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身体の麻痺などをサポートするディープテック。スタートアップ9社を紹介

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損なわれた身体機能をカバー、アシストするディープテックに今、注目が集まっている。事故や障害などによる半身不随や麻痺などの機能損傷を補い、健常者と同様の生活に限りなく近づける研究開発は過去から連綿と続いているが、ここに来てそれが一気に加速している。

AIも、こうした発展の一助となっているといってよいだろう。外骨格ロボットや脳波センサーなどによるモニタリングを基にAIが正確な予測や判断を下すことで、利用者の意思通りの作動が可能になった。高齢化社会の到来や、医療費の高騰、少子高齢化による慢性的な就業者不足、重度障害者の自立支援などといった社会的課題が、開発をより一層推し進めた形だ。

ここでは、おもに脳波検出や外骨格ロボット向けの最新技術について、代表的なスタートアップの例を挙げながら取り上げる。

AIの発展によってより適切な動作が可能に

身体機能サポートにおけるAIの役割は、利用者の意図の正確な理解と、それに応じた正確な動作の実現にある。センサーによって脳波や筋電図、関節の角度などの生体信号をリアルタイムで計測し、利用者が次にどのような動作を行うか予測してアクチュエーターを作動させるといった一連のプロセスを瞬時に判断する用途に、AIは適している。

また、AIによって利用者の身体的特性や運動能力、動作パターン、さらには周囲の環境の変化(例えば滑りやすい床など)を学習することで、利用者個人や変化する環境に最適なアシストができるようになった。平常時以外にも、メカの異常な振動や音などから故障を予測して防いだり、利用者が本来有する動作範囲を超えるような動きを制限したりすることで、怪我の防止などにも役立つ。

生体信号解析とロボティクスの高度化が身体サポートを精緻に

AIに加え、生体信号のセンシングやロボティクスの発展も、人間の身体をサポートする際の正確性を高める。

生体から出る信号の解析では、長年開発が進んできたElectroEncephaloGram(EEG)と呼ばれる低侵襲性の脳波検知法をはじめ、functional Magnetic Resonance Imaging(fMRI。機能的磁気共鳴画像法)などによって脳の機能、メカニズムの研究が深まった。そして、脳や筋肉の血中ヘモグロビン濃度変化を利用して身体の状況を探るNear Infra-red Spectroscopy(NIRS。近赤外分光法)などからも多くの身体データが蓄積されている。

一方で、義肢・義足や外骨格ロボットを動かすロボット技術も大きく進展している。高速演算が可能なCPUやAI回路の出現によってリアルタイムで複雑な制御が可能になり、これにアクチュエーターの小型・軽量・ハイパワー化が重なり、より人間に近い動作ができるようになった。

ただ単に動作させるだけでなく、触感などをフィードバックさせるための技術も開発されている。また、動力源として小型・長寿命のリチウムイオン電池や人工筋肉、圧縮空気、形状記憶ポリマー、バイオ燃料電池、スーパーキャパシターなどさまざまなテクノロジーが用途に応じて候補に挙げられている。

最新の脳波検出技術と外骨格ロボット技術|日米欧9社

ここからは、脳波検出の新しい手法や外骨格ロボットの最新動向などを実例から見ていく。

脳波検知やブレインマシンインターフェースなど

まず、脳をブレインマシンインターフェース(BMI)やさまざまなモニタリングを行い、治療や研究に生かすスタートアップを6社取り上げる。

ここで取り上げるスタートアップなどの概要。公開情報より編集部制作

BrainCo(米):脳波を利用してロボットアームを制御

脳波を用いた非侵襲性のブレインコンピューターインターフェース(BCI)技術を開発。脳波の計測は頭部に装着したセンサーを利用する。ノイズなどを除去したクリーンな脳波信号から特定の動作に対応する特徴パターンを抽出し、それをもとに利用者の動作を予測。予測データをもとにロボットアームを動作させる。

BrainCoは2021年、EEGやゲームなどを使い自閉症スペクトラム障害を持つ子どもの治療を行う臨床試験を行った(同社プレスリリースより)

BrainGate(米):脳-マシンインターフェースの開発

外科手術を通じて脳内に直接微小電極アレイを埋め込み脳神経の信号パターンを記録・解析し、特定のパターンを抽出することでコンピュータやロボットアームなどの外部デバイスを直接制御可能な技術を開発。BrainCoの技術と異なり侵襲的であるためリスクは高いが、信号精度は高くより繊細な制御を可能にする。

脊髄損傷や筋萎縮性側索硬化症(ALS)の意思表示を可能にするデバイスである。ただし、米連邦法の規定によりあくまでも研究用途のものだ。

MindMaze(スイス):脳波解析による脳卒中患者のリハビリテーション

脳波解析と仮想現実(VR)技術、AI技術を組み合わせて脳卒中などにより神経麻痺のある患者のリハビリテーションを支援する技術を開発。おもに上肢の運動機能回復を目的としたリハビリテーションに利用される。患者はVR空間内でアバターを操作し、さまざまなタスクに挑戦することで脳の可塑性を促し、運動機能を回復するというものだ。

MindMazeのプロダクトを使う患者(同社プレスリリースより)

Kernel(米):脳の活動パターンから脳・認知機能を研究

脳の血流を解析できる、非侵襲性ヘッドギアタイプのデバイスを開発。Kernelはデバイスの開発を中心とした企業だが、パートナーとともに認知機能などの研究も行っている。以下の記事のように、アルコールと脳機能に関するものなどがある。

参考記事:fNIRS・機能的近赤外分光法がひらく、脳と医療の将来。開発する3社のデバイス、社会貢献事例も紹介

また、AI・機械学習(ML)ツールによるバイオマーカーを構築しており、こちらはうつや認知機能の低下に悩む多くの被験者の分析に活用している。

Neuralink(米):脳内に直接電極を設置

Elon Musk氏が設立したスタートアップ。脳とマシンを直接接続するインターフェースを開発しており、脳内に直接電極を縫い付ける侵襲性の手法を採る。脳内への電極埋め込みにより、高精度な脳神経の電気信号の取得が可能となる。電極は非常に小さな針状の電極を束にした柔軟なシート状デバイスで、脳内の特定の領域に設置するものだ。

参考記事:NeuralinkとBMI。どのような技術か?競合の動向は?

Synchron(米):血管内にデバイスを設置

Neuralinkの脳内に直接センサーを設置する方法とは異なり、脳血管内に細い糸状の電極を挿入することで脳神経信号を取得する方法を採る。脳組織そのものを侵襲しないため手術からの回復なども含めて安全性が高いという。ステントと呼ばれる筒状の医療器具に装着された電極を血管内に挿入し押し広げることで血管壁に設置する。

Synchronのインプラント。網状の部分がステントで、電極はこれに包まれる(同社プレスリリースより)

外骨格ロボット

脳だけでなく、運動器をサポートするアプローチも存在する。ここでは日米3社を取り上げる。

取り上げる外骨格ロボットのスタートアップの概要。公開情報より編集部制作

CYBERDYNE(日本):皮膚表面から生体信号を読み込む外骨格ロボット

「HAL(Hybrid Assistive Limb)」という外骨格ロボットを開発。人間の皮膚表面から生体電位信号を読み取り、この信号をもとに外骨格ロボットを制御する。人の動作を予測し、ロボットの補助や強化を行う。医療向け上肢タイプと下肢タイプならびに介護向け介護者支援タイプなどを提供している。

CYBERDYNEが採り入れる「サイバニクス」という概念は、人、ロボット、AIやその他の情報を融合していくものだ。

HALのアタッチメント(CYBERDYNEプレスリリースより)

Lifeward(米):歩行アシストに特化したロボット開発

「ReWalk」と呼ばれる脊髄損傷などにより歩行困難者に向けた外骨格型の歩行アシスト装置を開発・販売。装置に内蔵されたセンサーとコンピューターが利用者の体勢や動きを感知し、そのデータを基にアクチュエーターを制御して歩行をサポートする。2023年には、センシングにAI技術を統合していくことが発表され、より自律性を高めていくという。

日本においては安川電機が販売代理店となっている。

ReWalk(ReWalk Robotics〈現Lifeward〉プレスリリースより)

Ekso Bionics(米):下肢・上肢をサポートする外骨格ロボットを提供

ReWalkと同様、歩行困難者を対象にした外骨格ロボットを開発・販売している。脊髄損傷のみならず、脳卒中患者のサポートにも対応しており、バランス訓練や上半身の補助動作などの機能も提供する。下肢向けのリハビリテーション用の「EksoNR」や歩行療法用の「Ekso Indego Therapy」、パワースーツ「Ekso EVO」などのラインアップがある。

身体サポートから機能拡張まで、夢のデバイスがいま現実に

身体サポートを目的とするディープテックは、医療分野だけではなく産業分野にも広がりを見せ、高齢化社会や労働人口減少への対策の切り札として認識されるようになっている。

また近年、さまざまなスタートアップやビッグテックがAIの著しい進化を成し遂げており、これがさまざまなテクノロジーの統合と制御を実現した。映画やゲームの世界で親しんできたロボットスーツ、パワードスーツ、エグゾスーツはもう「夢のメカ」ではなくなっている。



参考文献:
※1:BrainCo(リンク
※2:BrainGate(リンク
※3:MindMaze(リンク
※4:Kernel(リンク
※5:Neuralink (リンク
※6:Synchron (リンク
※7:CYBERDYNE (リンク
※8:Lifeward(リンク
※9:Ekso Bionics (リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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