ハーバード大学の研究チームが多層リチウム金属固体電池の技術を発表
「聖杯」と言われるリチウム金属電池
現在、スマートフォンやEV等の市場で使われている電池は主にリチウムイオン電池であるが、これは正極から負極にリチウムイオンが移動し、酸化還元反応が起こることによって電気を発生させている。
負極においてはその活物質にグラファイトが使われているが、このグラファイトは負極換算の理論容量が372mAh/gとなっており、その容量は限界に近付いている。そこで、負極をリチウム金属に変えることで、既存の炭素系材料を負極に用いたリチウムイオン電池に比べて2倍以上のエネルギー密度を見込める。
しかしリチウム金属負極は、充放電を繰り返した際にリチウムが析出することで起こるデンドライトの形成や、負極の表面上に形成されるSEI(Solid Electrolyte Interphase)の増大などが課題で、安定性が出ないことが課題となっている。そのため、性能のポテンシャルは高く、昔から長年研究されているが、現時点で実用化できていないことから「聖杯」と表現される領域の1つとなっている。
今回、ハーバード大学ジョンA.ポールソン工学応用科学大学院(Harverd John A. Paulson School of Engineering and Applied Sciences)のマテリアルズサイエンス准教授であるXin Li氏とその研究チームは、この課題を克服するための電解質を多層にした独自設計のリチウム金属固体電池を開発したと発表。5月12日にNatureに掲載された。
多層電解質でデンドライト形成を抑制
今回の研究発表では、同研究チームが開発した多層リチウム金属電池は、20Cレート(8.6mA/cm2)で10,000サイクル後に82%の容量保持、1.5Cレート(0.64mA/cm2)で2,000サイクル後に81.3%の容量保持が可能となり、従来のリチウム金属電池と比較して、長い充放電サイクルを実現したという。
(補足)Cレートについて補足しておくと、1Cというのは電池の公称容量を1時間で放電する電流を表している。2Cというのは0.5時間(30分)で放電する電流量のこと。つまり、上記で記載している20Cというのは3分で理論容量を
同研究チームが今回開発したのは、電解質を多層にすることでデンドライト形成を抑制する仕組みである。図解すると次のようになる。Li金属負極にグラファイトをコーティングしたものと正極の間に3層の電解質を挟んでいる。
電解質1はLPSCl(Li 5.5 PS 4.5 Cl 1.5)となっており、リチウムに対してより安定しているが、デンドライトが浸透しやすい傾向がある。そのため、電解質1層ではデンドライトが成長し、電解質2へ到達する。電解質2のLGPS(Li 10 Ge 1 P 2 S 12)はリチウムに対して安定性が低くなるが、デンドライトの影響を受けにくい(ように見える)。そのため電解質2ではデンドライトの成長が停止する。充放電を繰り返してもデンドライトが電解質を突き破りショートさせることを防ぐことができる。
「バッテリーの動作を安定させるために不安定性を組み込む、という私たちの戦略は直感に反しますが、アンカーが壁に入るネジをガイドして制御できるように、多層設計も樹状突起の成長をガイドして制御できます。」と論文著者のLuhan Ye氏は述べている。
また、その化学的性質により、デンドライトによって生成された亀裂は自己回復することもできるという。
ただし、今回はあくまでラボレベルでのセルテストであり、商用スケールに到達するのは簡単ではなく、いくつかの実用化への課題があるという。
「それらは克服されると信じています。」とXin Li氏は述べている。
今回参考のプレスリリースはこちら
参考文献:
1) Ye, L., Li, X. A dynamic stability design strategy for lithium metal solid state batteries. Nature 593, 218–222 (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03486-3
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