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開発が進む水素関連技術の動向(電解槽編)

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世界の投資市場では水素関連事業への投資がこの3年ほどの間、急速に進められてきた。

本稿では水素関連事業へ投資が進む背景や、電解槽関連事業で資金を獲得したスタートアップについて紹介する。

進む水素インフラの社会実装

現在、多くの先進諸国は2050年カーボンニュートラル実現を目標として、CO2を排出しない産業形態への移行を進めている。こうした文脈でよく話題に上るのはEVシフトなどの「電動化」事業だが、同時に「水素」の利用も検討されてきた。

電力、水素は共に利用時のCO2排出がなく、自然エネルギーを利用して生産すれば、供給段階でのCO2排出もない。

水素燃料は電動化の難しい一部大型モビリティーでの利用に注目が集まっている。

例えば、トラックや船舶だ。蓄電池は大出力、大容量を持たせるにためにサイズや重量が増していく。これは従来のエンジンや水素燃料モビリティーでも同じことだが、蓄電池ではこの傾向が特に顕著だ。

結果として、蓄電池は大型のモビリティーになるほど効率が悪く、不利になる。その点、水素燃料であれば大出力や大容量を持たせたとしても、重量が蓄電池ほどにはスケールしない。この他にも鉄鋼や化学工業など、電化の難しい分野で水素の活躍が期待される。

また、エネルギーの貯蔵という観点でも水素利用が検討されている。

今後、自然エネルギー関連の発電施設が増えていくことが予想され、各地で生産した電力を蓄えるためには大型のバッテリーが必要となるが、コスト的に難しい。余剰電力を水素として蓄えておけば、モビリティーの燃料、化学品の合成、再電力化など、様々な利用が可能となる。水素インフラは現在欧米や中国で進められているEVシフトの動きほど急速に、広く普及するわけではないとしても、それを補完し、電力の安定供給を支えるものとして重要な位置を占めることは間違いないだろう。

こうした背景から、過去3年ほどの間は水素関連事業への投資が相次いだが、2023年の本事業分野への投資はある程度落ち着く見込みだ。

水素関連スタートアップへの投資額推移(単位:B$)

Navigating the Hydrogen Startup Ecosystem※1より作成

水素関連事業は、水素の生産、貯蔵、運搬、利用の4段階に分けられる。

生産段階においては、電力効率よく大量の水素を生産することが求められ、近年ではPEM電解槽の技術革新が進んでいる。

注)PEM電解槽(Polymer Electrolyte Membrane electrolytic cell)は固体高分子電解質を用いた水の電気分解装置。一般に、電解質を溶解した水であれば通電することで電気分解反応が起き、水素と酸素が得られるが、この方法(アルカリ電解)では高電圧を印加した際に短絡が生じるため、大量の電気分解ができない。対するPEM電解槽は電極間の電子の移動が固体高分子膜で遮られるため短絡が起きづらく、高電圧を印加でき、水素の大量生産に有利。

また、水素は貯蔵、運搬などの段階においても課題が多い。沸点が低く、重量密度の低い水素は大量に運搬することが難しいため、計画的で効率的な運用が求められる。よって、生産から利用までを見据えたバリューチェーンの確立が不可欠だ。

注目される水素電解槽スタートアップ

上述した通り、水素は生産、貯蔵、運搬、利用の各段階で様々なスタートアップが技術革新に取り組んでいる。全てを紹介することはできないので、ここでは生産段階の「電解槽」に関連するスタートアップを4社紹介したい。

Ohmium社(米国)

Ohmiumは2019年に設立されたPEM電解槽メーカーだ※2

Lotusと名付けられたOhmiumの電解槽は利便性を重視してデザインされている。1.9m × 1.4m × 2.2m のブロックであるLotusは同一規格のLotusと接続し、スケールアップすることが可能だ。つまり、ユーザーの求めに応じて、規模を調節することができる。1つ1つのブロックは耐久性を有し、運搬も容易だ。

Ohimiumは2022年にシリーズB資金調達ラウンドで$45mを獲得。2023年にはRise Climateファンド※3が主導する新たな資金調達ラウンドで$250mを獲得しており、急速に資金を集めている。

Hysata社(オーストラリア)

Hysata※4の電解槽は、高い効率や低コスト、スケールアップの容易さが特徴だ。

設立は2021年と、Ohmiumよりもさらに若い。近年技術的なブレークスルーを迎えたPEM電解槽技術をベースとした独自のCFE技術を用いる。

Nature Communicationsにも掲載された※5同社のCFE技術は95%以上の水素生成効率を報告し、効率の面では他社を圧倒している。

注)CFE槽(Capillary-Fed Electrolysis Cell)とは、電極間のセパレータが毛細管現象によって水を吸い上げる形式の電気分解装置。水中に気泡が発生しないために、水と電極との接触面積が損なわれず、高い水素生成効率が維持される。

Hysataは現在、オーストラリア東部沿岸都市のウロンゴン本社で8,000m2の製造ラインを建設するための資金を求めている。2022年にはシリーズA資金調達ラウンドで42.5mオーストラリアドル(約$28m)を確保した。出資者はCEFC※6、IP Group※7、BlueScope※8など。

Electric Hydrogen社(米国)

米国のElectric Hydrogenも電解槽をコア技術とするスタートアップだが、こちらは特に工業用途を志向している。

工業プラントにおける水素インフラの設計、建設、運用、生産予測などを統合したソリューションの提供を目指すようだ。

2022年6月にはシリーズB資金調達ラウンドで$198mを獲得。ここではAmazonや三菱重工なども出資した。

Hystar社(ノルウェー)

Hystarは2020年に設立したノルウェーのスタートアップだ※10

燃料電池技術を組み合わせ、独自の流体フローを有するPEM電解槽を特徴とする。商業的な利点は安全性や大規模生産能力だ。

Hystarは従来の分厚いPEMを薄膜化することを目指した。PEMは厚くなるほどプロトン(H+)の輸送効率が下がるが、薄膜化するとカソード(外部回路へ電流が流れ出す電極、つまり、外部回路から電子が流れ込む電極のこと)側で生成される水素に酸素が混入する可能性が増す。酸素が一定値以上混入すれば爆発が起き大変危険なので、PEM膜厚はこのバランスを取らなければならなかった。

そこでHystarでは、液体の水がPEM内を通過する従来の方式を辞め、カソード側から水を注入して気化させ、PEM内を気体の水蒸気が通過する方式を採用した。

この方式では、カソード側を高圧、アノード側を低圧とする圧力の勾配を生じさせている。水蒸気と酸素は圧力勾配によってアノード側に引き寄せられ、プロトンは電圧の勾配によってカソード側に引き寄せられる仕組みだ。電極付近で生じる化学反応は従来のものと同様、アノード側で酸素とプロトンと電子が生成され、カソード側で水素が生成される。

結果として、PEMの大幅な薄膜化、プロトン輸送効率の向上を達成した。また、カソード側への酸素混入を減らすことで安全性も増す。アノード側から注入される空気は電解槽の故障が生じた際、水素と酸素を希釈し、重大事故を防ぐ役割も果たす。Hystarの電解槽技術について詳しくは、こちらの記事※11も参照して頂きたい。

Hystarは、2023年1月、三菱商事が主導したシリーズB資金調達ラウンドで日本製鉄トレーディングやArcelorMittal(ルクセンブルクに本社を置く生産量世界第2位の鉄鋼メーカー)から、計$26mの資金を調達した。

まとめ

様々な形状や方式が存在し、未だどれが正解なのか分からない電解槽業界だが、それぞれに特徴(ユーザビリティ、効率、生産量、安全性など)が見て取れる。

将来的にはどれかの方式が潰えるかもしれないが、用途ごとに住み分けられ、共存する可能性も十分に考えられるだろう。

また、出資企業を見ていくと鉄鋼業界が大きな関心を寄せていることが分かった。水素製造スタートアップ自体には日本の会社の名前がそれほど上がらないが、鉄鋼生産の多い日本としては、今後その価値が高まっていくことが予想される。

続く記事では「水素貯蔵」に関するスタートアップを紹介しているので、そちらも併せてご覧頂きたい。


参考文献:

(※1)Navigating the Hydrogen Startup Ecosystem | Net Zero Insight(リンク)から抜粋して作成。
(※2)Ohmium(リンク
(※3)Rise Climate:気候変動対策関連事業に投資を行うファンド(リンク
(※4)Hysata(リンク
(※5)Hodges, A., Hoang, A.L., Tsekouras, G. et al. A high-performance capillary-fed electrolysis cell promises more cost-competitive renewable hydrogen. Nat. Commun. 13, 1304 (2022). (リンク
(※6)CEFC(Clean Energy Finance Corporation):オーストラリアの投資ファンド(リンク
(※7)IP Group:大学発の知的財産権の売買を行うイギリス企業(リンク
(※8)BlueScope:オーストラリアの鉄鋼メーカー(リンク
(※9)Electric Hydrogen(リンク
(※10)Hystar(リンク
(※11)Hystar | Technology Wealth(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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