アルツハイマー病の治療技術を開発するCognito Therapeutics
近年、薬や外科的な手段を用いず、光や音、磁場、電流刺激を用いた脳疾患の治療が注目を集めている。
MITの脳研究グループから生まれたCognito Therapeuticsも、そうした治療法の開発を目指すスタートアップの一つだ。本稿では、Cognito Therapeutics設立の元になった研究内容や、その沿革、近年公開された臨床試験の結果などを解説する。
研究が進むアルツハイマー病の原因
アルツハイマー型認知症の原因に関しては未だ不明瞭な部分もあるが、アルツハイマー病患者の脳にアミロイドβタンパク質が蓄積していることは広く知られている。これまでのアルツハイマー病治療では、薬理的にこのタンパク質を取り除くことに焦点が当てられてきた。
一方、このアミロイドβタンパク質の蓄積と、特定周波数のニューロンの同調的電気振動に関係を見出したのが2016年のMITの研究だ。
アミロイドβタンパク質が脳に蓄積しているマウスでは、脳が本来発信するはずの40Hz付近(ガンマ周波数)のニューロン電気振動が減衰していることが明らかとなった。また、マウスの脳にガンマ周波数の光を照射すると、マウスの脳のガンマ振動が活性化されるとともに、ミクログリア(アミロイドβタンパク質を分解する免疫細胞)が活性化し、アミロイドβタンパク質の量が減少することが分かっている。この結果はNature誌に掲載された※1。
このように、アルツハイマー病とその原因、そして治療に関する様々な研究開発が現在も進行している。
光と音で治療をするデバイスを開発
マサチューセッツ州ケンブリッジに本拠を置く医療スタートアップ企業、Cognito Therapeuticsは上記の研究結果を元にして、2016年に設立された医療スタートアップ企業だ。
創設者は先の論文の著者であるEdward N. Boydenと蔡李輝、2020年には革新的な治療装置を開発するスタートアップの設立に20年以上携わってきたBrent Vaughanを最高経営責任者に迎えている。
頭部に非侵襲(外科的手術が不要)な光と音を当てることでアルツハイマー病を治療する方法の開発に従事している。
Cognitoは、アルツハイマー病に関する世界的パートナーシップであるDavos Alzheimer’s Collaborativeに参加するとともに、AETION、Digital Medicine Society、University of Florida Health、Providence Health Planといったライフサイエンスに関する企業と提携して開発を進めてきた。
シリーズBの資金調達で73m$を獲得
非侵襲に治療ができ、劇的な治療効果を示すCognitoのウェアラブルヘッドセットデバイスは、2021年にFDAからブレークスルーデバイスの認定も受けている。
ブレークスルーデバイスに指定された医療機器は、優先的な審査の実施ができ、製品をいち早く患者に届けることを可能だ。
多くの注目を集めるCognitoは、2023年3月、シリーズのBの資金調達で$73Mを獲得した。シリーズBで獲得した資金を合わせると、これまでにCognitoが調達した資金は$93Mとなる。
第2フェーズ試験結果の詳細
Cognitoのウェアラブルデバイスはマウスによる試験で良好な結果を示し、第2フェーズのヒト試験へ移行した。
ここでは76人を対象として試験を実施し、2022年8月にその結果が報告された。同様の内容は2023年3月28日~4月1日に開催された「AD/PD International Conference※3」でも発表されている。
被験者は、プラセボ効果を差し引くためにアクティブグループ(46人)と偽対照グループ(28人)に分けられた。アクティブグループはCognitoのデバイスによる刺激、偽対照グループは偽デバイスによる刺激を6カ月間、毎日1時間受け、脳の変化をfMRI※4やflorbetapir PET※5で測定した。
アルツハイマー型認知症では、通常、脳の体積が次第に減少していくが、アクティブグループでは脳容量損失に関して有意な抑制が見られた。脳容量の変化に関しては3カ月時点で既に変化が現れていることが確認されている。
また、アクティブグループでは日常生活活動※6でも優れた結果を示した。加えて、アクティブグループでは、シナプスの接続性、ミクログリア活性についても向上が見られた。臨床試験では治療に関する副作用は報告されていない。
今後実施される第3フェーズ試験
Cognitoでは、第2フェーズ試験を成功裏に終え、より大規模な第3フェーズ試験の実施に進んでいる。第3フェーズ試験は500人程度を対象とし、各自に対し12カ月に渡って実施される予定だ。
各被験者の日常生活にデバイスが及ぼす影響を調べるため、郵送でデバイスを送付し、自宅から参加してもらえる試験を設計している。本調査はHOPE Studyと命名され、現在、参加者を広く募っている※7。
Cognitoでは、第3フェーズ試験と並行して、軽度認知症を持つ患者を対象とした試験も実施する予定だ。
Cognitoでは、デバイスが軽度認知症の進行を遅らせられる可能性、及び他の様々な神経障害に対し新たな治療法を提供する可能性を示唆している。
参考文献:
※1 Iaccarino, H., Singer, A., Martorell, A. et al. Gamma frequency entrainment attenuates amyloid load and modifies microglia. Nature 540, 230–235 (2016).(https://www.nature.com/articles/nature20587)
※2 FDA(Food and Drug Administration):アメリカ食品医薬品局。日本の厚生労働省に似た役割を持つ。FDAは、消費者が通常の生活を行う際に接する機会がある様々な製品(食品、医薬品、動物薬、化粧品、医療機器、玩具など)の安全性・有効性を確保するための機関。アメリカで医薬品を販売するためには、FDAの承認を取得する必要がある。
※3 International Conference on Alzheimer's and Parkinson's Diseases and related neurological disorders. (https://adpd.kenes.com/)
※4 fMRI(functional magnetic resonance imaging):機能的核磁気共鳴画像法。核磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging;MRI)を利用して、生体の脳活動と相関する信号の変動を磁場によって非侵襲的に計測する技術。脳内の酸素代謝や血流動態を画像化する。
※5 Florbetapirは2012年にFDA認定されたアミロイドβタンパク質の放射性可視化薬で、静脈に注射すると数分で脳内のアミロイドβタンパク質に集積する。PET(Positive Emission Tomography):陽電子放出断層撮影は、florbrtapirなどの放射性可視化薬をトレーサーとして用い、そこから放射されるガンマ線を測定する技術。がん検診に用いられることが多いが、ここではアミロイドβタンパク質の空間的定量分析に用いられる。
※6 アルツハイマー病の進行状況を評価する方法の一つとして、日常生活における患者への質問とその回答によって心理学的に診断する方法がある。Cognitoが実施した第2フェーズ試験では、生活レベルの評価方法として、Alzheimerʼs disease cooperative study-activities of daily living(ADCS-ADL)という指標が用いられた。
※7 HOPE Study(https://www.hopestudyforad.com/)
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