QuantumScapeの全固体電池開発状況(2023年第1四半期の決算発表)
QuantumScape(QS)はセラミック電解質セパレータをコア技術とする固体電池開発スタートアップで、独フォルクスワーゲンから多額の出資を受けている。
2023年Q1の投資家向け決算説明会では現在の状況や今後の開発計画への言及があった。
本記事は、QuantumScapeの全固体電池の概要やその開発状況について整理している。
リチウム金属負極を活用した全固体電池
リチウムイオン電池は、充電時、リチウムイオンが負極付近で電子を受け取ると還元反応が起きるが、純粋なリチウム金属は成長するとデンドライト(樹状結晶)を形成し、電池内部の構造を破壊してしまう。
これを防ぐために用いられるのがグラファイトである。グラファイトを負極に用いると、リチウムを収納する箱として機能し、デンドライトの生成を抑止する。この優れた機能によって、グラファイトは現在最も広く利用される負極材料となっている。
しかし、近年のEV需要によって、より高性能(エネルギー密度と出力)な電池が必要になると、グラファイト負極の持つデメリットが制約となっている。
エネルギー密度を向上させるためには電池内部に占めるリチウムの量を増やせばよいのだが、グラファイト電極ではリチウム1原子を収納するために最低でも炭素原子6個が必要だ。相対的に電池内部のリチウム量は少なくなる。
また、グラファイト負極はデンドライトの生成を抑止するが、高速充電を行った場合や、低温で充電を行った場合は、この限りではない。EVでは、長大な航続距離、高速充電や低温下での走行が求められ、グラファイト負極ではこの性能をいずれも満足しない。そこで過去から様々な企業や大学研究機関によって検討されてきた1つのオプションが、リチウム金属負極である。
リチウム金属負極では、リチウム金属を直接負極に析出させる。負極におけるグラファイトをそのまま取り除いたような構造を持ち、QuantumScapeはこれを「アノードフリー」と呼んでいる。この構造であればエネルギー密度の向上は為せるものの、デンドライト問題の再燃は避けられない。
例えば、高温や高圧下であれば、デンドライトの生成が抑制される、というのは知られた対策となっている。しかし、高度な温度管理システムや圧力を印加する装置を実際のEVに搭載しようとすれば、重量や体積を増すことになり、リチウム金属負極を導入することのメリットが相殺されてしまう。
そこで、QuantumScapeは新たなセラミック電解質セパレータを開発することで、リチウム金属負極利用時に生じるデンドライト問題の解消を試みている。
酸化物系固体電解質セパレータ
300万回を超えるラボテストで酸化物系を選定
全固体電池の固体電解質には硫化物系と酸化物系がある。
一般的にはそれぞれに課題があり、硫化物系の課題はデンドライトの生成を抑止できないことや、副反応によるガスの発生、潜在的な化学的不安定性だ。要するに危険性が高い。対するセラミック系は難燃で化学的に安定しており、デンドライトの生成を抑止できるが、リチウムイオンの伝導率が極端に低かった。これは低出力に直結する。
QuantumScapeは同社のブログで、300万回のラボテストを通して、硫化物系は諦めた、としている。QuantumScapeが挙げている硫化物系の課題は以下だ。
- 硫化物はデンドライトの形成を防ぐことができず、高温高圧を維持するための外部システムを必要とするため、バッテリーパックに重量、嵩、そして最も重要なコストを要してしまう。
- 硫化物は高性能な電池に使用すると化学的に分解してしまう。
- 硫化物は水分と接触すると有害なガスを発生する。
10年前に研究を始めたときは硫化物系が有望に思え、徹底的に調査しましたが、硫化物セパレーターが直面する障害は非常に困難であり、おそらく乗り越えられないとさえ考えています。
QuantumScape社のブログ「The Problem with Sulfides」(2021年7月)より
QuantumScapeは、セラミック系にも関わらず高いリチウムイオン伝導性を有する電解質セパレータを開発した。QSは、このコア技術が固体電池開発に横たわる様々な問題を一挙に解決可能だと主張する。
デンドライト生成を抑制しつつ、リチウムイオンを高効率に輸送できるということは、前述の通り、アノードフリーで高いエネルギー密度を有しつつ、高いエネルギー出力も有することが可能となる。
ここに、固体電池ならではの利点も加わる。
液体系の電池では電解質を介して正極と負極が相互作用するため、片方の電極の構成を変える場合、電池全体にその影響が波及する。対して、固体電池であれば正極と負極の間は固体電解質によって遮られているため、リチウムイオンのやり取り以外の相互作用はない。つまり、正極材料と負極材料を独立に開発できるということになる。
実際、QuantumScapeは正極材料にLFP(Lithium ion phosphate)とリチウムイオンの輸送を円滑にするための有機ゲル電解質を使っている(つまり厳密には全固体ではない)が、有機ゲル電解質がセパレータを超えて負極側と相互作用する心配はない。
また、正極材料開発については外部企業と連携し、最適な正極材料を模索している。将来的により優れた正極材料が見つかった場合には、その正極材料との交換も可能なプラットフォームということになる。将来的にはNMCでより高エネルギー密度の電池を実現する計画となっている。
QuantumScapeは上記の表で各社との性能比較を行っている。
上記の表によると、同社は80%までの容量低下のサイクル試験で、単層セルで充放電回数1,000回以上、4層セルで800回以上を達成。電流密度で3.1~3.2mA/m2としている。
注)ただし、上記はあくまで2021年7月時点での情報であるため要注意である。同分野は動きが大きく、現時点ではこの比較は意味をなさない可能性もある。
24層試作セルを自動車メーカーへ出荷
2022年12月には、同社は24層の試作リチウム金属電池セルを自動車メーカーに初めて出荷し、テストを実施したことを発表している。
これまで同社が公開してきたデータは全て単層や4層程度のセルであったが、24層という多層のサンプル展開へ至っている。数アンペア時間の容量を持ち、自動車や家電製品などさまざまな用途に適していると同社は考えているという。
2023年Q1決算説明会での情報
QSの2023年Q1決算説明会では、現在の開発状況や取り組み状況についていくつかの説明がなされている。以下でその内容を簡単にまとめる。
自動車と並行してコンシューマーエレクトロニクス分野も模索
今回の決算説明会で何度か言及されたのが、自動車分野と並行して、コンシューマーエレクトロニクスへの展開を追求するオプションがある、ということであった。
「昨年は、自動車や消費者向けのエレクトロニクス製品をテストするために、さまざまなプロトタイプセルを出荷してきました。」
と同社は述べている。
なお、コンシューマーエレクトロニクス向けでは「単層」プロトタイプセルであったようである。ウェアラブル向けなど、自動車ほどエネルギー密度が求められない領域では、あまり多層にする必要がないのだとすると、技術的なハードルも一定下がりそうである。
2023年は技術開発→商業生産に向けた準備の年
QSの次なる目標は、EV用途で実際に利用できる24層商用セル(Bサンプル)の開発だ。Bサンプルでは、特にエネルギー密度について改善を加え、約5Ahの容量を目指す。2024年内に少量低スループットの生産を完成させる見通しだ。
同時に、セラミック電解質セパレータを大量生産するための設備開発を進めている。QSは、この大量生産設備がセラミック電解質セパレータの生産効率を3倍に引き上げるが、原理的な部分は現行のものと変わりなく、スムーズな移行が可能であると述べた。大量生産設備の稼動は2025年内となる見込みであり、Bサンプルの商業生産開始もこの頃であると予想される。
同社はこのように述べている。
「現在、第1ステージの装置の設置はすでに進んでおり、今年中に設置、装置の認定、初期生産への展開を完了させる予定です。また、第2ステージの装置もすでにプロトタイプが稼働しており、装置の最終的な仕様決定に向けて動いています。」
約700Wh/L以上のエネルギー密度
説明の中では、テスラの2170リチウムイオン電池のエネルギー密度は約700Wh/Lであり、Aサンプルのエネルギー密度はこれと同等かそれ以上として言及している。
さらに、BサンプルではAサンプルより大きな容量となる見込みであるという。なお、24層セルでの前提だ。
注)Bサンプルの容量は5Ahと明示されているが、Aサンプルの具体的な容量は明示されておらず、どれだけの容量増加になるのかは不明。また、実際に蓄えられるエネルギーは容量と出力電圧との積になることにも注意が必要。即ち、Bサンプルの出力電圧がAサンプルのものより小さな場合、エネルギー密度向上は容量増加をそのまま反映しない。
また、商用製品として出荷するセルは角柱型を検討しており、デッドスペースの排除に寄与すると考えられる。
参考文献:
1) QuantumScape技術紹介ブログ(リンク)
2) How to Benchmark Solid-State Batteries(リンク)
3) QuantumScape 2023年第1四半期決算説明会
4) QuantumScape Ships First 24-Layer Prototype Battery Cells to Automotive OEMs(リンク)
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