(特集) 自動運転オープン化によるエコシステム構築を狙うBaidu(百度)~俯瞰的に解説~
Baidu(百度)は現在、AIを核にした様々な事業を展開しており、自動運転分野においてもプロジェクト「Apollo」で世界で主導権を握ることを狙う。今回は改めてBaiduの自動運転戦略と、その背景としてそもそもどういう企業なのかについて解説をする。
Baiduとはどんな企業か?~変貌を遂げる巨大AI企業~
中国版Google検索サービス
Baiduは2000年に中国で設立されたインターネット企業である。いわゆる中国におけるGoogleのような存在であり、検索エンジンを出発点としている。中国においてはシェア90%を占める、圧倒的な検索エンジンサービスとなっており、月間の利用者数は6億人を超える規模だという。
他にも中国版Google MapのようなBaidu Map、オンライン百科事典のBaidu Encyclopedia、フィードによる情報収集、Web広告サービスなど、事業としてはかなりGoogleと似ていると言える。
既存のIT広告ビジネスは成長が鈍化
同社の従業員数は約45,000人となっており、売上規模は直近で1,070億元(約1.7兆円)、純利益は224億元(約3,500億円)の巨大IT企業だ。昨年、業績が悪かったことにより時価総額も低迷し、中国のIT御三家と言われるBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)において、他2社と比較されて批判されていた。アリババはECから金融分野へ、テンセントはコンピューターゲームからWeChat(微信)、そしてモバイル決済へとビジネスモデルは変貌を遂げて事業が拡大する中、Baiduはインターネットの広告収入をメインとしており、そのモデルは現在も続いている。結果として売上高の成長率は鈍化しているのも実情である。
直近5年間の売上高と利益率(純利益ベース)
2010年頃から注力してきたAI分野への巨大R&D投資
一方で、Baiduは2010年頃からいち早くAI分野に注力し、巨額のR&D費を投じてきた。2012年にはディープラーニングラボを開設し、2013年には世界的トップクラスのAI研究者を採用し、シリコンバレーにAIの研究所を立ち上げた1)。同社が発表しているところでは、2014年当時で収益の14%をR&Dに投じ、そのほとんどがAI分野を対象としたものとなっている。
BaiduのAI研究所は一気に規模を拡大し、2020年10月時点での発表2)で、2,682件のAI関連特許を取得し、合計9,364件のAI関連特許を出願しており、3年連続で出願数1位となっている。また、同社は2020年にWeChatの中で、今後5年間でAI人材を500万人トレーニングすると発表3)している。
(補足)日本政府は2019年6月に閣議決定した「総合イノベーション戦略」のなかで、AIの基礎知識を持つ人材を年間25万人育てる目標を掲げている。これは百度が目指す数値の5%でしかなく、中国企業のAI分野への圧倒的なまでの注力ぶりがわかる。
このAIへの注力が現在もBaiduの戦略の中核となっており、Baiduの様々な新規プロジェクトはこのAIを核にしたものとなっている。
自動運転プロジェクトApollo
2017年にApolloを立ち上げ
Baiduはその後、2016年に「Baidu Brain」という汎用的で巨大なディープニューラルネットワークを発表、2017年には自動運転プロジェクトである「Apollo」と、会話型人工知能の「DuraOS」を立ち上げた。現在はこのApolloとDuraOS、そしてBaidu Smart Cloudという3つのアプリケーションが存在しており、それぞれでサービスが展開されている。
(補足)なお、このBaidu Brainというのはサービスではなく、IBMで言うところのWatsonのような、プラットフォームとして汎用的に活用する土台となるAIの位置づけ。
Apolloを構成する7つの自社サービスとオープンプラットフォーム
Baiduの自動運転プロジェクトApolloは、現時点では①自社サービスとして構成される7つのアプリケーション要素と、②開発者・パートナー企業向けのオープンプラットフォームの大きく二つから構成されている。
まず、①の自社サービスとして構成している7つのアプリケーションとは、自律走行車両を使ったロボタクシーとミニバス、そしてValet Parkingという駐車支援システム、V2XおよびV2Xと関わるSmart Traffic Signals(スマート信号機)、そして同社のAIにおける柱のDuerOSを車載向けに適用したDuerOS for Apollo、最後に同社の得意分野であるマーケティング領域で、コネクテッドカーによりマーケティングと車両データ管理を支援するApollo Intelligent Automobile Cloudである。
Apolloを構成する自社アプリケーション
このように、ロボタクシーの走行実証などで注目されることが多いBaiduであるが、ロボタクシーに留まらず、V2Xのようなインフラシステムにまで領域を広げている。
そして、②オープンな自動運転プラットフォームは、こうした①で活用するハードウェア(カメラやLiDAR、レーダーなどのセンサやHMIなど)・ソフトウェア(マップエンジンやセンシング処理など)、そしてクラウドサービス(高精細マップや燃料データサービス、音声認識HMIのDuerOS)などを開発者・パートナー企業向けに開放する。参画したパートナーはApolloのソースコードや走行トレーニングデータにアクセスできる。このオープンプラットフォームは2020年9月に発表されたところによると、600,000行のオープンソースコードをリリースし、世界中で45,000人の開発者と数多くのエコシステムパートナーを集めている。
Apolloのオープン化でOSポジションを狙う戦略
Apolloの戦略は自動運転のオープン化による自社OSを核にした独自のエコシステム構築であり、スマホにおけるAndroidと似た戦略であると言われてきた。OSをオープンにして様々なプレーヤーのハード・ソフトウェア・車両体験がこのOSと繋がり、最適化されたアプリケーションが実現することで、全体の価値が上がっていく。
Apolloのオープン化戦略の狙いは3つある
- データのスケーラビリティを確保しスピードを早める
- 他社を広く巻き込むことで、自社単独ではできない早さで社会実装を行う
- 自社OS上のアプリケーションが増えることでOSの価値を高める
1. データのスケーラビリティを確保しスピードを早める
「データのスケーラビリティ」というのは、自動運転においては、巨大で良質な走行データを大量に使い、システムを学習させていく必要がある。シミュレーションでは予測が難しい、実環境での走行実験を各社が繰り返して、自動運転のデータを収集するのはこうした目的がある。
同社のオープンデータ方針は「In terms of the data open scale, it follows the principle of “The more you contribute, the more you will achieve”.」と表現されている。これはつまり、貢献すればするほど、より成果を得ることができる、という考え方であり、成果とはプラットフォームで取得できるデータ、サービス、アルゴリズムとなっている。実にプラットフォーマー的な考え方であることがわかる。
2. 他社を広く巻き込むことで、自社単独ではできない早さで社会実装を行う
Baiduはいわゆるオープンイノベーションに非常に積極的な企業である。このApolloはすでにパートナー企業が100社を超えると言われており、以下、主要な企業のみ並べている。急激に成長するエコシステムにおいて、もはや中国において自動運転市場を狙うのであればApolloに入らないと難しいのではないか、と思わされるようなスピード感と規模感となっている。
Apolloプロジェクトに参加している主要企業例
3. 自社OS上のアプリケーションが増えることでOSの価値を高める
そして、上記の1,2に関連するが、自社OS上のアプリケーションやシステムが増えることによって、得られる走行データやノウハウが増え、パートナー企業はその貢献度に応じて恩恵をより受けることができるようになる。その結果、より良い機能を持つアプリやシステムが開発される、という正の循環・ループが生まれることになる。
ロボタクシーの社会実装で先行
北京の公道実験で圧倒的な走行距離となる
Baiduは現在、北京の公道で完全無人運転免許試験を実施する許可を取得した唯一の企業となっており、2020年北京自動運転車ロードテストレポートにおいて走行距離が1位だったことを最近プレスリリースで発表した。
Baiduは北京における自動運転の走行実験で、3年間で2,019,230 kmの累積走行距離を達成した。これは北京における総テスト走行距離の91%を占めており、圧倒的な走行距離を実現している。
中国各地で始まるロボタクシーサービス「Apollo GoRobotaxi」
Baiduは自動運転技術の商業化を推進する一環として、北京でApollo GoRobotaxiサービスを昨年開始している。2020年10月から12月末までの3か月間において、このロボタクシーサービスは合計約1万5千人となっており、90%以上の乗客が今後もこのサービスを使い続けたいと述べているという。
なお、この北京よりも前には長沙においても展開されており、その様子は以下で公開されている。
米国カリフォルニア州でも無人自動運転の許可を得る
また、米国カリフォルニア州における自律走行実験においても、2020年は走行テストを行っていないが2019年は10万マイルを超える走行を行っており、これはカリフォルニア州における自動運転プレーヤーの中でも走行距離が長い。また、1離脱(自動→手動への切り替わりのことを言う)あたりの距離も長く、そのシステムは非常に優秀である可能性がる。
さらには、今年に入ってからカリフォルニア州における無人での自動運転走行許可を世界で6社目として取得している。現在は中国北京での無人自動運転に注力しているようであるが、今後、カリフォルニア州でも間違いなく無人自動運転の走行が始まると想定される。
まとめ
以上で見たように、Baiduはその自動運転プロジェクトApolloを立ち上げてからわずか5年程度で急速に世界中のプレーヤーを巻き込んだ自動運転エコシステムを形成しつつある。
まだ自動運転市場そのものが立ち上がる途上であるが、中国における自動運転のリーディングポジションを築いており、今後もこの分野を牽引していくことになる。
同社が本格的にこのエコシステムから生まれる利益を享受するのはまだ何年も先になると想定されるが、100年に1度の大変革期にあると言われる自動車産業において、こうしたプレーヤーと上手く付き合っていくことができるか、日本企業にはその戦略が問われている。
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参考文献:
1) 人工智能将引领第四次产业革命?百度早已抢先布局(リンクはこちら)
2) 2020 Retrospective: Baidu’s AI Innovations(リンクはこちら)
3) 5000000 + 5000000(リンクはこちら)
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