされた治療計画、自動化されたロボット工学および前立腺組織を標的として迅速に除去するための熱のないウォータージェットアブレーションを組み合わせた「アクアアブレーション療法」が特徴である。この両方により、前立腺のサイズや形状、または前立腺肥大症(BPH) による下部尿路症状 (LUTS) に苦しむ患者に対して効果的で安全かつ永続的な治療を行うことができるという。
同社の上場化に際してはJJDCの投資が関与している。
同社は、上記システムの製造・販売やレンタルによって収益を増加させており、更なる成長が見込まれる。
Iterative Scopes:消化器疾患の診断支援ツール開発
Iterative Scopesは、2017年に設立された消化器疾患の診断支援ツールの開発を手掛ける起業である。
同社は、機械学習とAI(人工知能)を活用し、消化器疾患に苦しむ患者における疾患の特徴を正確に見つけ、適切な治療へと繋げられるAI駆動型の計算技術ツールを開発している。
同社の計算技術ツールを活用することで、大腸内視鏡検査や内視鏡検査などの処置中に収集された胃腸の画像とビデオを分析し、異常を見つけることができる。
同社の研究開発の注目度は高く、2021年8月には、JJDCなどが参加する 3,000 万米ドルのシリーズ Aの資金調達を発表しているが、さらにそこから半年もたたない2022年1月には、1億5000万ドルにおよぶシリーズBの資金調達を発表している。
ビジネスでは、2021年9月、クローン病・大腸炎財団との提携を発表し、財団が保有する患者の旅に関するデータの包括的なリポジトリを同社の次世代内視鏡ツールに取り込むことを発表している。
短期間での2度にわたる調達資金を武器に、今後のビジネスの急拡大が予想される。
Datavant:オープンな医療データエコシステムの開発
Datavantは、2017年に設立された医療データの管理プラットフォーム等に関する技術を開発する企業である。
同社は、セキュリティ的に安全に医療データを接続することにより、患者の転帰を改善するプラットフォームの開発などを手掛けている。
同社の技術を活用することで、患者の医療データなどが医療機関や外部の連携機関などと容易に共有化することができ、医学研究や患者ケアの向上を妨げる要因ともなっている医療情報のサイロ化を解消することができる。
同社は2020年10月、JJDCなどが参加する4000万ドルのシリーズB資金調達を実施し、オープンな医療データのエコシステムの構築を拡大させている。
Paige:AIベースのデジタル診断技術の開発
Paigeは、2018年に設立され、病理医が情報に基づいた効率的な診断を行うための支援や、製薬会社が臨床試験の成果を向上させるための支援を目的として、AIベースのデジタル診断製品を開発する企業である。
同社は2021年に、JJDC等が主導する1億2500万ドルのシリーズC資金調達を実施したことを発表している。
同社は、資金調達後の2021年9月に、アメリカ食品医薬局(FDA)から前立腺がん検出のための臨床グレードのAIソリューションである「Paige Prostate」の承認を取得し、デジタル病理診断における臨床AIアプリケーションのFDA承認を取得した初めての企業となった。
同社の技術が商用展開されることにより、男性のがん死亡率の上位を占める前立腺がんの検査精度などの向上が期待される。
JJDCとJ&Jとの連携:JJDCによる「Build-to-Buy」モデルを通じた企業買収
ここまでは、JJDCの投資活動について詳しくみてきたが、JJDCの活動がJ&J本体やグループに対して、どのような効果や影響を与えているのであろうか。
最も大きな効果といえるのが、JJDCの投資活動を起点とした、J&Jによる企業買収である。
その代表例を紹介する。
JJDCは投資手法の1つとして「Build-to-Buy(将来の買収オプション権を獲得した状態での提携)」による投資活動を行っている。
同社は、イスラエルの新興企業であり、整形外科用ロボットを開発するOrthoSpinに対して、2018年に300万ドルの投資を行い、その際にBuild-to-Buyの手法が採用された。
OrthoSpinは、JJDCからの投資を受け、J&J子会社の整形外科企業である DePuy Synthes のタジク補正システムと組み合わせてしようされる、世界初の技術である自動ストラット・システムを開発・製造している。
その後J&Jは2021年11月に、子会社であるDePuy Synthesを通じて、7,950万ドルでOrthoSpinを買収している。
このように、JJDC が主導した「Build-to-Buy」モデルによるラウンド投資から、その後のJ&Jによる企業買収へと繋げる流れは、初期段階のイノベーションを促進させるとともにJ&Jグループの事業成長を支えるものであり、今後もJ&Jにとっての重要な事業戦略の一環になっていくと考えられる。
まとめ
ここでは、J&Jの戦略的ベンチャーキャピタル部門としての役割の担うJJDCの機能や具体的な投資活動について事例を交えて解説してきた。
JJDCは単なる投資機関ではなく、技術的な知見を備えた専門家チームにより、J&Jの将来に向けたイノベーションの創出を技術的な側面からもサポートしており、投資対象の企業の研究・開発を後押しする機能を果たしている。
また、JJDCが行う「Build-to-Buy」モデルによるラウンド投資を起点として、J&J本体が企業買収により事業を拡大させていくなど、JJDCはJ&Jのオープンイノベーション活動において欠かせない存在と言えるだろう。
今後もJJDC自体の活動はもちろん、J&Jがグループの事業成長のためにJJDCをどのように活用していくのか注目される。
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