中国による原材料の輸出規制とそのリスク。日本が進める対策は?

2023年、2024年と相次いで中国は、半導体などに使われる原材料の輸出についてより厳しく管理し、輸出許可証制度等による事実上の輸出規制を強化し続けている。中国はあくまで「国家の安全と利益等を守るための措置」と位置づけるが、最近の米国を中心とした対中政策への牽制目的と捉えたほうが自然だろう。米国と足並みを揃える日本も、中国に対して半導体製造装置の輸出管理強化などの措置を採っているため、今後、こうしたリスクを長期にわたって抱え続け、実際に輸出規制が採られることもあると見てよいと思われる。
規制対象となる具体的な原材料の品目は、ガリウム(Ga)、ゲルマニウム(Ge)、アンチモン(Sb)、黒鉛(グラファイト)に加えて、複数の元素を含むレアアース(希土類)だ。本稿では、これら原材料の概要について解説するとともに、中国の事実上の輸出規制が日本にどのような影響を与えるのか、また、今後の日本の対応などについて取り上げる。
(アイキャッチ画像は米MP Materialsが生産するレアアースを原料とした磁石。同社プレスリリースより)
Ga、Ge、黒鉛、レアアースと広がり続ける規制対象
中国は2010年にも、対日輸出においてレアアースの輸出割当制度と関税の賦課による輸出規制を行った経緯がある。これは同年、尖閣諸島沖で起こった中国漁船と海上保安庁の巡視船の衝突事件が引き金だった。中国では、この輸出規制措置を「環境保護のため」と説明したが、2014年には世界貿易機関(WTO)によって協定違反と認定されている。
時系列で見ていくと今回の輸出規制は、2020年の中国全国人民代表大会(全人代)における輸出管理法の成立に端を発する。同法は、規制リストに掲載された輸入業者やエンドユーザーに対して管理品目の輸出を禁止・制限するもの。適用品目には「デュアルユース品目、軍用品、核及びその他の国の安全と利益の擁護、拡散防止等の国際義務の履行に関わる貨物、技術、サービス等の品目」との規定がある。
材料についてそれらを具体化したのは、2023年からだった。8月にはGa、Ge関連品目について輸出規制を実施。同材料について中国は、軍事転用が可能なデュアルユース品目として輸出管理法に基づく輸出規制の対象と規定した。また、同年12月からはグラファイトを規制対象とした。ただし、純度や強度、密度など一定の特性を満たすものに限られる。さらに、2024年9月からは半導体や難燃材料として利用されるSbが規制対象となった。
2024年になると中国は、より広い範囲を扱う「レアアース管理条例」を制定。2010年のレアアース対日輸出規制がWTOによって違反認定されたため、今回の輸出規制の理由は「環境保護」から「安全保障上の理由」へと変えられたようだ。中国国内のレアアース採掘から抽出・分離、精錬、総合的利用、流通、輸出入などサプライチェーン全体に対して適用される。サプライチェーン全体の統制強化によって、レアアースの精錬などを中国に依存する米国に対する対抗措置と見る向きもある。
規制材料をシェア、用途、影響から見る
次に、それぞれの材料の輸出規制によって、日本がどのような影響を受けるのかを材料別に具体的に見てみる。
1. Ga|ガリウム
世界における中国の産出シェア:98%
用途:半導体材料(化合物半導体、LED、半導体レーザー、半導体添加不純物、薄膜トランジスタ、パワーデバイスなど)、蛍光体、充電器、太陽光発電、低融点合金など
規制の影響:ヒ素(As)との化合物半導体(GaAs)では、マイクロ波集積回路への利用や、赤色発光ダイオード(AlGaAsなど)、半導体レーザーなどに利用される。窒素(N)との化合物GaNは、2014年にノーベル賞を受賞した中村修二氏らが開発した青色発光ダイオードの材料として有名。Gaは中国の産出シェアが非常に高いため、輸出規制の影響は甚大といえる。
2. Ge|ゲルマニウム
世界における中国の産出シェア:60%程度
用途:光検出デバイス、光学レンズ、赤外線透過材、光ファイバー、発光ダイオード、トランジスタ、太陽電池など
規制の影響:Gaと同様に半導体デバイスの材料として多く使われるが、化合物の光学特性を活かして光学部品として使われるケースも多い。半導体デバイスの基板として現在主流のSi(ケイ素)が利用される以前は、主なトランジスタの材料としてGeが利用されてきた。現在では、その特性から光検出器に多く利用されている。赤外領域で高い透過率と屈折率を示すために光学用途でも多用される。シェアならびに用途から規制の影響力はGaに比べて低いといえるが、広範な技術領域に影響を与える可能性がある。
3. Sb|アンチモン
世界における中国の産出シェア:50%弱
用途:難燃剤、鉛蓄電池、機械部品、はんだなど
規制の影響:単独ではほとんど難燃効果がなく、三酸化アンチモン(Sb2O3)、ハロゲン系難燃剤と組み合わせて効果を発揮する。子供服やおもちゃ、乗り物のシートなどに使われる。鉛蓄電池の電極添加物として電池性能向上に役立つほか、銅合金にすると硬度と機械的強度を高める効果もある。ただ、Sbは人体に対して毒性が強いので、代替材料の開発が進んでおり、中国の世界シェアと合わせて規制の影響は減少する可能性がある。
4. グラファイト|黒鉛
世界における中国の産出シェア:65%程度
用途:鉛筆、潤滑剤、導電材料、冶金・耐火物、化学製品など
規制の影響:利用範囲が非常に広いため、輸出規制の影響範囲も大変広く、中国のシェアを考えると他国からの輸入などの代替案が有効になりそうだ。潤滑剤としては、自動車のブレーキパッドや新幹線のパンタグラフに利用されている。導電材料としては、電池やコンデンサー、キャパシターなどに粉末や塗料のかたちで使われる。ここ最近の話題としては、EVに利用されているLiイオン二次電池の負極に使われている。
5. レアアース
世界における中国の産出シェア:70%弱
用途:磁性材料、光学材料、発光材料、触媒など
規制の影響:La(ランタン)~Lu(ルテチウム)のランタノイド15元素にSc(スカンジウム)とY(イットリウム)を加えた17元素の総称。中でも、中国の産出量が多いものとして、磁性材料のNd(ネオジム)やDy(ジスプロシウム)が知られる。流通量の少なさも含めて、今後じわじわと影響範囲を広げる可能性のある材料といえる。ただし、その名称から想像される埋蔵量の少なさから資源枯渇が懸念されるイメージがあるが、必ずしもそういった材料ばかりではない。例えばレアアースであるCe(セリウム)は、Cu(銅)に匹敵する量が地球上に存在しているという。むしろ問題は精製プロセスの技術的難しさによる流通価格の高額化だろう。共通する電子配列に起因する磁性や光学特性、さらに特異な材料特性からピンポイントの利用が進んでいる。「産業のビタミン」とも呼ばれる。
米アリゾナ州ラパスには複数のレアアースが埋蔵されていると見られ、試験的な採掘が進む(American Rare Earthプレスリリースより)
短期対策のリサイクル・備蓄、中長期対策の代替輸入・材料開発
こうした原材料の輸出規制に対抗するには、以下の5つの方法が有力視されている。(a)他国からの輸入、(b)代替材料の開発、(c)リサイクル、(d)海洋資源の開発、(e)備蓄制度だ。
(a)他国からの輸入
代替案の中ではもっとも実施しやすい解決方法といえるが、生産国が限られるGaのような特定の材料ではあまり効果が望めない。ただし、「生産」に視点を移すと別の方法も浮かび上がる。埋蔵量の観点からGaはオーストラリアやベトナムなどが中国よりも多いのは事実だ。一方、GaはボーキサイトからAl(アルミニウム)を精製する際に生じる副産物で、代替生産などを考えれば、中長期的には他国からの輸入も十分に考えられる。
アルミニウム(pixabay)
(b)代替材料の開発
GaやGe、ましてやグラファイトなどは、長年、半導体デバイスや工業製品での応用が盛んに研究され、実用化されてきた経緯があるため、一朝一夕で代替材料が見つかるものではなさそうだ。しかしそうした中、文部科学省が推進する「元素戦略プロジェクト」などではレアメタルに依存しない材料開発が着々と進んでいる。例えば、有機ELディスプレイなどで使われているIGZO系酸化物薄膜トランジスタの原材料となるGaをスズ(Sn)に置き換えた「ITZO」の開発なども進んでいる。IGZOは工学博士の細野秀雄氏が発明し、シャープが量産化したものだが、ITZOも細野氏が開発した。
ITZOのアイデアの元となったIGZOはスマートフォンディスプレイが知られるが、2023年にはA2サイズの電子ペーパープラットフォームも発表された(シャープのプレスリリースより)
(c)リサイクル
(a)(b)は比較的中長期的な対策となるが、このリサイクルによる対策は短期的かつ実質的に効果が高い方法となるだろう。「都市鉱山」という言葉があるように、すでにデバイスとして利用され廃棄された家電やコンピューターの中の半導体などのデバイスには、GaやGe、レアアースが多く含まれている。こうした廃棄品のリサイクルによって、規制対象の原材料を安定的に供給する方法が有力視されている。このために電子基板などから効率的にデバイスを分離選別する技術の開発が進む。
(d)海洋資源の開発
日本は、国土面積は世界で広い順に見ていくとおよそ60番目に位置するが、政府が領有権を主張している領海・排他的経済水域(EEZ)の広さは世界で6番目に広く、まさに「海洋大国」である。広大な海洋には未開発のエネルギー資源や鉱物資源が現在でも眠っている状態であり、こうした海洋資源を有効活用できれば、日本も資源大国になる可能性はある。特にレアアースやレアメタルの観点から、水深500~600メートルに広く分布するコバルトリッチ・クラストは主成分である鉄およびマンガン(Mn)以外にレアアースも含まれる。また、海底熱水鉱床に存在する多金属硫化物鉱床にはGaやGeが含まれているので、今後の海洋開発が期待されている。
(e)備蓄制度
希少元素の不安定供給に対応するために日本政府はレアメタルの備蓄を進めている。現在はレアメタル34鉱種において、産出国の政情や依存度、需要などを考慮して鉱種を選定し、官民が協力して国内基準消費量の60日分(一部鉱種は30日)を目標に備蓄している。ただし、備蓄制度が制定されたのは1986年と古いために現在はこれを見直し、今後は国家単独での備蓄目標を設定するという。リスクが高い鉱種・品目では、備蓄目標日数を多めに設定し、供給が安定した鉱種・品目では少なく設定するなど柔軟に対応する。
材料リスクは高まる一方、短期・中長期含めて対策進む
2期目となる米国のトランプ政権では、1期目以上の対中強硬路線が予想される。対中経済政策では、中国からの輸入へ一律10%の関税を賦課することが大統領令として発表されたばかりだ。中国製自動車の輸入制限なども今後起こると予想できるだろう。また、南シナ海や台湾海峡における緊張が高まり、米中間の軍事的対立のリスクも高まっている。そうした中で日本も米中間の関係悪化の影響を免れない。上記で述べたような原材料の輸出規制は、緩和されるどころかますます厳しくなるとも考えられる。
そこで日本では、短期的には備蓄制度とリサイクルを有効活用して、中国の輸出規制に対抗していくことが手段の一つだ。幸いGaやGe、レアアースなどの絶対的な需要量は当面それほど大きいものではなく、またSbも代替材料の開発が進んでいる。問題は量よりむしろ価格維持であるだろう。リサイクルなどの手法ではどうしても精製に手間がかかるためコスト高になるのは避けられない。そこで中長期的には、地勢的なリスク回避の意味も込めて、代替輸入国や代替材料の開発に期待がかかる。海洋資源の開発などは、「資源小国日本」の汚名を払拭するためにも、今後官民一体となって進めるべきビッグテーマとなる。
参考文献:
※1:レアアース希土類, 経済産業省(リンク)
※2:中国の半導体素材の輸出規制が始まる:今後の拡大リスクを占う観点からその運用姿勢を見極める必要, 木内登英, &N未来創発ラボ(リンク)
※3:中国で輸出管理法が成立、貨物、技術、サービスなどの輸出管理を強化(中国、米国), 日本貿易振興機構(リンク)
※4:中華人民共和国輸出管理法, 一般社団法人安全保障貿易情報センターによる仮訳(リンク)
※5:商務部、12月1日から一部の黒鉛品目に対する輸出管理を実施と発表(中国), 日本貿易振興機構(リンク)
※6:国務院がレアアース管理条例を発表、産業チェーン全体の管理強化(中国), 日本貿易振興機構(リンク)
※7:中国ビジネス Q&A 中国の輸出規制の最近の動向, 『JC ECONOMIC JOURNAL』2024年9月号(リンク)
※8:<脱レアメタル 日本の元素戦略>(下)レアメタルを使わない新材料って?実用化目指し創意工夫, 『東京新聞』電子版2022年5月23日(リンク)
※9:レアメタルのリサイクルに係る現状, 経済産業省(リンク)
※10:深海底鉱物資源, 深海資源開発(リンク)
※11:日本の新たな国際資源戦略 ③レアメタルを戦略的に確保するために, 資源エネルギー庁(リンク)
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