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英国のイノベーション創出を支える「UK Smart Grant」。支援分野や助成額

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研究開発には多額の資金が必要であり、一企業の手元資金だけでは負担が難しい場合がある。そのために存在するのが、米国の「SBIR」やEUの「Horizon Europe」など、スタートアップ、中小企業の研究開発を支援するプログラムだ。

そして、英国で行われている同様のプログラムが「UK Smart Grant」である。本稿では、UK Smart Grantの概要や支援内容について取り上げる。

なお、UK Smart Grantは2025年1月、一時的に募集を停止した。完全に終了したわけではなく、「カスタマイズされたサポートを開発」するとしており、今後、制度をアップデートすることも考えられる。よって本稿では、原則として2024年までに行われていた制度の中で読者の参考になりそうなポイントを取り上げる。

UK Smart Grantの概要

(pixabay)

まず、UK Smart Grantの目的を取り上げる。また、実施の主体となるInnovate UKにも触れる。Innovate UKやその上部組織となる英国研究・イノベーション機構(UK Research and Innovation。UKRI)は、政府から運営資金を預かりながらも組織としては独立性があり、この点が日本の補助金、助成金制度と少し異なる点といえるだろう。

制度創設の目的

UK Smart Grantは、イノベーションを通じた英国企業の成長を支援することを目的にした制度。日本の経済産業省が作成した資料によると、2011年に開始した。

2025年に一時停止するまでは、年間を通じて複数回の公募が行われ、プロジェクトを支援していた。2024年は1月、4月、7月、11月の4回、募集があった。

Innovate UKの役割

UK Smart Grant を運営するのは、Innovate UKという組織だ。Innovate UKは、UKRI内の組織であり、さらにUKRIは英科学イノベーション技術省の支援を受けつつも、政府機関からは独立した組織となっている。

UKRIはウェブサイトで、「私たちは、生活を豊かにし、経済成長を促進し、英国全土で雇用と質の高い公共サービスを創出するために、研究とイノベーションに投資している」とパーパスを説明。こうした目的の中で、Innovate UKが企業支援の手段としてUK Smart Grantを実施する建て付けとなっている。

 対象となるテーマや事業

(pixabay)

英政府も他国と同様、国内産業でイノベーションが生まれる必要性に迫られている。ここでは、重点的に支援がされやすい分野、そしてどのようなカテゴリーの研究に支援がされるかを取り上げる。

重点支援分野

UK Smart Grantは、原則的に分野を絞って助成先を選定することはしていない。しかし、前出の2024年11月の公募でInnovate UKは、以下の5分野を解決すべきミッションとして挙げた。これは、英政府の主要ミッションに通ずるものである。

  • 経済成長の推進
  • クリーンエネルギーの推進
  • 公共の安全を強化する
  • 機会の拡大
  • ヘルスケアの強化

この点では、どの先進国政府が抱える課題と、そう大差ないといえる。むしろ、英国も他の欧州やアジアの先進国と同様、イノベーション面での危機感と支援の必要性を痛感しているとも受け止められる。

研究開発のカテゴリー

UK Smart Grantでは、5つの研究開発カテゴリーへの支援を行っている。

1つ目は基礎研究である。これは主に研究機関によって実施され、直接的な実用化を目的としない、現象や事実に関する新しい知識を得るための実験的・理論的研究である。

2つ目は実現可能性調査。プロジェクトの可能性を分析・評価し、企業の強み・弱み、機会・脅威を明らかにするものだ。企業が大規模プロジェクトの実施前に、単独または他組織との共同実施を判断する際にも活用される。

3つ目は産業研究である。ナレッジやスキルの獲得を目的とした計画的な研究であり、既存のプロダクト・プロセス・サービスの改善につながる開発を目指すもの。実験室環境でのプロトタイプ開発なども含まれる。

4つ目は実験的開発である。これは既存のナレッジとスキルを活用して、新しいプロダクト・プロセス・サービスの開発や、それらの改良を目的とする。試作、実証、検証などが含まれるが、既存プロダクトの日常的な改良は対象外だ。

最後5つ目は量産試作である。実験的開発までのフェーズで確立してきたことを踏まえて量産プロセスを決めていくが、量産試作においてもUK Smart Grantの補助利金を利用できる。

また、上記のカテゴリーに加えて補助率や補助費の違いにより2つのタイプに分かれる。

助成額と実施期間、応募資格

(pixabay)

具体的な助成金額と実施期間は次の通りである。

支援金額

UK Smart Grantの支援金額については、プロジェクトの性質と組織の規模によって設定される。

実現可能性調査および産業研究プロジェクトの場合、小規模組織は費用の最大70%、中規模組織は最大60%、大規模組織は最大50%の支援を受けられる。

一方、市場により近い段階の実験開発プロジェクトでは支援率が低くなり、小規模または零細企業は最大45%、中規模組織は最大35%、大規模組織は最大25%となっている。

研究機関の参加に関しては、非経済活動を行う研究機関はプロジェクト費用の最大30%までの受給が可能だ。また、英国の共同電子申請システムに登録された学術機関などは費用の80%まで、RTO(研究技術機関)や慈善団体などは費用の100%まで支援を受けられる。

プロジェクト期間と資金使途

プロジェクトの次の2種類に分けられ、各々補助率や事業費、それに期間が異なる。

■タイプ1(実現可能性評価及びプロトタイプ作成)

  • 補助率:最大70%
  • 事業費:£25k($31k。約470万円)〜£500k($629k。約9470万円)
  • 期間 :6か月〜18か月

■タイプ2(量産試作開発)

  • 補助率:最大45%
  • 事業費:£25k〜£2m($2.5m。約3億8000万円)
  • 期間 :19か月〜36か月

応募資格

応募企業は英国に登録された企業であり、プロジェクト活動を英国内で実施する必要がある。ただし、複数の企業によって推進するプロジェクトの場合、少なくとも1つの中小企業が参画する必要がある。

イノベーションに関する要件としては完全に新しいものか、既存の製品・サービス・プロセスの全く新しい用途を提案するものでなければならない。また、市場の既存製品より優れていることが求められる。

申請者は、明確かつ大きな市場ニーズを実証しなければならない。さらに、迅速かつ確実に商業化するための実行可能な計画の提出を求められる。

プロジェクトの経済効果については雇用創出、市場拡大、経済的繁栄など、英国の経済成長への貢献について具体的に示す必要がある。これらの要件を満たさない企業は、他の種類のイノベーション支援やアドバイスを探すことが推奨される。

これまでの支援実績

これまでInnovate UK Grantを獲得してきた企業(組織)の一例を紹介する。

EVメーカーのArrivalは「Arrival Van」と呼ばれる商用バンに自動運転システム(ADS)を搭載して行った実証実験においてInnovate UKの助成金を活用した。

Arrival Van(Arrivalプレスリリースより)

また、Multiverse Computing、Moody’s Analytics、Oxford Quantum Circuitsは量子コンピューターを用いて洪水を予測するモデル開発のため、助成金を獲得した。これは、コンソーシアムによる事例となる。

まとめ|EUの発展のために

UK Smart Grantは、英国のイノベーションを支える重要な制度として確立されている。申請に際しては、技術的革新性と市場性の両面からの説得力ある提案が不可欠である。

この制度は今後も英国の技術革新と経済成長に大きく貢献していくだろう。UK Smart Grantを通じて、より多くの革新的なプロジェクトが生まれると考えられる。



参考文献:
 ※1:Innovate UK(リンク
 ※2:米国SBIRやその類似制度の 概要およびポイント,中小企業庁(リンク
 ※3:Innovate UK Smart grants: January 2024,Innovative UK(リンク
 ※4:Innovate UK Smart grants: April 2024,Innovative UK(リンク
 ※5:Innovate UK Smart grants: July 2024,Innovative UK(リンク
 ※6:Innovate UK Smart grants: November 2024,Innovative UK(リンク
 ※7:Smart Grants funding guidance,Innovative UK(リンク
 ※8:General guidance,Innovative UK(リンク
 ※9:What You Need To Know About Innovate UK Smart Grants, GrantUp(リンク
 ※10:欧州地域における スタートアップ企業育成に係る 情報収集・確認調査,独立行政法人国際協力機構(JICA)(リンク
 ※11:The Biggest Innovate UK Funding Grants,Beauhurst(リンク
 ※12:Arrival’s autonomous driving technology achieves major AI advancement,Arrival(リンク
 ※13:Multiverse Computing Wins Innovate UK Funding to Improve Flood Risk Assessment With Quantum Algorithms,QUANTUM INSIDER(リンク
 ※14:Innovate UK grant suports £2.5 million project lead by Photocentric to mass manufacture plastic parts sustainably using 3D printing,Photocentric(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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