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(特集)注目されるナトリウムイオン電池の開発動向

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現在、様々なアプリケーションでリチウムイオン電池が使われているが、EV・エアモビリティや、エネルギー貯蔵、ウェアラブルデバイスなど、今後拡大する新しい市場では、より優れたバッテリーが求められている。

リチウムイオン電池を代替する1つの選択肢として、ナトリウムイオン電池が開発されている。ナトリウムイオン電池は、他の電池と同様に過去から長く研究開発されてきたが、ここにきて一部用途で実用化される動きがあり、また近年ナトリウムイオン電池向けの新材料の研究発表も続いている。

本記事ではナトリウムイオン電池の概要について解説する。

懸念されるリチウムの原材料問題とは

まず、ナトリウムはリチウムより多く地球上に存在していることが、ナトリウムイオン電池にすることのメリットの1つ、と言われているが、実はリチウム資源自体は地球上に豊富に存在している。

JOGMEC(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)のLithium Supply & Market Conference2020参加報告によると1)、2025年には800千tLCEの世界需要が予測されるが、リチウム埋蔵量から判断するとLi資源は豊富であり、これを満たすことは容易としている。今後、EV市場が拡大してリチウムイオン電池の生産量が大きく増えたとしても、埋蔵量で考えると特に問題は無い。

そして生産量で見ると、おおよそ全体の約80%をオーストラリア・チリ・中国の3か国で占めている。

リチウム生産量の国別割合(2020)

USGS - Mineral Commodity Summaries 2021より当社作成

やや偏在性は高いが、どちらかというと、原材料のリチウム鉱石そのものというよりは、バリューチェーンで1つ川下にあたるリチウム精製が中国で行われることが多く、中国への依存度が高いと言われる2)。さらに、埋蔵量で考えると問題は無いが、リチウム精製工程での生産量の増産が市場の需要に対してボトルネックになる可能性も指摘されている1)。証券ブローカーのMacquarie Equities社は、2022年頃から急増する需要に対して供給がややひっ迫し、リチウム価格は2021~2025年に30~100%値上がりするとしている3)

また、中国の電池メーカーからすると、ナトリウムイオン電池に取り組むことは、上記のようにリチウム鉱石自体は他国から輸入しているものも多いことから、今後のリチウムイオン電池の需要拡大に対する調達バリューチェーンのリスクヘッジ、原材料価格高騰のリスクヘッジの意味合いがある。

(補足)更に補足すると、実は中国にとってオーストラリアとの貿易関係は戦略的弱点とも言われる。中国は特に鉄鉱石をオーストラリアから大量に輸入をしているが、一方で両国の関係は悪化している。後述するが、CATLがナトリウムイオン電池を製品ポートフォリオに加えたのは、世界でシェアトップを走る同社が、こうした地政学的なリスクもヘッジする側面があるのだと想定される。

ナトリウムイオン電池の特徴

ナトリウムイオン電池は、リチウムイオン電池と構造が同じであり、正極・負極の間を電解質を介してリチウムイオンの代わりにナトリウムイオンが行き交うことで充放電を繰り返す。

材料開発によるコスト低減の可能性

ナトリウムイオン電池の特徴であるが、まず、リチウムと比べた時にナトリウム自体が安価に手に入れやすいこと、そして、ナトリウムにすることで、従来負極の集電体にCu箔を使っていたところをAl箔に代替することでコストを低減することができると言われている。

また、正極には従来のNMCなどの高価なレアメタルを使うものも使うことができるが、鉄やマンガンのような安価な材料を使ったレアメタルフリーの正極材の開発も進められている4)

ただし、コスト低減がどの程度可能になるかについては、まだ材料開発も途上であることから、不透明な部分が多い点は注意だ。

エネルギー密度は(現状では)高くない

ナトリウムイオン電池は現状ではエネルギー密度が100~150Wh/kg程度と言われている。現在の先端リチウムイオン電池のエネルギー密度は250~300Wh/kgであることから、エネルギ―密度はそこまで高くない。

同じく150Wh/kg前後であるならば、安全性が高く、すでに量産化が進むLFPの方が使い勝手は良いが、このエネルギー密度も材料開発次第な部分があり、今後の研究開発が待たれる。

安全性は必ずしも高いとは言えない

ナトリウムイオン電池を開発するベンチャー企業の中には、ナトリウムイオン電池の安全性を強調するものもある。

ナトリウムイオン電池の開発で先行しているFaradion社は、完全放電された状態で加熱されたナトリウムイオン電池でも安全である点を強調しており、さらにNaPF6の電解質とハードカーボン負極を組み合わせた電池が、リチウムイオン電池の電解質より安定していることを指摘している5)

一方で、ナトリウム金属は融点が約98℃と低いうえに活性が高く、とくに水と爆発的に反
応することから、必ずしも安全とも言い切れない。ナトリウム(Na)と硫黄(S)の化学反応によって充放電を繰り返す蓄電池であるNAS電池は、日本ガイシが実用化し、エネルギー貯蔵用で使われているが、過去に火災事故を起こした際に、水をかけると爆発することから鎮火までに2週間を要した。そのため、必ずしもナトリウムイオン電池がリチウムイオン電池より安全であるとは言えないのが正しい認識だろう。

一部企業で実用化が始まる

CATLは2021年7月から発売を開始すると発表(→8月に延期)

そうした中、車載向けリチウムイオン電池大手のCATL(寧徳時代新能源科技)が、5月にCEOの曽毓群(Robin Zeng)氏がナトリウムイオン電池の発売を2021年7月に開始することを明らかにしている。

(補足)その後、結局7月には発売ができず、7月29日に詳細の発表が行われ、発売は8月半ばに延期となった。

ナトリウムイオン電池自体のエネルギー密度は100~150Wh/kg程度と、最先端のリチウムイオン電池の250~300Wh/kgに現状遠く及ばないこと、そしてまだ新しい技術であることから発売当初はコストがリチウムイオン電池より高くなる可能性もあることが触れられた。当面はエネルギー密度をあまり必要としない一部用途で、鉛蓄電池を代替すると想定されている。

(補足)CATLはその発表の中で、第一世代はの重量エネルギー密度は160Wh/kgであること、そして現在開発中の第二世代は200Wh/kgを目標としていることを明かした。そして他にも、いくつかのメリットを挙げている。以下に整理しておく。

  • 正極は大きな電荷貯蔵を持つプルシアンホワイト(※1)を適用
  • 負極は多孔質構造を特徴とするハードカーボン素材を開発
  • 優れた低温特性を発揮(-20度以下でも定格容量の90%を利用可能)
  • LIBと遜色ない急速充放電のスペック(室温において15分で80%超の充電)
  • 2023年までにナトリウムイオン電池の基本的な産業チェーンを形成する

(※1) このプルシアンホワイトであるが、プルシアンブルーという青色の粉上の顔料の一種である。プルシアンブルーは鉄と鉄がCN(シアン)を挟んで結合した分子構造を持つが、鉄を別の金属に置き換えると色や性能が変わる8)。このプルシアンブルーから派生させたプルシアンブルー類似体という素材群が、ナトリウムイオン電池やナトリウム硫黄電池の正極で活用する研究が様々な大学研究機関で実施されている。一般に、プルシアンブルーの分子構造は、「空隙サイト」と呼ばれる空洞があり、ナトリウムイオンを豊富に格納することができる。

Faradionは10Ahのプロトタイプを製作

2011年に設立された英国のベンチャー企業のFaradionは、このナトリウムイオン電池の開発で先行する企業だ。

同社は10Ahポーチセルで155Wh/kgの設計性能を発揮するプロトタイプセルを開発。アプリケーションに応じた充放電条件で、数百から数千サイクルの範囲を実現するという。

エネルギーの貯蔵のための欧州連合(EASE)およびエネルギー貯蔵に関する共同プログラムの欧州エネルギー研究アライアンス(EERA)は、2030年に定置型電池システムの90%を超えるエネルギー効率目標を達成できる可能性のある1つの技術として、Faradionのナトリウムイオン電池を評価している6)

日本の家電大手のシャープも出資しており、今後の研究開発の進捗が期待される。

研究機関では新しい負極材の発表が相次ぐ

ナノ多孔質ハードカーボンを負極に適用

東京理科大の駒場慎一教授を筆頭とした研究チーム(研究推進機構総合研究院、NIMS、岡山大学らの研究グループ)は、2020年12月にナトリウムイオン電池における従来の炭素負極材に変わる、ハードカーボン(難黒鉛化性炭素)の合成に成功したことを発表した4)

この負極材は、ナノサイズの空孔を多く持つハードカーボンであり、この材料を負極としたナトリウム電池は478mAh/gという非常に大きな可逆容量を実現したという。黒鉛を用いた従来のリチウムイオン電池に比べ、エネルギー密度比で19%も向上することができる(ただし実セルでの評価ではなく、あくまで3.7Vのナトリウムイオン電池正極としたときの計算上の数値である点は注意。)。

二硫化モリブデン(MoS2)を使った負極

また、2021年4月には、韓国科学技術研究院KISTは、ナトリウムイオン電池の高容量化を実現する新しい負極材として、二硫化モリブデン(MoS2)を使った電池を発表。

KISTが開発した新しい材料は、市販のリチウムイオン電池で使用されているグラファイトアノードの1.5倍の電力を蓄えることができ、10A/gの非常に速い充放電速度で200サイクル後でも性能が低下しないという7)

通常、MoS2は大量の電力を蓄えることができるが、高い電気抵抗と構造の不安定性のために電極に使用することは難しい。KISTの研究チームは、シリコーンオイルを使用したセラミックナノコーティング層を生成する。精製方法の工夫により安定したヘテロ構造を実現したことで、コーティングなしのMoS2材料の少なくとも2倍の電力を安定して蓄積でき、200回の急速充電/放電サイクル後でも容量を維持できることが示された。

ポテンシャルはあくまで今後の材料開発次第

ここまで、ナトリウムイオン電池のポテンシャルについて見てきたが、その潜在的な可能性はあくまで今後の材料開発次第と言える。

現時点では一部の鉛蓄電池を代替するものに留まり、現状の性能では本格的にリチウムイオン電池の需要急成長に対するリスクヘッジとするにはまだ難しそうだ。しかし、電極を中心とした今後の材料技術開発の可能性は余地が大きく、ベンチャー企業や大学研究機関による研究動向を注目していく必要がある。


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参考文献:

1) Lithium Supply & Market Conference 2020 参加報告, JOGMEC(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)

2) EV電池に必須の「リチウム」の確保は大丈夫か, 東洋経済によるJOGMECへのインタビュー記事

3) JOGMEC ニュース・フラッシュ 2021年4月16日の記事

4) レアメタルフリーのナトリウムイオン蓄電池を実現 〜次世代蓄電池をめざして〜, SPring-8

5) Faradion HPの技術紹介ページ

6) Public Consultation: EASE and EERA Energy Storage Roadmap

7) Hierarchically Designed Nitrogen-Doped MoS2/Silicon Oxycarbide Nanoscale Heterostructure as High-Performance Sodium-Ion Battery AnodeHyojun Lim, Seungho Yu, Wonchang Choi, and Sang-Ok KimACS Nano 2021 15 (4), 7409-7420DOI: 10.1021/acsnano.1c00797

8) 魅惑のプルシアンブルーに秘められた「未来を変えるチカラ」, 産総研(ページ


  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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