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本格的な実用化には時間がかかる3Dフードプリンターの技術動向

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将来、または現在における食の問題を解決するべく、細胞培養、代替肉、精密発酵、昆虫食などの様々なフードテックが登場している。

3Dフードプリンティング技術もそうしたフードテックの1つとなっている。

3Dプリンタ時代の技術は現在、ハイプサイクルの幻滅期を抜けて、成長期にあると言われており非常に注目されているが、フードプリンティング技術の本格的な実用化は簡単ではない。

本稿では3Dフードプリンターで実際に何ができるのか、その動向について事例を元に解説する。

3Dフードプリンターとは

3Dフードプリンティングとは食品を3Dプリンターのインクとして用い、食べられる立体構造物を自在に作り出す技術だ。

従来の食品加工技術との違いはその汎用性にある。例えば、グミの生産工場では各社独自の製造設備によって様々な立体形状のグミを生産している。しかし、1つの加工機で作り出せるグミの形状は通常1種類のみだ。対する3Dフードプリンターは1台で様々な形状の食品を造形できる。

また、フードプリンターとの混同にも注意が必要だ。一般にフードプリンターとは食品に絵や文字を描くための装置のことで、それ自体で立体的な造形を可能にするものではない。

3Dフードプリンターだけができること

3Dフードプリンターの研究・開発事例を見ていくと、同技術が提供できる(3Dフードプリンターにしか提供できない)機能は以下の3点に集約される。

・1台で様々な料理を提供できる(場所の制約がない)

・食感や形状を調節できる

・食品にデータを埋め込める

以下ではそれぞれについて詳細を掘り下げながら、これらの機能がどのような分野で活かされているのかを紹介する。

1台で様々な料理を提供できる

NASA(アメリカ航空宇宙局)は2013年に3Dフードプリンティングに関する研究への資金提供と研究協力を発表した※1

NASAではこれ以前にも宇宙ステーション用備品製作に3Dプリンターを活用してきたが、3Dフードプリンターを導入する理由もこれと全く同じだ。つまり、輸送用ロケットに積載できる物資には体積・重量双方の制限があり、細かな備品を逐一打ち上げると輸送コストがかさむ。一方、3Dプリント設備とその材料のみを輸送し、宇宙ステーション内で部品製作を行えば、輸送コストを抑えられる。

加えて、3Dフードプリンターを使えば様々な味、様々な食感の宇宙食を提供でき、宇宙飛行士の精神衛生にも大きく貢献することになるだろう。空間占有コストや物資輸送コストが陸上と大きく異なる宇宙環境と3Dフードプリンターの特性が上手くマッチした活用事例と言える。

NASAが進める月面基地建設計画や火星着陸計画などの長期ミッションにおいて、乗組員の健康を如何にケアするかは依然重要な課題だ。

2021年10月には長期宇宙ミッション用の食事に関して革新的なアイデアを求めるコンテストを実施した※2。ここでは3Dフードプリンティング技術のみならず、省スペース農業システムや培養肉栽培などの技術が選出されている。

食感や形状を調節できる

食感や形状をある程度自由にコントロールできるという3Dフードプリンターの利点は様々な分野で活用されている。

スイーツ

嗜好品においては味のみならず、見た目の面白さも重要となる。タピオカ、マリトッツォ、マカロンなどのスイーツは決して味だけで選ばれたわけではないはずだ。

例えば、byFlow社の3Dフードプリンターは、チョコレートをインクとして用い、高精細な立体構造を作成できる※3。見た目も楽しめるスイーツの1つとして新たな可能性を提示した。

嚥下食

新型コロナウイルスの流行期には、一部患者の症状として嚥下障害が問題となった。のどの痛みをかばって通常と異なる呑み込み方を繰り返すうち、食べ物を上手く呑み込めなくなるという症状だ。嚥下障害は高齢化に伴う機能低下や、認知障害、のど周辺の炎症や外科手術などによっても発症する。

こうした嚥下障害を有する患者向けの食品として、流動性を調整し、呑み込みやすくした食品がある。ただし、従来のものは種類も少なく、味気ないものになりがちだった。

3Dフードプリンターを活用すれば、個々の症状や好みに応じた柔らかさ、味を持つ食品を提供できる。こうした取り組みは介護や医療の現場での活用が検討されている※4

寿司

山形大学工学部ソフト&ウェットマター工学研究室(SWEL)は寿司の3Dプリント技術について研究・開発を進めている※5

既に何種類かの寿司ネタをプリントしており、出力された寿司を1m程度離れたところから見れば本物に見えなくもない。3Dプリント寿司は食べる人の好みに合わせて味や食感を調節できることも特徴だ。

試験的な取り組みだが、3Dフードプリント技術向上に貢献し、新たな価値を発掘することに期待が集まる。

培養肉

アレルギーや宗教的理由などにより、特定食品の摂食を避ける動きは世界的な広がりを見せている。2050年カーボンニュートラル実現に向けては畜産業の環境負荷も課題として挙げられており、こうした問題を解決する手段としても代替食品産業は追い風を受けてきた。

一言で代替食品と言っても様々だが、その中の1つとして培養肉が挙げられる。培養肉は動物から摂取した細胞を培養槽の中で増殖させ、それらを本物の肉のように加工したものだ。栄養は本物の肉と等価でありながら、将来的には畜産に関わる諸々のコストを削減できる可能性がある。もちろん、現状は主にコストが原因で商業化には至っていない。

培養肉はコストや生産性以外にも課題があり、それらのうちの1つが、食感だ。実際の食肉は筋繊維と脂肪が複雑な構造を成して配列されているが、単に培養した細胞を配置しただけでは実際の食肉同様の食感が得られない。

そこで培養した細胞を3Dプリンターによって配置し、本物の肉と同じような組織を持つ培養肉を作り出す研究が進められている。大阪大学や凸版印刷などの共同研究グループは、培養肉の繊維を束ねることから、本技術を「3Dプリント金太郎飴技術」と名付けた。

食品にデータを埋め込める

近年、食の安全性に対する関心が高まっていることから、トレーサビリティが注目されるようになった。トレーサビリティ(追従性)とは、製品が消費者に届けられるまでに辿ってきた工程を提示する能力を指す。

見た目が全く同じ2つの人参があったとして、片方はどこで採れたか分からない、もう片方は原産地も流通経路も分かっている、という場合には後者の方が高いトレーサビリティを有し、消費者が購入する際にも安心できる。

トレーサビリティを製品に付与するためには、製品のパッケージにQRコードを印刷したり、タグを付けたりすることが一般的だが、ここで問題となるのはそれら情報の改ざんだ。パッケージやタグを別の物と差し替えれば実際の製品とは全く関係のない情報を付与できてしまう。

トレーサビリティ情報改ざんへの対策は幾つか存在するが、それらの中でも最も確実性の高い対策が「製品自体に情報を付与する」という方法だ。

大阪大学大学院基礎工学研究科の研究グループでは3Dフードプリンターを利用してクッキーにQRコードを埋め込むことに成功した※7。内部に埋め込まれたQRコードは目視できないが、光を当てると浮かび上がり、カメラでスキャンが可能になるという。

食品に情報を付与できれば、インターネットと連携して様々なサービスを提供できる。同研究グループは、スマホを通じて拡張現実を投影することなどを例に挙げた。

市場予測を見てもやや控えめな数字

日本の市場調査会社グローバルインフォメーションの2022年の報告によれば、世界の3Dフードプリンティングの市場規模は、2022年の201M$(約298億円)から年平均57.3%の割合で成長し、2027年までに約2B$(約2,980億円)に達すると予測される※8

これだけでは分かりにくいので、類似の3Dプリンタ市場について調査した結果と比較してみよう。

世界の「3Dプリンティング」市場は2022年時点で19.8B$(約2.9兆円)の規模を有し、2028年までの年平均成長率は21.4%だ※9。また、世界の「培養肉」市場規模は2022年に6.6B$(約9,780億円)、2027年までの年平均成長率は17%と予想した※10

未だ実用段階にない培養肉市場と比較しても、3Dフードプリンティング市場の規模は小さいことが分かる。今後5年間に急成長が予測されるが、これはカスタマイズされた食品に対する需要の増加を反映しているとされている。

ただし、現状ではカスタマイズされた食品のニーズがどこまであるのかかなり不透明と言わざるを得ない。

本格的な商用化には課題が多い

現状、明確なコスト優位性が得られるのは宇宙食などの特殊用途に限られる。

スイーツ等へ利用するためには消費者からの需要が足りておらず、割高な商品価格では採算が取れない。

3Dフードプリンターのインクの種類、則ち、利用できる食材の種類が少ないことも大きな課題となっている。

チョコレートは常温付近に融点が存在し、固まりやすいためインクとしての利用が比較的容易だが、多くの食品はそうではない。利用できる食材を増やす取り組みとして、国内では武庫川女子大学の研究グループが豆腐の活用などを検討している※11

3Dフードプリンターの啓蒙活動を行う株式会社ミツイワは、「プリント後に調理が必要なこと」、「3Dフードプリンターの特徴を活かしたキラーコンテンツが存在しないこと」などを課題として挙げた※12

3Dフードプリンタは、中長期で見た時のキラーアプリケーションがないと市場が大きくなることは難しいだろう。業界全体でこうした探索が必要になるフェーズとなっている。


参考文献:
※1 NASAが注目「3Dフードプリンタ」が未来の食を作る | SmartFLASH(リンク
※2 NASA’s Deep Space Food Challenge: 3D Printed Steaks, Powders & Artificial Soil Among Phase I Winners | 3DPRINT.com(リンク
※3 byFLOW(リンク
※4 3Dプリンターが担う介護食の未来 | 日経BP(リンク
※5 食品サンプルではありません 研究室発、3Dプリンターで作る食べられる「すしネタ」 | GLOBE+(リンク
※6 3Dプリンターで「霜降り培養肉」を作製 阪大、凸版印刷など | 国立研究開発法人 科学技術振興機構(リンク
※7 食べられるデータの埋め込みを実現 フード3Dプリンターで食品内部に2次元コードなど ~食品のDXのための新技術~ | 国立研究開発法人 科学技術振興機構(リンク
※8 3Dフードプリンティングの世界市場:分野(政府、商業、住宅)、技術(押出法プリンティング、選択的レーザー焼結、バインダージェット、インクジェットプリンティング)、原材料、地域別 - 2027年までの予測 | Global Information(リンク
※9 3Dプリンティング市場:世界の産業動向、シェア、規模、成長機会、2023-2028年予測 | Global Information(リンク
※10 培養肉の世界市場レポート 2023年 | Global Information(リンク
※11 世界初!豆腐由来の3Ⅾフードプリンター用インクを武庫川女子大学の有井研究室が開発 | 武庫川女子大学(リンク
※12 フード3Dプリンターの現在と未来 ― できること・課題・展望 | ShareLab(リンク


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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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